言葉通じず拳で語れ 後編
Added 2023-05-15 14:10:48 +0000 UTCはっきり言って、初対面の印象は最悪だった。私からしたら美優は友達を過剰にボコボコにした憎き女であり、美優からしたら私はタイマンの邪魔をした敵対中学のひとり。そして口論からの顔面のぶん殴り合い。ここから仲良くなる未来なんてほとんどゼロだ。 でも実際、私と美優は仲良くなった。今では一番仲のいい友達と言っても過言ではない。 きっとそれは、私と美優の初めてのタイマンが引き分けで終わったことが大きく影響していると思う。私が勝っても美優が勝っても、今のように仲良くはなれなかっただろう。お互いに意識を飛ばして引き分けに落ち着いたからこそ、私と美優はお互いを認め合い、良い友人関係になれたんだと思う。 タイマンの時は、美優は話の通じない頭がイカれた喧嘩狂だと思っていたけど、ゆっくりと話しをしていく内にそれが誤解だということがわかった。いや喧嘩狂という部分はあながち間違っていないかもしれないけど、話が通じないわけではなかった。 ただ美優は、他の子よりも少しだけ、喧嘩に対して真摯に向き合っていただけだった。一度始めたタイマンは何があっても中断しない。勝敗か引き分けか、なんにせよケリがつくまでは絶対に続ける。そういう信念が、美優にはあったということだった。それが少し、アドレナリンのせいで暴走してしまったのだ。 拳を交えたら分かり合える。なんて少年漫画のような青臭いことを言うつもりはないけど、実際のところ私と美優は殴り合うことで分かり合えた。たとえ最初は言葉の通じない関係だとしても、喧嘩することで少しは分かり合えるかもしれないという可能性を知ることが出来た。 そういう意味では、美優との出会いは本当に価値のあるものだったと思う。 だから私は美優の言葉に笑って頷いた。 「そうだね。あの殴り合いのおかげで今がある。だから美優の言う事も一理あるかも」 「そうそう、困ったら殴り合えばいいんだよ。だから私、もし強そうな外国人に絡まれても怖くないよ。相手が何言ってるのかわかんなくても、殴り合えばいいだけなんだから」 「でも、外国人と喧嘩になることなんて多分ないだろうね。私は今まで一度も無い」 「私もー。ハーフの子とはあるけど、そいつはバリバリ日本語喋ってたし、なんなら私より国語の成績良かったし」 「それは少し気にした方が良いと思うけど・・・・」 それから他愛もない話をして、私たちは駅前で別れた。改札の奥へと消える美優の背中を見送った後、駅の中のトイレへと向かった。私の家はここから歩いて10分ほどのところだけど、それでは少し間に合わないくらいには尿意の限界が来ていたのだ。 トイレへと入ったが、運の悪いことに個室の扉には全て鍵がかかっていた。駅の中にはまだほかにもトイレはある、そっちの方に行くか、それともここで個室が空くのを待つか。そんなことを考えていたところに、タイミングよく個室の一つの鍵が開き、ゆっくりと扉が開いた。 中から出てきたのは、私とほとんど同じ体格の子だった。長い黒髪の、歳もきっと同じぐらいの美人な子だ。ただ、その子の口元に痣のような薄い痕があることに、私は一瞬見ただけで気付いた。 その子は扉の前に立ってた私の存在に少しびっくりしたように表情をハッとさせた。私は少し気まずくなり、少し顔を俯かせてその子が立ち去るのを待つ。女の子は洗面台の方へと歩いていき、代わりに私が個室へと入る。 便器に座りながら、いますれ違ったばかりの子の顔を思い返す。あの傷、まず間違いなく誰かに殴られた痕だろう。さっきの美優の傷だらけの顔を思い出す。あれは、美優のものと同種の傷だ。でもあれが喧嘩で負った傷とは限らない。もしかしたら彼氏からのDVとかだってあり得る。 でも・・・・なんとなく、一瞬すれ違った時に不意に合ったあの子の眼。・・・・なんだろうこの気持ち。あの子、私と同類な子な気がする。私や美優と同じ、闘う女の眼をしていたような。 いや、考えすぎか。・・・・私の悪い癖だ。美優ほどではないけど、私も充分な喧嘩狂。強そうな子を見ると自分とどっちが強いのかとかをどうしても考えてしまう。あの子の顔を殴ったらどんな感触なんだろうとか、どんな殴り返しをしてくるのだろうとか、そんなことを考えてしまう。ダメだダメだ。こんなことばかり考えていたら、美優以上の喧嘩狂になってしまう。 ・・・・でも、でももし、もう一度さっきの子に会えたら、ちょっと話しかけてみようかな。別に喧嘩を売るわけじゃない。その傷どうしたんですかとか、ほんの雑談のような感覚で話しかけてみよう。 まあ、そんな奇跡みたいなこと起きないだろうけど。 考え事をしながら用を足し、私を一息ついて個室を出る。洗面台で手を洗ってトイレを出て、駅の出入り口へと向けて歩き出す。 そんな私の前に、さっきの子がいた。 トイレの前に置かれた3人掛けのベンチのひとつに、さっきの子が座っていた。まるでトイレから出てきた人を待ち構えるように、トイレの方をじっと見て。私は思わぬ再開にドキリとして、思わず立ち止まってしまう。 視線は完全に合っている。私のその子は、お互いに顔をじっと見つめ合った。やっぱりそうだ。あの子の口元の傷は、誰かに殴られた時の痕だ。それによくみれば鼻頭や右目元にも薄い傷がある。 この子はここで何をしているんだろう。私を見る視線にはどこか鋭さがあり、見ているというよりはガンを飛ばしているという表現の方が正しい。そうなると私の視線も自然と鋭くなり、私とその子は睨み合う形になっていた。 その子はベンチから立ち上がり、私の前まで歩いてくる。私たちの視線はぶつかり合ったままだ。・・・・なんとなくだけど、この子も私と同じ気持ちなんじゃないかと思った。もしかしたらこの子、私と喧嘩したいんじゃ。 そう思ったら最後、私は無意識に気持ちを口に出していた。 「喧嘩売ってるの?」 それに対して、その子も口を開く。 「××××・・・・」 「・・・・え?」 その言葉は聞き取れなかった。ていうか、明らかに日本語ではなかった。詳しくないけど、多分韓国語。もしかしてこの子韓国人なのか。確かにそう思って見てみれば、どことなく顔立ちがそんな風に見えてきた。日本人と韓国人の違いなんてほとんど見分け付かないけど、それでもメイクの違いとか小さな顔立ちの差とか、なんとなく日本人らしくはない気がする。 この子がいま、私の言葉に対してなんて言ったのかはわからない。そもそも、韓国人であろうこの子に私の言葉が理解出来ているのかもわからない。でも意思の疎通が出来ていないわけではないと思う。だって、私を睨みつけるこの眼が何よりの証拠だ。この眼はよく知っている。これから喧嘩する子が私を睨みつけている時の眼と、そっくりだから。 「近くにちょうどいい公園がある。付いてきて」 多分理解できていないだろうけど、私はそう言って駅の出入り口へと歩き出した。振り返ればその子はちゃんと付いてきている。私は胸が熱くなるのを感じて、少し早歩きになった。 ふと、さっきの美優の言葉を思い出した。 言葉が通じなくても、殴り合えばいいんだよ。 ・・・・たしかにそうかもしれないと、思わず笑いそうになった。