食の街「グルメルメシティ」。
数百件もの飲食店が立ち並び、あらゆるジャンルの食を楽しめる街だ。
ある者は観光目的で。
ある者は旅の途中の空腹しのぎで。
ある者は全店舗攻略を夢見て。
今日も多くの人々がこの街を訪れ、話題の店の人気メニューを、或いは隠れた名店のまだ見ぬ絶品グルメを求めて練り歩き、活気と賑わいに満ち溢れていた。
そんなグルメルメシティで近ごろ特に繁盛をみせているのが、和食エリアの牛丼店「吉野亭」だ。
アツアツに炊いた白米の上に、柔らかくジューシーな牛肉と甘みのある玉葱、コクと旨味を効かせた出汁つゆがたっぷりとかけられた極上の牛丼が、この店の看板メニュー。
ひとたび店の扉を開けば、店内を包み込む極上の香りが来店客の心を満たし、ボリューム満点の牛丼がお腹を満たしてくれるのだ。
だが、この店の "看板" は牛丼だけではなかった―――
「牛陽ちゃーん!こっち牛丼まだー?」
「おっとと、は~い!只今お持ちしまーす!」
「牛陽ちゃーん!こっちにも牛丼二つ、特盛で!」
「特盛お二つですね!かしこまりましたー!」
ガララッ……
「すいませーん、席空いてますかー?」
「あっ!いらっしゃいませ~!!」
「お一人様ですか!? 吉野亭へようこそ!」
彼女の名前は吉野屋 牛陽(よしのや ぎゅうひ)。
つい一ヵ月前、この吉野亭で働き始めたばかりの新人だ。
「お席へご案内しますね!少々お待ちくださいっ!」
お膳を手に忙しく動き回りながらも、屈託の無い笑顔で接客するその姿に、店内の誰もが元気を貰い、癒されていた。
『あの子、最近入った子だよね?よく頑張るなぁ~』
『ぎゅうひちゃん、って言ったかな?あの子の笑顔見てると、こっちまで笑顔になれるんだよなぁ~』
『これぞ正に "看板娘" って感じだよな!』
牛陽の働きぶりに感心する来店客たち。吉野亭はこの日も大繁盛であった。
~その夜~
「牛陽ちゃん、今日もお疲れさま。」
「あっ大将。お疲れさまです!」
客席の整頓をしていた牛陽のところへ、吉野亭の店主がやってきた。普段は厨房で調理を行っているためフロアに出てくることは稀だが、白い髭を蓄えた穏和な顔つきで、常連客からは親しみを込めて『大将』と呼ばれ、愛されている。
「いつもありがとうね。牛陽ちゃんが来てからお客さんの数もうんと増えたし、君の働きぶりはこの辺りではすっかり有名だよ。」
「そ、そんな……!私なんてまだまだです……!」
大将からの労いの言葉に、思わず赤面する牛陽。右手に台ふきんを握ったまま、アワアワと両手を振って否定する。
「私、子供の頃家族と一緒にこのグルメルメシティに来て……。いろんな美味しいお料理と、可愛い看板娘さんたちに心を奪われたんです。いつか私も、この街で看板娘になって働けたらいいなって……。だから、先月シティに移住してきたばかりの私を雇ってくれた大将には、本当に感謝してるんですっ!」
きらきらと瞳を輝かせて思いを伝える牛陽。その真っすぐさに、大将の表情からも自然と笑顔がこぼれた。
「ふふ、やはり君を雇って良かったよ牛陽ちゃん。」
「大将……♪」
「うちを選んだ理由を聞いたとき、『店名に "吉野" が入っててなんか親近感を感じるからです!』と大真面目に答えた時は、さすがにこの子大丈夫か?と思ったけどね。」
「た、大将ーーっ!?」
過去の失言を掘り返されて取り乱す牛陽の様子に、はっはっはと笑い声を上げる大将。そのまま出入口に向かい歩いてゆく。
「さてと、今日はもう上がらせてもらうよ。あとの戸締り、よろしくねぇ。」
「うぅ~!わかりましたぁ~!」
唇を尖らせながら、大将の背中へ向けて返事する牛陽。出入口でいつも通り暖簾を外し、大きな体が店の敷居を跨いだ。
「……。」
だが、そこでぴたりと歩みが止まる。
「大将?どうかされましたか?」
「……先月ってことは、君ももうウチに来てひと月が経つ……という事か……。」
「……?」
