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『悪魔の角に寄生され…』(1)

登場人物 ・誠也(25) 181センチ 72キロ ・純一(21) 173センチ 60キロ (1)  誠也と純一が付き合い始め、およそ一年が経った。 ***  二人が出会ったきっかけは11monsters(通称:イレモン)と呼ばれるゲイアプリだった。  好きな映画の話をするうちに意気投合し、誠也が(下心を隠さずに)《今度一緒に映画館に行きません? その後ホテルとか笑》とメッセージを送ると、純一は 「もちろん!楽しみですね~」  と喜んで返信した。    お互いプロフィールには顔にモザイクを入れた半裸の写真を使っていたため、顔写真を交換するまで同じ職場の人間とは気づかなかった。  しかし、相手が同じ職場の同僚であると知っても、気まずい空気にはならなかった。  二人は職場にいる時からお互いのことを意識していたため、むしろそれがはっきりと分かったことで、更にテンションが燃え上がった。  映画館に観に行くデートの日を待たず、誠也と純一は仕事終わりに待ち合わせて居酒屋に行き、同じ職場の同僚で知り合った偶然について、もともとお互い相手に関心を寄せていたことについてを興奮気味に話し合った。  そこからの展開は早かった。酒はほろ酔い程度に留め(ただ「あー、飲み過ぎたァ」と酔っ払った振りは忘れずに)、二人は肩を組みながら純一のアパートに行き、玄関扉を閉めるなり互いの身体を抱き寄せて熱い接吻をした。  激しいセックスの後、二人は豆電球の橙色の明かりに照らされた薄暗いベッドの上でピロートークを交わした。  純一は誠也の汗ばんだ胸板を撫でながら、「良いなァ、俺もこのくらい筋肉が欲しい」と笑った。 「俺、痩せてるのがコンプレックスなんだよな。これでも筋トレしてるのに、周りからは細い細いって言われる」  もうお互いを呼び捨てにする関係になっていた。 「純一は顔がカッコいいから羨ましい。俳優みたいで」  聖也が真剣な表情で褒め言葉を口にするので、純一はどぎまぎし、「いや、でも、女には受けがいいけど男には受けが悪い顔だから……」と、謙遜なのか自慢なのかよく分からないことを口走っていた。「誠也だって普通にカッコいい顔してるし、ガタイも良いし、俺なんかよりよっぽどゲイ受け良さそうだし」 「そんなことねェよ」 「そんなことあるって。何で自分で分からないんだよ」  誠也と純一は、一か月後には半同棲状態になるほど仲良くなった。そして少し肌寒くなり始めた10月の下旬、二人が付き合い始めてからおよそ一年が経ち、その日は純一の22歳になる誕生日でもあった。仕事が終わると誠也は純一といったん別れて自宅のアパートに戻り、誕生日プレゼントに用意していたブランド物の腕時計とシャンパンをリュックに入れ、ふたたび家を出た。誠也はケーキ屋に寄って予約していたショートケーキを受け取り、そのまま純一のアパートに向かった。  純一がテーブルに並べている料理のラインナップを見て、「何か、クリスマスみたいだな」と誠也は笑った。野菜のチーズフォンデュ、大ぶりなフライドチキン、ローストポーク、粉チーズのたっぷりかかったホワイトピザ、ドライフルーツの入ったシュトーレン。純一が手作りした訳ではなく(純一は料理が嫌いだった)、全てデパ地下で買ったものだった。 「ほら、ケーキ。切ってよ」  誠也からシャンパンとケーキの箱を受け取り、今度は純一が笑った。 「え、ケーキでかくね? ホールじゃなくても良かったのに」 「まあまあ、明日も食べればいいじゃん」  二人はシャンパンを開けて料理とケーキを楽しんだ。  ほどよく酒の酔いが回り始めた頃、誠也は誕生日プレゼントを渡そうと自分のリュックを手繰り寄せた。なぜかリュックがここに持って来る前より大きく膨らんでいるのに違和感を覚えたが、酔っていたこともあり、特に気に留めることもせずチャックを開けた。 「は?」と誠也は思わず声を出した。  リュックの中味には、入れた覚えのない山羊の二本の角が入っていたのだ。  それは山羊の角というより、山羊の角を象った悪魔の角と呼んだ方が相応しいかもしれない。  全体がカラスのような濡羽色に染まっており、先端の方にはうっすらと血のような赤味が差して、まるで邪悪な禍々しいオーラを発しているかのようだった。そのうちの一本を持ち上げると、確かな重みが感じられた。 「どうした?」  純一の問いに、誠也は「いや、」と答え、何もなかったかのようにリュックから誕生日プレゼントの入った小さな箱を取り出した。 「22歳の誕生日おめでとう。俺の歳に近づいたな」  もともと誠也は純一よりも四歳年上で25歳だった。しかし今日から誠也が12月の誕生日を迎えるまでの短い間だけは、二人は三歳差に縮まるのだった。 