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連載小説「偽りのジュニアアイドル」(2) ボツ

「あなた、ちょっといいかしら?」  日曜日の昼下がり。  特に当てもなく一人で駅前をふらついていた大学生の水瀬直樹は、そんな呼びかけとともに目の前に現れた若い女性を見上げて、ぎょっとしながら立ち止まる。  男子大学生が女性を見上げるというのも珍しい話だが、これには二つの理由があった。  一つには、相手の女性が高身長で、おまけにヒールの高い靴を履いているせいで、170センチ近くあること。サングラスに赤いルージュ、彫りの深い顔立ちと、艶やかにうねる黒髪を無造作に後ろに束ねた、エキゾチックな印象の女性だ。日本人離れしたメリハリのあるボディーラインを惜しげなく披露するかのような、ダーツのきいたブラウスとタイトスカートは、まるでモデルのようだった。  そしてもう一つの理由は――直樹の伸長が男子大学生にしてはあまりにも低かったことである。  身長は150センチ足らず。体つきも細く、いまだに声変わりしていないせいで少女のように透き通った声をしている。おまけに髪の毛は切るのをサボっているせいで、ボブカットくらいの長さに伸びていて――いっけんすると、女子小学生としか思われないくらいだった。着ているパーカーとTシャツ、ジーンズも、男物ではサイズが合わないため、デザインこそユニセックスだが、女性用のSサイズだった。 「な、なんですか。言っておきますけど、俺、男ですからね」  直樹は威嚇する小型犬のような目で、女性を見上げる。  この春から都内の大学に通い始めて半月足らず。そんな短時間の間にも、少女に間違えられたことは数知れない。夜の街を歩いて警官に補導されかかったくらいなら笑い話で済むが、嫌らしい目をした男に声をかけられたり、若い女性向け高額アルバイト――つまりは風俗関係や、映像関係のモデル――平たく言えばAV出演の誘いを受けたりと、受難の日々を送っているのだ。どうしても警戒心が強くなる。  女性は真っ赤な唇に笑みを浮かべ、濡れたように艶やかな声で語りかける。 「もちろんわかっているわ。これから、時間はあるかしら?」 「まぁ、ちょっとくらいなら。何のご用ですか?」 「まずは自己紹介をさせてもらうわね。私はリンネ。映像関係の仕事をしてるわ」  女性――リンネはそう言って、名刺を差し出す。 「メディア制作プロダクション アイレーベル  プロデューサー リンネ(氷室鈴音)」  そんな短い肩書とともに、電話番号とメールアドレスが記載されていた。 「ちょうどあなたのような男の子も探していてね。ぜひ、作品のモデルを引き受けて欲しいの。もちろん、お礼は弾むわ」 「それって……」  AV関係じゃないかと言いかけて、直樹は言葉を飲み込む。彼が男と判っているなら、そんなことはないだろうと考えたのだ。  そして一方で、「お礼」の一言に心をひきつけられる。何しろ地方から上京して一人暮らし中、おまけにこの体格のせいで、どこのアルバイトに応募しても「悪いけど、年少労働で通報されたくないから――」とお断りされる直樹にとって、金銭関係は切実な問題だ。相手が女性なのも、警戒心を薄れさせていた。 (俺みたいな――ってことは、子役的な感じかな。恥ずかしいけど、そのくらいだったら大丈夫だろう。バイトできる機会なんてめったにないんだし……) 「興味があるなら、すぐそこにあるうちの事務所まで案内するわ。まずは簡単な説明と、お試しでショートビデオを撮らせてもらって――それについても、お礼は出すわよ」 「うーん……まぁ、それくらいなら」  話の旨さに警戒しながらも、直樹は引き受ける。 「ありがとう。それじゃ、ついてきてちょうだい」  リンネはそう言って、ゆっくりと歩きだす。背の低い直樹の足でも、じゅうぶんついていける早さだった。彼女は歩きながら、 「そういえば、まだ名前を聞いていなかったわね。教えてくれる?」 「あ……ええと、水瀬です。水瀬直樹」 「水瀬直樹くん。ふふっ、いい名前ね。ナオちゃん……ナオちゃんね」  いきなりの「ナオちゃん」呼びに、直樹はちょっと眉を寄せた。いままでその呼び名で、さんざん子供扱いされてきた記憶がよみがえる――とはいえ、その程度で怒るのも大人げないと、不満の言葉を飲み込んで歩き続ける。  そうしてやってきたのは、駅近くの雑居ビルだった。入り口に「三階 メディア制作 アイレーベル」の表示があり、直樹は少し安心する。  しかし階段で二階――美容室の前まで来たところで、先を歩いていたリンネはふいに足を止めて振り返った。 「そうだわ。お話のあとですぐ撮影にかかってもらうから、その前にここで髪を整えてきてくれるかしら。もちろん、代金はこちらで出すわ」 「え……いいんですか?」 「もちろん。髪型はこちらで指示するから、水瀬くんはそのまま切ってもらってちょうだい」 「は、はい。ありがとうございます」  散髪代が浮くだけでも、貧乏学生にはありがたい。直樹はお言葉に甘えて、言われるがまま美容室に入る。美容師さんと雑談をしながらヘアカットをしてもらったのだが――最後にドライヤーでセットされるに及んで、ようやく何かがおかしいことに気付く。 「あ、あの、これって……!」 「はい? お客様、どうかされました?」 「いえ、その、俺のこの髪型、何か女の子っぽくないですか……?」  どう見てもボブカット――いや、それよりもさらに短い、まるで少女のようなおかっぱ頭。普通の男子大学生がしたら戯画でしかないが、直樹がそんな髪型になると、驚くほど似合ってしまっている。 困惑する直樹に対して、美容師さんは平然と、 「ええ。もちろん、それがリンネさんのご指定だったもの。……うんうん、よく似合ってますよ、お客様。うふふっ、撮影、頑張ってくださいね」 「は、はい……!」  夢月は真っ赤になるが、注文通りにしただけの美容師さんには怒るに怒れず、 (な、なんで女の子みたいな髪型に!? やっぱり変な撮影なんじゃ……) (とにかく、リンネさんに話を聞かないと!) リンネの顔を見たら文句を言ってやろうと思いながら、美容室を後にした。   (続く)

Comments

コメントありがとうございます! 特に含みや繋がりもなく、勢いで始めたシリーズですが、是非よろしくお願いします!

十月兔

ワクワク😃💕ドキドキ😍💓 もしかして、このお話はあの…。 っと、これ以上は言わない方が良いのかな?😅

elli-kasuga


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