ぼくがそのカードを見つけたのは、下校中のことだった。今日は家庭訪問があるから、早く帰ってきてねってママに言われてたんだけど……よそのおうちの生け垣に、なにかキラキラした金色のカードが引っかかっているのを、ぼくは見つけてしまった。
「なんだろう?」
ぼくはカードを手にとった。金色で、金属でできてるみたいなカードだった。「入れ替わりパスポート」と大きな字で書いてある。裏をめくると、説明がいくつか書いてあった。
「このパスポートは、誰とでも、何でも入れ替えることができます」
「このパスポートの所有者は、熱烈な入れ替わりフェチになります」
それを読むと、なんだか変な気持ちになってきた。
どくん
「な、なんだろ、これ……」
ぼくは急に胸がどきどきしてきた。入れ替わりフェチってなに? って思っていたら、さっきの文章の下に意味が書いてあった。「入れ替わりフェチとは、入れ替わりが大好きな人のことです」えっ、でも、さっきまでこんなこと、書いてなかったよね……? まるでぼくの心を読んで、書き足したみたいで、不思議な感じがした。入れ替わりフェチって、初めて聞いた言葉だけど……入れ替わりが大好きな人、って意味なんだ……ふうん……。
「んっ、なんか……ぼく……!」
ぼくはおしっこに行く前みたいに、そわそわしてきた。よくわかんないけど……入れ替わりたい! ぼくはとつぜん、そう思った。誰でもいいから、誰か他の人になってみたい! 誰かいないかな? 誰か……!
「おうい、そろそろ休憩にしようや」
近くの工事現場で、作業着を着たおじさんたちが働いていた。その中の、ひげを生やしたえらそうなおじさんに、ぼくは目が釘付けになった。もし、ぼくが……あのおじさんと入れ替わったら、どうなっちゃうんだろう。そのことを考えると、なんだかもう、体がばくはつしそうになる。はやくはやく! あのおじさんになりたい!
「あっあのっ! おじさん!」
「ん? どうした? 坊主」
ぼくは、ひげのおじさんにさっきのカードを見せた。
「ぼくと、入れ替わってください!」
「ん? おう……いいぞ」
ぐにゃりと、何かがゆがんだ感じがした。
※
「んあ? あ゛ぁ……」
野太い声が俺の喉から漏れた。視点が急に高くなる。気がつくと、ぼくは俺に──私立若葉が丘小学校に通う前田佑樹から、寺尾建設工業に勤める黒澤健治になっちまっていた。いきなり46年間分の、さっきまで他人だったオッサンの記憶が俺の記憶として思い出せるようになり、混乱しつつも俺は鼻息を荒くしていた。入れ替わった後の俺も、入れ替わりフェチになったままみてえだ。作業着の股間が、熱く、固くなり始めていた。
「んっ、あっ……す、すごい……ぼく……!」
俺になっちまったオッサンはというと、顔を赤くして、もじもじと華奢な足を動かしていた。精通もしていないガキになったうえ、どうやらオッサンも入れ替わりフェチになっちまったらしい。さっきまで俺が着ていた私立小の紺色のズボンの上から、股間をぐりぐりといじっていた。
「へへへ……こいつはすげえじゃねえか」
例のカード……入れ替わりパスポートは、いつの間にか俺の手の中にあった。どうやら入れ替わっても、こいつは俺のモノのままらしい。よく見ると右下隅に「所有者:黒澤健治」と書かれていた。裏にあった説明の続きを読んでみた。
(ふーん。『何を入れ替えたいのか、個別に指定することもできます』『相手に入れ替わることを話すと、相手も入れ替わりを認識したうえで入れ替わります』『相手に話しかけずに念じると、相手は入れ替わりを認識できないまま入れ替わります』『入れ替わりを認識していない相手に、パスポート所有者が入れ替わったことを後から教えると、入れ替わりが認識できるようになります』なるほどな……)
俺は試しに「外見だけ入れ替わりたい」と、オッサンに話しかけずに念じてみた。急に視界が低くなる。すると、野太い声が俺の上から聞こえてきた。
