『鏡』 下巻
Added 2018-12-28 08:31:28 +0000 UTC「――うッ!」 頭の後ろに衝撃を食らって、目を覚ました。 「おい、お前、どんだけ寝れば気が済むんだよ」 布団から頭を上げて振り返ると、吉彦が苛立たしげに俺を見下ろしていた。手で叩かれたところが鈍く痛む。 「あ、れ……?」 周囲を見回すと、そこは吉彦の部屋だった。 目のちかちかする蛍光灯の青白い光も、カップラーメンの容器や空のペットボトルで一杯の台所も、ベッドの近くに口を結ばれたゴミ袋が三つ置かれているのも、何も変わらない。食べ物の腐り始めた臭いだってそのままだ。 どういうことだ……? 今までのことが全て、夢だったっていうのか……? 「嘘だろ――」 生々しいヤンキーの死体、狼男と化した吉彦、そして快感のタガが外れるような変身の瞬間。そのすべてが夢だったなんて……。 「なあ俺、いつから眠ってた?」縋るように吉彦に尋ねる。 どこまでが現実で、どこからが夢なのか。 自分の記憶が当てにならないのが怖かった。 大学の帰り道で相談があると誘われ、アパートまで来たのは確かなのだが……。 「何言ってんだ? 忘れたのか? お前、俺のアパートに来ただろ。それで飲み物でも入れてやろうと思って台所から振り返ったときには、ベッドにもたれ掛かって眠ってたぜ」吉彦は目を細めて顎をしゃくった。 「…………」 思い出せなかった。吉彦は嘘をついているのかと疑った。 「お前、授業中にも居眠りしてたよな。何回呼んでも全然起きねえし、よっぽど疲れてるんだと思ってしばらくほっといたが……。多眠症とか、そういう病気ではないよな?」 「あ、ああ……。大丈夫。ごめん」 俺はモヤモヤした気持ちを抱えたまま、適当にその場をごまかした。 窓の方に視線を泳がす。すっかり外は暗くなっていた。ポケットからスマホを取り出すとすでに午後九時を過ぎている。確かアパートに辿り着いたのが六時頃だったから、もう三時間以上も眠っていたことになる。 俺はテーブルの前に座り、吉彦が用意してくれていたコーラを口にする。炭酸が抜け、ただの甘ったるい飲み物になっている。立ち上がり、台所の蛇口に口を近付けてがぶがぶ水を飲んだ。 「今日は俺んち泊まってけよ。もう遅いだろ」吉彦は言った。 「いや、いいや……」これ以上迷惑を掛けたくないという気持ちが働いた。 「明日休みなんだからさ。それにお雨、俺の相談聞いてくれるってうち来たんじゃないのかよ? 何も聞かないで帰っちまうとか、酷いだろ」 「そう、か……。そうだな。分かった」 吉彦の顔を見て、俺はその言葉に甘えることにした。 俺たちはコンビニで夕飯を買い、アパートに戻って一緒に食べた。 吉彦はトンカツ弁当だけでは足りないらしく、惣菜パンを三つも平らげ、更にはチョコケーキとプリンまで食べ始めた。さすがと言うべきか、体つきががっちりしているだけあって大食いだ。前々から知ってはいたが、改めて見ると感心してしまう。 「そんなに食べて気持ち悪くならないのか?」 「んあ? 全然。つか、お前はもっと食えよ。食べねえと大きくなれねえぞ」ははは、と吉彦は屈託なく笑う。 相手の言葉に悪意はない、ただの冗談だと分かっているのに、自分が痩せ形なコンプレックスをチクチクと刺激される。 俺だって、お前に負けねえようなガタイになりてェよ。心のうちでボソッと呟く。 ふと、ベッドの脇にジャージの上下が放られているのに気づく。いつ脱ぎ捨てられたものなのだろう? ジャージのズボンには濃い灰色のボクサーパンツが絡まっている。