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「売られたぼくは三姉妹のメイド」(1)

(1) 売られた少年とメイド服   ―少年がメイドとして買われること―  地方のとある町工場は、廃業の危機に瀕していた。  長らく続く不況で、銀行による強引な融資回収――いわゆる「貸しはがし」にあったのである。家族経営に毛が生えたような細々とした規模の工場で、設備も老朽化している。仮に工場そのものを売っても、すべての債権を解消できそうにはなかった。  一家で路頭に迷うか、あるいは心中するか。  追い詰められた折、とある資産家の一家から、天恵のごとき申し出があった。  回収を迫られている、債務の処理。  グループ銀行からの、多額の融資。  さらに関連企業との新たな取引も、紹介してもらえるという。  願ってもないほどの好条件。しかしひとつだけ、工場側にも条件が付けられた。  経営者夫婦の間にいる高校生の息子を、現在通っている高校から退学させ、その資産家の家で住み込みの使用人として働かせること。  経営者夫婦は息子と離れることに難色を示したものの、他に借金を返す当てもない。少年本人が了承したこともあり、取引は成立し――かくて少年は、その資産家の「使用人」として雇われることになったのだった。  しかし―― 「なんで、ぼくが、メイドなんですかぁっ!?」  広い邸内に、少年の叫びが響き渡る。  外国のホームドラマに出てくるような、広い庭のある高級住宅。煉瓦造りで切妻屋根ということもあって、まるで小さなお城のようにすら見えるこのお屋敷こそ、少年の「買い主」である大聖寺(だいしょうじ)家の邸宅だった。  大聖寺邸は大きく、次の三つの区画に分かれている。  中央部は一階がホールや応接間で、二階は客間。  東側は一階がリビングや浴室など家人の生活空間で、二階が個人の部屋。  西側は一階がランドリーや厨房で、二階が使用人部屋となっている。  少年がいるのは、西側二階の使用人部屋。八畳ほどの空間に、机とドレッサー、クローゼットが二つずつに、二段ベッドが一台。クローゼットの中はわからなかったが、机とドレッサーはそれぞれ一台ずつしか使われていないようだった。  先ほど叫んだ少年はその使用人部屋の最奥で、羞恥に体を震わせながら、まるで貞操を守ろうとする処女のように自分の肘を抱いてうつむいていた。  彼が着せられていたのは――先刻の叫びからもわかる通り――いわゆるメイド服だった。  膝の半ばほどまでしか丈がない、ピンクのハイネックミニワンピース。ボックスプリーツスカートが大きく広がっているのは、中にパニエをはいているためだ。袖は肩の部分で膨らみ、長袖の手首には真っ白いカフスを留めていた。  体の前後には、貫頭衣のような独特の構造をしたエプロン。正面にはピンタック、ふちにはフリルがあしらわれ、腰の左右をリボン結びで留めている。さらに襟元はスタンドフリルの付け襟を重ね、赤いリボンを結んでいるのが、独特のデザインだった。  脚は真っ白なニーソックスと、ヒールの高い、ピンクのエナメルパンプス。頭にもリボン付きのフリルカチューシャを載せている。  なんとも可愛らしいメイド服だが、もちろん少年が好きで着ているものではない。  大聖寺邸に連れて来られてすぐ、ここ使用人部屋に案内されて、着ていた服と下着を脱がされたところに、半ばむりやり着せられてしまったのである。文字通り着の身着のままでここに連れてこられたせいで、替えの服はおろか財布すら持っていない少年には、これを着ろと言われて渡された服は、たとえそれがピンクのふりふりメイド服であろうと着るしかなかった。  とはいえ、スカートは穿いているだけで恥ずかしい。パニエのせいでふんわりと広がっているせいで、内側の太ももや下着が無防備になっているし、ニーソックスの締め付けとの間にある「絶対領域」をも意識してしまう。トップスはそれ自体ではただの長袖ハイネックなのだが、色がピンクで、おまけに上にふりふりのエプロンを重ねていることを考えると落ち着かない。さらに内側に着用しているブラジャーとショーツも、アンダーバストやストラップ、下半身のビキニラインを意識せずにはいられなかった。  少年は出来る限り見られる表面積を減らそうとするかのように体を抱きながら、 「おかしいでしょ! 使用人として働くとは言われていたけど、ぼく、男なのに、なんでメイド服を……」 「メイドとして雇い入れるようにとの、奥様の仰せですので」  少年の愚痴に答えたのは、こちらも少年とほぼ同じデザインで、ただしワンピースの色が黒のメイド服を着た女性であった。  眠たげながら妙に鋭い目つきと、くしゅっとウェーブしたボブカットが特徴的な彼女は、大聖寺家のメイドで、シホと名乗っていた。  