第8話「女児服とごっこ遊びと」(7)
Added 2019-12-21 10:16:46 +0000 UTCごっこ遊びの流れとはいえ、女子小学生三人の中に混ざって、男子高校生でありながら幼稚園児を演じる夢月。おまけに服まで着替えることになって、丸襟ブラウスとピンクの吊りスカート、赤いリボンという「年少さん」の制服を着せられていた。 (これもあのアプリの起こしてる「イベント」なんだろうけど……それにしても恥ずかしすぎて、楽しむにも限度があるよ……!) 逆らえない状況ならなるべくポジティブに――そんなスタンスの夢月でさえ、羞恥も昂奮もとっくにリミットオーバーしていた。 そんな兄の姿と表情に、紗月は満足げに鼻息を漏らし、 「んふふっ、いい感じじゃない。ちゃんと頑張って、幼稚園の妹になりきるのよ、夢月ちゃん♪」 「う、うん……」 「ほら、もう忘れてる。幼稚園児の女の子がお母さんに返事するときは、何ていうのかな?」 「う……は、はーい、ママ……」 「よしよし、よく言えました。それに自分のことも、ちゃんと『夢月ちゃん』って呼ぼうね」 「はーい、ママ」 どんどん厳しくなる要求に、夢月は懸命に答える。 「次は上着ね。腕を前に出してちょうだい」 「はーい」 (これはごっこ遊び、ごっこ遊びなんだから……!) 自分にそう言い聞かせて、精いっぱい「幼稚園の女の子」になりきる夢月。 しかし、いやいやながらも幼稚園児の演技をしていると、次第に心まで少女になってしまうかのような恐ろしさがあった。 紗月はにんまり笑って、前に差し出された夢月の腕に、ピンクのイートンジャケットの袖を通して羽織らせ、ダブルのボタンを留める。 これで一通りの制服は終わり――と思いきや。 「保育士さんに名前が判るように、ちゃんと名札もつけないとな」 「パパ」役の七瀬静紅が言って、タンポポ色のスモックから名札を外す。中の白い紙を取り出して、通園バッグの中のペンケース――こちらも女児持ちのプリキュアのペンケースだ――から出したサインペンとともにテーブルに置き、 「はい、次は名札ね。ちゃんとお名前も書いてごらん」 「う……はーい!」 ほとんどヤケクソ気味に、夢月はテーブルの前に座り、目の前に置かれた名札に記入しようとするが、 「あ、あれ……?」 漢字が、思い出せない。「年少組 三村夢月」という、小学校の範囲で習うレベルの漢字でしかなく、名前に至っては物心ついてから何度書いたか判らないほどなのに――ペンを動かそうとしても、まるで浮かんでこないのだ。 「ふふっ、ひらがなでいいのよ、夢月ちゃん」 横から紗月が、楽しそうに言う。 その反応に、夢月はこれもアプリの悪戯と悟る。 (さっき、紗月に腕力で勝てなかったのと同じように、学力も幼稚園児レベルに提げられてる……?) アプリの出鱈目さ加減に改めて呆れながらも、結局いまの夢月にできるのは、幼稚園児のようにひらがなで名前を書くことだけだ。サインペンを握って、名札に書き入れる。 「ねんしょうぐみ みむら むつき」 自分で書いたその字に、夢月は困惑する。ぐにゃぐにゃでバランスの悪い字は、まるで幼稚園児が書いたかのようだったのだ。 しかし「紗月ママ」と「静紅パパ」は夢月の頭を撫でて、 「うんうん、えらいわねー、夢月ちゃん。年少さんなのに、もう自分のお名前が書けるのね」 「さすが俺たちの子だな。じゃあ、こっちも書いてごらん」 静紅は続いて同じような――こちらは縦書きの名札を差し出す。どうやら通園バッグの側面に入れるもののようで、 「う、うん……」 夢月は赤くなりながらも、またも拙いひらがなで組と名前を記入した。 「うんうん、いい感じね。じゃああとは、名札をつけて、帽子をかぶって、通園バッグを掛けて――」 「紗月ママ」は言いながら、「娘」に最後の仕上げをしてゆく。 胸元に、ひらがなで組と名前を書き入れた、チューリップの名札。 頭に、黄色い通園帽子。 肩にはこちらも黄色の通園バッグをたすき掛けにすれば――幼稚園児の「娘」の出来上がりだ。 「あ、あ……」 (たかがごっこ遊びで、ここまでしなくても……!) しかしまだ、ようやく着替えが終わっただけ――つまりは始まってすらいないのだ。いったいこれからどんな恥ずかしい「ごっこ遊び」になるのかと、夢月は改めて戦慄する。 改めて、四人はテーブルを囲む。 中央には、この異常な「ごっこ遊び」のルールを決めるスマホアプリが、次の指示を待っていた。 「さーて、最初はなにかなー?」 紗月はじらすように言いながら、しばらく指先を浮かせて彷徨わせた後、 「えいっ」 画面をタップして、この「ごっこ遊び」のイベントを表示させる。 そこには―― 「さつき:お菓子作り しずく:お仕事 はるな:むつきを幼稚園に連れて行く むつき:はるなに幼稚園に連れて行ってもらう」 (続く)