「うわ、すっげー嬉しい……。ありがとう」純一は流行る気持ちを抑え切れず、プレゼントを受け取るなりすぐに包装紙を破って箱を開けた。そこには、半年ほど前に誠也とショッピングをした際に純一が気になると言っていたブランド物の腕時計が入っていた。「あッ、これ、高かったやつじゃね? 何かちょっと申し訳ないな。おねだりのつもりはなかったんだけど」  申し訳ないと言いながらも、純一は目を輝かせながら腕時計を手に取った。 「遠慮するなよ。俺の方が歳上なんだし」 「歳とか関係ねえよ。……でも、ありがとう」  誠也は純一の喜ぶ姿を見て、心があたたかく満たされてゆくのを感じた。それでもリュックに入っていた山羊だか悪魔だかの角の存在が頭の片隅にこびりついたまま離れず、このまま黙って持ち帰るべきか少し迷ってから、結局さっきのことを純一に話してしまった。 「え? 何それ、意味が分からないんだけど」  話を聞いた純一は、もらったばかりの腕時計を嵌めた自分の手首から視線を上げ、今度は興味津々とばかりに誠也のリュックを見つめた。いや、俺にも意味が分からないんだけどな、と誠也は困惑した表情を浮かべながら立ち上がってリュックを開けた。そしてさっきの山羊だか悪魔だかの角を取り出すと、純一はさっきよりも大きな笑い声を上げて手を叩いた。 「本当だ! マジで入れた記憶なし? ウケる」 「ああ、コスプレの趣味でもないと、そもそも持ってる訳がないだろ……」  純一もまた立ち上がってリュックに近づき、子供のような好奇心を剥き出しにした表情で、二本の角を手に取った。  リビングの明かりに照らされた二本の悪魔の角は、誠也の眼にはやはり、禍々しく呪術的で危険なニオイのするアイテムとして映った。なぜか胸騒ぎがした。それは俗に《嫌な予感》と呼ばれる胸騒ぎだと感じたが、誠也の方から角のことを言い出した手前、今更になって「触らない方がいい」と意見を変えることは躊躇われた。 「今の時期、ちょうどハロウィンだから良かったじゃん」  と純一は言い、部屋の隅に置かれた全身鏡の前に立った。  二本の角を自分の額の両端の辺りに当て、誠也の方を振り返り、 「なあ、何で悪魔の角って山羊がモチーフになってるか知ってる?」  知らない、と誠也は答えた。 「あれって色々な説があるらしいな。キリスト教では羊が集団として牧者に従順だけど、山羊は従順じゃないから、って理由で悪者扱いされてるらしいんだよ。悪魔ってさ、本能に忠実で、野心家、無骨なところがあって、絶倫と言える精力から好色になっていく、みたいに描かれがちだけど、俺はそういうの嫌いじゃないんだよな。人間だって、もとをただせば同じようなもんだろ?」  純一の両親は日本ではめずらしくキリスト教の信者だった。  純一自身は特定の宗教を信奉することはなかった。ただ中学・高校生の頃に実家の書棚に置かれていた新約聖書やキリスト関連の本を読み漁ったことがあり、山羊=悪魔に関する知識はそこで得られたのだった。本から受けた強い印象は当時の純一の心に引っ掛かりを与え、二本の悪魔の角をきっかけとして中学・高校の頃の鬱屈とした記憶までもが甦るようだった。  鬱屈とした記憶、というのは両親にも誠也にも話していないが、中学・高校の上級生からいじめに遭っていたことだった。それは三カ月ほどの期間で済んだものの、純一の心に闇を差すには十分すぎる出来事だった。 「ああ、そうかもな……」  誠也は少し強張った表情で純一の話に相槌を打っていたが、内容はまったく頭に入っていなかった。ただ二本の悪魔の角が気になって仕方がなく、悩んだ挙句、「なあ、やっぱりそれ、俺に返してくれないか?」と言い出した。 「あ、ごめん、何か嫌だった?」 「俺はいいけど、誰のかも分からないモノなんて、気持ち悪ィだろ?」 「まあそうだな。返すよ」  誠也は純一の返事を聞いて胸を撫で下ろした。 「あれ?」  純一はなかなか頭から二本の角を下ろさず、何かに苦戦しているように見えた。こちらを驚かせるための演技をしているのかと思ったが、純一の焦った様子を見ていると本当に外れないのかもしれないと不安に思い、声を掛けようとした時、 「なあ、外れないんだけど」  と、純一の方から言い出した。 「はあッ?」  誠也が眉を潜めて疑いの目を向けると、純一は角から手を離して「ほら、くっついちゃってる」と言った。くっついちゃってる、という言葉の通り、純一が手を離しても、二本の悪魔の角は額の両端の辺りにしっかりと固定されたまま、床に落ちることはなかった。接着剤でもついていたのか? と誠也が言うと、そんなものは何もなかった、と純一は首をゆっくりと左右に振った。 「俺が剥がしてやる」  誠也は純一に近づいて角の生え際をまじまじと見つめ、絶句した。  接着剤の原因とは到底思えない状態だったからだ。  真っ黒い角の生え際の周囲には赤黒い血管のような根が張っており、本物の血が巡っているようにトクントクンと幽かな脈動を打っているのだった。