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『令和生誕』(上)

葛原洋輔(27) 鷹野光(22)  4月1日。  新しい元号が発表された日、うちの部署には二人の新入社員がやってきた。  どちらも大学を卒業したばかり。一人は鷹野という男、もう一人は篠原という女だった。  鷹野はずば抜けて身長が高く、事前に聞いた話によると196センチもあるらしい。スーツ姿でもはっきり分かる逞しい体格で、一重まぶたのすっきりと整った顔立ちをしている。オオタニと似ている、と女性社員が嬉しそうに話しているのを耳にした。  篠原は端的に言って美人な分類だ。俺の好みどストレート、と言ってもいい。黒髪ロングで、モデルか女優にいてもおかしくない可愛い顔立ち、胸こそ大きくはないがスタイルも良い。まだ男も知らないようなおっとりとした喋り方もまた可愛かった。  篠原が恥ずかしそうに挨拶をすると、男性社員がどっと活気づくほどだった。 「今年は当たりっスね。森本さん」  同僚の羽田がボソッと話し掛けてくる。  俺は目で笑って返事をした。  その日は朝礼の当番だった。  新しい元号のニュースをダシに三分スピーチをしている時、やけに視線を感じた。上司や同僚にゆっくりと視線を滑らせていくと、ふと鷹野が食い入るような熱の籠もった目でこちらを見ているのに気づいた。目が合うと鷹野はにっこりとした満面の笑みを浮かべ、俺は驚いて(というより、ドン引きして)さっと顔を反らした。まるで恋をしている相手に向けるどこか性欲の感じられる視線に思えたが、気のせいだろうか? 気のせいだと思いたい。俺は内心の動揺を顔に出さないよう淡々とスピーチを終えた。  朝礼以降、鷹野と直接関わる場面はなかったがふと席を立った時、トイレに行こうとした時などに、目と目が合うことが何度も起きた。まるで俺のタイミングを計られているかのようで、その度に鷹野はあの嬉しそうな満面の笑みを浮かべるのだ。こいつと俺はどこかで会っているのだろうかと疑問を抱いたが、思い出そうに記憶はない。  昼の休憩の時、食堂の窓際の席で鷹野と篠原が楽しそうに話しているのを見た。  その表情や態度から、何となく、篠原は鷹野のことが好きなんだろうな、というのが察知され、「お似合いカップル」、という言葉が脳裏によぎった。心がざわ、と波立のを感じた。何だあの男、気持ち悪いな、早く消えてしまえ、という罵倒の言葉が次々と脳裏に流れ、しばらくしてから自分が鷹野に嫉妬しているのを自覚した。  やはり女は、高身長のイケメンが好きなんだろうか? 俺じゃあ駄目なんだろうか? あーあ、ああいう女と付き合ってイチャイチャしてえなァ……。  俺は、肥ってもおらず、痩せてもおらず、中肉中背という言葉がぴったりと合う体型だ。コンプレックスは、身長だった。日本人の男の平均身長を大きく下回る157センチしかなく、同僚の中でも俺がいちばん身長が低い。まあ皆そこそこの大人だ、だからと言って会社で背の低さを馬鹿にされるようなことはない。  だが、不意に、男として劣っているようなコンプレックスを意識してしまう。誰に言われたでもないのに、見下されているような被害妄想を抱いてしまう。身長が低い自分も嫌だったし、こんなことでいちいちコンプレックスを刺激される自分の心の弱さも嫌で仕方がなかった。  鷹野みたいな歩く「男らしさ」(いやちょっと、男らし過ぎるか?)のような奴を見ると、つい卑屈っぽくなってしまう節がある。客観的に見れば、鷹野は俺を尊敬のまなざしで見上げる良い後輩なのかもしれない。俺が自分のコンプレックスを刺激されるゆえに、鷹野の視線に対して過剰に反応してしまうのではないか? そんなことも思った。  ――よし、俺も27歳だ。いい加減、ちゃんと大人にならなければ。  そう思った矢先だった。 「すみません! 葛原さん、」  帰り際、鷹野に声を掛けられた。