小雪ちゃんのSNS活用術(後編)
Added 2022-02-23 15:00:00 +0000 UTC自らの死について考えたことがないという人はいないだろう。 どのような人生を歩んだとしても、その終着点が死であることは決まっているのだ。 それが寿命によるものなのか、病気なのか、事故なのか、もしかしたら事件や災害なのか、どんな形で迎えるのかまで思いを馳せることもあるだろう。 そして、大半の人間は考えても分からないという結論に至り、死についての思考を終えるのだ。 「私がこのまま少し前進して貴方たちを踏み潰すのと、軍隊が貴方たちを助けるの、どっちが早いか勝負してみましょう。……負けないように頑張らなくちゃ。ふふっ」 だが、今日という日は思考を終えることは許されなかった。 疑いの余地なく、逃げる暇なく、助かる見込みのない絶対的な死が目の前に迫っている。 漆黒の布地に覆われた、超高層ビルよりも巨大で、それにも関わらず何処か魅力的にも見える二つのそれが死の正体。 女子大生の黒タイツに覆われた足裏。 この町で最も大きなショッピングモールをそれ以上に大きなお尻と太ももで蹂躙した彼女は、正面に真っ直ぐ突き出した両足の下で電車が来るのを待ち侘びている人々をその影に捉えていた。 全長二百四十メートル、全幅九十メートル超という人間の思考の外側にしか存在しないはずのそれは、彼女の無意識のうちでゆらゆらと揺れ動いている。 もし、あれが振り下ろされたら。 あまりにも明白な答えがある疑問を頭に浮かべてしまった者は、次の瞬間にはその場で泣き崩れるか、大きな奇声をあげるか、人混みで溢れる駅の出口へ向けて駆け出すかを各自が選んだ。 その過程で一部の人間が線路に降りて逃亡を図ったことで自動安全装置が作動し、電車は線路の上で緊急停車してしまう。 駅で待つ人々にとっては、ただでさえ望みの薄かった電車での脱出という可能性が潰えてしまうことになった。 「女の子に足を見せつけられただけで大騒ぎするなんてとっても滑稽。軍隊が来るまで待ってみるつもりだったけど……それは無理ね。貴方たちを見ていたら虐めたくなってしまったもの。ふふっ」 駅という日常生活の拠点でもある空間に絶望と怨嗟が渦巻く異様な光景に、小雪は意地悪にもクスクスと笑みを浮かべていた。 おもむろにスマホのカメラを足元の駅に向けると、両足の隙間から覗く駅舎とその手前に広がるバスロータリーを一枚にまとめて撮影する。 小雪の使う最新のスマートフォンのカメラ機能は極めて高度であり、撮影した画像を多少ズームしたとことでボヤけてしまうことはない。 スマホの画面上で指を動かし限界まで画像をズームして眺めてみれば、そこには必死の形相で逃げ惑う小さな人々が映し出された。 その一人一人に身体的な特徴が備わっており、ゲームのNPCのようなデータの使い回しではなく、しっかりとした人間であることは明らかだった。 そんな人々を何百何千とまとめて黒タイツ足で踏み躙る。 あまりに残酷で無慈悲なことであり、絶対に許されてはいけない虐殺行為だ。 だが、だからこそやりたくなってしまうのだ。 「さようなら。虫ケラさん」 小雪は再び両足をしっかり閉じて彼らとの視線を遮ると、何ら躊躇うこともなく両足をペタッと前に押し倒す。 何ということもない、踵を軸にして持ち上げていた足を地面に下ろしただけのこと。 日常的に何度も行っているような僅かな動きであったが、駅舎とその周囲に建ち並ぶ雑居ビル、バスやタクシーが動けずにいたロータリー、街路樹、スーパー、銀行、居酒屋といった地方都市の駅前空間を根こそぎ押し潰すには十分な破壊力。 小さな人々が暮らす街並みの一角を、ナイロン生地のタイツ越しに踏み潰す感触。 脆い建物を足裏で破砕するこそばゆさは、小雪の美しい顔を僅かに綻ばせたることができた。 足裏にしっかりと体重を乗せて大地に押し込んでから足を持ち上げれば、駅があったはずの空間には両足揃った足跡が綺麗に残されている。 そんな足跡となった空間を先ほどと同じ位置から撮影して画像を並べてみれば、自分が行った非道がどれほど甚大な被害をもたらしたかが一目瞭然だった。 さっそく二枚の画像をセットにし、『田舎町のビフォーアフター』という小馬鹿にしたタイトルでSNSに投稿してみる。 「ゴミゴミしていたから整地してあげたわ。私の力をちゃんと理解できたかしら、っと」 続けてそんな煽り文句を投稿してみれば、ネット越しに小雪の動向を伺っている数千万の人間たちが一斉にコメントを寄せてくる。 それらは犠牲者を悼むものもあれば、これ以上は止めてと懇願するもの、小雪が死ぬべきという極端な意見までさまざまだ。 だが、彼らがどれだけ文字を書き起こして送ったところで、小雪を止めることなどできない。 数千万の人々が団結した力など、長身の女子大生は鼻で笑い飛ばしてしまえるのだ。 「さて、そろそろ移動しましょうか」 千六百七十メートルもの超巨体を身軽に持ち上げた小雪。 タイツとスカートにこびり付いた無数の瓦礫を軽くはたき落としながら立ち上がれば、彼女はこの世界のあらゆる人工物を凌駕する存在となる。 小雪が遊び場に選んだ篠河市はそれほど大都市ということもなく、玩具にして楽しめそうなものはそう多くはない。 写真や動画映えしなそうなものに構うつもりがない小雪は、住宅街や雑居ビル群などには見向きもせず、無意識のうちに適当に踏み潰して歩き出す。 一歩ごとに何百という犠牲者を生み出す小雪は、しばらくキョロキョロしてようやく面白そうなものを見つけ出した。 