そこから雄特有の体臭が膨らみ、性欲が刺激されるのを感じた。 そのとき吉彦が立ち上がった。興奮したのを見透かされてはないかと冷や汗をかく。吉彦はウォールハンガーに掛かっていた薄手のパーカーを羽織り、 「煙草買い忘れてた。ちょっと買ってくるわ」 「お、おう」 どうやら気づかれたわけではなかったようでほっとする。 ……冷静に考えれば、気づかれるわけがないのだが。 「戻ったら、例の相談、聞いてくれよな」 「分かってる」 戻ってきたら、吉彦は、どういった相談をするのだろうか? 夢の中では鏡に自分の変な姿が映るのだと言って、その後は獣人になっていたが、またその時のようになるのだろうか? きっと勉強かサークル絡みの相談だろうなと思いつつも、夢の中での感覚があまりに鮮明だったため、また同じことになるのではないかと否定できない気持ちがあった。 そして俺は、夢の内容が再現されるのを密かに期待してもいた。 「すぐに戻る」 そう言い残し、吉彦は玄関を出て行った。ガチャンとドアノブの冷たい音が部屋に響く。ひとり残された俺は、おそるおそる、ベッド脇に放られていた黒色のジャージを手に取った。 ドクンッ、ドクンッ、心臓の脈拍がすぐ耳元で鳴っているように緊張する。大丈夫、ちょっとくらいならバレない……。最低な行為だと思いつつも、吉彦のジャージに鼻を押し当てゆっくりと息を吸い込む。 「は、ァ」 吉彦の汗が染みついたニオイに頭がクラクラする。ジャージを強く握り締め、ふうっと、もう一度深く息を吸う。ふと狼男と化した吉彦の姿を思い出す。俺が好きなのは優しく正義感のある吉彦であって、あんな残虐なことをする野獣ではないはず。 それなのに――。 (すっげー、カッコ良かったな、吉彦……) ひどく欲情している自分がいた。 あの豹変した姿、雄クッセェ臭い、何かも薙ぎ払えそうな圧倒的な力……。 夢だったのか未だに信じられないほど生々しい感覚が残っている。想像するだけでチンポがギンギンに勃起した。 吉彦のジャージを右手で顔に押し付け、左手で自分のそれを握った。 (ああ、吉彦ッ! 吉彦ッ!……) ゆっくりと扱き始めると、すぐ足先の方からゾクゾクとした感覚が走り、やべ、と思って腰を浮かした時には射精していた。 「……やっちまった」 自分の行為にドン引きしながらも、ニオイを嗅ぐだけでは飽き足らず、俺は裸になって吉彦のジャージに袖を通した。吉彦とこれ以上の関係に発展することはありえないんだから、これくらい許してもらってもいいよな、と、呪文のように言い訳を繰り返しながら、センズリを扱く手を止められなかった。 「うッ、くッ、……はァッ」 ジャージの太腿のあたりに精液が飛んだ。慌ててティッシュで拭き取ったものの変な光沢が残ってしまった。バレるかもしれない。だがそれも何だかどうでもいいような気がした。 (このままジャージを盗んじゃえばバレねえんじゃねえの? 吉彦に訊かれたら、知らね、とか適当に答えてさ……。) 精液をイチモツ全体に広げるように指で伸ばし、カリの下を握り締める。吉彦が自慰を繰り返しながら狼男に化す姿が、瞼の裏にチカチカと明滅する。あいつのチンポ、あの変な夢の中でしか見たことねえけど、きっとデカいんだろうなァ……。 それに、狼男になる時の、苦しみながらも何度もイッちまう状態って、いったいどんな快感なんだろ? クソッ、と俺は舌打ちする。 だってムラムラすんだからしゃァねえだろ、と俺は言い訳しながら自分のチンポを夢中で扱く。 