大人になれ、大人になれ、そう思うのだが、条件反射的に頬の引き攣ってしまう自分がいた。俺はぎこちない愛想笑いを浮かべ、エレベーターから事務所の方を振り返った。 「ん、どうしたの? 鷹野くん」 「葛原さん、すみません、引き留めてしまって。ちょっとお話いいですか」  鷹野はそう言ってエレベーターの中に乗り込んできた。これが篠原の方だったら俺にとって嬉しい展開なのになア、とぼんやり思う。男に近づかれても何も面白くない。――いや、駄目だ、そんなことを考えるな。自制心で、もっと大人として話に応じなければ……。 「俺のこと、分かりません? 光って名前に、憶えはありませんか?」 「――は?」  そう言われて頭の中で知り合いの顔を高速で検索するが、そんな馬鹿デカい男は奴はかすりもしない。自分が忘れてしまっているだけなのだろうか? いや、こんなにインパクトのある相手で、忘れてしまうなんてあるんだろうか……? 「いやごめん、分かんねえわ」 「そう、ですか……」  鷹野は露骨に落ち込んだ顔をした。  エレベーターを降り、会社を出てからも、鷹野は後ろについてきた。はっきり言って鬱陶しかった。スーツ姿の男女が行き交うビル街の歩道を歩きながら、鷹野はぽつぽつと話し出した。 「服部勉さんって覚えてますか? 服部さんの別荘。目の前に海がある」 「あ、え?」  その懐かしい名前を聞いて俺は動揺した。もう十年近くも顔を見ていないが、服部勉とは俺の父親の直属の上司だった。相当な金持ちらしく、海を見晴らす一等地に別荘を持っている。俺の父親とは釣りを通して大の仲良しであるらしく、そのよしみで家族全員その別荘に誘ってもらったことがあった。俺がまだ高校生の時だったか。その時は、確かもう一組の別の家族も誘われていた。服部氏の家族と、俺の家族、そしてもう一組の家族で揃ってバーベキューをして交流を深めたのだが、もう随分と昔のことだ、細かな記憶はほとんど抜け落ちている。 「俺、あの時の鷹野、です。鷹野光です。覚えてないんですか?」  鷹野はそう言って真っ直ぐにこちらを見つめた。 「へえ……?」  もう一組の家族の名字は鷹野。言われれば「そうなんだ」と思うが、俺にとっては風化してしまった記憶だった。よくよく思えば、あそこに中学生くらいの男の子はひとり居た気がする。でもあの男の子は、色白で、華奢で、心ここにあらずな顔をしていなかったか。今この目の前にいるギラギラした目をした逞しい男の姿と、同一人物とは思えなかった。 「葛原さんは一緒に海水浴をしている時、溺れそうになった俺を、間一髪で助けてくれたんですよ? それも忘れちゃいましたか?」  鷹野はぐいぐいとこちらに迫ってくる。俺が忘れてしまったことを執拗に責められているみたいだ。そこまで思っているなら申し訳ない気がしないでもないが、今更そんなことを蒸し返して、こいつは何が言いたいんだろう……。あの時のお礼で金をくれるというなら聞かないでもないが。――いや、俺、何考えてるんだ、金を寄越せとか、下種過ぎるだろう。 「あの時から! 俺! ずっと葛原さんのことだけを想ってて、こんな!」  小麦色に日焼けしたごつごつと男らしい両手で、いきなり肩を掴まれた。ハアッ、と鷹野のなまあたたかい吐息が顔にかかる。驚いて反射的に手を振り払おうとしたが、力負けしてビルの隙間の狭い路地に引きずられた。 「イッテェなッ!」  もう一度手を振り払おうとしたのも空しく、襟を掴まれ背後の壁に押し付けられた。鷹野の血走った目がぐっとこちらに迫り、そのどこか狂気を感じる表情に俺は寒気を覚えた。 「俺! こんな気持ちになったの、葛原さんが初めてだったんスよ。ねえ葛原さん、夜になって居間でテレビを囲んで映画を観ながら、こう言ってたじゃないッスか?! 『ああいう悪役、好きなんだよな。カッコ良くね? 俺も、ああやって自分に生きられたらいいのに……』って! だから俺、葛原さんが好きって言った悪役になれるように頑張ったんスよ? 