住宅街を蹴散らしながら小雪が歩み寄ったそこは、彼女の体感でシングルベッドほどの敷地を持つ大規模施設。 町の特徴として挙げられることも多い大学のうちの一つは、哀れなことに女子大生の目に映ってしまったのだった。 「あら、自然豊かでいいキャンパスじゃない。でも知らない大学ね……」 小雪がスマホを立ち上げてサッと検索をしてみれば、足元に広がる大学についての情報が一瞬のうちに表示される。 当たり障りのない普通の大学紹介も検索結果に含まれてはいたが、それ以上に目に留まるのは悪評だった。 学力水準が低いがために侮辱的な内容が羅列されているのだ。 それらは去年まで受験生であった小雪にとっても馴染み深いものであった。 「あ、俗にいうところのFラン大学というところなのね。それなら知らないのも納得。検討すらしなかったもの。……同年代だと思うと気が引けるけど、貴方たちのようなお馬鹿さんなら呵責無く踏み躙れるわね」 タイツによって引き締められた美脚がスッと持ち上がる。 既に無数の建物とそれ以上の人間を踏み潰したタイツ足は、それらの瓦礫と砂埃が生地に染み込んだ汗によって付着していた。 それらが重力に引かれて地表にパラパラと雨のように降り注ぐ。 全長二百四十メートルにもなる巨大な黒塊は、敷地の端に設けられた陸上グラウンドの真上を覆い尽くした。 地震発生時と同じ手順で避難していた学生たちが無数に蠢くその空間は、彼らが迫り来る巨足に怯えて無秩序に逃げ出しても他者とぶつかることがないほど広大だ。 常人の千倍もの大きさを有する小雪の足でも十分に収めることができるだろう。 ただし、それは片足だけを丁寧にゆっくりと降ろせばという話だが。 「ふふっ。えい」 小さな掛け声に合わせて左足を振り下ろす小雪。 明らかに歩行目的のそれとは違う高さまで持ち上げられ、力を込めて大地に叩き付けられたその足は、地表を這い回る小さな生き物を一瞬にして消し飛ばし、彼らが駆け回っていた大地を破り砕いてその場に沈み混んでいく。 凄まじい衝撃波が周囲一帯を駆け抜け、運よく直撃を免れた人々を一瞬で血飛沫に変える。 この世界のあらゆる人工物を凌駕する圧倒的な重量が無遠慮に大地を蹂躙したことで生じた激震が大学校舎を揺さぶり、数年前に竣工したばかりの建物から外壁を引き剥がす。 粉々に飛び散った窓ガラスが散弾銃のように室内の人間の肉を切り刻んだ。 息を潜めて小雪の襲撃をやり過ごそうとしていた数千の学生たちは、突如として顕現した砂埃と血飛沫、そして悲鳴に満ち溢れた地獄のような光景に凍り付く。 「あら、立ち止まってしまっていいの? ……まだ終わらないわよ、お馬鹿さん」」 たった一度ですら凄まじい被害を生み出す大量破壊兵器のような足。 それを何度も、何度も、何度も。まるで新雪を踏んで遊ぶ子供であるかのように、美しい黒髪の女性は足元の狭い空間を踏み躙り続ける。 丁寧に計算された樹木によって豊かに彩られた広場、グラウンドで活動する学生のための部室、それに併設されていた倉庫、一休みするためのベンチ、敷地内の案内板。 そこに存在していたあらゆるものがタイツの下敷きとなって姿を消してしまう。 その度に大地は地盤が砕かれ悲鳴を上げるがそんなことに構いはしない。 広大な敷地を文字通りに踏み荒らした小雪は、僅か数秒で変わり果てた大学の敷地を見下ろし小さく鼻を鳴らす。 残っているのは小雪が最後の楽しみにとっておいた六つの学部棟のみだったが、それすらも既に半壊しており無残な姿を晒している。 室内にいた多くの学生たちは大小の違いはあれども怪我を負い、瓦礫の至るところから彼らの呻き声が湧き上がっていた。 それらを見下ろす小雪はゆっくりと脚を折り畳みながらその場にしゃがみ込むと、両膝の間から顔を覗かせるようにして地表に視線を向ける。 ごく僅かな生存者たちが体の痛みを堪えながら見上げた先には、タイツに覆われた裏腿とその奥に控えた股間部のみ。 あまりにも巨大で全貌が掴みにくいこともあって、それらを人体の一部とは捉えられず、ただの黒い巨壁であると錯覚する者も少なくない。 「たまにこうして大きく体を動かすと健康に良いと思うの」 そう言って地表を這い回る小さな生き物たちに笑みを見せる小雪。 特にスポーツ好きというわけでもない小雪は、意識しない限り体を動かすことは少ない。 先ほどのように思い切り足を持ち上げて振り下ろすのは、普段使わない筋肉を使うことによる適度な疲労感があって心地よい。 そこに足元で何百何千という命を理不尽に奪い去ったことによる爽快感も加われば、途中で止めてあげようなんて優しい考えには至らなかった。 「エクササイズに付き合ってくれてありがとう。……じゃあ、今からは普通に虐めてあげる」 小雪は彼らの反応を待つことなく、左手に持ったスマホを再び撮影モードに切り替える。 カメラで映し出す自分の右手。その中でも人差し指だけに焦点を絞った。 大学に入学してからようやく美意識を強くした小雪は、ネイルアートにこそ手を出していなかったが、爪を切り揃えて磨き上げることに余念はない。 そんな指先を半壊した校舎群に差し向けると、指先という見慣れたものと、崩れ落ちた学舎という非常識なものが一つの画面に収まり、そのアンバランスにニヤけてしまう。 「ふふっ。どこから始めようかしら」 舐め回すかのような手つきで六つの建物に指先を近づけると、その度に微かな悲鳴が湧き起こるのがなんとか聞き取れた。 それが面白くてしばらく怖がらせ遊びをしていたが、そのうち彼らの声が枯れ果てたのか、それとも諦めたのか、悲鳴は徐々に小さく聞こえにくくなってしまう。 