「あんた、皮になったんだよ」
脂ぎった中年男が、ペラペラになった俺の体を掴んでいる。俺は怒鳴りたかったが、全く口が動かなかった。
「そんじゃ、あんたを着ていくからな。あんたの記憶も人格も……俺のモノだ」
なんだと?! そんなことやめろ! 叫べない俺をよそに、中年男は服を脱ぐと、俺の背中にある切れ目から、俺の中に入ってきた。うおっ……むちゃくちゃ気持ち悪い! どんどん中年男の手足が俺の中に入ってくる。しかし体格が違うため、俺の皮が余ってしまっていた。
「焦るなよ……最後は頭だ」
男が、俺の頭を内側から被った……次の瞬間、余っていた皮が急に膨らみ、元通りの自然な手足へと、逆再生のように変化していった。
「んあぁっ!?」
突然、体の感覚が戻った。体の見た目も、元通りになっている。俺は肩で息をしながら呟いた。
「なんだったんだ……いったい」
放課後の武道場。その男子更衣室に潜んでいた変質者を詰問したら、急に襲いかかってきた。そしてナイフのようなもので刺されて、俺は──皮にされたのだ。
「どこもおかしくない……よな」
俺は全裸になっている自分の体を確かめた。学生時代に柔道で鍛えた胸板や、昨晩も妻を悦ばせたチンポを見ていると、なんだか妙に鼻息が荒くなってくる。床に散らばった俺の柔道着を踏みつけて、更衣室を横切る。部員たちの柔道着を手にとった。顔に押し当て、その汗臭い体臭を嗅ぐ。自分の頬が、デレッと緩むのを感じた。
「はぁぁん……たまらん……どうしちまったんだ、俺は……あっ!」
そこで気がついた。俺の中身は既に俺ではなく、あの中年男になっている。そのことを自覚すると、顔から火が出そうなほど恥ずかしく、そして嬉しくなってしまった。
「ムフフ……ノンケ体育教師の人生を丸ごと頂くの、たまらんぅ♡ もっと俺に染まったら、後で戻してやるからな」
(終)
「おう。どうした、マサ」
「へへっ。龍兄、実は面白いモン手に入れましてね」
とあるヤクザの組事務所。ゴルフクラブの手入れをしていた龍司は振り返った。龍司は髪型がパンチパーマで、色の入ったグラサンを掛けた男である。一方のマサは金髪と太鼓腹が相まって、派手な豚のような風貌だ。
「おいマサ、またロクでもねえモンじゃねえだろうな」
二人の兄貴分である、テツが横から口を挟んだ。テツは50代半ばの角刈りの男で、昔の任侠映画に出てきそうな風貌だった。
「いやいや、なんかすげーんすよ。『幸福な人生が手に入る箱』らしくて」
「はぁ? そんなわけ──」
龍司の意識はここで途切れた。
※
「はうっ!」
龍司が目を開けると、そこは見知らぬマンションのダイニングだった。テーブルには晩飯が並んでいる。そして──龍司は女子中学生の制服を着ていた。
「な、なにこれ!」
「う、うーん……」
「あっ、んっ……」
舎弟のマサと、兄貴分のテツも目を醒ました。しかしマサはカタギが着るようなワイシャツとスラックスを穿いており、テツは女物のブラウスとスカートを着ていた。
(マサ! テツ兄!)
「パパ! ママ!」
龍司の言葉は、全く違う単語に翻訳された。これは彼の新たな立場である、井上桃香が知り得ない言葉を、喋れなくなったためである。それはマサとテツも同様であった。
「なんだか……生まれ変わったような気分だ。そうは思わないか? ママ」
舎弟のマサが兄貴分のテツの腰に手を回した。テツは苦み走った顔を赤く染め、恥じらいながら答えた。
「ええ……私、パパと結婚できて、本当に幸せだと思うわ……」
「はうう……」
龍司は──桃香も悟った。新しい立場、新しい人生に染まることは、とても気持ちがいい。桃香は、頭の中が急速に女子中学生に染まっていく感覚に身悶えて、箸を取り落した。
(終)
駅前にある喫茶店のカウンター席で、俺はスマホを弄っていた。
(あの男、結構好みだな)
背後をチラリと盗み見た。テーブル席でパソコンを使っている30代のサラリーマン。顎が角ばっていて男臭い風貌で、なかなかに好みだったので「部分交換アプリ」で彼の情報を呼び出した。スーツ姿の全身写真と、個人情報が表示された。衣服表示をオフにすると、画面に逞しい裸体が現れた。経歴を見ると、学生時代はラガーマンだったらしい。
(名前は南澤圭吾。年齢は34歳。妻と小学生の息子がいる──か)
彼にいたずらしてやりたくなった。アプリの履歴欄から、すれ違っただけの男子小学生──小学校5年生の田村幸太郎くんの情報を呼び出した。その可愛らしい包茎チンポを「コピー」し、南澤さんの画面で「ペースト」した。