葛原さんに好きになってもらいたくて、本当に色んなことに手を染めたんスよ? そんでもって、必死に勉強して、馬鹿みてェに就活も必死にやって、葛原さんと同じ会社に入ることができたのに、何ッスか?! 何で、葛原さんは俺のことを忘れてんスか?! マジで、許せないんスけど」  鷹野は一気に捲し立てるように早口で言い、ため息をついた。 「…………」  こいつは何を言っているんだ? 頭がオカシイんじゃないのか? 真っ先にそう思った。変質者、サイコパス、異常者、ストーカー、そんな言葉が頭の中に次々と連想される。  言われてみれば、映画を観た覚えはある。題名は忘れてしまった。ファンタジーモノで、主人公らは悪魔だか魔人だかを倒して世界に迫った危機を救う必要があり、そんな彼らの前に自由奔放に生きて何が悪いと開き直る敵が次々と現れる――そんなゲーム的な世界観の、CGは凄いがチープなストーリーの映画だった。だが、その敵が当時の俺の心に妙に触れたのは事実だった。  鷹野は「ああッ、クソッ」と言ってスーツの上着を脱ぎ捨て、ネクタイを解いてシャツのボタンを外していった。俺はぽかんと鷹野がボタンを外していく姿を見上げた。何でこいつ、脱ぎ始めてるんだ? そう思っていると、鷹野は「葛原さんッ!」と短く叫び、俺の手を持ち上げて自らの股間に押し当てた。勃起、していた。鷹野のスラックスの股間はパツパツに膨らみ、汗なのか先走りなのか分からない何かでうっすらと湿り、ビクッビクッとかすかに震えているのが分かった。  ビビビッと電流のようなものが俺の身体に駆け巡った。それは「こいつの近くにいたらヤバイ」「一刻も早く逃げなければならない」という動物的とも言える焦燥だった。無言で相手の身体をすり抜けて逃げようとした時、バンッ、と頬に強い衝撃が走った。目の前に閃光が走り、足元がふらついた。  もしかして、今、打たれたのか……?  薄闇の中でぬらりと光る鷹野の双眸と、目が合った。何だこの感覚は? 蛇に睨まれたようにぞっとして背筋が強張り、一歩もその場から動けなくなってしまう。動け、動け、俺の脚、そう思っても時間ばかりが流れてしまう。 「なァーに逃げようとしてんスか? 見てくださいよ、俺の目を。本当は葛原さんも興奮してるんスよね? そッスよね? だって俺、葛原さんが好きだって言った悪役よりすっげェ存在になりましたからね? ここでは見せられませんけど、《覚醒》したら自分でも制御できないくらいの力を手に入れたんスよ。だからもう、葛原さんは我慢しなくていいんスよ、俺だけを見てください。人間として、この社会にうんざりしている葛原さんを、俺が助けに来てあげたんですから。俺だけが葛原さんを退屈から救えます。もっと素直になってください。ね?」 「ちょっと……もう、勘弁してくれないか……」  俺は鷹野の迫力に怖気づき、声がどんどん弱気になってしまう。  鷹野の顔がこちらに近づく。両手で頭を押さえつけられ、そのままぐっと口の中に熱っぽい舌が入ってきた。俺の舌を根元から食い尽くそうとするような勢いで執拗に攻められ、呼吸できず窒息しそうなほどそれは続いた。ひやりと唾液が喉を伝った。身体もまた密着させられ、汗の滲んだシャツ越しに鷹野の筋肉のデカさ厚みを直に感じる。圧倒的な力差に、俺は足元の崩落しそうな恐怖を覚えた。絶対勝てない、絶対殺される。鷹野の盛り上がった股間がごりごりと下腹部に押し当てられ、自分の身体が男に組み伏され犯されるという最悪なイメージが脳裏をよぎる。 「がはッ、ごほッ、ふゥッ、ハァッ、ハッ、」  鷹野の唇が離れると、俺は地面に蹲って激しく咳き込んだ。 「ああ、ああ、どうしよう、俺、葛原さんのことがすッげェ好きッス。俺のモンにしててェ……。本当は、今日は何もしないつもりだったんスけど、もう――」  直後、ズンッと重い衝撃が鳩尾に走り、俺は意識を失った。