吉彦を捻じ伏せて犯すことができたら、どんなに心地良いだろう……。 ≪お前、本当に吉彦が好きなのか?≫ どこからか声が聞こえた。俺は驚いてベッドから跳ね起きる。慌ててジャージのズボンを穿き直し、ベッドから立ち上がって周囲を見回す。手を止めて周囲を見回すが、人は見当たらない。 ≪ここだよ、ここ≫ 聞き覚えのある声だった。 ≪お前の、中。お前自身≫ もしかして――。 ベッドの横の鏡に掛けられた柄物の布を捲ると、そこには嗜虐的な笑みを浮かべたもう一人の『俺』が映っていた。実際の違うのは髪色がオレンジがかった茶色であること、そして比べ物にならないほど逞しい身体であることだ。顔立ちは俺と同じだが、その冷たい表情はまるで別人のようだ。 夢の中ですでに体験しているからか、大した違和感もなく受け入れている自分がいた。 「何なんだよ、お前は……」 ≪つれねェーなァ≫ 続いてくぐもったような笑い声。 ≪お前さ、吉彦のことを好きだと言いつつ、内心では嫉妬まみれなんだろ?≫ ぎくりとした。図星だった。 「悪いかよ。しょうがねえだろ。俺が持ってないもん、あいつ持ってんだからさ」 俺は鏡から目を逸らして俯く。 ≪だよなァ、だって勉強も運動も出来て性格も良くてガタイもデカいって、羨ましい以外の何物でもないもんな≫ その言葉をきっかけに、高校生の時の自分の姿を次々と連想した。勉強もスポーツも何もパッとするものがなく、いつも吉彦に助けられていた自分……。助けてもらって特別扱いされたようで嬉しいと思いながらも、自分なんか駄目な人間だと惨めな気持ちが尾を引くのも事実だった。 そして、それは、今も似たようなものだ。 ≪つくづくお前も変態だよなァ。 そんな文武両道な心優しき吉彦クンが、快楽殺人のケモノに堕ちるのを見て興奮すンだから≫ 「うっせーな。してねーよ」 ≪夢の中では吉彦がいきなり獣人化しちまったが、違うよな≫ 「…………?」 何が言いたいんだ、こいつは? ≪本当はお前、自分の手で、吉彦をケモノに堕としてやりたかったんだよな≫ (あッ――。) 自分の中でパズルのピースが埋まったような、何かがストンと腑に落ちたような気持ちがした。 ≪お前は吉彦のことが好きなんかじゃない。助けてもらいながらも、惨めな気持ちにしやがってと思っている。本当は復讐したいとすら。なあ、お前、吉彦のこと、嫌いだろ?≫ そんなことはない、と言い返そうとしたが、口を開けたまま何も言い出せなかった。言おうと思えば言えたのだが、自分自身を裏切るような後ろめたさがあった。 「あ…………」 俺は実際、恩知らずなクソ野郎で、吉彦に性的に欲情しているだけの男なのだ。 ≪お前が本当にやりたいことは何だ?≫ 「ハアッ、ハアッ、」 (俺が、本当に、やりたいこと――?) ぱっと頭に逞しい獣人の姿が浮かんだ。チンポがガチガチに硬く勃起し、パンツの中で先走りに濡れているのが分かった。 …………『アレ』に、なりたい。 ごくん、と喉が鳴った。 『アレ』になって、そして自分の手で吉彦をケモノに堕とす。 原型を留めなくなるまで好きなだけ肉を貪って、貪りながらイキまくって……。 ≪さあ、自分がやりたいことを言ってみろ。≫ 「お、おれ、は――」 狼男が喜々として人を貪る姿がフラッシュバックのように脳裏をよぎる。ケタ外れな力で相手を叩きのめして、捻じ伏せて。内臓にチンポを突っ込んで、ぐちゃぐちゃにかき回して。そんでもって相手の首筋に食らいついて、体中に真っ赤な血を浴びて。 「最強のオスになりてェ。