正義のヒロインと厄介なファン 2/2
Added 2025-05-30 12:30:00 +0000 UTC災禍巨獣の出現に対して人間が取る選択肢はいくつか用意されている。 屋外に出て災禍巨獣の進路に対して直角を意識しながら距離をとるか、頑丈な建物の内部に逃げ込むか、救助ヘリが救助してくれることを期待して開けた場所を目指すか。そのどれも正解になることもあれば、不正解になってしまうこともある。 しかし、唯一、ほぼ確実に正しいとされている対策がある。 地下シェルターへの待避だ。 地上に複数の出入り口を設置しつつ、地下50メートルの位置に設けられた待避シェルターには、老若男女問わず一万を超える人々が詰めかけている。 地下鉄建設の技術を応用することによって、短期間で掘削とコンクリートでの補強を終えたそれは、長居することを想定しておらず、最低限の灯りと空調があるのみだったが、人々にとって災禍巨獣の恐怖から逃れることができる安全な空間であることに変わりはない。 「こちらに避難されている皆さん。災禍巨獣は退治しました。もう外は安全です」 シェルターの中に逃げ込んだ人々は、その空間全域を埋め尽くす優しげな声を全身で受け止めた。 この街に暮らすものなら、いや、今ではネットを通じて誰もが聞いたことのある透き通る美声はキーラのものに違いない。 先ほどまでシェルター内部に渦巻いていた不安が一瞬にして払拭され、各所で安堵のため息が聞こえたかと思えば、人々はゾロゾロと連れ立って出口を目指す。 コンクリートに囲われた無機質な空間を好んでいるものはそうそうおらず、出口に向かう足取りは実に軽いものだ。 「ふふっ、ほら、早く外に出たほうが賢明ですよ。……じゃないと、生き埋めにされてしまいますから」 何か聞き間違えたかと思った瞬間、凄まじい衝撃がシェルターを襲い、内壁となっていたコンクリートに巨大なヒビが無数に走った。 一瞬にして送電ケーブル網がズタズタに引き千切られてしまい、シェルター内部は暗闇に包まれ、人々は先ほどまでと変わって悲鳴を上げるのだ。 大半の人間は何が起きているのか分からなかったが、衝撃と入れ違いになるように外へ出たものだけは、四つん這いになったキーラがその拳でシェルター直上の大地をドンっと平手で叩くのを目撃することになった。 身長1,700メートルの巨体が四つん這いになることができるスペースなどこの街には存在するはずもなく、彼女の両脚は雑居ビル群があったはずの空間を薙ぎ払うようにして存在しているのだ。 彼女の肩口から垂れた白銀の髪が揺れ動きその瞳がこちらをジッと捉える。 次の瞬間、キーラが優しげに微笑みを浮かべたかと思えば音もなく白く細長い人差し指を差し向けた。 細い、というのはあくまでその指の持ち主である少女の体躯と比較してのことであり、実際には高層ビルと変わりない途方もない大きさ。 故に、その指先にとって自分を捻り潰すことなど容易いことであって、驚き目を見開いたまま、悲鳴をあげる暇すらないまますり潰して地中に埋め込まれてしまう。 はたからそれを見ることがあれば、まるで消しゴムのカスで遊ぶ小学生のように見えたことだろう。 「賢明でも助かるとは限りませんけど」 そんなことを言いながら地面に押し付けた指をグリッと捻ったキーラは、そっと人差し指を大地から離して親指を擦り合わせながら手元に引き戻す。 そして今度は平手ではなく、五指をそっと閉じることで握り拳を作り出した。 当然ながらせっかく作り込んだ拳がそのまま開かれることなどなく、先ほど平手打ちしたのと同じ場所に向けて思い切り叩き付ける。 凄まじい衝撃。 一瞬にして地下シェルターの隅々まで行き渡ったそれは、コンクリートによる補強など存在していなかったかの如く壁と天井を容易く崩落させてしまう。 次の瞬間、地下数十メートルに存在する空間を埋めようと、崩壊した天井から莫大な土砂が流入し、一万を超える人命を瞬時に消し去った。 それを見下ろすキーラはシェルターが存在していた大地がボコッと凹むのを眺めると、口元に手の甲を当てて小さく笑うのだった。 「ふふっ。哀れなことです」 「めっちゃ楽しそうじゃん」 四つん這いのキーラが顔を上げると、その先にあるのは巨大な太もも。 