赤黒い根は額の両端に留まらず眉毛の近くまで伸びており、もはや完全に癒着しているものに見えた。なあ、どうなってる? という純一の不安げな声に、誠也は何も答えられなかった。誠也が試しに角の片方を握ってぐっと引っ張ると、 「ぎゃッ、」  と純一は悲鳴を上げた。 「イッテェ。本当に俺の頭から生えてるみたいな痛みがするんだけど」 「……俺じゃ、どうしようもないかもしれない」  と、誠也はぽつりと言った。 「え?」 「純一、今から一緒に病院に行こう」 「そんなに酷い状態なのか? なあ、スマホで生え際のところを写真撮ってよ」  ああ、と誠也は答えてスマホを取り出し、純一の額の両端の角の生え際を何枚か撮影した。スマホの画面を二本の指でピンチアウトして角の生え際の部分を拡大してから、純一にその事実を突きつけた。 「うわッ、何だこれッ、ヤベェなッ!」  純一は素っ頓狂な声を上げて目を見開いた。 「な? ヤベェだろ、これ……」  誠也はそう言いながら、なぜか笑いが込み上げそうになるのを感じた。目の前で起きていることが非現実的なものに思え、シュールな出来事に巻き込まれているような感覚がしたからだった。 「あッ、ううァッ、ああッ、」  純一は唐突に呻き声を上げ、苦しげに息を吐きながら床に膝を突いて頭を抱えた。 「どうした? 大丈夫か?」 「何か、すっげェ、頭がガンガンする」  純一の日焼けした首筋にうっすらと冷や汗が滲んでいた。 「なあ、やっぱり今から病院行こうぜ? 適当にタクシー捕まえてさ」  誠也が背中に軽く手を添えると、ビクッ、と純一は肩を震わせて頭を上げた。  誠也はごくりと唾液を飲み込んだ。  頭を上げた純一の額には大粒の汗が滲み、二本の悪魔の角の生え際には太い血管のような根をさっきよりも伸びており、花粉症の時期でもないのに両目とも真っ赤に充血していた。うッ、あッ、うあッ、と叫びながら純一は両手で頭を掻き毟った。今まで経験したことのない目を奥を抉られるような痛みに視界がぐらぐらと揺れ、心配した様子の誠也の声を聞く余裕もなかった。  実は二本の悪魔の角は額の両端に根を張っただけではなかった。それは純一の頭の内側にまで赤黒い根を伸ばし、脳の神経構造に新たな独自の神経回路を生み出しつつあった。純一自身も気づかない、わずか一、二分のうちに新たな独自の神経回路は完成した。 「ふう、ふう、ふう、ゥぐッ!!」  目の奥を抉られるような痛みが治まったかと思えば、今度は背筋に熱いのか冷たいのかよく分からない何かが駆け巡る感覚がし、その奇妙な感覚は背骨を中心に手足の末端にまで広がっていく。純一の脳に到達した悪魔の神経は、そこから背骨に包まれた脊髄へと浸蝕して全身のあらゆる神経へと広がっていったのだ。 「ァッ、ギャッ、アアァッ! イギィッ!!」  自分の背骨を未知の生命体が駆け巡っているようだった。純一は頭を抱えながら全身を震わせ、足をばたつかせ、体内から異物を排出させようと大きく身体を捩った。純一の意思とは関係なく指先がひくひくと勝手に動き、目はかっと見開かれて真っ赤に血走っていた。誠也は純一の様子をしばらく茫然と見つめていたが、はっと我に返り、 「おい! 純一! おいしっかりしろ!」  と声を掛けて純一の背中を擦った。  純一は相変わらず激しく暴れ続け、触るなと言わんばかりに誠也の手は振り払われた。この状態でタクシーに乗せるのは難しいだろう、と誠也は思った。  俺が純一を自分の車に乗せて病院に連れて行くしかない。  誠也はリュックのサイドポケットから車のキーと財布を取り出し、ジーンズの尻ポケットに突っ込んだ。気が動転しており、自分がさっきまで酒を飲んでいたことも、また救急車を呼ぶという発想さえも忘れ去ってしまっていた。  誠也は純一を背負って運ぼうと近づいたが、純一が見境なく暴れるせいで頭を殴られて後ろによろけた。よろけた反動で運悪く壁に頭を打ちつけ、それからの記憶は抜け落ちてしまっている……誠也は脳震盪を起こして気を失ってしまったのだった。  十分、十五分ほど経ったのだろうか?  誠也は酒の酔いと脳震盪の酔いとが混ざった軽い頭痛とめまいを覚えながら、フローリングの床の上で目を醒ました。寝起きの目を擦りながら首をもたげると、悪魔と呼ぶに相応しい変わり果てた純一の姿が視界に入った。 (続く) (2020/5/8 追記) いつもご支援いただいている皆様へ: ご支援、コメント、フォローありがとうございます! 皆様に応援いただいたおかげで、このたびファンボックスを再開させることができました。 これからも自分の性癖を詰め込んだ作品づくりを頑張ります! どうぞよろしくお願い致します^^


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