……   ■■■  目を醒ますと、頬にざらざらとして冷たい床の感触がした。  すっかり夜になっていた。上半身を起こして暗闇に目を凝らすと、だんだんと周囲の物の輪郭が浮かんでくる。埃っぽいニオイ。鏡にヒビの入った化粧台。倒れたオルガン。椅子のない小さなテーブル。抜け落ちそうなボロボロのフローリングの床。ガラスの割れた窓の向こうには樅の木がゆれているのが見える。  どうやらここは、どこかの廃屋の二階のようだ。  夢の中にいるような感覚もあったが、鳩尾の辺りにぼんやりと残った痛みで、これはさっきと地続きの現実なのだと気づかされる。無意識的にポケットのスマホを探ろうとして、自分が全裸にひん剥かれているのに気づいた。シャツやスーツや下着はもちろん、ビジネスカバンも見当たらない。 「はァ……」  とんでもない目に遭ってしまった。  唯一の救いは、ここに鷹野の姿がないことだった。  今のうちにあのサイコ野郎から逃げよう、そして警察を呼ぶのだ。  その場で立ち上がろうとした時、ガシャン、と足元で金属の音がした。  ――俺の右の足首には、金属の足枷が取り付けられていた。  足枷の鎖の終わりは背後の壁に打ち込まれており、サアッと一気に血の気が引いた。  嘘だろ……? しばらく茫然とした後、俺は自分の片足に取り付けられた足枷を何度か手で引っ張った。  ギシッ、ギシッ、と階下から床板の軋む音が聞こえ、だんだんとこちらに近づいてくる。腋の下やら手の平や髪の毛の生え際からぶわっと汗が滲む。喉がからからに渇いて、渇き過ぎて、痛い。殺される、殺される、殺される、殺される! 恐怖で、ぐっと肺が縮まるような感覚がした。  ギイイ、と歪な音を立てて部屋のドアが開いた。  懐中電灯の光を向けられ、ぎゅっと目を瞑って顔を反らした。 「葛原さん、お待たせしました。やっと準備ができたんスよ」  おそるおそる頭を上げると、そこには裸になった鷹野の姿があった。ハリウッド映画でしかお目に掛かったことがないような筋肉がバキバキに盛り上がった巨躯の全身が、血のようなもので黒っぽく濡れているのが分かった。いや、「血のようなもの」じゃない、あれは絶対に血だ。部屋の埃っぽい臭いに、俎板の上で魚の腹を開いた時と似た生臭ささがうっすらと混ざり合う。 「やっぱり、《食事》の後が一番エネルギーが漲るんスよね」  そう言って鷹野は床の上に懐中電灯を立て、化粧台のヒビの入った鏡に自分が映る程度に離れた場所でポーズを取った。懐中電灯の明かりで鷹野の影が天井まで大きく伸び、一瞬その影が悪魔の翼のように見えた。鷹野が腋を締めてぐっと拳を握ると、腕と胸の筋肉がビキッと音を立てて太くなり、幾本かの血管が浮かび上がりトクトクと脈動する。何てデカさなんだろう、鷹野の股間には完全に勃起したチンポが臍まで反り返っている。鷹野は据わった目で鏡に映った自分の姿を舐め回し、「ああ、俺、ホント、カッケェな……」とうっとりした声を洩らす。  鷹野は自身の姿を見据えたまま背中を丸め、胸の近くに握り締めた手を引き寄せ、野太い咆哮を上げた。 「ウッ、オッ、オッ、オオッ、オッ、オオオォッ、ォッ、ォッ、」  懐中電灯の乏しい光でも皮膚の表面に汗がきらきらと滲むのが分かった。野太い咆哮を上げる鷹野の胸の中心部――ちょうど盛り上がった胸筋の中央を下ってすぐところに、ボコッと深紫色の小さな突起が生じた。深紫色の小さな突起の周りには寄生虫のように細い血管が根を張り、すると突起にわずかな割れ目が現れ、そこから緋色に濁ったガラス玉のようなものが顔を覗かせた。  何だ? あれは……。俺はごくんと唾液を呑み込んだ。  ガラス玉のようなそれは暗い部屋の中でも緋色の光をぼうと放ち、深部には無数の毛細血管が絡み合ったような奇妙な模様が浮かんでいた。緋色のガラス玉はみるみると輝き出し、その光は胸に留まらず包み込むように全身に行き渡った。