しゃがみ込んだ楼藍が呆れ混じりにそんな感想を漏らすのだ。 「楽しんでなどいません。貴方がやれと言うから、自らの意に反してこのような非道なことをしているのです。人質さえ居なければこんなことするはずがありません」 「確かにシェルター潰してってお願いしたけどさ、別に中の人ごと生き埋めにしろとか言ってないんだけど。避難させてあげればよかったのに」 「…………。…………解釈の違い、ですね」 そっと顔を背けて視線を外してしまうキーラ。 何でも言うことを聞くと言うので、試しにと命令してみればこの様だ。 楼藍がこれまで収集してきたキーラの映像。 そこに映り込んだ仕草と表情と声音、SNSへの投稿などを総合的に分析した結果、信じ難い推測に辿り着いた楼藍は、どうもそれが事実らしいことに苦笑する。 「あっそ。じゃ、予定通り次はあの病院ね」 そういって楼藍が指し示すのは、キーラのちょうど正面に存在している都市型大病院であった。 災禍巨獣の出現によるパニック、キーラや楼藍が動き回ることによる激震、それらによって生じた負傷者の数は尋常ではなく、既に病院の受け入れキャパシティを大幅に超過していたことで、搬送された患者の大半は病院の建物内部に入ることすら叶わず、駐車場や正面道路に寝かされてしまっている始末だ。 そこに寝ているのが負傷者なのか死傷者なのかを把握することさえ出来ておらず、そこにいる人々は戦々恐々とその場で震えることしかできない。 「ああ、あんなに大勢の人が怯えて……。逃げることさえ出来ない怪我人たちをおっぱいで擦り潰せなんて。よくそんなことを考えられますねっ!非難に値します」 「やり方は指定してないけど」 「…………。…………見解の相違、ですね。私は確かに『おっぱいで彼らを磨り潰せ。さもないと学友たちの命はない』と言われたと認識しています」 「あー、うん、そっか。じゃあ言ったのかもね。記憶ないけど」 そんな生返事を返してみると、キーラはウンウンと力強く頷き、そのままズンズンと四つん這いのままその巨体を動かしていく。 その手は雑居ビルを十数棟まとめて叩き潰し、学校の校庭に集まっていた避難民を押し潰し、更にはまるでテーブルのゴミでも払い落とすかのように振るうことで周囲の住宅街を薙ぎ払う。 ほんの数秒の移動で数千人の命を散らしたキーラが病院の眼前に達すると、人々は狂気が滲み出た瞳で自分たちを見下ろす正義のヒロインに対して絶望するのだ。 あまりにも大きい。 遠目に実物を見ることもあれば、ニュースで空から見ることもあり、彼女のSNSをフォローしていれば、彼女が自撮りした上から見下ろす写真だってある。 そのどれもが彼女が桁違いに巨大であることを鮮明に表現していたが、こうして実物がほんの数十メートル先まで迫ってくれば、これまでの自分たちの認識が甘かったことを思い知るのだ。 「皆さんこんにちは。……あら、なんですかその顔。いつものように尊敬と感謝を示してくださらないのですか」 クスクスと意地悪く笑う巨大ヒロイン。 先ほど雑居ビルを叩き潰した左手を胸元に当てると、その豊満なおっぱいの谷間に指を差し込んで、ホックを外してしまうのだ。 下着による補正をなくしたことで本来の大きさを取り戻したおっぱいは、まるで柔らかさを誇示するかのように人々の頭上で揺れ動く。 更にはキーラがその上半身をゆっくりと押し下げたことで、少女の体温と体臭が周囲に染み込むように広がりはじめ、それと比例して地上では人間の悲鳴が湧き上がる。 「先ほどの楼藍さんとの会話、どうせ聞こえていたのでしょう? ならもう、ご自身の運命も理解されていますよね?」 そっと。 おっぱいの先端、辛うじてシャツが掛かっているだけのそれを病院の屋上に触れさせてみた。 超質量との衝突に耐えられるはずもなく建物はその上層部を粉砕され、そこにいた患者と医療関係者を何百人と消し飛ばす。 周囲に降り注ぐ瓦礫の雨は地上に溢れていた怪我人たちを次々に死人に変え、先ほどまで周囲に満ちていた悲鳴が強制的に中断されてしまうのだ。 そして、極限の恐怖と混乱の中、それを生み出す元凶を見上げた彼らは、恍惚に頬を染める美少女と対峙すると、その場で顔を歪め膝から崩れ落ち乞い願う。 殺さないでください、と。 