「あのっ! おじさん……ぼく、なんだかその……お、おちんちんが変なんですけど……こういうの、どうすればいいんでしたっけ?」
そこには「俺」がいた。私立若葉が丘小学校の制服を着た、厳つい中年男が。整髪料を付けた濡れパンチパーマの上に白い通学帽を被り、口髭と顎髭を蓄えた強面のオヤジが、白い半袖のワイシャツと、サスペンダー付きの半ズボンを着て、私立小のランドセルを背負ってもじもじしていたのだ。半ズボンにはくっきりとデカマラが浮かび上がっていやがる。入れ替わりフェチになっちまった俺は、その光景に興奮しながら口を開いた。
「お、おう……悪ぃ悪ぃ。そんじゃ、いま元に──いや、ちょっと待ってろよ」
俺は入れ替わりパスポートの裏面の説明書きを読み直して、いくつか入れ替わりをした。
※
「あっ、あのっ……佑樹くん……だっけ? また、おじさんと入れ替わりしてくれると……うれしいな」
「おう。俺も楽しかったぜ。黒澤のおっちゃん。また入れ替わろうな」
俺はランドセルを背負い直した。俺たちはある意味では──「元に戻った」。「何も言わなければ、入れ替わりを認識できない」という入れ替わりパスポートのルールを利用して、一度全て入れ替わりを元に戻してから、もういちど黙って入れ替わった。今の俺は「体も性格も黒澤健治だが、立場は前田佑樹」の状態だ。そんでもってあのオヤジ、黒澤健治の方は、体も性格も前の俺に──前田佑樹になっちまってるが、そのことに気づいていない。「元の自分の体に戻った」と思っている。小学生サイズの作業着を着て、入れ替わりフェチになっちまった小学生の体で、さっきの入れ替わりでも思い出しているのか、うっとりとした表情をしていた。
(ま、さすがにこのままだと、ドカタ仕事にも苦労しそうだしなぁ……)
俺は黒澤のおっちゃんと別れると、たまたまそこを通りがかっただけの30代くらいのがっしりした体格のサラリーマンと、黒澤のおっちゃんの体を入れ替えてやった。中身はがきんちょのままだが、体が大人ならどうにかなるだろう。後で会った時に入れ替わっていることを教えてやれば、体も心も別人になっていることに興奮するに違いない。
※
「おう、帰ったぞ」
「もう、佑樹ったら……今日は家庭訪問だから早く帰ってきてねって、朝も言ったでしょ」
「おう。悪ぃ、母ちゃん」
入れ替わりパスポートをあれこれ試しながら帰っていたら、家庭訪問の時間ギリギリになってしまった。服装だけ入れ替えてみようと思い、コンビニにいたトラックの運ちゃんの服を幼稚園児と入れ替えたり、髪型だけ50代のサラリーマンと女子中学生を入れ替えたり……元に戻してはいないが、まあ大丈夫だろ。家に帰ると、母ちゃんが俺を出迎えた。朝、家を出たときは小学生の息子が、身も心もむさ苦しい中年オヤジになって帰ってきたのに、母ちゃんはこれが普通の状態だと思っているみたいだった。俺はそのことにも興奮しつつ、自分の母親の後ろ姿をじろじろと眺めた。
(へへへ……なかなかエロい腰つきしてんじゃねえか。胸もでけえし……あーくそっ! 母ちゃんのおっぱいにむしゃぶりつきてえっ!)
「母ちゃ〜ん!」
「ど、どうしたの?」
「今日、学校で嫌なことがあってよぉ……なあ、いつもみたいに頭撫でてくれよぉ」
「もう……佑樹ったら本当に甘えん坊さんね」
俺は濁声で頼み込むと、母ちゃんが頭を撫でやすいように帽子を脱いで、かがみ込んだ。母ちゃんは苦笑しながらも、俺の濡れパンチのごわっとした頭を──整髪料と加齢臭の混じったむさ苦しい髪を、よしよしと撫でてくれた。俺の興奮は最高潮に達し、半ズボンの中でデカマラがビンビンに勃起し、厳ついオヤジ顔がデレッと緩むのを感じていた。
(んほぉっ! おっ、俺っ! オヤジになっちまったのに、母ちゃんにいい子いい子されちまってるッ! 母ちゃんで勃起するような悪い子なのにッ! ぐへへ……!)
