幼なじみが俺で、俺が俺の妹で(38)『新しい生活』
Added 2025-08-15 05:32:34 +0000 UTC「おはよっ、瑠璃お姉ちゃん」 「おはよう、光莉ちゃん」 朝、俺が明良家へ行くと、玄関から出てきた光莉に出くわした。 あの日以来、俺は『瑠璃』として光莉に接するようになっている。 光莉に対しては、俺たちも元に戻れたということにしておいた。今の身体の記憶はほとんど読めるのだし、演じる相手が一人増えただけではある。 光莉だけ元に戻ったという状態は、もしかしたら気まずいと光莉が感じてしまうかもしれない。それに二年後には元に戻るんだし、その状態を少し先取りしても問題ない。 そういった理由もあるにはあったけど……入れ替わったままと光莉が知っている方が問題になるんじゃないかという判断もあった。 「光莉ちゃん、今日は早いのね」 高校へ通うようになってから、俺が少し早く出て瑠璃を待つのがパターンになっている。瑠璃が遅れているわけでも俺が早すぎたわけでもなく、光莉がいつもより早いからこうして出くわしたのだ。 「部活、朝もやらないかって話になって、試しに週一で始めてみたの。やることって言ったらみんなで本読んだり文章書いたりするだけなんだけど、部の人間が近くにいると教室の朝の読書とかとはちょっと違うし、気楽に話ができるのも違うよねって」 「そうなんだ」 光莉は光莉で、元に戻った後の生活を普通に楽しめているようだ。よかった。 「おはよう、瑠璃」 玄関から『光彦』の瑠璃が出てくる。こうして光莉が近くにいる時は、瑠璃は入れ替わる前の『俺』っぽい振る舞いを意識していて、『瑠璃』の記憶に引きずられた感覚がきゅんきゅんすると同時に、瑠璃が男っぽく振る舞ってるという倒錯した姿に俺自身も何かたまらないものを感じている。 「おはよう、みっくん」 そして俺も、瑠璃のように演じる。付き合い始めた彼氏に会えたことがうれしくて、自然と喜びがにじみ出てしまう女の子……実はあんまり演じているつもりもないのだけれど、普通にやっているだけでそうなるみたい。 瑠璃に寄り添って手をつなぐ。指の一本一本を絡め合う。 「はいはい、朝からごちそうさま。じゃ、あたし行くからね」 光莉はなぜか胸焼けしてそうな顔で俺たちを見ると、中学へ登校していった。 「まだまだ慣れないなあ、光莉ちゃんに今のわたしたちのことを伏せてるの」 瑠璃はそう言うけれど。 直後に俺にキスしてきた。すでに行ってしまった光莉を含め、周囲にひと気はないのを確認してはいたものの、こんな、家の前の道端で。 「でも、やっぱり光莉に言うのは恥ずかしいよぉ……俺がほんとはお兄ちゃんだなんて、元に戻ってからどんな顔して光莉ちゃんと接すればいいのかわかんないもん」 「そうだね……今のみっくん、すごくエッチで可愛い女の子だし」 否定したかったけど目の前の彼氏にメロメロな俺にそんなことできるわけもなく。 俺は瑠璃と手をつないだまま、今日も高校へ向かった。 * 俺を可愛い女の子呼ばわりする瑠璃は、『光彦』としてすっかりかっこいい男子になっていた。 二人並んで高校へ登校すると、様々な視線が俺たちに刺さる。 入学式の日からカップルであることを隠しもせずアピールしていた俺たちは、あまり例のない成績優秀バカップルとしてすっかり有名になっていた。新入生代表挨拶は『光彦』として瑠璃がやり、俺も『瑠璃』として学年二位の座にあるらしい(担任が初日のホームルームで、『光彦』と『瑠璃』が入試の点数は僅差だったと言っていた)。 初手からそういうものだとして振る舞ったから、たいていの人は温かかったりさっきの光莉のような生温かかったりする眼差しを向けてくれる。風紀に厳しそうな人たちは冷ややかな目を向けてくることもあるけれど。 でも、それらとは別に、瑠璃には男子の、俺には女子の、木枯らしのような視線が刺さることもたまにあった。つまり、嫉妬。 「恋愛絡みの嫉妬ってすごいんだね……」 最初の頃、瑠璃がそう言って身を竦めたことがあった。見た目や成績を妬まれる経験がある瑠璃でも、恋人のせいで嫉妬された経験は初めてだ。 でも女子が俺に似たような目を向けてくるとは思わなかった。 つまり彼女たちは、『瑠璃』が『光彦』の相手としてふさわしいと思ってないんだ。『わたし』があんなかっこいい男子の隣にいることが我慢ならないんだ。 ある日そんなことを話すと、瑠璃は俺を強く強く抱きしめてくれた。 「わたしが好きな人はみっくんだけだよ」 俺の心の奥底まで刻み込むように、何度も繰り返してくれた。 こういうところがかっこいいんだよなあ。 * それでもさすがに、学校では一線を超えるようなことはしなくて。 だから放課後、文芸部での活動とか生徒会の手伝いとかを終えて下校し、『わたし』の家に着くと……歯止めは利かなくなってしまう。 家に入り、玄関の鍵を閉め直す。二人だけの空間で、キスをする。朝とは違う、濃厚なキス。 今ここでなら、社会的な枷がだいぶ外せる。まだこどもと見なされる二人だけれど、肉体的にはかなり成熟した二人。本能に促されるように求め合う。 そしてまた、心の箍も外れていく。 「みっくん……来て……」 目の前の男の人を、みっくんと呼ぶ。 本当はわたしが光彦なのに。光彦だったのに。 でも今のわたしは女の子で、瑠璃で、だから今のわたしは光彦じゃない。 なので、相手をみっくんと呼ぶことはおかしくない。 ……と思う一方で、男の子の身体に入っているのが本当は女の子の瑠璃であることもはっきりと覚えてはいる。自分が元は光彦であることも。 わかっていて、身体の名前で呼ぶ。 「行くよ、瑠璃ちゃん」 わかっていて、相手を本来の自分の名前で呼び合う。 心と身体がねじれるような感覚を、そのたびにわたしは味わっている。たぶん相手も。 ただ、これはわたしたちの事情とも関係していて。 もし二人はもう二度と戻れないということだったら、わたしたちは決してこんなことはしていないだろう。自分の核となる魂の名前を、少なくとも二人きりの時には互いにずっと大事にし続けていたはずで、今の身体の名前で呼び合うなんて、過去にはっきり決別すると思い定めでもしなければありえない。 元に戻れるとわかっているからできる、一種の遊び。 初めての時に思ったことは当たっていて、わたしはもう気持ちよさを存分に楽しめるようになっていた。 ゴム越しに感じる、熱い精液の迸り。獣のように求め合いはしても、避妊は絶対に忘れないくらいのブレーキはかけている。 余韻を感じながら、身を寄せ合う中でクールダウンしていく。 「わたし、自分がこんなにエッチだなんて思ってなかった……」 「俺も」 初めてしたあの日から、毎日してる。 こんな高校生活になるなんて、全然予想してなかった。 入れ替わりが起きなかったらそもそも瑠璃はこっちに戻っていないし、もしそうなっていても俺たちはせいぜい互いに意識し合うくらいだったろう。そして入れ替わりからすんなり元に戻っても、ここまで激しいことにはならなかったはずなのに。 でも俺たち、二年後の四月には元に戻るんだし……今は今しか味わえないこの関係を満喫したって、いいよね?