んでもって吉彦をぐちゃぐちゃに犯してェ」 いつの間にか、そんな言葉が口から洩れていた。 (……あれ? 俺、何言ってんだろ?) ズン、と、自分自身の声が腹の底に響くようだった。 鏡の中の『俺』が唇の端を吊り上げて笑う。 ≪お前はすでに最強のオスじゃねえか?≫ 「は?」 何を言ってるんだ?! と叫びそうになったが、なぜか急に息が苦しくなってベッドにうつ伏せになった。血液が流れるゴーッという音が間近に聞こえる。胸の辺りがぎゅゥっと肺臓を締め付けられるように痛み出し、体中から汗が噴き出した。 「……かッ、かはッ、……あッ、……ぐッ、」 息をすることがままならず胸を押さえてベッドの上でのた打ち回る。がしゃん!と何かの物音がした。俺は床に転がり落ちてしまったらしい。口の端からだらだらと涎が垂れるが、どうすることもできなかった。 痛みは腹の内側を移動していくようだった。胸の辺りで息も出来ないほど激しく襲ってきたそれは、鳩尾の辺り、そして臍の周辺、下腹部へと徐々に場所を変えていった。胃に石を詰め込まれたような激痛の後、腸がバリバリと音を立てて捻じれるように動き出すのが分かった。 「うッ、くッ、くうッ、ふッ、ああッ、あッ――」 まるで身体の内側から徹底的に改造されているようだ。 ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ! 心臓の鼓動が耳の裏で鳴っているように大きく聞こえ、その脈拍に合わせ、新たなエネルギーの息吹きが体中に送り込まれるようだ。身体が火照って喉に異常な渇きを覚え、おぼつかない足取りで台所の流しに近付き、蛇口に顔を近付けて水を飲んだ。 ドク!ドク!ドク!ドク!ドク!ドク! 心臓の鼓動はどんどんペースを速めていく。眩暈を覚えて床に蹲るが、なぜかチンポは相変わらずギンギンに勃ったままで、ジャージの股間にテントを張っている。股間を押さえつけるとそれだけで連続して射精してしまい、息苦しさも余って頭がクラクラするような快感に襲われた。 吉彦が戻って来たらしい、 「おい!! 島崎!! どうした! 大丈夫か?!」 という声が聞こえたが、振り返る余裕はなかった。 ドクッドクッドクッドクッドクドクドクドクドク―― 「あッ、あああああッ!!!」 身体のあちらこちらの関節がギシギシと軋み始めるのが分かった。ガリッと口から音がして血の味が広がった。痛みを我慢するあまり激しい歯軋りをしていたらしい。骨の蠢く激痛に嗚咽しながらも、性的な快感が腹の内側で爆発的に押し上げられていくのが分かった。 「うおッ!!おおおおッ、おッ!!!!」 俺はうつ伏せに身体を丸めたまま何度もイッた。股間に手を添えずとも、腹の内側に溜まったエネルギーに押し上げられているように射精を促されているみたいだった。強烈なイカ臭いニオイが鼻を突いた。髪の毛から汗がぼたぼたと滴り落ちる。 「ガッ、アアアアッ、アッ、アアアアアアアアアッ!!!!!」 再び全身を鋭い痛みに貫かれ、俺は両腕に力を込めて咆哮した。 腹の底で熱の塊が蠢いている。その強大なエネルギーが電気の流れとなって皮膚を駆ける。だんだんと痛みが馴化され、その痛みさえもが成長の糧として取り込まれていくみたいだ。ギシッ、ギシギシッ、と音を立てながら骨が軋んだ。眼の奥にスパークが閃いたように視界が揺らぐ。 太い血管が浮かび上がり、胸筋がググッ、ググッ、と盛り上がっていく。すっと腹筋のラインが現れ、そのひとつひとつが隆起していき見事なシックスパックが完成した。 