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人生トレード魔法――セレナ皇女の場合(大横綱ルート・四)

 千秋楽結びの一番。ここまで十四戦全勝同士、勝った方が優勝となるわかりやすい一戦が幕を開けようとしています。 「ひが~し~、大海洋~」  250キロの肉がうねります。負担のかかる両膝はテーピングが入念になされ、それでも年に三度は休場するようになりました。しかしながら、現在唯一の横綱として、出場すれば好成績で優勝し、貫録を示し続けています。  わたしの出世は、幕下で一度彼に大きく引き離されました。幕内に昇進して即優勝、その後も三場所連続で優勝争いに絡みそのうち一度優勝してたちまち大関になり、その勢いで優勝を重ね横綱になり、という彼を横目に、幕下から十両へ、新入幕するも一度十両転落を経験し、とわたしはここへ来てスローペースになっていました。  けれど焦らず腐らず、日々四股を踏み、稽古に精を出し、力を増して技を覚えました。小結になり、一度負け越したものの勝ち越しを続けて関脇になり、そこから三場所三十五勝で半年前に大関昇進を果たしました。  そして今日勝つことで、わたしは再び彼に並ぼうとしています。先場所、彼の休場中に全勝優勝。今場所はさらに彼を倒しての全勝優勝となれば、横綱昇進は文句のないところでしょう。 「に~し~、不破白虎~」  大関昇進後のわたしの四股名です。不破ノ関部屋の由緒ある四股名でもありました。  足を高々と上げて四股を踏みました。テーピングなどは何もしていません。  ここまでの土俵人生、大きな怪我をせずやってこれたのは、幸運も欠かせませんでしたが、千代子さんのあの日からの支えが何より大きかったように思います。  時間いっぱい、タオルで汗を拭くと、手に掴んだ塩を盛大に撒きました。わたしはいつもこうしていて、いつしか定番の見せ場のようなものになっていました。観客が盛り上がります。  土俵中央で腰を落とし、土俵に軽く手をつきます。  大海洋が前傾姿勢になりました。手を下ろして前へ運び、土俵を軽くこするようにしながらの立ち会い。そのまま全身がわたしに向かってきます。  もちろんわたしも彼が手をついたのを見た瞬間、立ち上がりました。  250キロの突進を、160キロの肉体で受け止めます。互いにまわしを取り合います。  かつてはなす術なくずるずると押し込まれるだけでした。けれど今、バランスよく鍛えた身体はしばしの間組み止めるだけの力を有しています。  そのまま押し返して寄り切るなんてことはできるわけがありません。しかしただの体格勝負がこの競技のすべてでもないのです。  わたしは円を描くように回り込みました。相手の態勢を崩しにかかります。  相手も横綱、そう簡単にはこちらの思惑通りに行きません。巧みな足運びにより最小限の動きでこちらに対応してきます。こちらの攻めを無効化しつつ、圧力も常にかけ続けてきます。  土俵を割りそうになりながらも、その綱に足をかけて踏ん張りながら土俵内へ戻りました。  距離を取っても意味はありません。こちらの張り手など意に介さず、大海洋はこちらを突き飛ばさんばかりの勢いで詰め寄って来て、再びわたしのまわしを取りに来るでしょう。だからこの状況で戦うしかありません。  わたしは円を描き、大海洋はわたしを外へ出すべく直線的に動き、しかし決定打は繰り出せず時間が過ぎていきました。  互いに息が荒くなります。がっぷり四つで硬直する状態でも疲労するものを、二人で動き回っているのだから当然です。  激しい動きの中、肉体は最適解を条件反射的に導いて対処し続けます。思考はいつしか置き去りになり、こんな激闘のさなかにあって、わたしはふとこれまでを振り返っていまました。  元は、こことは異なる世界の皇女セレナであった自分。帝国の後宮へ入るのを厭い、魔法によって人生交換に参加し、不破ノ関部屋に入門したばかりの『ミハイル』になり……細身の少女から長身の少年となって、格闘技で生きていくことになりました。  ほとんど裸になり、股間だけまわしで隠し、男性と取っ組み合う。出世すると髪を奇妙な形に結い上げる。この世界のこの国の特殊な格闘技。  強くなるために日々土にまみれ、異常なほど食べてやたらと寝る。  ……それでも、まあ、悪くないものだなと思います。こうして最高位を狙えるポジションに達したからだけでなく、たぶん、途中で引退することになってちゃんこ屋などを開くことになったとしても、それでも。  そんな思考すらも疲弊の中で消え果て――  気がつくと、わたしの目の前には土俵上で仰向けになった大海洋がいました。  大歓声が耳に痛いほどです。  ぼんやりと立ち尽くしていると行司に促され、わたしは土俵際へ戻ると勝ち名乗りを受けるのでした。 *  優勝はこれで三度目ですが、いつも達成感と脱力感の入り混じる中、祝勝会に向かいます。  けれど今日は、それらを大きく上回る割合で高揚感が混じっていました。  その理由は横綱昇進の件だけでなく…… 「おめでとうございます」  会場で、千代子さんがわたしに微笑みました。  大学卒業後は不破ノ関部屋の若女将として生きている彼女は、和服が似合う美しい女性になっていました。  そして今日からは、わたしの婚約者にもなるのです。  この席上で、わたしたちは婚約も発表することにしていました。  どんな結果に終わろうと発表するとは決まっていましたが、勝てて良かったと改めて思いました。 *  祝勝会後、わたしの借りた部屋で二人きりになりました。 「どうせなら入籍まで済ませちゃいたかったけど」  千代子さんが苦笑します。 「しかたないですよ。披露宴は盛大にやりたいでしょうからね……親方や女将さんが」 「そうね、しかたない。わたしたちの人生は、角界と強く結びついているから」  そこまで言うと、千代子さんの使う言葉が変わります。 『本当は、わたくしもあなたも、そんな世界とは無縁でしたのに』 『事情を知ってる身としては色々愉快だよな。いまだに女を土俵に上げてはならないとか言い張ってる世界で、トップに立ちつつある俺が元は女。美人過ぎるワカオカミとかヤマトナデシコとか言われて持て囃されてるお前が元は外国人の男なんだから』 「……まあ、しかたないわね」  そこで言葉を戻し、千代子さんはわたしに抱きつきました。そして柔らかなキスを交わします。  交際を始めてから、いつしかこれがいつものことになっていました。彼女にしてみれば、わたしは大きなぬいぐるみみたいなものなのかもしれません。  けれど、今日はそこから先へ進みます。 「初めてなので、優しくしてくださいね」 「がんばります……こちらも初めてなので、勝手はわかりませんけど」  チンポを硬くしながら、わたしは千代子さんに言うのでした。

Comments

コメントありがとうございます。 一応、「相撲」という言葉は一度も使っていませんので(さらに言えば「日本」という単語も使ってない――正確には一度ミスして出してましたが先ほど修正しました――ので)、この格闘技は現実に存在するものとは関係ございませんということで……。 元セレナ皇女は、横綱になり何度も優勝し、引退後は親方から部屋を継いで、愛する妻との間に生まれた息子やその他弟子たちを立派な力士に育てるのでしょう。協会理事長になって改革もしていくかと。 こちらこそ、いつもご感想をありがとうございます。励みになります。

これはこれは・・・。 相撲関係者が読めば ひっくり返るような話、結末でしたね。 彼らの数時間後いや数分後も気になりますが ハッピーエンドなのですよね。 250キロを土俵上に転がしたのに自覚がないのは 日々の鍛錬の成果ですね。 守るべきモノができた男?の強さを見ました。 いつも素敵な作品 ありがとうございます。

丸井主将


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