小雪の主観で最も反応が薄くなったと思う一棟を選び、そのすぐ背後に指先を下ろしてみる。 千倍まで大きくなれば指の腹に刻まれた指紋もはっきり見て取れただろうが、小さな生き物たちがその形を認識するよりも、小雪が降ろした指を手前に引く方が早かった。 それは机の上に積もった埃を確認するこのような僅かな所作であったが、一つの建物を数百人の人間と共に磨り潰すことであった。 「次はこっちよ」 小雪の指先はなんの苦もなく学舎の一つを突き崩した。 ツン、と突き出された指先が建物の壁を易々と突き破り反対側へ突き抜けるのと、その凄まじい力に耐えきれず建物が崩れ落ちるのはほぼ同時だ。 普通の人間であれば圧死しているはずの莫大な量の瓦礫が指に降り積もるが、小雪はまるで気にすることもなく瓦礫から指を引き抜いた。 続けてその隣に並び立っていた建物を軽く勢いをつけて弾いてみれば、女の子の指先はコンクリートの塊を一瞬のうちに粉々に粉砕してしまう。 「あっという間に半分まで減ってしまったわね。……あら? お馬鹿さん、やっと逃げる勇気が出たのかしら」 小雪の瞳に映るのは瓦礫の山を縫うようにして走る数名の人影。 彼らは一心不乱に駆けているが、どうやら目的地があるわけではなく小雪から遠ざかろうとしているだけのようだ。 小雪からすれば米粒のような瓦礫でも、彼らにとっては懸命によじ登って乗り越えなければいけない障壁になるらしい。 小さな体で必死に逃げ惑う姿をスマホのカメラでしっかりと写した小雪は、彼らの頭上に平手を翳してあげる。 周囲が急激に暗くなったことに疑問を抱いた彼らが空を仰ぎ見れば、そこには肌色の天井がずっしりと広がっているのみ。 それはあまりにも現実離れした光景であったが、ついさっきまで指先一つで自分達の通う大学の校舎が捻り潰されていたのだから信じないわけにはいかなかった。 「ほら、もっと頑張りなさい。自分のためにすら頑張れない人間に生きる資格なんてないわよ」 そう言って急かしてみればほんの僅かに彼らの足が速くなったように気がした。 もちろん、実際に速くなっているのだろうが、小雪にしてみれば彼らの頑張りなど誤差の範疇でしかない。 じっくり観察していた彼らがようやく瓦礫の中を抜け出し、大学の敷地を覆うフェンスまで辿り着いた瞬間、平手で彼らを叩き潰してやった。 小さすぎる肉体が弾け飛ぶ感触はあまりに微細で感じ取れず、代わりに大地の冷たさだけが手のひらに伝わった。 「残念だったわね」 苦笑混じりにそう吐き捨てた小雪は、小さな人間たちをひとまとめに叩き潰した手を持ち上げると、そのまま残っていた三棟の校舎へ差し向ける。 一本ですら圧倒的な破壊力を秘める少女の指が五本、なんの制限も課されることなく自由に動き回る光景に生存者たちは絶句するばかり。 あれらが地表に降り立ち暴れ回れば、自分たちは一瞬のうちに挽肉にされてしまうだろう。 「そろそろ飽きたし、お別れしましょうか。……せっかくだから最後に握手してちょうだい」 その握手が友好の意味でないことは誰にでも理解できた。 空から降り注いだ五本の指が柱のように周囲を取り囲むと、大地を抉り取りながら急速に閉じられていく。 女の子が作り出した片手の檻は誰かを閉じ込めるためのものではなく、誰かを握り潰す処刑会場だった。 女の子らしい小柄な手の平に残りの三棟をまとめて握り込んだ小雪は、そのまま力を込めて一気に握り潰してから拳を開いて瓦礫を捨てる。 広大な敷地に一万を超える学生が通っていたはずの大学の最後はあまりにも呆気ないものであった。 「ふふっ。いい動画が撮れたわ」 満足げに微笑む小雪は慣れた手つきで動画のアップを終える。 編集もなにもしていない荒削りな動画だったが、人が死ぬ瞬間がくっきり映し出されているのだ。これまで以上の騒ぎになることは間違い無いだろう。 だが、その結果を確認するのは後の楽しみにとっておこう。 あえてSNSからの通知をオフにした小雪は思わず顔に浮かぶニヤけ笑みを隠せなかった。 自分が際限なく冷酷になっていくことに気が付きつつも、それ以上に小さな生き物たちの断末魔のような反応を見ることによる興奮が勝るのだから仕方ない。 スマホをポケットにしまった小雪が残しておいた町の中心部に目を向ければ、そこにはまだ無事な姿を残すビル群が立ち並んでいる。 そのどれもが小さい。今の小雪が隣に並び立てば、大半のビルは足首にすら届かないのだ。 真上から踏み付ければ数秒で、足の側面で薙ぎ払うように蹴りつければ一瞬で、ビル群はこの地表から姿を消してしまうことだろう。 そんな想像に胸を膨らませつつ、先ほどと同じく絨毯のように敷き詰められた住宅街を踏み荒らし、逃げ惑う人々を黒タイツの下で葬りながら歩き出す小雪。 一歩踏み出す度に何百メートルという距離を一瞬で移動する彼女は、ふと足元で小さな閃光が瞬くのを目にした。 不思議に思って歩みを止めてみれば、再び小さな閃光が無数に煌めいた。 正体を探るために目を凝らして地表を見下ろしてみれば、糸のように細い道路に小さな粒のようなものが整列しており、そこから光が生まれていた。 暴虐の限りを尽くす巨大な生き物に対して軍隊が敷いた防衛線はあまりにも貧弱で、小雪の目には辛うじて見える程度のものだった。 「あら、軍隊さん。遅かったじゃない」 ようやく閃光の正体が戦車の砲撃時に生じるものだと理解した小雪が小馬鹿にするように挨拶する。 