「ああ、命乞いをされるのはこんな気分なのですね……。ふ、ふふ、いけませんね。とっても虐めたくなってしまいました」 上半身からスッと力を抜いたキーラ。 地面に叩き付けられないよう腕で勢いを制御するものの、自らの巨乳をほとんど自由落下させたことで、直下に存在する全てを乳房が叩き潰してしまうのだ。 先ほど先端部が触れただけでも半壊した病院がそれに抗うことができないのは当然であり、一瞬にして病院建物と駐車場、更には隣接していたマンションまでもが巻き込まれてこの世界から抹消される。 人間など言うまでもなく、最期の瞬間まで懸命に続けていた命乞いが効果を発揮することはなく、彼らは少女に対して罪悪感という快楽を引き立たせる一要素としてその生涯を終えるのだ。 地面におっぱいを押し付けたキーラがそのまま重心を左右に揺らしてみれば、むにゅっと広がったおっぱいがズブズブと大地に沈み込み、そこに直径数百メートルという巨大なクレーターを作り出すのだった。 「………はぁ♡」 身を捩りながら存分におっぱいを押し付けて地面のひんやり具合を確かめたキーラは、自分でも驚くほど艶っぽい息を口からこぼす。 体内から際限なく湧き上がってくるのは、どう考えても正義のヒロインが感じ取ってはいけないものであるのに、それが止まる気配すらないのだった。 *** 災禍巨獣の襲来が続いたことで軍隊もその在り方を変えた。 これまで、非対称戦やサイバー戦争を想定した軍備を整えていたが、ここ数年で戦術の回帰が行われ、より確実に生じる脅威である巨獣出現に対処するため大火力による敵殲滅に舵を切ったのだ。 それ故に街に向けて進軍する軍隊も大規模なもの。 海上から急速接近を試みる艦隊は戦艦6隻を中核にした総勢50隻の大艦隊であり、空からは数百機の戦術爆撃機がまるで蚊柱の如き密度で襲来、地上に至っては一つの地方都市に匹敵するだけの人員を備えた10個機甲師団が展開する。 陸海空合わせて20万超の兵員を投入したこの大規模作戦はほとんど国家総力戦に近い様相を呈するものであり、災禍巨獣を相手にするには過剰とされるほど。 「あ〜、いたいた。この綿埃みたいやつがそうか」 だが、20万の兵士たちは、自分たちが戦う相手がヒョイっと当然だと言わんばかりに山脈を跨ぎ越して姿を見せたことに呆然とする。 いや、跨ぎ越したなんて表現は適当ではない。 標高1,000メートル程度のそれらは、彼女にとって特別に意識する必要もないもので、なんなら蹴散らすことも、踏み潰すことだってできるのだから。 ニーソックスで大地を踏み締める制服型の女子高生は、スマホを片手にその黒髪を揺らしつつ足元の陸軍大部隊を一瞥するのだ。 「あんたたちさぁ、キーラ様を攻撃するために集まってるって本当なの?」 そう言いなら楼藍はクルリと手のひらを返してスマホの画面を見せる。 そこにあるのは軍隊の緊急招集が行われたというニュースがあり、すでに出現した災禍巨獣二体が駆除されてなお招集が解除されず軍の移動が続けられていることから、攻撃目標が別に存在することが示唆されていた。 その攻撃目標の筆頭候補は自分であるが、第二の候補になったのがキーラであった。 先ほど地下シェルターを嬉々として破壊する光景がネットにアップされたことで、彼らにとってキーラという存在は守護女神から大規模殺戮者へと変わりつつあるのだ。 「今まで散々キーラ様に守ってもらっておいて何その態度」 楼藍が足元をひと睨みした瞬間のこと。 彼女の頭上へ飛来した爆撃機の第一陣が弾薬庫を開いて運搬してきた地中貫通型爆弾をまるで雨のように投射した。 小さな風切り音が無数に鳴り響き、千を超える高性能爆薬は少女の黒髪や細い肩口、首筋や耳などに直撃してそこで眩い光を放ち、厚さ2メートルの耐爆コンクリートを破砕する絶大な破壊力を遺憾無く発揮するのだ。 それらが仮に小規模な都市に向けられたものであれば、そこに暮らす人々の人口の9割以上を葬り去っただろう。 小型の核兵器にも匹敵するだけの大火力の投射を頭から被る事になった楼藍は、頭上にノロノロと浮かんでいる数十の羽虫に向けて手を伸ばして軽く振るうと、手の甲で小さな爆発が無数に生じて爆撃部隊の殲滅が完了してしまった。 「警告とかしないんだ。……そっか。