「売られたぼくは三姉妹のメイド」(2)
Added 2019-09-17 13:36:12 +0000 UTCカツカツと、二つの足音が西側二階廊下に響く。 前を歩くのは黒いメイド服を着たシホ、後ろを歩くのがピンクのメイド服を着た少年である。 (うう、ミニスカートと、パンプスのヒールのせいで、歩いてるだけで恥ずかしい……) 歩きながら、少年は恥ずかしさにうつむく。 そうすると、前を歩いているシホの後ろ姿――ちょうど彼女のスカートの後ろ側が見えて、少年はあることに気付く。 「シホさんのスカートのほうが、長い……?」 少年が着せられているピンクのメイド服は、膝の半ばほどの丈。下に穿いているパニエのレースがちらちらと見えるほどだった。 一方、シホが着ている黒のメイド服はほぼ膝丈。膝頭が隠れる程度にはある。 「ええ。あなたの着ているメイドは、見習い用のメイドですから」 歩きながら、シホは答える。 「私の着ているメイド服は、この大聖寺家の正式なメイド服です。汚れの目立たない黒いワンピースに、汚れてもすぐ取り換えられるエプロンとカフス、付け襟となっています」 シホはちらりと振り返って少年を見やり、 「そしてあなたのメイド服は、この大聖寺家の見習い用のメイド服となっています。正式のメイドと区別すると同時、奥様やお嬢様がたの目を慰めることを目的としたピンク色。エプロンなどは正式のものと同じですが、スカート丈は短く、動きやすいデザインとなっています。長いスカートですと、そのぶんワンピースを汚しやすいですから」 「な、なるほど……」 少年はようやく、このメイド服の丈が短い理由を理解する。とはいえ見習い扱いでピンク色の、ミニスカートメイド服が恥ずかしいことに変わりはなく、うつむいて恥じらう。 シホはふいに立ち止まって、少年を振り返ると、 「これからはメイドとして働くことになるのですから、お客様扱いはやめましょう。今後あなたは見習いメイドとして、家政婦としての仕事とともに、立ち居振る舞いや言葉遣いから学んでもらうことになります」 「は、はい」 「まずは返事からですね。私たちメイドに答えるときは短く『はい』と。奥様やお嬢様、お客様には『かしこまりました』と答えるように」 「は――はい」 「立つ時は両手を重ねて前に、かかとを揃え、つま先は前に」 「はい!」 「歩幅は小さく、つま先は内側を向けるように」 「はい!」 シホを真似て、再び歩き出す。 歩幅を小さく、つま先は内側に。 ただ歩くだけでも気を使わなければならず、女性らしい歩き方をしていることを思うと、また恥ずかしさが胸裏に湧きあがってくる。 少年が連れてこられたのは、エントランスホール――階段を下りた一階の中央だった。 玄関を背にして、シホのやや斜め後ろに立つ。先ほど彼女に言われた通りの立ち方を心がけながら、彼は改めてホールを見回していた。 (す、すごい……!) 小さな町工場に、まるでフジツボのように貼りついている狭い家での貧乏暮らしだった少年にとっては、まるでお城のような内装だ。 ただでさえ高い天井が二階まで吹き抜けになっているせいで、いっそう解放感がある。小さな家なら丸々一つ入りそうなほどの広さだ。左右には二階廊下へと続く階段があり、その間の廊下は半円形にせり出して、小さなテーブルと椅子が置かれていた。 床板は年季の入ったオーク張り、階段や廊下の手すりは金無垢で、瀟洒な花瓶には花が飾られ、壁には風景画や静物画などの小さな絵画が掛けられている。 「間もなく奥様とお嬢様方がいらっしゃると思いますので、しばらくお待ちください」 メイドのシホはそう言ったきり、後は無表情にまっすぐ立っている。 少年も彼女に倣って、なるべく表情を出さないように直立していると―― 「奥様とお嬢様がおいでです」 二階の廊下右手側から、ガラス細工のように美しく澄んだ、それでいて硬質な声が響き、シホはすいとお辞儀をする。 少年も慌ててそれに倣ってお辞儀をする――が、反応が遅れた分、二階廊下から現れた人影をいっしゅん目撃する。 黒いワンピースの正式メイド服。一五〇センチにも満たぬ小柄な体格で、顔立ちそのものも幼く見えるが、眼鏡の奥の目つきの厳しさと険しさには、逆らいがたい迫力があった。黒髪をまとめてしまっているのか、頭にはフリルカチューシャの代わり、メイドキャップをかぶっていた。 彼女はちらりと少年を見ると、ホールとの境の柱にすいと退き、お辞儀したままぴたりと止まる。 「当家のメイド長、エナです」 お辞儀したままのシホが、少年に聞こえる程度の小声で言う。どうやらその小柄な女性が、この大聖寺家のメイドのトップであるらしい。 しかし彼女について長く考えている時間は、少年には与えられなかった。 「その子が、うちの新しいメイドさんね?」 艶やかな声が、ホールを濡らすように響き渡った。 (続く)