牛陽に話しているのか、独り言なのか、それすら曖昧な程に小さく呟いた大将。いつもと違う様子に、牛陽は違和感を覚える。
「えっと……そうですけど……?」
「……そうか。」
肩を落としたように、ひねり出すように、弱弱しく声を発する大将。先ほどまでの温和な口調が、まるで別人の物だったかのようだ。
「……明後日は店休日だったね。明日、お店が閉まった後……大事な話をしようと思うんだ。すこし遅い時間になるけど、予定を空けておいてくれるかい……?」
「わ、わかりました……。」
そう告げると、大将は今度こそ店の外へと出て行った。扉がガシャリと閉まるその瞬間まで、牛陽の方を振り返ることはなかった。
「大将……どうしたんでしょう……。」
哀しげな声だった。毎日見送っている大きな背中が、あんなに小さく見えたのは初めてだった。
「何か悩み事でしょうか……。私が力になれる事であれば、どんなことでもお手伝いしなきゃ、ですね!!」
両手をグッと握りしめ、決意を固める牛陽。
そのまま、作業の途中だった客席の整頓を再開する。
その時だった。
ガラガラ……
出入口の扉が開く音がした。
「あれ? 大将、忘れ物ですか―――」
大将が戻って来たのかと思い、出入口の方に目を向けた牛陽。しかし、そこに立っていたのは。
「…………。」
「あ、あれ?」
(女の子? それも私と同い年くらいの……)
「…………。」
「あ、えっと~。ごめんなさい、今日はもう閉店の時間で――」
「あなたがこのお店の……"看板娘"……ですか?」
「へ……?」
「あなたが吉野亭の看板娘……巷で噂の……牛陽さんですか……?」
胸の前で拳をキュッと握りしめ、緊張した面持ちでそう尋ねてきたのは、赤い仕事着を纏った一人の少女だった。
「は、はい。牛陽は私です……。といいますか、巷で噂……!? 私本当にそんな事になってるんですか?!」
「はい、それはもう……」
「あわわ……!大将が言ってたこと、本当だったんですね……はうぅ~!」
少女の言葉に、嬉しさと恥ずかしさが湧き上がる牛陽。頬に両手を当てて照れ笑いする。
「すこし遅い時間になってしまいましたが、お会いできて良かったです。私、今日は牛陽さんに用があって参りました。」
「私に? あっ、その恰好……ひょっとして貴方もどこかのお店の看板娘さんでしょうか? わぁ!私ずっとお店が忙しくって、なかなか同業の女の子と仲良くなれる機会が無かったんです!」
興奮気味に話す牛陽。湯呑を二つ手に取り、厨房に足を向ける。
「さぁ、中へどうぞ!今お茶をご用意しますね!嬉しいです、やっと私にもお友達ができる――」
「馬鹿に……してるんですか……?」
「……っ?」
遮るように放たれた言葉に驚いた牛陽は、思わず足を止めた。
「お店が忙しいとか……私と仲良くなるとか……」
少女の表情が険しくなる。悔しさを滲ませた視線が、牛陽を見つめていた。
「私のこと、馬鹿にしてるんですね……!!」
「!?」
思いもしなかった少女の言葉に、牛陽は戸惑う。
「ど、どうしてですか!?馬鹿にだなんて私……!」
「ほら、今だってしてるじゃないですか!舐められたものです……!」
そう言うと少女は店内へ入って来た。
「でも、そんな風に余裕ぶっていられるのも今日までなんですからね……!どちらが看板娘として上なのか今ここでハッキリさせて、私はお店にお客さんを取り戻すんです……!」
「えぇ!? な、なにを言って……!あなたはいったい……!?」
「私はグルメルメシティ1番の老舗牛丼店『紅牛(べにぎゅう)』の看板娘・火麟。」
「『吉野亭』看板娘・吉野屋牛陽! あなたに一対一の決闘を申し込みます!」
《つづく》
ミニラ
2023-02-07 11:57:54 +0000 UTCミニラ
2023-01-29 11:50:19 +0000 UTCミニラ
2023-01-29 11:48:17 +0000 UTCミニラ
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