じゃ、私も手加減してあげない」 それは戦いというよりは掃除と呼んだほうが近いものとなった。 楼藍のニーソックス足が容赦なく振り落とされた瞬間、全長2,400メートルのそれは巨体に相応しい質量によって壊滅的な破壊を生み出した。 キーラを弄んでいたときとはまるで違う、明確に体重を乗せた一撃によって、彼女の足元の大地は大きく歪められて、地殻の一部が大地から剥離して隆起することで、一瞬にして深さ数百メートルの巨大な穴とその周囲を囲う高さ数百メートルの山脈を作り出してしまう。 ニーソックスを中心として生まれた直径6キロメートル超の巨大クレーター。 楼藍にとって足元に展開している戦車など全長1ミリにも満たない砂粒のようなものであり、それを踏み潰した刺激など感じられるはずもない。 だが、大地を伝わった衝撃波が地表に蠢くそれらを何百何千とまとめて吹き飛ばすのはしっかりと視界で捉えることができたので、愉快そうにニヤリと笑う。 「ほら、次いくよ」 たった今、尋常ではない一撃で大損害を被った地上部隊に対して無情な宣告をする楼藍は、その言葉通り再び超巨大な足を振り下ろすのだ。 僅か2度。 女子高生がその場で足踏みをしただけなのに、それでも地上部隊はその数を半数まで減らし、更に残った半分も死んでいないだけで戦闘力を有してはいない。 重量数十トンになるはずの戦車をはじめとする機甲部隊は、あるものはまるで塵芥の如く吹き飛ばされ消え去り、そこに残っていたとしても横転し、あるいは完全にひっくり返っているような質末。 奇跡的に地形の盛り上がりに隠れることができた一部の車両だけが、本当の意味で無事であったが、その数は当初の総力の5%にも満たない。 軍事面に疎いものであっても、既に彼らが壊滅したことは理解できだろう。 それでも健気なことに戦車から砲弾を発射する彼らは、その砲弾が緩やかな弧を描いて飛翔するのを見送るものの、それが目の前の巨人へ着弾しない。 届かないのだ。 射程5,000メートルの戦車砲弾は、目の前で視界を埋め尽くすほど巨大な存在相手に直進しており、どう考えても外れることはないと思われたが、それはあまりにも規格外な相手によって遠近感を狂わされてしまったが故の幻想だった。 だが、その逆は成立する。 一万倍サイズの女の子にとって、彼らが存在するのは大股でちょうど一歩の距離であり、大した手間に感じることもなく、絶望に打ちひしがれる兵士たちを足の爪先でぐりぐりして殲滅してしまうのだった。 「はい、足元はこれでおしまい」 楼藍はおもむろに制服のカーディガンに手をかけて、正面にあるボタンをそっと外してそれを脱いでしまうと、その裾部分を指で摘む。 そのままキョロキョロと辺りを見渡し、綿毛よりも小さな何かが密集して浮いているのを見つけると、そのまま歩み寄ってカーディガンをそこで一度振るう。 まさか攻撃目標の方から接近してくるとは思っていなかった爆撃機の編隊は、一瞬にして女子高生の体温が染み込んだ衣類によって粉砕されてしまうのだ。 そんなことが数回、合計して1分ほど続いたことで、この空域に展開していた200を超える爆撃機たちは軒並み姿を消す。 楼藍からすれば音速より早く飛行するのがやっとな大型爆撃機など止まっているのに等しく、また最大高度でやっと自分の頭を超えられるかどうかといった状況では、彼らに楼藍から逃れる術はない。 奇跡的に楼藍に気付かれることなく背後から接近して爆撃に成功した部隊もあったが、直後に楼藍が頭を振ったことで振り乱れた髪の毛が彼らをバラバラに引き裂いて散華させてしまう。 あまりにも一方的な虐殺を目にした爆撃機部隊は、集団でいることがリスクだと考えて散開するものの、楼藍がカーディガンで横凪にすることで端から端までを粉砕されてしまう結果に変わりはなかった。 「弱っ。……あ、まだいた」 楼藍の目に止まったのはだいぶ離れた空域で退避中の編隊。 ここに向けて移動中であった彼らは、目の前でまるで玩具のように味方が片付けられていくのを目の当たりにして、攻撃を諦めて引き返すことを選択した。 まだ直線距離で100キロメートル近く離れていることに安堵した彼らが機体の旋回を終えた瞬間、遥か彼方にいるはずだった少女がすぐ真後ろに迫っていた。 正確には少女の胸元と肩、首。 