次の瞬間、南澤さんの股間には、小学生の包茎チンポが生えていた。「現実にも反映しますか?」に「はい」を、「認識の有無」は「なし」を選択。これで南澤さんは、男子小学生のチンポになりつつ、それを自覚できない。
(もっとやっちゃえ……おっ、この男子中学生。すごい童貞感ある顔だな……)
俺は次々に他人の体の一部をコピーしては、南澤さんにペーストしていった。
※
凛々しい体育会系営業マン、といった風貌の南澤圭吾の容姿は、激変した。髪の毛は不良からコピーした金髪のリーゼントに、顔はイモ臭い男子中学生に。首から下は、ビール腹の中年オヤジになり、チンポは先程の男子小学生になっている。
(さて、そろそろ行きますか)
俺は履歴から南澤さんの元の顔を呼び出すと、自分の顔にペーストして、立ち上がった。変わり果てた姿の南澤さんが、俺を見た。イモ臭い顔が怪訝そうな表情になったが……しかし、彼は何も言わずにパソコンに視線を戻した。もはや彼は自分の元の姿を覚えていない。俺は南澤さんに背を向けて、喫茶店を出た。
(終)
寄生生物の中には、宿主の行動を制御して、寄生生物に有利な行動を取らせるものがある。例えば、ネズミに寄生するトキソプラズマという単細胞生物は、ネズミの「猫に対する恐怖心」を抑制して、ネズミが猫に食べられるように仕向け、今度は猫に寄生するのだという。
隊長たちを宇宙船の隔壁の向こうに閉じ込めてから、一時間が経過していた。益体もない思考に囚われているのを自覚する。隊長たちに寄生したアレは──この惑星の固有種なのだろう。口腔からはみ出した触手。発情し、卑猥な言葉を投げかけてきた隊長たち。事態が明るみに出る頃には、手遅れになっていた。外に出ている隊員たちも信用できない。そしてなにより──自分自身も、信用できない。隊長から吐き掛けられた粘液は綺麗に洗い流したし、目の粘膜にも入ってはいないと思うが……しかし俺自身が、あの寄生生物に犯されていない保証はなかった。俺自身の思考が、既に寄生生物に制御されている可能性がある。
寄生生物の中には、宿主の行動を制御して、寄生生物に有利な行動を取らせるものがある。例えば、ロイコクロリディウムという寄生虫は、カタツムリの触覚に寄生すると、触覚を芋虫のように派手にして鳥に見つかりやすくし、次は鳥に寄生するのだという。そして鳥の糞の中に混じった卵をカタツムリが食べることで、再びカタツムリに寄生し──
「ンッンッンッンッ……」
無心に陰茎を擦る。左手でシャーレを取り、亀頭に押し当てる。射精。多幸感と虚脱感で、肩で息をしながらシャーレの中身を顕微鏡で拡大する。隊長たちに寄生したのと同じ生物の幼体らしきものが、俺の精液の中を泳いでいるのが見えた。
「むふっ……♥」
自分の表情筋が、デレッと緩むのを感じた。多幸感が溢れ出して止まらない。いかんいかん。まずは外に出ている隊員全員に、寄生を完了させなければ。大丈夫だ。俺の思考は合理的だ──
(終)
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というわけで様々なお題で800字小説を書いていくシリーズ。今回のお題は「皮モノ」「ヤクザ」「部分コピー」「寄生」の4本でした。リクエストを頂けると、自分では全く書いたことのないお題が貰えてすごく楽しいですね。
今回の800字小説では書ききれませんでしたが、もし長編で皮モノを書くなら、一度皮になった人間が元に戻る展開も書きたいですね(ただし、皮にされた快感が忘れられず、自分の中に入って欲しいと皮にした人間に懇願したりとか……)。
ヤクザものは、本当は広島弁で書きたかったのですが、残念ながら僕が広島弁ネイティブではないので、そこまで書けませんでした……広島弁、すごい男臭くて好きなんですよね。広島弁を話す男がMCされてしまう小説って今まで見たことないので、どうにか自作してみたいものです。
部分コピーは全身のコピーとの区別が結構難しいですね。少しずつ色んな人からコピーできるので、何かしら方向性を決めておく必要がありそうです。どう展開させていくか自由度が大きい分、迷うというか……これは今後の課題ですね。
最後はお馴染みの寄生。異常を自覚できないまま、思考が誘導されて異常な行動をしてしまうの、やっぱり大好きですね。
くろねこ@9605
2021-01-01 05:28:19 +0000 UTCくろねこ@9605
2021-01-01 05:27:52 +0000 UTCフカヒロ
2020-12-31 23:58:52 +0000 UTC黒竜Leo
2020-12-31 15:39:15 +0000 UTC