「な、何してるんだ……宮本!」
学校からの退勤間際に、俺は野球部の部室を施錠の確認のために訪れた。そこで目にしたのは、野球部主将の宮本という生徒が、ユニフォームを膝下までずり降ろし──部員のスパイクを嗅ぎながら、チンポを扱いている姿だった。部室の電気を点けた俺を見て、動きを止めた宮本は、とろんとした目つきのまま荒い息を吐いている。
「その……まずはユニフォームを着てくれ」
俺はどうしたものか困惑しながらも、宮本にそう声を掛けた。あまり大事にはしたくないが、しかし、これは……。
「角田先生……その……すみません」
宮本はうなだれながらもユニフォームを着て、言葉少なに口を開いた。
「俺、この間からおかしくて……」
「うおっ!」
ユニフォームを着た宮本はぽろぽろと泣きながら、俺に抱きついてきた。まだ固くなったままの宮本の股間が、ユニフォーム越しにぐりっと俺の太腿に当たる。俺は気色悪さを感じながらも、宮本を傷つけないようにそっと両肩に手を置いて、体を引きはがした。
「その……すまん。宮本は男が好き……なんだよな? けど、こういうことされると、先生もどうしていいのかわからなくなる。一旦落ち着いてくれ」
「そうじゃなくて……俺、先週までは女の子が好きだったのに……いきなり、こうなっちゃったんです」
宮本は俺の手を取った。一瞬、ビクッとしてしまったのを堪える。宮本は……どこかいやらしい手つきで、俺の手を撫で回している。
「その……宮本。こういうの、本当にやめてくれないか。俺は結婚しているし、男同士でこんな……」
「大丈夫ですよ。先生もすぐに……俺みたいになりますから。『中の人』が代わると、どうしようもないんです」
「は? えっ──」
ぷしゅっ、と間の抜けた音がした。途端に、俺は猛烈なダルさを覚えてふらついた。やけにジャージが重く感じる。俺は立っていられなくなり、ずるずると床に膝を付いた。
「あ──」
膝どころか、俺の体からはどんどん厚みがなくなってきていた。空気を抜いた浮き輪のように。腕が、胴体がペラペラになっていく。やがて完全に空気が抜けると、俺は着ていた服の重みで身動きが取れなくなってしまった。
「よいしょっ……と。プハッ!」
(な、なんだあいつは!)
服の中で身動きが取れない俺が見たのは、宮本の背中から、三十代くらいの太った男が出てくるところだった。男はぺしゃんこになった宮本を脱ぎ捨てると、無精髭を生やした汚らしい顔でにんまりと笑い、ペラペラになった俺をつまみ上げた。
「デュフッフフフ! いやあ、野球部主将の人生を送るのも悪くないと思っていたのですが、体育教師もなかなか良さそうですなあ!」
(なんだ! お前は!)
俺は声にならない声を上げた。そいつには聞こえたようで、フヒッと不快な声を漏らして答えた。
「デュフッ。実は拙者、童貞のまま三十歳の誕生日を迎えたところ『他人を皮にする能力』に目覚めてしまいまして……それでこうして、他人の人生を楽しんでおるわけですぞ」
(そ、そんな馬鹿なことあるか! 俺と宮本を元に戻せ!)
「もちろん、元に戻して差し上げますぞ。よいしょっと……」
(うわっ! 何をする! やめろ!!)
そいつは俺を後ろ向きにすると、背中を弄った。するとジッパーのような音がして、空気が俺の体の内側(?)に入ってきた。
「フヒッ! それではノンケ体育教師、試着と参りますぞぉっ!」
(試着!? うわっ!)
ぬるりと、不快な感触がした。太った男特有の、酸味のある体臭。それが間近に……俺の体の内側に入り込んでくる。やつが足を俺の体の中に入れたのだ。
(やめろやめろッ、すぐにやめろっ!!!!)
俺は懸命になって叫んだ。他人に「着られる」というのは初めての体験だったが、猛烈な不快感があった。自分の大切なところを覗かれて、踏みにじられる感覚──それが次第に広がっていく。
(あっあっ、ああーっ!)