身長16キロメートルを超える楼藍にとっては、100キロメートルの距離を詰めるのはそれほどの苦労ではなく、軽く走れば数秒のことだ。 大型の機体が旋回するまでに要する時間と、彼女が小走りで距離を詰める時間はほとんど同じ。 だが、楼藍の巨体は爆撃機たちに追い付いても止まることはなく、そのまま駆け抜けてしまうのだ。 上半身の至るところで巨大な爆発が無数に発生するが、そんなものはシャワーにも劣る程度の刺激であり、楼藍を苦笑させることになるだけだった。 「人間が蚊柱に突っ込んでも蚊は死なないんだけどね」 そんなことを呟く楼藍は、最後に残っているはずの相手を求めて海に視線を向けてその姿を探すと、だいぶ遠くに多数の船が浮かんでいるのが目に入る。 到着を待っていたら何時間かかるか分からない。 仕方ないな、と言わんばかりに小さなため息をついた楼藍は靴下に指をかけてそっとそれを脱ぐと、ポイっと放り捨ててしまうのだ。 冷たかったら嫌だなと思いつつ、足指をそっと海面につけて見ると、幸いなことにそこまで水温は低くない。 それにホッとした楼藍は、まるで水溜まりの上を歩くかのように海を突き進み、自分とキーラを倒すために進軍中の艦隊の正面に向かう。 途中、急激に海底が深くなることがあったものの、それでも海面は楼藍の膝を隠すことができない位置でしかない。 念のため短いスカートの裾を摘んで歩く楼藍に向けて、空を埋め尽くすほどの砲弾とミサイルが降り注いでくるものの、楼藍はそれを避けることもせず真っ直ぐに突き進み、ついに彼らと邂逅するのだった。 「遅いから来てあげたよ。……え、何で沈んでんの?」 楼藍が彼らの正面に立った瞬間、巨大な素足によって掻き回された海水が巨大な波が引き起こされた。 波は艦隊外周部に展開していた駆逐艦に襲いかかり、全長110メートルの船体をまるで木の葉のように弄び、そして中心部からへし折って海中に引き摺り込んでしまう。 楼藍にしてみたら波が起きたなんて意識すら持たないそれで、巨大な鋼鉄軍艦は沈んでしまうのだった。 「ふ〜ん」 沈んでいく駆逐艦を眺めて楽しげに鼻をならした楼藍は、両手をそっと腰に当てると、そのままスッと右足を前方に向けて差し伸ばすと、そのまま艦隊の外周部をグルッと足でひと掻きする。 行儀の悪い子供が浴槽を冷ますときにするようなそれは、先ほど意図せず作り出した波など問題にならないほど巨大なうねりを作り出し、艦隊側面に配置された艦艇を次々に海中に引き摺り込んではバラバラにしてしまう。 恐怖に駆られた兵士たちが女子高生の生足に向けて懸命に砲弾を送り込むが、その真っ白な素肌にどれだけ爆炎が生じても、その動きが止まることはない。 思った以上にそれが面白かったので、何度かグルグルと脚で海を大きく掻き回した楼藍は、ふと残存艦艇数が半分ほどまでに減っていることに気がついた。 「あははっ。ごめんごめん。もう弄ばないでちゃんと相手してあげるから許して」 そんなことを言いつつ、艦隊の中央に位置している戦艦に目をつけると、海中に潜らせた足をその直下まで移動させると、足の親指と人差し指だけをパッと海面に浮かび上がらせて、全長300メートル超の艦艇を指股で捉えてそのままギュッと握り潰してしまう。 胴体部の半分を押し潰された戦艦は、直後に巨大な爆発を引き起こして内部から粉々に砕け散ったことで、無惨にも海面に浮かぶ無数のゴミに混じって見えなくなる。 それを引き起こした足指が再び海中に姿を消したのを目撃した兵士たちは、自分たちが保有する最大戦力である戦艦すらもこの程度など思い知らされ、その場で強烈な絶望感に打ちのめされてしまうのだ。 そして、そんな彼らに対して、しゃがみ込んだ楼藍はそっと手を伸ばし、巡洋艦数隻と駆逐艦数隻をまとめて片手に集めると、クッと握り込んで全て粉砕してしまう。 「デコピンくらいなら耐えたりする?」 楼藍の放つデコピンの威力はもはや通常兵器のそれとは比較にならない。 高層ビルに匹敵するだけの巨大な指は、しかし高層ビルよりも圧倒的な密度によって超質量を有しており、加えて放たれる速度は音速を遥かに超える。 直撃した戦艦なんてまるで乾いた砂の塊であったかのように見事に消し飛ばされてしまい、楼藍をわずかに苦笑させることに成功した。 