どうやら自分に対して行われている攻撃は、彼らにとっては非常に苛烈なものであるらしく、立ち昇る砲煙は彼らの視界を覆い尽くすほどのようだ。 どこを攻撃されているのかと全身を隈なく見てみれば、その大半は膝よりも下に集中してしまっており、普通に立っていると胸が邪魔で見えなかった。 有する火力の全力を投入する軍隊と、蚊に刺されたほどの感触もない女子大生。 両者の間には決して覆ることのない圧倒的な力の差があるのは一目瞭然であったが、町の中心部を防衛する使命を帯びた軍隊に撤退の選択肢はなく、また面白い玩具を見つけた意地悪な女子大生がそれを見逃す理由もない。 「人の命を守るなんて立派な仕事ね。尊敬するわ。……小さな貴方たちはこの人たちのことを守れるかしら? ふふっ」 その場でスッと右足を持ち上げた小雪は、住宅街のはずれに位置する病院の真上を全長二百四十メートルの黒タイツ足裏で覆い尽くした。 もとより何百という入院患者を受け入れており、緊急事態といえども避難できずにいたところへ、緊急搬送されてきた人々が殺到したことで本来の処理能力を優に越す負傷者たちが蠢いているのだ。 白い外壁に赤いマークが描かれたその建物がどういったものか、もちろん小雪に分からないはずもない。 最初に大地へ下ろした右足の踵が十数棟の住居を押し潰すと、足首を曲げて持ち上げるのみとなった足裏は、天に向けて爪先を突き立てるかのようだ。 既に夥しい数の建物と人間、まさに町そのものを踏み潰してきたその足が空に取って代わる異常事態に足元の人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。 「ほら、怖くて怯えているわよ。早く助けてあげなさい」 踵を軸にして立てた右足を軽く振ってみる小雪。 これまで見たこともないほど巨大な何かが上空で暴れ回る光景は悪夢そのものであり、彼女の足元から湧き起こる悲鳴はさらに大きくなるばかり。 うっかり押し潰してしまわないようにそっと足裏を大地に近づければ、病院の屋上がタイツ越しに触れたのがなんとか感じ取れた。 小雪にとっては僅かに触れた程度であるが、建物にしてみれば自重の数千数万倍の質量を有する天文学世界の物体が衝突してきたのだから無事では済まない。 上層階はまるで爆ぜるかのように周囲に飛び散り、建物の窓ガラスは全て割れ砕けた。 病院の周囲に飛び散ったコンクリート片とガラス片は容赦無く周囲の人々の命を奪う。 「ふふっ」 自分の何気ない動作の一つ一つに怯えて泣き叫ぶちっぽけな生き物たち。 足で隠れてしまって、その様子は見て取れないが想像しただけで小さく笑えた。 小雪が足元で病人と怪我人を虐めている間、防衛線に展開した戦車部隊は数十秒かけてようやく砲撃を再開できた。 たとえ小雪にとって一歩分でしかない距離の移動であっても、彼らからすれば容易に戦車の射角から外れてしまうのだ。 陣形を変換して最も効果的に射撃ができるようになるまでに要した時間は極めて短時間だったが、小雪にとっては苛立ちを覚えるほどの間だった。 それでも足元の病院を踏み潰さずに待っていたのは、ひとえに彼らに無力感を覚えさせてやりたかったからでしかない。 小さな軍隊による懸命な攻撃は小雪の右足、それも爪先部分へ集中した。 それは足元の病院やその周辺の町並みへの誤射を恐れてのことであったが、駆逐艦よりも巨大な女子大生の足を撃ち損じることなどなかっただろう。 見事な精度で行われた砲撃は正確に小雪の爪先に集中し、彼女にほんの僅かなむず痒さを覚えさせることに成功した。 それが彼らにとっての精一杯であり、そして同時に限界でもあった。 陸戦の王者が数十と集まったところで、常人の千倍という巨躯を誇る女子大生を相手にして出来ることなどその程度のことでしかないのだ。 「時間切れ」 小雪がそう言い放つのと、持ち上げていた足を下ろすのはほぼ同時だった。 ペタン。 彼女が踏み締めたのがフローリングの床であれば、そんな小さな音がするだけだろう。 だが、ここは何もかもが極小の世界であり、その足元には何百という人々が泣き叫びながら命乞いをしていたのだ。 彼女の足が降り立った場所に存在していた病院は数棟の建物全てと駐車場だけでなく、その周囲に広がる住宅街もろとも一撃のうちに粉砕され消え去った。 小雪がグッと足に体重を乗せれば大地は粘土で出来ているかのように簡単に沈み込み、何秒かして彼女が足を持ち上げたときにはくっきりとした足型が刻み込まれていた。 そのまま持ち上げた足を無力な軍隊へ差し向け、その眼前で嘲笑うかのように揺らしてみれば、病院の一部だった瓦礫がタイツ繊維から零れ落ちる。 それに対して軍隊が応射しなかったのは、情けないことに仰角が足りず砲を小雪の足に向けることができなかったからだ。 「ちゃんと守ってあげないとダメじゃない。……次はここを壊そうと思うのだけれど、今度こそ守れるかしら」 小雪がはしたなくも爪先で指し示したのは中学校だった。 二棟の校舎と体育館、それ以外には屋外プールが備え付けられ、グラウンドの隅におそらく部室棟らしい小屋が立っている一般的な学校だ。 災害時の避難場所である中学校へ避難していた人々は、遥か天空から自分達に突きつけられた漆黒の巨大な槍を見上げ、心臓が押し潰される程の恐怖を押し付けられる。 だが、この瞬間に感じた恐怖などこの直後に襲い掛かる濃厚な死の予感に比べればカスのようなものだった。 突きつけられた足が急速に遠かったかと思えば、続けて凄まじい地響きと同時に周囲一帯が急速に暗闇に包まれ始めたのだ。 