しかし、やつは俺を着ることを止めなかった。そいつの臭いチンポがぐりっと俺のチンポの内側に押し当てられる。ご丁寧に空洞になっている俺のチンポの中に、そいつのチンポが内側から挿入されたのが、嫌でもわかった。かなり短小のようだ。その気持ち悪さに吐きそうになる。
「デュフフフフ! あとは頭を被れば……完了ですぞー!!」
両腕も入れられてしまい、残っているのは頭だ。ヤツの頭が、皮になった俺の内側に、無遠慮に入ってくる……気色悪いことに、俺の唇の内側に、そいつの唇が当たっている。そいつは俺の皮を引っ張って、目鼻や唇の位置を調整し始めた。
(くそっ! 気持ち悪い! すぐにやめろっ!)
「デュフッ……こんなものですかな? さあ、ご覧ください」
(うわっ……)
部室の壁掛け鏡に映っていたのは、なんともひどい姿の俺だった。皮にされた俺は、着ている男が肥満体型なせいで、みっともなく皮が伸びていた。腹がでっぷりと太った太鼓腹だし、手足の長さも足りずに余っている。なんなら頭の大きさも違うので、顔の印象もだいぶ違ってしまっていた。
「さて……これで拙者が、あなたの人生を頂く準備は整ったわけですな」
(まさか……こんな状態で俺のフリをするっていうのか?!)
出来るわけがない。確かに俺は謎の力で皮にされたが、こんな不格好な姿で人前に出たら怪しまれる。俺がそう指摘すると、太った男は「デュフッ」と気持ちの悪い笑みを浮かべた。俺の顔で、俺がしないような表情で。
「まあまあ。それは……『あなたの協力がなかった場合』の話でしょう?」
(ハァ?! 俺は絶対に、お前なんかに協力しないぞッ!)
俺はそう言い切ったが、ヤツはニヤニヤした笑みを浮かべると、俺のこめかみに両手の指先を当てて唸り始めた。その途端、全身にむず痒さが広がっていく。全身を触られているように感じたそれは、次第にねっとりとしたものに……全身を舐められているかのような感覚に変わっていった。
(あっ、んっ! ひぁっ!)
「デュフッ……何度やっても、これはくすぐったいですな!」
俺の皮を着た太った男が、鏡の前で身を捩っている。すると鏡に映る姿が、次第に変化し始めた。皮が余っていた両腕と両足が、次第に膨らみ、自然な形に変わり始めた。でっぷりと膨らんでいた太鼓腹が凹んでいき、俺本来の鍛えられた腹筋に変わっていく。
(な、なんだこれっ……ンッ!)
頭の形も変わり始めていた。顔の凹凸が自然な形に変わっていく。それと共に、さっきまでの不快感が潮のように引いていき、代わりに興奮と快感がじわじわと押し寄せてくる。ヤツがしたり顔で解説する。その声も、いつの間にか俺の声になっている。
「それは当然でしょう。これから拙者とあなたは、一心同体になるのですから。身も心も一つになる以上、どうやっても、あなたは拙者に協力してしまうのですぞ!」
(なんっ……だとっ!)
「拙者の興奮を、あなたも感じ始めているのですぞ! デュフッ!」
皮だけになった俺の体が蠢く。元の俺の体と寸分違わず同じ姿になっていく。ビンッ!といきり勃ったチンポが跳ね上がり、腹筋に当たった。いまや俺はどうしようもなく、この変化に興奮し、欲情していた。自分の皮を着た太った男が、自分と同じ姿になるという奇っ怪な現象に。俺の頭の中にヤツが入ってくるのを感じる。まずいまずいまずい! このままでは、俺がヤツになってしまう! ヤツが俺になってしまう! デュフフ! それはなんて……素晴らしいことではありませぬか……拙者も興奮を禁じえませんぞ! 違う! こんなの俺じゃない!
(くっそぉぉぉお!!! やめろっ! 俺を拙者にするなぁぁっ!!)