「佑樹?」
「あー……先生が来るまで部屋で勉強するわ」
俺はのしのしと階段を登り、自分の部屋に入った。そこも、入れ替わる前と様子が違っていた。外見も性格も中年オヤジになっちまった俺の子ども部屋は、学習机もあるしベッドもあるのだが、カーテンやベッドカバーの色が地味になっているし、本棚にある漫画のラインナップも少年漫画ではなく、麻雀や野球を扱った青年漫画に変わっていた。ゴミ箱に詰まっている丸められたティッシュからは、むわっとイカ臭い匂いが漂っている。ベッド下には、外見がオヤジであることを利用してこっそり買ったオナホとエロ本が隠してある。私立小に通う、典型的ないい子だった前田佑樹の人生は、過去にさかのぼって、見た目も中身もスケベオヤジの小学生の人生に変わってしまった。
「いっ……いい……たまんねえぜ……」
俺は制服のままベッドに倒れ込んだ。加齢臭がツンと鼻を刺す枕に顔を埋める。そのままサスペンダーを外し、制服のズボンも脱いで一発抜こうとしたところで──チャイムが鳴った。
※
「いやー。遅くなってすみません」
「いえいえ。佑樹もついさっき帰ってきたところなんですよ」
俺が制服を着直して階段から降りると、担任の西脇が来たところだった。西脇憲太郎。年は確か……25歳ぐらいだったか。トライアスロンをしているという西脇は、逆三角形の筋肉質な体をしていて、肌も日焼けしていて赤黒くテカっていた。白いポロシャツがよく映えている。そのいかにも精悍なスポーツマンといった風貌から、授業参観の日は母親たちが詰めかけていた。
(なかなかどうして……西脇の野郎も、そそるじゃねえか)
俺はじゅるりと涎をすすった。黒澤のおっちゃんが、男も女もイケる口だったらしく、俺も同性に興奮するのに抵抗はなくなっていた。そのまま俺も母ちゃんに呼ばれ、リビングで家庭訪問が始まった。
「いやあ、佑樹くんはリーダーシップがあるので、僕も助けられているんですよ。こう言ってはなんですが、硬派な番長タイプと言うか」
「まあ、うちでは甘えん坊なのに──」
学校での俺の立ち位置も、入れ替わる前と変わっているようだった。それはともかく、すっかり入れ替わりフェチになっちまってる俺は、目の前の二人をどう入れ替えてやろうか、そればかり考えていた。
(そうだな……まずは自覚なしで、全部入れ替えてみるか)
ポケットに入れ替わりパスポートを入れたまま、母ちゃんと西脇を「全て入れ替えた」。途端に、俺の隣に座っていたの母ちゃんの姿がぼやけたかと思うと、西脇になった。そして俺の目の前の、西脇が座っていた席には、いつの間にか母ちゃんが座っていた。
「ん?」
「あれ?」
二人とも、同時に声を漏らした。入れ替わりを自覚していないとはいえ、何か変だと感じたのだろう。
「すみません……僕がそっちの席に座った方がよかったですね」
西脇になっちまった母ちゃんが、俺の隣で申し訳なさそうな声を出して腰を浮かせた。母ちゃんになっちまった西脇も、不思議そうに首を傾げている。
「いえ、私も……いつの間にこっちの席に座ったのかしら」
なるほどな。黙って全て入れ替えちまうと、傍から見たら単に席が変わっただけに見えるのか。まあ、ここで俺が入れ替わりについてバラすのも、それはそれで面白そうなんだが──
(もっと変態みてえな状態でバラしてえよな。一旦、元に戻して……っと)
「ん? それじゃあ席を……あれ?」
「あら? こっちの席でよかった……のよね?」
俺がもう一度全てを入れ替えると、最初の状態に戻った。席を移動しようとしていた西脇と母ちゃんが、混乱しながらもう一度座り直した。
(ちょっとずつ変えていくか。まずは胸だろ? あとは髪型と──)
俺は、少しずつ西脇と母ちゃんを入れ替えていった。西脇の白いポロシャツの厚い胸板が、突然女の乳房と入れ替わる。ぷっくりとした乳首の輪郭が西脇のポロシャツに浮き上がっちまってるが、本人は気づかず話を続けている。西脇のソフトモヒカンと母ちゃんのゆるくパーマが掛かった髪が入れ替わり、さらに化粧と服装も入れ替わっていく。レディースのブラウスとスカートを着た逞しい西脇と、男物の白いポロシャツとベージュのチノパンを着た母ちゃん。そうなると西脇は「トライアスロンと女装が趣味だが、あくまでもノンケの男性教師」になり、母ちゃんは「ノーブラとノーメイクで男装している母親」になっちまっていた。