肩の筋肉は丸みを帯びるように発達していき、首まわりもがっちりと太くなる。腕の筋肉がもぞもぞと蠢きはじめ、ぎゅっと強張ったかと思えば、一回り、二回りとあっという間にぶっ太くなった。背中もまた分厚い筋肉の鎧に覆われていき、見事な逞しい肉体に変貌を遂げる。 太腿と脹脛はパンパンに膨らみ、ぎゅっぎゅと捩れるような感覚とともに筋肉の線が現われる。チンポはボクサーパンツにテントを張りつつ、上へ上へと自らの陣地を広げた。亀頭と竿の根もとに締め付けられるような痛みとともに、より長くより太く成長していく。パンツの生地がずり下がると、バチンッ! とチンポが勢いよく腹に反り返った。睾丸はずっしりと重量感を増す。 身体を少し動かすとビリビリッと音を立ててジャージが簡単に裂けてしまった。あんなにぶかぶかだった吉彦のジャージが、今の俺には小さ過ぎた。裸になった胸元からむわと雄の汗臭いニオイが広がり、その性的なニオイに頭がクラクラする。 反り返ると臍を越えるデカマラと呼ぶにふさわしいイチモツは、薄紫色の血管が絡みつき、精液に濡れ卑しく輝きながらビクビクと脈打っていた。ちくちくと熱っぽい感覚がし、顎に触れると、そこには短く濃い髭が生え始めていた。胸筋の間から腹筋にうっすらと体毛が現われ、臍へ向かって一直線に生え揃っていく。 はち切れんばかりのバルクを得て、猫背気味だったのが嘘のように姿勢が良くなり、尻は美しく引き締まった。 「ふぅーッ! ふぅーッ!」 ≪安心しろ、それが本来のお前だ。≫ 頭の中に、『俺』の声が甘やかに響く。 声に導かれるように、俺は無意識的に、 「本来の、俺……」と小声で呟く。 その時、背後から、 「おッ、おいッ……」 という吉彦の掠れかかった声が聞こえた。 「なあ意味わかんねえよ。どうしちまったんだよ、お前……」 吉彦の緊張した声を聞き、なぜか興奮している自分がいた。股間がギンギンに勃起したまま収まらない。 ≪なあ、見ろよ。吉彦がお前を見て怯えた顔をしてやがるぞ。≫ (こいつが、俺に怯えてる?) ≪何でだと思う? お前の存在にビビッてんだよ。≫ 「……どういうことだ?」 俺は言って、仁王立ちになって天井を仰いだ。 『俺』の声が、頭の内側にグワングワンと反響する。 ≪それは、吉彦が、お前を自分より上の存在だって思ってるからだ。≫ は? そんな訳がない。 俺は今までだっていつも吉彦に守られてばかりの、下の存在だ……。 ≪本当か? 今の自分の姿を見てもそう思うのか?≫ 俺は全身鏡の前に立ち、夢の中でもやったように、分厚い胸筋を自分のモノと確かめるように手でなぞった。体のデカさも、厚みも、以前の貧弱な面影はどこにもない。見事な逆三角形を描く上半身に、がっちりとした隙のない下半身。俺が理想とする雄の姿そのものだ。 比べると、俺が凄い奴だと仰いでいた吉彦が、だんだんと自分より遥かに弱々しい存在に思えてくる。 ≪お前は小さい頃から吉彦に守られてきたって言ってたが、実際は、その逆だよな? お前はいつも吉彦のことを守ってやってたじゃねーか。≫ (俺が、吉彦を、守っていただと――?) 何を言っているんだ、こいつは? クツクツと低い笑いが上がる。そんなわけがない。 『俺』の笑い声だった。 ≪じゃあ、その時のことを思い出してみろよ。≫ そう言われ、過去に吉彦に守られてきたこと、吉彦の方が自分より上だと思うエピソードを思い出そうとしたが、なぜか記憶にロックが掛けられたように思い出すことが出来ない。