デュフッ、という気色悪い笑みが、俺の表情筋に浮かび上がるとと共に、俺は射精した。
※
「ハーッ……ハーッ……ハーッ……」
俺は肩で息をしていた。熱っぽい頭のまま、自分の手足を動かす……よし。自分の意思のまま、手足を動かすことが出来た。射精を終えたチンポは萎え始めていたが、未だに粘っこい汁を床に垂らし続けていた。どうやら体型は元の俺に戻っているようだった。。
「いったい……何だったんだ?」
思ったままのことを口にする。先程までと違い、ちゃんと自分の口で発声できた。
「おい! どこだ! いるんだろう!」
俺は大声を出してヤツを……例の太った男に呼びかけた。しかし、ヤツは何も返事をしなかった。俺の外に出たのか……それとも、まだ中にいるのか。俺は訝しげに周囲を見渡し、自分の体を念のため確かめた。そして、頭を殴られたような衝撃を受けた。
「うおっ! え、エロっ……」
三十路過ぎの体育教師の肉体……骨太で筋肉質な体に程よく脂肪が乗った肉体。それが醸す男臭さに、俺は鼻息が荒くなるのを感じた。いったいどうしたんだ? 普段見慣れている自分の体なのに、無性にエロチックなものに感じられる。俺は夢中で自分の体をまさぐった。学生時代にラグビーで鍛えた厚い胸板。割れた腹筋。ぶっとい大腿筋。固く引き締まったケツ。そして太ましいチンポ……こんなにもエロい体が、俺の体なんだ。うへへ、たまんねえな……その事実に感極まった俺は、ため息を吐きながら自分の体を抱きしめるように、両腕を胸の前で交差させた。
「あぁ……俺の体……誰にも渡さないぞ……俺だけの……」
自分でも理解できない衝動。頭の片隅では、あの太った男が俺の中に入ったせいなのでは?という気がしていた。だが、この興奮は間違いなく、俺のものだ。俺の本心だ。34歳既婚のノンケ体育教師に欲情するようになった性癖──いや、元ノンケ体育教師だ。俺は自分が同性に、男に惹かれるようになったのを感じていた。大学時代のラグビー部の連中の着替えを思い出すだけで、デレッと顔がにやけてしまう。
「あぁ……いるんだな、俺の中に……」
俺がようやく気づいたのは、自分の乳首を弄りだしたときだった。拙者と言っていたあの太った男。あの男が、今も自分の中にいる。あの男と俺は一心同体になってしまった。あの男にホモに変えられてしまったという事実にさえ、俺は興奮してしまう。いや、それどころか……いま思考を巡らせている俺自身さえが──
「デュフフ……すっかり既婚ノンケ体育教師の人格に呑まれてしまいましたな。不覚不覚」
俺の意思で、俺の声で、俺ではない誰かの本心を口にする。さっきまでの自分の口調なのに、むしろ違和感を覚えてしまう。俺はあの体育教師、角田健太郎の皮を着たことで、人格ごと肉体を乗っ取った。そのことに気づかず、角田健太郎として振る舞ってしまうほどに。屈強な体育会系の俺と、陰キャで童貞ニートの拙者が、身も心も一つになってしまったという事実に……
「たまらん……あうぅ……さっきまで拙者だったのに……! 俺になっちまってる……!」
俺の低い声が漏れる。俺は床に落ちていた自分の下着を拾うと、それを顔に押し当てた。むっと濃い男の体臭が鼻孔に広がる。嗅ぎなれた自分の体臭。それに興奮するようになった変態。熱に浮かされたように、ギンギンに勃起したチンポを扱きながら、うおっうおっと雄臭い声を漏らす。やがて鋭い快感が背筋に走り、今日二度目の射精が、俺の下半身に起こるのを感じた。
※
他人に身も心も奪われてしまうのが、こんなにも心地よいことだとは思っていなかった。SF映画で寄生生物に寄生された人間を見るたびに、なんておぞましいのだろう、俺は絶対にこんな風にはならないぞと考えていたのが、まるで馬鹿らしく思える。
あれから俺は自分の家に──角田健太郎の家に帰宅した。
【この続きは300円プランで公開しています。こちらからどうぞ】