艦隊の総力を上げた懸命の反撃は残念ながら意地悪女子高生の指先を止めることもできず、彼女が海面に絵を描くようにして指を滑らせれば、その進行ルートに存在していた艦艇は全て消え失せてしまうのだ。 50隻の大艦隊がこうも容易く葬られてしまう。 この艦隊に匹敵するような戦闘集団はこの世界に存在しないと言ってもいい、そんなレベルに強力な戦闘能力を秘めた鋼鉄群が、ほとんど動いてすらいない女の子に弄ばれて消し去られようとしている。 彼女が手のひらで海水を掬い取り、それを艦の上からかけただけで、数百人の乗組員とともに船体は破裂してしまうのだ。 楼藍にとっては浴槽で遊ぶ玩具にすらならない存在。 その最後に残ったのは全長400メートルにもなる超弩級空母であったが、すでに甲板駐機の艦載機は揺れによって海中に消え去り、その揺れによって内部格納庫にあった機体も壁や床、天井に叩き付けられスクラップになっていることで、機能しているのは僅かばかりの対空兵装だけという始末。 そんな空母の下へそっと手を差し込み、壊さないようにそっと持ち上げてみれば、楼藍の手のひらに載っている空母はまるで小さめの消しゴムのようだ。 「これが親玉なわけか。こんなので何ができると思ったんだか」 軽く手首を使って空母を宙に放ると、自由落下を始めた瞬間に両手を打ち合わせるようにしてそれを瞬時に叩き潰してしまう。 艦隊の殲滅を終えた楼藍はその場でくるりと反転して再び推しの待つ陸地を目指す。 彼女の背後に広がる海面には数えきれないほどの残骸が波に揺られ、流出した燃料に引火したらしい炎が燃え盛るが、その程度の些事が楼藍の関心を惹くことはなかった。 *** スタジアムに歓声が満ちていたのは数十分前までのことだ。 災禍巨獣の襲来を告げるけたたましいサイレンが街中に響き渡り、開催されていたサッカーの試合は中断され、同時に全ての出入り口が開放されて避難民の受け入れを行うこととなった。 街の中心部近くに位置してることで巨獣の侵攻まで時間があると思われたことと、地下シェルターの整備が終わっていない地域であったことも手伝って、このスタジアムには周囲の住宅街から多くの人々が押し寄せ、観客用の座席3万席が埋まるのはもちろんのこと、サッカーコートの内部にまで人が詰め掛けており、辛うじて座ることができるような有様だった。 推定5万を超える人々が押し寄せたスタジアムは、本来であれば天井がない設計をしているはずなのに、今日だけは天井が存在する。 白無地のショーツ。 優美な曲線を描くそれは、引き締まっているはずなのに柔らかそうな印象を生み出すだけでなく、柔軟剤の香りと若い女の体臭が入り混じった独特の匂いを放ち、スタジアムの隅々までその存在を主張していた。 「ふふっ。座布団にするには少し小さいですね」 その長身でしゃがみ込んだキーラはまるで和式便器を使うかのように、観客と避難民を収容したスタジアムをそのお尻の直下に収めているのだ。 直径およそ220メートルの円形をした建物は、少女の尻によって空を奪われ、少女のスカートが触れたことで一部が崩壊してしまっている。 周囲のオフィスビルを踏み潰しながらやってきた正義のヒロインは、地表に蠢く数万人に下着を見られている事実に体を火照らせているが、残念ながら人々が見ることができるのは恍惚に浸る美顔ではなく安っぽい子供下着だけ。 「そういえば皆さんご存知ですか?この姿勢だと腸が真っ直ぐになるのでガスが出やすくなるんですよ」 自分の腹部にそっと手を当ててそれを撫で回すキーラ。 お尻で蓋をしてしまったせいで中の様子を見ることはできないが、それでも大勢の人間が何か蠢いているのをなんとなく感じ取れてしまう。 きっと自分た屁によって粉々に消し飛ばされることを想像してその悔しさに泣き、恐ろしさに怯え、理不尽さに怒りを覚えているのだろう。 矮小な生き物たちのそんな反応を思い浮かべるだけで小さく笑いが込み上げてくる。 「安心してください。いくら私が脅迫されているとはいえ、放屁での虐殺なんて外道な命令には従いません。それが正義のヒロインとしての矜持です」 その言葉に安堵した人々は、直後に響き渡った轟音によって注意を奪われる。 