……一体これは何なんだ? ≪ほら、何も思い出せねーんだろ? じゃあテメーのただの思い込みじゃねえか。≫ そんなことが……。 ありえない、俺は洗脳されそうになっているだけだ、と思ったが、自身の圧倒的な肉体的説得力に、あながち間違っていないような感覚がした。 「あ、やべ――」 この『俺』の言う通り、俺は昔から吉彦より遥かに上の存在だったではという考えが脳裏をよぎると、どうしようもなく興奮してしまっていた。欲情を抑え切れず、怒張したイチモツを握って鏡面に押し当て、別人のようなガタイになった自分の姿めがけてぶっかける。 ビュルルッ!ビュルルルルルルルルルルッ!!! ああ! すげえ! かっけえ! かっけえ! かっけえ! 至近距離で放出したため、精液が自分の体にも跳ね返った。俺は自分の胸に飛び散った精液を手で掬い、ほとんど無意識的に舐め取っていた。美味かった。思わず指をしゃぶりつくした。そのイカ臭いニオイはさらに興奮を誘った。 ドシュッ!ドシュウウウウウウウウウウウウッ!!!! 溜まったエネルギーを絞り出すように射精を繰り返し、自分自身の顔や胸や腹や脚にドロドロした精液の雨を降らせた。 ≪お前は、自分の姿を見つめながら、『俺』の言うことを繰り返せ。 そうしたら、肉体だけではない、本来のココロに戻ることができる。≫ 「本来の……?」 その言葉を聞くだけでゾクッとしている自分がいた。 ≪お前は、昔から、支配する側の人間だ。≫ 「俺は、昔から、支配する側の人間……」 言われた通りに繰り返す。 目の奥がチカチカとする。記憶が、その言葉に沿ってきれいに塗り替えられていくようだった。胸が高鳴り、更なる力が沸き上がるのを感じる。 「俺は、昔から、支配する側の人間……」 体のすみずみまで自信がみなぎっていくようだ。それは得も言われぬ心地よさがあった。 俺は、自分の目から、目を離せなくなっていた。 『俺』の言葉を繰り返して呟くほど、余分なものがそぎ落とされ、あるべき自分の姿を取り戻していくようだ。次第に肩から力が抜け、リラックスしている自分がいた。 ≪怯えるものは何もない。お前が、最強だ。≫ その言葉が頭の内側に響いた途端、ざわめていた思考がぱっとクリアになった。 俺は、ゆっくりと目を瞑り、そしてまた、ゆっくりと目を開く。 思わず、ククク、と口から笑いがこぼれた。 「当たりめェーだ。俺に怖いなんかひとつもねェーよ」 ≪――定着。≫ 改めて自分の身体を鏡で見直すと、さっきまで漠然とあった夢の中にいるような感覚が消え、これが本来の自分だという自信に満ち溢れていた。 ――そうだ、俺は昔からずっとこうだった。 ――腕っぷしでは誰にも負けたことがない。 ――吉彦は俺の舎弟のようなものじゃねえか。 「ふぅーッ、ふぅーッ」 心臓が、再び、ドクンッ!ドクンッ!と頭蓋に響くように脈を打ち始め、粒状の汗が滴った。 「俺の真の姿、よぉーく目に焼き付けてくれよな?」 俺は吉彦を見下ろしてニマリと笑い、 「ウオ!オオオ!オ!オオオオオオオオォォォォォ―――ッ!!!!!」 腕に力を入れてぐっと胸に寄せると、ゾクゾクッとした快感が走り、盛り上がった胸筋をちくちくした短く白い毛が蔽っていく。鏡に背中を映すと、淡いオレンジ色の毛で覆われていき、そこに黒い斑模様が浮かび上がった。身体のあちこちに強烈なむず痒さが駆け巡った。 胸を打ち抜かれるような激しい心臓の鼓動。背中を丸めると、骨と筋肉が短く生え揃った獣毛の下でギシッギシッと唸りを上げ、更なる成長を始めた。