鷹野は快感と苦痛とがない混ぜになったような表情で、「フゥーッ! フゥーッ!」と息を吐きながら床に手と膝を突いた。鷹野が頭を振るとバシャッと髪から汗の粒が飛び散った。 「ゥグアッ、ァッ、アッ、ァアッ、ガアァッ、アッ、アアアァアアァッ、」  鷹野はチンポをはち切れそうに勃起させ、全身に浴びた血に上塗りするようにイカ臭い液体を幾度も噴き上げた。その液体もまた緋色の光に染まっていたが、その強烈な臭いはどう思おうが精液だった。  鷹野は目を見開いて頭を上げ、胸の近くに力を込めて腕を引き寄せ、再び鏡の中に映った自身を見つめた。  鷹野の肉体は、鷹野自身の視線に応えるかのようにギシッギシッと全身の筋肉が軋みを上げる。ヒューッ、ヒューッ、と荒々しい呼吸に肩を上下させながら、元から逞しかった肉体に更なるビルドアップが施されていく。胸筋はグッグッと重量感を増して分厚く迫り出し、腹筋の割れ目は彫刻のような美しい陰影を見せ、首から肩にかけてのラインも震えながら見事な山を連ね、腕の逞しさは全てを軽々と薙ぎ払えそうな域に達し、背中もまた胸筋に見合う更なる厚さと幅広さを備え、尻はきゅっと引き締まり、太腿と脹脛にはよりくっきりと筋肉の形が現れひと回りもふた回りもぶッ太くなる。筋肉量が増えただけでなく、同時に身長もぐんぐん伸びていき、鷹野は人間の常識を超える圧巻の巨躯に生まれ変わった。 「あァーッ、これだよッ、これェッ!」鷹野はさっきまでの苦痛の混ざった表情から一変し、今の状況を楽しんでいるような背徳的な笑みを浮かべて叫びを上げた。「ああああああああ!! 来た、来た、来た、来やがったッ、ぜえェェェェェェ――ッ!!!!」  鷹野のアップバングにされた髪の生え際の額の両端の皮膚に鋭い突起が現れ、山羊を思わせる立派な角が生え出した。肩甲骨が激しく上下に震え始め、周囲の皮膚を巻き込みながらぐっと変形していき大きな翼が生え出した。それは空想上のふわふわした天使の白い翼とは違う、昆虫の翅を凶悪にデザインし直したような悪魔の肉厚な翼で、空を飛ぶためというよりは殺戮のための一種の道具のように見えた。耳は角張った形に変わり、手足の爪は獣のような厚みと鋭さを帯びた。尾てい骨の辺りがわずかに盛り上がたかと思えば、ズルンッと銛のような尖った太い尻尾が顔を出す。鷹野が獣じみた叫び声を上げて腰をビクビクと動かすのに合わせ、尻尾は体内から吐き出されるように少しずつ長くなっていき、まるでそれは足元に大蛇がとぐろを巻いているかのようだった。チンポにはびっしりと太い血管が浮き、肉体の急激な変化で生じる膨大なエネルギーを発散させるように、普通の男では絶対にありえない量と回数の射精を重ねていく。繰り返し酷使されながら、チンポはその巨躯に見合う大きさにまで成長し、陰嚢もずっしりと重量感を増した。陰毛を掻き分けるように腹に反り返ってズクンッ、ズクンッと勢いよく精液をぶち撒け続けるうちに、鷹野のチンポの根元とカリの部分には拷問器具のような棘のようなものが生え揃っていった。腰から下はごつごつとした甲羅のように硬い質感の何かに覆われていき、足の形には獣のニュアンスが加えられ、いっそうの凶悪さを増した。  変身(と、呼んでいいのだろうか)を終えると、鷹野の全身を包んでいた胸の緋色の光はすうっと消えた。まばゆい緋色の光が消えた後の鷹野の皮膚は、真っ赤に熱された金属が冷やされて暗い色に変化した時のようにほとんど黒に近い紫色に染まっており、胸の中央には禍々しい幾何学模様が浮かび上がった。皮膚の色とは対照的に、アップバングにされていた髪は明るいアッシュに染まっていた。鷹野の両目のかつて黒目だった部分は、今や煌々と緋色に輝き、白目だった部分は真っ黒に沈んでいる。うっすら開かれた口の端には異常に発達した犬歯のようなものが覗いていた。 「…………」  俺は、開いた口が塞がらなかった。  