山の如き巨体が動く様子は極めて異質であり、その場にいた誰もがポカンと空を見上げるばかり。 小雪がその場でしゃがみ込み、そのまま何百という人間を町並みごと叩き潰しながら両手を大地に付けて四つん這いの姿勢を取れば、地表の人々にもようやく彼女の顔が見て取れた。 美しい顔立ちに微かに残るあどけなさは、彼女が十代後半という女と少女の合間にいることを鮮やかに主張している。 そして、その顔の奥に控えているのはニット生地に包まれた柔らかな乳房だ。 平均値を僅かに上回るサイズのそれは、重力に引かれるようにして本来の形を取り戻し、彼女がグッと顔を地面に近づけたときに先端部が地表に触れた。 柔らかい脂肪の塊がコンクリートで作られたアパートを当然のように粉砕し、むにゅっと広がることで周囲を逃げ惑う人々を次々に飲み込んで小さな肉片に変えてしまう。 だが、女子大生のおっぱいはそれだけに留まることなく、スナック菓子よりも脆いアスファルトを容易く砕いて大地に丸い巨穴を穿出した。 「ふふっ。こんにちは、とっても小さな小人さん」 小雪の口元から紡がれた小さな声は、それに伴って生じた微小の風と共に中学校を直撃し、それだけで体育館の屋根を一瞬にして消し飛ばしてしまった。 体育館の内側から湧き起こる凄まじい悲鳴は、大地に顔を近づけた小雪の耳にしっかりと届き、彼女に意地悪な苦笑を浮かべさせた。 このままお喋りをしていたら、それだけで小さな生き物たちは全滅してしまうだろう。 あまりに脆い玩具で遊ぶのには配慮が必要だったらしい。 小雪は住宅街を押し潰していた右手を引き上げ、そのままスカートのポケットからスマホを取り出すと、慣れた手つきで白く細長い指先を画面に踊らせる。 準備が整った小雪は、スマホの画面を学校内で怯える人々に対して見せつけた。 女子大生が片手で操れるほどの小型スマートフォンであっても、千分の一という極小の人間たちにとっては映画館のスクリーンすら比較にならない程の大画面。 どれだけ視力が悪い人間であったとしても、その画面に浮かぶ数字を読み取ることは容易だった。 スマホの画面に映し出されたカウントダウン表示。残り時間が五十数秒であることを考えると、この山よりも巨大な女性は一分のカウントダウンを設定したようだ。 この残り時間がなにを意味しているのか、それは意地悪く微笑む小雪の顔を見れば考えるまでもないことだった。 意味を察した人々のうち、賢い者は即座に駆け出して建物の外を目指して駆け出し、愚かなものはその場で泣き崩れ、一部の者は小雪のSNSを探し出して殺さないでくれと慈悲を乞うコメントを残す。 突如として自らの余命を宣告された彼らにできるのはそれくらいだった。 小さな生き物たちが慌て出すのを観察していた小雪は、続けて自分の正面に展開している軍隊にスマホの画面を向ける。 中学生たちと同じく、その意味を察したらしい軍隊たちの攻撃が再開すると、次々に砲火がスマホの画面や小雪の顔に直撃する。 だが、自らの吐息よりも遥かに劣る威力で、まつ毛を揺らすのが精一杯というそれがどれほど集弾したところで、小雪に痛みを覚えさせるどころか、スマホの画面保護フィルムを破ることすら叶わない。 中学生たちがどれほど泣き叫んでも、どれだけ必死にコメントを書き込んでも、軍隊が死力を尽くしたとしても、彼女が見せつけるスマホ画面のカウントダウンは止まらない。 「ふふっ」 思わず小さな笑い声が溢れてしまえば、再び小さな建物が大きく揺さぶられる。 耐えきれずに笑い出してしまえばカウントを待つことなく彼らは皆死ぬのだ。 自分で設定した一分という時間は小さな生き物たちにとっては短過ぎるが、小雪にとっては待ち遠しさを覚えるほどの時間だった。 無情かつ正確に時間を刻み続けたスマートフォンは、カウントがゼロになるのと同時に小さなアラームを鳴らしその時がきたことを周囲に伝える。 「あらあら、また助けてあげられないのね」 スマホのアラームを止めた小雪が最初に破壊したのは屋外プールだった。 二十五メートルの標準的なプールと更衣室がセットになったそれは、小雪のデコピンに耐え切れず粉々になって周囲数百メートルに飛び散ってしまう。 そのついでと言わんばかりの気軽さで部室棟もデコピンで消し飛ばすと、続けて既に半壊して無惨な姿を晒している体育館に意識を向ける。 「ふぅ〜」 女子大生の吹き付ける吐息は、先ほどの無意識に漏れ出たものとは比較にならないほど強力だった。 ただの息だというのに、まるで鉄塊で殴り付けられたかのように体育館は粉砕され、文字通りに吹き飛ばしてしまう。 あまりにも強烈な暴風の直撃を受けた人体など瞬時に引き千切られてしまったが、その次の瞬間には吹き飛ぶ瓦礫に混じって見えなくなった。 彼女の息が吹きかけられたその場所には、最初から何も存在していなかったかのような更地が残るのみ。 その更地に漂う微かな香りは、彼女が朝食べたトーストの香りだった。 あっという間に学校施設の大半を消滅させた小雪は、最後に残しておいた校舎に向き直って上下左右に視線を這わせる。 当然のように全ての窓ガラスが割れ砕けたその建物では、傷付いた人々が怯えきった視線で外の様子を窺っていたが、そのうちの何人かは運悪く小雪と目が合ってしまった。 とても生物のものとは思えないほど巨大な眼球が動き回る様子は凄まじく不気味であり、それを見ただけでも気が狂ってしまいそうだった。 小雪の薄い唇に笑みが滲んだ次の瞬間、恐怖に怯えていた人々は自らが隠れ潜んでいた建物と共に粉々に粉砕されこの世界から消え去った。 