それはスタジアムの天井のあちこちから生じている金属がひしゃげる音と、コンクリートが砕ける音、そしてそれに怯える人々の悲鳴がそれに混ざり始めた。 天井が降下しているのだ。 途方もない重さのお尻が座り込んでしまえば、自分たちがどうなるかなんて考えるまでもない。 先ほど彼女は座布団の丁度いいと言っていたが、それはあくまで大きさだけの話であり、耐久性に関しては座布団としての条件を全く満たしていないのだから。 「ああ、でもパンツで捻り潰すくらいは許容範囲でしてっ♪ これは私の意思ではないので許してくださいね。人質を取られてしまったので仕方ないのです」 キーラが脚から力を抜いた瞬間、当然のように自重によって彼女のお尻は地面にべっとりと降ろされ、一瞬前までそこにあったスタジアムとその内部にいた数万人を瞬時に押し潰してしまうのだ。 その虐殺の余韻に浸るように座り込んだ上半身を捻ってお尻を大地に擦り付けたキーラは、ある程度それに満足すると、座り込んだまま向きを変えて大都市の中心部をその正面に捉える。 周囲と比較して明らかに背の高い建物が密集するそこでは、あれだけ清廉な存在であった銀髪の美少女の行いに戦慄した人々が呆然と立ち尽くしていた。 そんな彼らからの視線を全身でひしひしと受け止めるキーラは、白ニーハイソックスを履いた長脚を大きく開いて前方へ押し出し、進路上に存在していた高層ビル群を数十棟まとめて薙ぎ倒す。 巻き込まれた人々が逃げることは愚か叫ぶ事さえできなかったが、既に死亡しているものがそれに文句を付けにくることはない。 「超高層ビル……。ふふっ、『超』、ですか。こんなちっぽけな物が。くっ、くくく、皆さんは馬鹿馬鹿しいと思わなかったんですかぁ〜?」 自分の両脚と股間が生み出した扇状の空間。 都市中心部の中でも特に巨大な建造物が多く存在するその区画を見下ろしながら、キーラは彼らを嘲笑するのだ。 300メートルを超える建造物などそうそう存在するものではなく、間違いなく国内屈指の巨大建造物であるそれを超高層と呼ぶことは正しいはずなのに、今となっては比較対象になるのは女子高生の太ももだ。 辛うじて上層部が太ももからはみ出すことができているが、そんなことを考えること自体があまりにもくだらないことだとキーラは笑う。 そして、ポケットからスマホを取り出すと、カメラを起動して動画撮影モードに切り替える。画面に捉えているのは当然ながら自分の脚とその隙間にあるビル群だ。 「何十万人という何の罪もない一般市民を蹂躙しなければならないなんて……。やはり楼藍さんは悪魔です。私がいつか必ず正義の裁きを与えるとお約束します。だから今は、必死に逃げ回って、喉が枯れるまで泣き叫んで、跪いて命乞いして、でも無視されて女子高生の太ももでプチってされちゃうことに納得してくださいなっ♪」 「悪魔はあんたでしょ。何言ってんの」 キーラがまさに脚を閉じようとした瞬間、素足のまま街を踏み付けて侵入した楼藍の声が頭上から響き渡る。 一瞬だけビクッと体を震わせたキーラが恐る恐る空を見上げると、自分のファンを自称する女の子がそこにいるのだ。 「私はこの街を守る正義のヒロインなので悪魔ではありませんよ」 「その割にはめっちゃ楽しんでるじゃん。言い訳ができたからここぞとばかりにさ」 「それは違います。先ほどの繰り返しになりますが、学友を人質に取られているので仕方なく従っているのです。楽しんでなどいません。犠牲になった方には心からの哀悼の意を捧げています」 「あっそ。じゃ、その股に閉じ込めてる人たちのこと傷付けないで。助けてあげて。これが私からの命令ね。従わないならあの学校を踏み潰すから」 「………………………」 キーラの顔に苦虫を噛み潰したかのような表情が浮かぶ。 これまで人前で見せたことのないその表情が浮かんだのは一瞬のことで、すぐいつものクールな表情を作り直すと、しばし目線を逸らして考え込む。 そして、数瞬の間をおいて再び顔をあげて楼藍と視線を交わすのだ。 「楼藍さんがそのような温情ある措置をとるはずがないので、貴方は偽物では?」 「はぁ!?」 「でなければ罠です。ここで私に『太ももドーザー大虐殺〜っ♪』をやめさせることで、楼藍さんの命令に逆らった実績を作り、それを口実に私の学友たちを抹殺を正当化。