あらゆる骨がぎちぎちと音を立てながら新たに造り替えられていくようだ。その大きく押し広げられた骨格という土台の上に、爆発的な勢いで弾力のある重厚な筋肉が盛り上がっていく。 歯を食いしばると生じょっぱい汗と血の味がした。歯茎が痒いと思ったら口の端からぼたぼたと血が流れ、熱っぽい痛みとともに歯形までもが変化し始めている。頬の肉が引きつれる感覚とともに鼻がぐっと前に迫り出していき、頭の皮膚と髪の毛を巻き込みながら耳が頭の上へと移動していく。手と足の爪が盛り上がり、肉厚かつ鋭いものに形を変えた。 ただでさえ成長していたチンポには獣らしいゴツゴツとしたニュアンスが現れ、凶器と呼ぶにふさわし逞しい大きさにまで成長する。紫がかった黒い血管が巻き付き、ドクンッ!ドクンッ!と震えながら絶えず精液を吐き出している。陰嚢もまたそれに見合う大きさへと重く垂れ、次々と大量の元気な精子が尿道へ注がれるようだった。 仙骨と尾てい骨の辺りが疼き、手で押さえつけると、その内側で皮膚と肉が蠢いた。ピシピシとかすかな音を立てて新たな骨が芽生えるのを感じ、骨の軋む痛みが落ち着いた後、ググッ、ググッと肉と皮膚が盛り上がる。尻尾だった。その反動に合わせて腰がひくつく。 ズルンッ、と立派な尻尾が出来上がると、俺は胸を張って立ち上がる。 豹男だ。 夜の闇に染まった窓に、獣人の巨躯が映っていた。 「ああァ――……」 嘆息が洩れる。獰猛な鋭い眼光。凶暴な牙と爪。歯の隙間に覗く長い舌。てらてらと黒く光った鼻。白くふわふわとした細長い髭。 人間ではありえない、圧巻の肉体、そのデカさ、厚み。肩が、胸が、腕が、背中が、脚が、全身の筋肉がケタ違いに進化していた。上背は二メートルは優に超えているのだろう、頭のすぐ近くに真っ白い天井があった。 ふつふつと、どす黒い負のエネルギーが手足の指先にまで満ちていく。強靭なペニスからどくどくと先走りを滴らせながら、俺は完全体となった自分に向かって不敵な微笑みを浮かべた。 最高、だった。 振り返ると、吉彦は腰が抜けたように床に座り込んでいた。 おどおどした顔でこちらの様子を窺っている。その姿があまりにも滑稽で、思わず笑いそうになってしまう。 「マジでヤバイって……。夢か? これ」 そう言って吉彦は頭を抱えた。 今まで俺がさんざん守ってきてやったのに、頭を抱えて感謝すらしやがらねえ。 ――生意気だな、コイツ。 そんな感情が、ごく自然と湧いて出てきた。 ――お仕置きしてやらねェーとな……。 「おい!! さっきからうるせェんだよ!!!」 扉をガンガンと叩く音が聞こえた。 「あーあ。邪魔が入っちまったな」 玄関に近づいて扉を開けると、二十代半ばくらいのつなぎ服を着た男が眉間にしわを寄せて立っていた。イケメンという程ではないが、雄臭いイイ顔をしていた。俺を見上げた途端、男は驚愕と恐怖の入り混じったような表情に変わった。 「何ンの用だよ」 俺は、豹男と化してただでさえ男らしくなった声にドスを利かせた。男は蒼白な顔で「なんでもないス」と言って立ち去ろうとした。俺は、ドアに足を叩き付けて退路を断ち、つなぎ服の胸倉を掴んだ。 「じゃあ何だ? 何でもねェーのにドア叩いてたのか? お前」 「あ、いや……」 「ああ?」 「……すんませんでした」 空いている手で男の腹を軽く小突いた。男はゲエッ!と叫んで地面に崩れて顔を歪めた。 「おいおい、痛がり過ぎだろ。大袈裟だな」 「がは! ごほ!」 男が苦痛に咳き込む姿を見て、ギチギチに勃起したチンポから、脈動するように先走りがドクドクと流れた。