「バイバイ、おチビさん」 中学校の校舎に顔を近寄せた小雪が言い放つ別れの言葉。 普段の会話と同程度の声量で発したそれは、莫大なエネルギーを有する衝撃波となってちっぽけな建物に襲い掛かり、無慈悲にもそれを消し飛ばした。 小さな人間たちは最後の悲鳴をあげる暇すら与えられることはなかった。 「……さ、じゃあそろそろ貴方たちと遊んであげるわ」 中学校を容易く消し去った小雪が視線を向けるのは数百メートル先に展開する軍隊だ。 現代においても最強の陸戦兵器であるはずの戦車を中心とした機甲師団は、既に持ち運んだ弾薬を使い切りその場で何も出来ずにいた。 支援部隊からの弾薬補給を待っている状態であったが、残念ながら正面に捉えた巨人はそれを待ってくれそうにない。 もし仮に弾薬の補給が間に合ったとしても、全火力を注ぎ込んでなお怪我一つしない相手に対して何が出来るというのか。 誰も口には出さないが、その場にいた全員がその疑問を抱いているのは明らかだった。 呆然と巨人を見上げることしかできない彼らは、美しい巨女が自分たちにスマホのカメラを向けていることに気がついた。 その小さなシャッター音さえ数百メートル離れたここまで届くのだから驚くほかない。 しかし、彼らが本当に驚くことになるのはその数秒後のことであり、驚きは恐怖に姿を変えて周囲へ次々に伝播していく。 ――――生意気な虫ケラを粛清することに決めたわ。 小雪がSNSに投稿したそんな短い一文。それに添えられた写真には紛れもなく自分たちが映し出されていた。 誤解のしようもないほど明白な殺害予告。 心臓にナイフを突き付けられたかのような凄まじい緊張感が背筋を駆け抜ける。 そんな彼らの視線を手持ちのスマホから引き離したのは、小雪のおっぱいが自分たちの展開する大通りを埋め尽くし、その左右に並び立つ雑居ビルを押し潰した轟音だった。 自分たちをニヤニヤ見下ろす女の顔は美しく、またその真下で視界を覆い尽くしてしまう巨乳は魅力的ですらあった。 「私のおっぱいに触れる権利をあげる。その代わり、生きる権利は剥奪するわね」 小雪が小さく笑うと、その直後にズリズリと前進を開始する。 彼女のおっぱいは道路に残された無数の車を容易く押し潰し、街路樹や信号機を薙ぎ倒し、それどころか通りの脇に並び立つビルを押し倒して磨り潰しながら突き進む。 おっぱいが通過した場所は文字通りに更地であり、そこに存在したあらゆるものが姿を消してしまう。 ビルですらそうなのだから、巻き添えになった人間など考えるまでもない。 そうして作り出した瓦礫すらもむにゅと広がる乳房が覆い被さって押し潰し、その凄まじい重量で平らにしてしまうのだ。 ゆっくり動いているつもりの小雪だったが、それでもその進行速度は時速百キロを優に越えるものであり、正面に展開する軍隊にとっては雪崩のように思えるほどだ。 数百メートルの距離をものの数秒で詰め寄った小雪のおっぱいは、兵士たちの手持ち火器による懸命な攻撃に気が付くこともなく彼らを蹂躙した。 戦車だろうと生身の人間だろうと、巨大女子大生のおっぱいの前では等しく無力。 当たり前のように軍隊の真上を通過した小雪は、何ら抵抗らしい抵抗がなかったことに不満げであったが、同時に圧倒的な強い自分の力に震える。 最後にグッと力を込めておっぱいを大地に押し付けて二つの丸い穴を穿つと、スッとその場で立ち上がり、その穴の写真をスマホのカメラに収める。 ――――粛清完了。おっぱいの圧勝だったわ。 そんなコメントを添えて写真を投稿してみれば、世界中から非難が殺到する。 篠河市で遊び始めてからというもの、小雪のSNSのフォロワーは急速に数を増やし、寄せられるコメントも際限なく増えていた。 何億という人々が自分一人に注目しているのだと考えると、それだけで興奮してしまいそうだ。そして、彼らの抱く怒りも恐怖も憐みも、どれだけ集まったところで小雪の行動を止めることはできない。 圧倒的な力を有した存在だけ、あらゆるしがらみに縛られることなく本当の自由を得られるのだ。 「あら、想像よりもだいぶ貧相じゃない」 軍隊すらも弄んでしまえる巨大な女子大生はついに篠河市の中心部まで到達した。 空から町の様子を撮影する機会があれば、小雪が歩いた道なりは容易く判別出来るだろう。 灰色ばかりの地表に土茶色の線がくっきりと残され、そこに存在していた建物や人は無惨にも消え去ったということになる。 そんな彼女が見下ろしているのは、自分の膝丈にも及ばないほど小さな高層ビル群だ。 ビルの合間を縫うように広がる大通りには数えきれないほどの人間が溢れかえり、頑丈なビルの中に避難するか、そのまま小雪から遠ざかるかで意見が割れていた。中にはその場で跪いて命乞いを始める者までいる始末だ。 しかし、ビル内部へ避難しようとする人々は小雪が核兵器すら凌駕する力を有していることを知らず、遠ざかろうとする人々は小雪が時速四千キロという超高速で歩くことを知らず、命乞いを続ける人々は小雪がどれだけ冷酷で無慈悲かを知らないのだ。 「まずはこれにしましょう」 ビル群の一番外れに立ち並んでいた一棟に足の親指を近づける。 そのままそっと足指で突いてみれば、黒タイツ越しに砂のように脆い何かを突き破る感触が伝わった。 頑強に聳え立っていたはずの高層ビルの中腹に突き刺さった足指は、数階分のフロアをまとめて叩き潰して反対側へ押し出してしまう。 ビジネスビルだったのか飛び散った瓦礫には事務用機器が多数混じっているが、あまりにも些細なことで小雪がそれに気が付くこともない。 