その責任を私に負わせて精神的に追い詰める。……この策略は看破しました」 「………………」 「つまり、私はここで『太ももドーザー大虐殺〜っ♪』を実行しなければなりません。正義のヒロインであるこの私にこんなことを強要し、あまつさえ罠にかけるとは、本当に許し難い悪です」 「………………。もう一回だけチャンスあげるから質問に答えて。『楽しんでるよね?』あそれと、 私ちょっとイラついてるから、もしあんた嘘をついたら何をするか自分でもわかんないや」 「誠に申し訳ございませんでした。私は楽しんでおります。この巨大化の力を手に入れたときから、いつかこんなことをしたいと思っていました。そして今日、正義のヒロインとしての立場を守りつつ、ようやくそれをするチャンスが到来したので最大限に活用させて頂きました。不誠実な回答を重ねたことお詫びします。なので、どうか再び足蹴にするのをやめてください。生まれて初めて死ぬかと思いました。あと友達は本当に大切にしているので助けてあげてください」 「めっちゃスラスラ言葉出るじゃん……」 思わず頭に手を当ててため息をつく楼藍。 なんとなく察していたとはいえ、自分の推しがこうもイメージから外れてしまうとどうにも違和感が拭えない。 だが、ここまで楽しげにしているなら、それはそれでいいような気がするのも事実。 やりたいことができるようになったら嬉しい。そんなのは当たり前なのだから。 それを生み出すことに貢献したのが紛れもなく自分なのだと自覚すると、なんだか急速に充足感が湧き上がってくる。 「――やっていいよ」 「はい?」 「股の間にあるそれのこと。『太ももドーザー大虐殺〜っ♪』だっけ? やっていい、じゃなくて、やって。やらないとあんたの友達を目の前で挽肉にするから」 「っ!? え、えへへ、そ、そうですか。それは、そう、仕方がありませんね。私の大事な人たちの命が掛かっているのですから。ふふっ。本当に心が痛みますっ♪」 スマホの録画ボタンを押すと、軽い動作音と共に録画開始を知らせる赤ランプが灯る。 カメラをゆっくり回して街の全体像を映像に収めると、もう一方の手を太ももにそっと当てて、それが柔らかくふにゅっと凹む様子も逃さず捉える。 そして、ツーッと手が太ももを滑った先で膝まで達した瞬間、これまで大地の如く動かなかった脚が凄まじい地鳴りと共に動き出し、脚と股間が作り出していた狭い空間を凄まじい勢いで減らしていく。 アスファルトの舗装など薄氷よりも脆く粉砕され、凄まじい質量によって掻き出された莫大な土砂が山のように堆積しつつ、逃げ惑う人間を飲み込んで即座に擦り潰す。 高層建築物は触れた直後だけは無事でいたが、一瞬のうちに基礎部分が粉砕され、まるでドミノのように周囲を巻き込み倒れていくが、崩れ落ちるようも先に太ももが到達してそれらを圧散させてしまうのだ。 街を消し去り、地形を塗り替える。 それを行う白銀髪の女の子は、自分の笑い声がスマホに入ってしまわないよう、撮影に使っていない手で必死に口元を抑えていた。 最後には無数の商業施設と宿泊施設を有する超高層ビルがフニフニ太ももに挟み込まれてクシュっと押し潰され、上層部の一部だけが残ったものの、キーラが僅かに太ももを開いた瞬間にその深淵に向かって落下、直後に再び閉じられたことで、最終的には一部も残ることは許されなかった。 「………ん、んふっ♡」 脚を擦り合わせながらついつい艶っぽい声をこぼす。 直後、スマホの録画をオフにして撮影を終えると、試しに数秒間だけ再生してみて、それが無事に記録されていることを確かめるのだ。 思い通りの映像を撮影することができたキーラは満足そうに微笑みながら、再び自分を見下ろしているファンと視線を交わす。 「終わりました。これで満足ですか?」 「それ私のセリフね。やりたくないこと強制された感を演出するの無理あるって」 自分の足元にペタンと座り込んだ推しの巨大少女を見下ろして小さく苦笑する楼藍は、この日から毎日のように推しに付き合わされることになるとは知らない。 そして、この世界の人々もまた、災禍巨獣なんてものとは比較にならないほど絶大な脅威が誕生したことをまだしっかりとは理解していないのであった。 〈終わり〉