「買われた」少年を車で迎えに来たのも、この部屋に彼を案内したのも――「奥様のご命令です、お許しを」と言って彼の服をあっという間に脱がせ、一人ではブラジャーひとつ身に着けることができない彼にメイド服を着せ、ケープのようなシートをかぶせてやや伸びた髪をかなり短めのボブカットに整えたのも、すべて彼女であった。 「そもそもこの大聖寺家は、奥様とお嬢様がた、そして我々メイドだけです。そんな中に男性の使用人を入れるのは由々しき問題です」 「なら男のぼくをメイドにするほうが問題ですよ!」  渾身のツッコミだったが、シホはまるで聞いていない。少年を上から下まで眺め、まるで機械の点検をするような口調で、 「いえ、メイドなら問題ありません。お体も華奢ですからレディースのメイド服もぴったりですし、長い脚が短めのスカートから伸びて、とてもお綺麗です。肌もお白いので、ピンクも合いますね。よくお似合いですよ」 「褒められてるのはわかるけど、ぜんぜん嬉しくない……」  少年はがっくりと肩を落とす。  およそ男子高校生とは思えない、二次性徴が来ているのかさえ怪しい華奢な体は、まだ胸のふくらみさえない頃の少女も同然。声も高く、気弱な顔立ちも少女めいていて、ふだん男装していてさえ少女に間違えられるほど。こうしてメイド服を着ただけで、彼を少年と看破することは難しいだろう。  だがシホは鋭い目つきで、 「……ですがさすがに、ノーメイクで奥様達の前にお連れするわけにはいきませんね。どうぞ、こちらへ」  そう言って少年の手を引くと、手前側のドレッサー――化粧品が置かれた、使われているほうのドレッサーのチェアに座らせる。 「ま、待って、お化粧もするんですか!?」 「当然です。メイドとはいえ、化粧は必要です。あまり派手なのも問題ですが――いえ、あなたの場合はちょっとくらい派手なほうがよいでしょうか……」 「男なのに!?」 「存じていますよ。さきほど確認したばかりですから」  表情一つ変えぬシホの言葉に、少年はかぁっと赤くなる。服を脱がされたときに、彼の息子もばっちり見られていたのだ。普通なら人権侵害モノだが、両親の莫大な借金を肩代わりしてもらっている以上、あまり強くは言えない。  少年が黙り込んでいる間に、シホは彼の顔に化粧を施してゆく。先ほどの着替えと同様、少年には何をどうしているのか全く分からない液体やら粉やら、眉を切ったり書いたり、まつげをカールさせたり――その間、シホにじっとのぞき込まれながら、彼女の手で顔のあちこちを触られて、先ほどとは違った理由で顔がほてってくる。  そうして五分ほどしたところで、 「――こんなところですか。鏡をご覧ください」 「別に、確認なんて――」  する必要ない――そう言いかけた少年の唇が、鏡を見た瞬間に凍り付く。  もともと女顔で、ノーメイクでも少女と間違えられるほどの彼の顔立ち。しかしそれはあくまで、まだ化粧も知らぬ童女のそれであった。しかし肌を整え、眉を描き、睫毛を盛り、ほんの少しとはいえ頬と唇に朱をさしたその顔は、ほんの少し背伸びした美少女に変わっていたのである。  鏡に映る「美少女」が、とても自分とは思えない。ピンクのふりふりメイド服とも相まって、まるで萌え系アニメを実写化したかのようだった。 「す、すごい……これが、ぼく……?」  少年は鏡を覗き込んで、思わずつぶやく。  シホも無表情ながらどこか満足げにうなずき、 「ええ。これからは毎日、メイクをすることになると思いますので、きちんと勉強してくださいね。わたくしがご教示いたしますので」 「男なのに、それはちょっと……恥ずかしいですよぉ……」 「男でもメイドなら、メイクするのは当然しょう?」 「ううー……」  赤くなって黙り込む少年を、シホはじっと見つめていたが、 「さて、そろそろ時間ですね。奥様を始めお嬢様たちがお待ちです。ご挨拶に向かいましょう」 「あ、挨拶……!」  言われて、少年はびくっと背筋を伸ばす。 「では、私についていらしてください。くれぐれも、失礼のないように」 「……はい、よろしくお願いします、シホさん」  少年は喉を鳴らし、覚悟を決めて頭を下げた。  どれほど大変だろうが、家族のために「買われ」る――この話を聞いたときに固めたその決意を、改めて思い出す。 (そうだ、ぼくは買われたんだ……それも、僕なんかにはとてももったいないくらいの、破格の値段で……) (だったら――ちょっとくらい恥ずかしいくらい、我慢しなくちゃ……!)  そう自分に言い聞かせ、部屋を出るシホのあとについて、廊下を歩きだす。  しかし―― (でもやっぱり、恥ずかしい……!)  歩くたびに揺れるスカートと、慣れないヒールに、鏡で見た今の自分の姿を思い出し、真っ赤になる少年であった。     (続く)


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