突き刺した足指を引っ込めてみれば、建物の中心部が消失したビルは自らを支えることができず、上層階からゆっくりと崩れて下層階を巻き込みながら瓦礫の山へと変貌した。 「ふふっ。流石に弱すぎるわね。玩具にするも大変じゃない」 これまで踏み躙ってきたあらゆる建物よりも巨大なそれ。 多少は違うのかもしれないという期待をあっさり裏切られた小雪は、特に残念がることもなく足元を見下ろして微笑んだ。 グニグニと足指を動かしてみれば僅かに付着した瓦礫がポロポロと剥がれ落ちていく。 軽く持ち上げたままの右足をもう一度高層ビル群へ近づければ、小さな人々の悲痛な叫びが周囲に巻き起こる。 そんな悲鳴を聞いていると無理やり黙らせてしまいたくなるが、それ以上にもう少し虐めてあげたくなってしまった。 高層ビル群に接近させていた右足をグッと高く持ち上げると、ビル群の上空を悠々と跨ぎこして八百メートル離れた住宅街を踏み潰す。 女子大生に容易く跨がれてしまったビルたちを遠目に見ることができれば、それがどれだけ滑稽なものかわかることだろう。 スカートの真下で湧き起こる悲鳴を無視した小雪は、左足も持ち上げて同じようにしてビル群を跨ぎ超えてしまった。 「貴方たちと遊ぶには工夫が必要よね。……準備するから、その間に好きなように逃げていていいわよ」 そう言い放った小雪は体の向きを変えてゆっくりと歩き出す。 いや、歩き出すというよりは丁寧に町を踏み潰し始めたというが正しいだろうか。 ビル群の周囲を一歩ごとにしっかりと踏み締め、隙間が生まれないように足跡を刻み込んでいく。 深さにバラツキはあるものの、最も浅い箇所でも三十メートル以上になる深さだ。 それらは垂直に切り立つ断崖となり、人間たちでは降りることも登ることも叶わない。 直径一キロにもなる空間を周囲から隔絶するのに要した時間は三十秒ほど。 巨人が付近を歩くことで生じる地揺れによって満足に立っていることさえできなかった人々は、突如として生み出された逃げ場のない空間の内部で呆然としていた。 足跡の檻に人間を閉じ込めた小雪はおもむろにスマホを取り出し、カメラを内撮りに切り替えてから空に向けて腕を伸ばして写真を撮る。 これまで自撮りをしたことはなかったが、今回は一度で自分と足元の檻をしっかりと写した理想的な一枚が撮影できた。 写真に写り込んだ自分が意地悪く笑っているのが少しだけ面白かった。 「ねぇ、貴方たち。このまま女に踏み潰されて死ぬのは嫌でしょ? 気が向いたからチャンスをあげるわ」 小雪の指先が慣れた手つきでスマホの画面を滑っていく。 誰もが見慣れたその所作によって紡がれているのはどんな文章なのか。 檻に閉じ込められ絶望の淵に佇む彼らは、自らのスマホを使って小雪のSNSが更新されるのを待つことしかできない。 極限まで張り詰めた緊張によってほんの数秒の時間が永遠にも思えてしまう。 そんな張り詰めた緊張感は、彼らのスマホの通知と振動によって一瞬で取り払われる。 小雪のSNSに投稿されたのは彼女の自撮り写真であったが、添えられていた文章が問題であった。 ――――彼らに生き残るチャンスをあげる。この投稿が一億回リツイートされたら助けてあげようと思うの。制限時間は私がブーツを履き直して戻ってくるまでね。 完全にゲーム感覚で提示されたその一文。 超高層ビル群に閉じ込められている人々は推定でも十万超であり、それだけの人命を単なる売名行為に使うというのだ。 だが、そんな思惑を知ってなおもできることはリツイートのボタンを押すことだけ。 ちっぽけな人間たちは懸命に自分たちの持ちうるあらゆる人脈を使って自撮り写真の足元に映る小さな命を助けようとしている。 その証拠に小雪の投稿はこれまで見たこともないほど超高速で世界中に拡散し、目まぐるしく数値を伸ばし続けていた。 「あら、いいペースね。せいぜい頑張りなさいな」 小さな生き物たちの懸命な抵抗を楽しみながら高層ビル群に背を向けた小雪は、先ほど脱いで放置してきたブーツを目指して歩き出す。 途中で寄り道をしたせいで来るのに随分と時間がかかったが、真っ直ぐ歩けば十キロ程度の距離などほんの数秒で踏破できる。 道中で見つけた生存者たちを遠慮なくタイツ足で踏み潰しながらブーツまで辿り着くと、ブーツを持ち上げて付着していた瓦礫と埃をはたき落とす。 同じようにタイツについたゴミも取り除くと、腰をかがめてゆっくりとブーツに脚を通してジッパーを引き上げる。 漆黒のロングブーツはこの町のあらゆるものを容易く粉砕する彼女の体重をしっかりと受け止め、八センチのヒールで彼女の長身をより引き立たせた。 再び町の中心部を目指して歩き出した小雪であったが、足裏から伝わる感触はタイツ越しで歩いたときより格段に乏しくなったのが分かる。 だが、その代わりに女性らしさを強調するアイテムで小さな生き物を踏み躙る背徳感が小雪を満足させてくれた。 中心部に立ち並ぶ高層ビル群まで戻ってきた小雪は、先ほど作り出した手製の檻の中の人々を先ほどよりも高い目線から見下ろした。 「ふふっ。待たせてしまったかしら?」 意地悪くそう言い放った小雪は再びスマホを手に取った。 彼女のスマホ画面は先ほど投稿を行なったときのままであり、自分の提案したゲームの結果を一目で確認できるようになっている。 彼女が視線を向けた瞬間にも投稿のリツイート数は急増を続けており、僅か十数秒の間で既に五億を越すリツイートが行われていた。 