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SS第二話「ブルマーと初おもらし」(3)

 顔を洗って一階に下りてゆくと、ちょうど妹もシャワールームから出てきたところだった。Tシャツとハーフパンツだけのラフな格好が、いまの夢月には羨ましい。  兄妹そろってリビングに行くと、 「もう、二人とも、遅かったじゃない――って、あら。いいわね夢月、そのコーデ。ベレー帽なんかも似合いそうじゃない。彼氏とデートにでも行くの?」 「ち、違うから……」  恥ずかしがりながら、夢月はフレアスカートをさばいて椅子に腰掛け、膝をつけて座る。女の子っぽい座り方をするのも恥ずかしかったが、スカートなのに足を広げて座るほうが、みっともなくてできなかった。変なところでこだわりのある自分が、ちょっと恨めしい。  母親はトーストにバターを塗りながら、 「でもその格好じゃ、掃除するのには向かないわね。外に出る前に、ちゃんと汚れてもいい服に着替えるのよ?」 「掃除……って、あ!?」  そこまで言われて、夢月は今日のことを思い出す。  月に一度の、町内清掃。  広い範囲を管轄する町内会で、二時間ほどかけて、空き地や歩道周辺のごみや枯葉を清掃するのだ。夢月も妹ともに、ほぼ毎回参加している。  本来ならきょうの町内清掃も、兄妹そろって参加する予定だったのだが―― 「あ、あの、今日はちょっと調子が悪いから、休みたいなーなんて……」 「ちょっと顔出すくらい大丈夫でしょ? カンナちゃんたちも、会いたがってるわよ」 「う……」  東雲神奈。  すぐ近くに住んでいて、小学校から中学まで同じクラスだった少女である。高校は別だが未だに仲は良く、町内清掃では数少ない学生として、一緒に行動することが多かった。  彼女の名前に、夢月は黙り込む。むしろ、彼女に会わなければならないからこそ行きたくないのだが―― 「体調悪いだなんて、お兄ちゃん、あんなに元気だったじゃない」  隣の紗月にしれっと言われ、夢月はちょうど飲んでいた牛乳にむせそうになる。  それを聞いた母親は、妹の言葉をとがめるでもなく、 「なんだ、やっぱり元気なんじゃない。どうしてもだるいようなら適当にサボっててもいいから、顔出しなさい、ね?」 「う、うん……」  逃げ場を失って、夢月は大人しくうなずく。  アプリで指定されている以上、これが「女装外出」なのだろう。つまりブルマーの体操着を着ることも、もはや確定した未来で―― 「とにかく、朝ごはん食べて一休みしたら町内清掃に行くわよ。二人とも、顔を出したら、後は好きにしていいから」  母親はそこまで言ったところで、 「そうだ、夢月。むかし買っておいたけど着なかった体操着が出てきたから、町内清掃にはそれを着ていきなさい」 「えっ……そ、それって、もしかして……」  あまりにもタイミングが良すぎる。不吉な予感に震えていると、 「ブルマーよ。丸首の体操シャツに、ブルマー。ちゃんとゼッケンに名前まで書いて縫い付けたのに、どうして使わなかったのかしら。ま、何でもいいか。とにかく、どんなに汚れても大丈夫だから、それを着ていきなさい」  と、いうわけで―― 「んふふっ、ブルマーなんて、あたしたちリアル女子小学生でさえ着たことないのに、高校生のお兄ちゃんが着ることになるなんてね」 「うう、なんでこんなものが、家にあるんだよぉ……」  愉しそうに笑う妹の前で、夢月はがっくりと肩を落とす。  リビングから、夢月の自室に戻ってきた兄妹。二人の前にあるのは、もはやグラビアかAVかイメクラか、あるいはゲームやアニメの中でしかお目にかかれない骨董品――ブルマーである。色は臙脂で、サイドに白いラインが入っていた。 「ママがむかし買ったお兄ちゃんの体操着が、アプリの影響でブルマーに置き換わったんじゃないかしら。お兄ちゃんの制服が女子用になっちゃったみたいに、ね」 「うう……これ、着替えなきゃダメ……?」 「着替えずに行って、アプリの現実改変に問題が起こったらまずいでしょ?」  紗月の言葉に、夢月はぐっと詰まる。  先ほど町内清掃に行くよう言われたとき、無理に反論しなかった理由もこれだった。アプリを無視して強引にイベントの発生を止めた場合、このアプリの引き起こす現実改変と認識阻害がどうなるか判らない。イベント発生が止まるならよいが、万が一、現実改変や認識阻害が機能しなくなったうえで服装指定やイベント発生だけが続いたら、それこそ目も当てられないことになってしまう。  だからこそ、アプリが生み出す「自然な流れ」に逆らわず、指示通りにブルマーを着るのしかないのだが―― 「これ、自分で、着るのか……」  今までは謎の早着替えで、一瞬で着せられた女装。  しかし自分の手で、服を脱ぎ、ブルマーを着なければならないと考えると、また別種の緊張感がある。 「さ、お兄ちゃん」  紗月が歌うような声で、兄を促す。 「その服を脱いで、ブルマーを穿こうね」   (続く)


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