「それにしても西脇先生って、すごく話しやすい方ですね」
「いやあ、俺もそう感じていたところです。他人じゃない感じがするというか……あらっ、いやだわ! これだと私が、お母様を口説いているみたいになっちゃう!」
「いやあ。俺は別に気にしませんよ。ハハハ!」
二人が打ち解けてきた頃合いを見計らって、俺は二人の性格を入れ替えた。女言葉で喋るようになった西脇と、男言葉で喋るようになった母ちゃん。それから少しして、家庭訪問はお開きになり、俺も最後の仕上げの入れ替わりをいくつかした。
※
「それじゃ、佑樹くん。またね」
「おう。またなー、西脇先生」
西脇先生──どこからどう見ても、体も性格も服装も、何もかも俺の母ちゃんになっちまってるのに、あくまでも「西脇先生」であるそいつが、家庭訪問を終えて帰っていった。自分が、家庭訪問先の母親に、身も心も変えられたことも気づかずに。そして──
「いやあ、なかなか西脇先生って美人だなぁ……あれで男っていうのが信じられないよ。そりゃあ授業参観で父親たちから人気なわけだ」
俺の母ちゃん──体も性格も服装も、何もかも俺の担任の西脇憲太郎と入れ替わっちまってるのに、それに気づかないままの「母ちゃん」が、西脇のことを思い出してうっとりしていた。白いポロシャツには脇汗が染みをつくっており、ツンと男臭い匂いを放っている。ポロシャツの袖は筋肉質な腕でパンパンになっている。ノーブラで男物のポロシャツを着て、下着もズボンも男物で、さらにチンポもちゃんと生えているのに、「母ちゃん」は自分は女だと思っている。
「おいおい母ちゃん。父ちゃんから浮気するなよ」
「バカ。するわけないだろ? 俺はパパ一筋だぜ?」
赤黒く日焼けした精悍な顔に笑みを浮かべて、こつんと俺を小突く母ちゃん。俺はそろそろ、ネタバラシをしてやることにした。
「なあ、母ちゃん──西脇先生と、入れ替わってるぞ」
「え? んん?……ああぁぁあっ!!???」
西脇の姿をした母ちゃんは、一瞬きょとんとした顔をしたかと思うと、ようやくこの異常な状態に気づいたらしい。自分の分厚い胸板をポロシャツ越しに触り、ぐぐっと盛り上がりつつあるチノパンの股間を押さえ、もじもじと恥ずかしそうに筋肉質な体をくねらせた。
「なんでっ……俺! さっきまで、女だったのにっ……! なんで全然気づかなかったんだ……!!?」
「へへへ。俺が教えるまでは、入れ替わりに気づけねえんだよ。ちなみに俺も、工事現場にいたオッサンと入れ替わってるぜ」
「うおおっ!? ほ、本当だ……佑樹が、佑樹じゃない……!!!」
俺を見ている母ちゃんの小鼻が、むふりと広がるのが見えた。入れ替わりフェチになっちまった母ちゃんとしては、可愛い息子が厳つい中年オヤジになっちまってたら、そりゃあ興奮しちまうよなぁ?
「なあ、母ちゃんよぉ……俺、このおっちゃんの体になってから、まだ全然抜いてねえんだよ」
「おっ、おい……佑樹!」
俺は母ちゃんに近づきながら、小学校の制服のサスペンダーを、バチンバチンと外した。ポロシャツのボタンも一つずつ外し、内側に着ていた白い肌着ごと脱ぐと、胸毛と腹毛の密生した、ビヤ樽のようにがっしりとした胴体が現れた。俺も思わず生唾を飲み込んだが、母ちゃんもそれは同じだったようだ。食い入るように俺の雄臭い体を見つめている。俺はニヤリと笑って続けた。
「母ちゃん。このまま俺と、スケベなことしちまおうぜ……もう俺、我慢できねえ」
「そ、そんなことできるわけないだろう! 俺たちは親子だ!」
身も心も息子の担任教師にされてもなお、母ちゃんはそう言い張った。視線は俺のむさ苦しい体に釘付けになっているし、チンポもビンビンに勃っているのがまるわかりだったが。俺は顎髭を撫でながら、ふうんと呟いた。
「おう。だったらよぉ……この俺の、このおっちゃんのスケベな性格やら男の好みやら……今の俺の「性格」?「精神」? まるごと母ちゃんに貸してやるよ。母ちゃんの中身がスケベオヤジになっちまえば……俺とも喜んでヤれるだろ?」
「佑樹……!? やめろ! 男になっても、俺はお前の母親だ。お前とそんなことをするなんて、絶対に──」
俺は入れ替わりパスポートに触れて念じた。いつものように、ぐにゃりと視界が歪む感じがして、次に目を開けたときには──
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