映画の中で見た――いや、映画の中で見たそれよりも、残忍冷酷な印象の《魔人》と化した鷹野の姿を、茫然として見上げるしかなかった。 「ハアッ、やっと本来に解放されたぜ」鷹野は頭の後ろに手を添えてコキコキと首を鳴らし、鏡に映った自分自身の姿をうっとりと見つめた。「あー、やッべェー、やっぱ俺、滅茶苦茶カッケェ……。この姿になると、ハアッ、俺ッ、もうッ、止まんなくなっちまうんスッ、」鷹野のチンポは根元からビキッ、ビキビキッと震え、直後に黒々とした粘り気のある液体を放出した。人間の精液のイカ臭さを何倍にも濃縮させたような強烈な臭いで、鷹野は自分の手に降りかかった液体をべろりと舐めてニンマリとした。 「ねえ葛原さん、どうッスか? これこそが葛原さんが理想と思う姿ッスよね?」 「…………」  俺は、自分の理解の範疇を越える出来事に脳がフリーズしたように固まってしまい、鷹野の問い掛けにも茫然と相手を見上げるしかできなかった。きっと俺は悪夢を見ているんだ、そうに違いない。だってこんなことが現実に起こるわけがない――  鷹野は固まったまま黙り込む俺を見下ろし、こちらを憐れむような表情を浮かべた。 「ああ、可哀想に。葛原さんも、在り来たりな社会の慣習に洗脳されちまったんスね。だから色々と肝心なことを忘れちまってる。だから俺の姿を見ても素直に歓ぶことができなくなっちまってる。きっと俺が葛原さんを迎えに来るのが遅かったせいなんスよね……。スンマセン、これに関しては俺が悪かった、本当は葛原さんは何も悪くないんだ。全部この腐り切った世界が葛原さんを俗人に変えてしまったんだ」  何を、言っているんだ……? 「大丈夫ッス、葛原さん、安心して下さい。これから俺が葛原さんを本来の葛原さんの姿へと戻してあげます。そしたら葛原さんは俺に深く感謝して俺のことを大好きになってくれると思うんスよね。俺だけです、俺だけが、魔人の姿を見てカッコいいああ生きたいと言っていた葛原さんを、助けてあげることができるんス。最初はちょっとだけ痛いと思いますけど、我慢して下さいね。時間は掛かりますけど、身体が変われば、後は勝手に心まで本来あったところに戻っていきますんで」  鷹野は訳の分からない譫言を言いながら、こちらへ一歩一歩確実に近づいてくる。逃げなければ、という焦燥が膨らみ、けれど足は動かなかった。逃げられるわけがない、逃げても無駄だという気さえした。同時に、すぐに目が覚めて現実に戻ることができるだろうという悪夢を見ている時と似た不思議な感覚があった。  けれど俺がベッドで目を覚ますことはなかった。夢ではなく現実だったのだ。鷹野はその巨躯にぎゅっと俺を抱き寄せた。足がぶらんと宙に浮いた。顔を背けようとするが、熱く濡れた鷹野の舌が無理やり口の中に入り込んでくる。呼吸するのもやっとな濃厚な舌使いに、だが俺は目を瞑るでもなく鷹野の顔をぎっと睨んだ。その時だった、腰の尾てい骨の辺りに刃物で切りつけられたような鋭い衝撃が走り、「ゥギアッ!」と自分のとは思えない悲鳴を上げた。鷹野の尻尾の先端が俺の尾てい骨の辺りに深く刺さっているのを見ると、貧血を起こした時のように視界がグラッとした。 「やめッ、ろッ、ォッ、オッ!!」激しい痛みに俺は鷹野の背中をありったけの力で何度も引っ掻くが、人間の皮膚に近い手応えがあるものの、爪が全く刺さらなかった。皮膚の性質までも《魔人》は通常の人間と異なるらしい。「うッ、あッ、あああああああああああああああああああああッッッ!!!」ドクンッ、ドクンッ、と尻尾の先端から俺の体内へと灼けるような熱い液体が注がれていき、俺は目をひん剥いて悲鳴を上げ続けた。全身からぶわっと汗が噴き出した。尻尾の液体を注がれると全身にメラメラと燃えるような熱が滾り、俺の意思とは関係なしに、俺のチンポはギンギンに勃起してしまっていた……。 (下巻に続く)


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