この国の総人口を優に上回るその数はまさに世界記録であり、将来に渡って更新されることはないだろう。世界中の人々の想いが集まった奇跡であった。 「あら、すごい数。みんなが貴方たちを助けようとしているのね。……ふふっ。でも、ちゃんと文章を読まないとダメじゃない」 小雪がスッと左足を持ち上げた。 彼女の履くブーツが音もなく空に舞い上がり、地表の人々に靴底の模様を見せつける。 突如として暗くなった空を見上げた人々は、助かったはずの自分たちがどうして彼女の靴底を見上げているのか理解できなかった。 パラパラと靴底からこぼれる砂砂利が地表に降り注ぎ呆然とする人々を押し潰す。 「私はちゃんと一億回と書いたでしょう? それより多いのも少ないのもダメ。……せっかくチャンスをあげたのに、お馬鹿さんはそれを活かせないのね。それじゃあ、遠慮なく蹂躙させてもらうわね」 ズダンッ 小雪が振り下ろした最初の一撃は高層ビル二棟を真上から一瞬で踏み潰した。 ビルが崩落して崩れ落ちる間も無く、屋上から地下施設までを踏み抜いたのだ。 凄まじい激震が周囲に襲い掛かり、その振動だけで脆いビルは崩れ落ちてしまう。 巻き添えになった人間など文字通りに跡形もなく消し飛び、血飛沫になって周囲に飛散してしまう。 続けて反対の足によって数棟のビルをまとめて蹴散らす。 漆黒のブーツはその凄まじい重量によって隕石の衝突に等しいエネルギーを生み出し、人間たちが何年という時間をかけて作り上げた巨大な建物を瞬時に粉砕するのだ。 「あら、この小さな粒々は人間かしら? 気持ち悪いわ」 小雪はビル群の合間を逃げ回る人々を見つけると、そっと爪先を押し当てて彼らを押し潰す。そのまま視線を先に進めてみれば同じような集団がいくつか存在しているようなので、ブーツの爪先を押し出して彼らを轢き殺してしまう。 彼らが存在していた辺りに狙いを付けて勢いよく踏み付けてみれば、彼らの血肉片という微かな痕跡すらクレーターの中に消え去った。 続けてビル群の中でも比較的大きな建物に狙いを定めると、その真上からブーツをゆっくりと降ろしてヒールが生み出す僅かな空間に閉じ込めてみる。 女性用ブーツの靴底に存在する空間は超高層ビルを格納してなお余裕があり、その後で小雪が足を持ち上げてみれば無事にそこに立っていた。 ヒールにも劣るという小さなそれを苦笑しながら踏み潰した小雪は、既に壊滅に等しい惨状となった残りビル群をまとめてブーツで薙ぎ払う。 女子大生がちょっと足を払っただけで粉々に吹き飛ぶ高層ビルと数万の人間たち。 それはまさしく無慈悲な大量殺戮であった。 「あっという間ね。……最後に動画を撮っておきましょうか」 ビル群の外れにポツンと残った最後の一棟。 全長二百メートルの超高層ビルは篠河市で最も巨大な建造物であり、まさに威風堂々と言わんばかりの威容でそこに存在している。 だが、今となっては身長千七百五十メートル越えの女子大生に怯えるかのようであり、その威容など滑稽でしかない。 「ちょっと失礼するわ」 しゃがみ込んで高層ビルに右手を伸ばした小雪は、ビルを壊してしまわないようそっとその側面に手を当てると、手を地面に押し付けるようにしてビルを大地から抉り取る。 どれだけ強固な基礎工事がされていようとも、女子大生の片手に叶うはずもなかった。 超高層ビルが倒れるように手にもたれ掛かるのを確認した小雪は、細心の注意を払ってそれを空へと持ち去ってしまう。 小雪の視線と同じ高さまで持ち上げられた超高層ビルは徐々に崩壊を始めており、そう時間がかからず瓦礫と砂に変貌してしまうことだろう。 そんなつまらない最後ではもったいない。 小雪が反対の手を使ってスマホのカメラを立ち上げ、崩れゆく超高層ビルを画面に収める。 手指を曲げて高層ビルを手の平に包み込んだ小雪は、それらをスマホのカメラに移して録画を開始すると、ゆっくりと握力を込めてビルを握り潰す。 ほんの数秒で握り潰されてしまった元超高層ビルというゴミをその場に捨てた小雪は、スマホの録画を止めてそれを見返してみる。 自分の手の中であっさりとビルが握り潰される様子が鮮明に映し出されており、よくよく見れば助けを求めているらしい人間たちが見てとれる。 それをなんの躊躇いもなく握り潰した自分の手。極めて残忍な大虐殺の様子はしっかりと記録されていた。 「いい感じね。これは動画編集の練習台に使わせてもらうわ」 そんな言葉を残して女子大生は帰路に着いた。 残された生存者たちはほんの数十分のうちに変わり果てた姿になってしまった町で呆然と立ち尽くし、自然災害よりも遥かに強大で凶悪な存在に対して自分たちがどれだけ無力かを痛感する。 彼女が刻み込んだ足跡一つを消すだけでも何ヶ月もかかり、町の完全な復興など気が遠くなるほどの年月が必要となるだろう。 五十万を超える犠牲者を出した惨事に満足した小雪は、生存者たちとは対照的に、自室のベッドに寝そべりながら自らのSNSに寄せられたコメントを丁寧に読み返してニヤニヤしていた。 意地悪でそのコメントのうち一つに対して、次は貴方の町で遊ぶわ、とコメントを返してみれば、恐ろしい速さで命乞いの返信が送られてきた。 その滑稽な様子に苦笑する小雪だったが、その命乞いに対して丁寧に許してあげないと返事をしてスマホの電源を落とした。 相手はスマホの向こう側でどれだけ恐怖しているのだろうか。 そんなことを考えてしまうと、体の内側からムクムクと優越感が沸き起こってしまう。 翌日、我慢できなくなった小雪が三つの町を葬り去ってしまうのは仕方のないことだった。