自分の顔がサディスティックな笑みに歪むのが分かった。 「しゃぶれよ」 男は、俺との力関係がまだ理解できていないようだった。涙目のままふるふると頭を振って後退し、 「すんません、本当にすんません、マジで勘弁して下さい」 「お前、拒否権があるとでも思ってんのか?」 俺は鼻で笑って、男の着ているつなぎ服を手に掛け、容赦なく引き裂いた。雑作もないことだった。毎日の肉体労働で自然と鍛えられたのだろう、男は人間にしてはそれなりに良い体をしていた。俺は相手を押し倒して馬乗りのような体勢になり、無理やり口を開けさせて先走りでドロドロになったチンポを挿れた。 「んっ……ふっ、くっ」 豹男となった俺のチンポは普通の人間にはデカ過ぎるみたいだ。強引に咥えさせると男は今にもえずきそうに顔を歪めた。 ビュクッ!! ビュクビュクビュクッ!!! ねっとりとした大量の精液を注ぎ込むと、最後まで飲み込むまで口を塞いだ。 「――ッぷはァ! ごほ! ごほ! もう、何なんだよォ、お前はァッ!」 男は涙目になって咳き込みながら俺を見上げた。どうして自分がこんな理不尽な目に合わなければならないのか、という怒りを孕んだ貌だった。挑発的な目で見つめられると興奮で足元がゾクゾクするのを感じた。それからは男に話す隙も与えず、チンポを無理やり捻じ込んでは精液を飲ませる、というのを何度も何度も繰り返した。 豹男と化した俺の精液には強力な催淫効果があるのだろうか? 次第に男はとろんとした目になり自分からデカマラを咥えに来るようになった。その際の舐め方がいかにも執拗でまるで精液を飲みたくてしょうがないかのようだった。 「お前もこの旨さが分かったのかよ」 俺はにやりとし、自分の精液を男のアナルに内側まで塗り込んだ後、チンポの先を入り口に押し当てた。そして―― 「ご褒美だ。行くぜ?」 メリメリ、と肉の抉じ開けられる音がした。 「うあああッ!!!ああッ!!!!ああああああああああッ!!!」 男は絶叫した。 催淫効果でも誤魔化せないほどの激痛が走っているに違いない。アナルから血が出ているのも構わず、容赦せずぎちぎちに勃起した凶器サイズのデカマラを奥の奥まで突っ込む。みちみちと音を立てて肉壁でチンポを扱かれる感触。ビクビクと強く締め付けられる感触とともに、根元まですっぽり挿れると同時に長い長い射精をした。 ブシュッ!!!!ドシュウウウウウウウウッ!!!!ドシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ―――――ッッッッッ!!!!!!!! 今まででもっとも力強い射精だった。腰を振りながら数回それを繰り返すだけで男の下腹はパンパンに膨らみ、チンポを引き抜くと色の濃いザーメンが男の血とともにぼたぼたと滴り落ちた。 「アッ、ガッ、……ゥ、アッ、……」 男はぐったりとし、白目を剥いて痙攣していた。 俺は相手の体を抱えて駅弁の体位を取り、そのまま一気に特大サイズのイチモツで男の体を貫いた。男が「ぐふッ!!」と意識を取り戻したのを見て、再びガンガン腰を突いた。アパート全体に響き渡るような男の絶叫が繰り返される。 その悲鳴は俺の脳髄に甘やかに響き、絶頂に達してしまいそうな快楽を齎してくれた。 「――――ッァア!!!! 最高かよ……」 そう呟いた時、インターホンが鳴った。 俺は無視して男のケツ穴に精液をブッ放し続けたが、インターホンが止むことはなく、「××さーん。××さァーん。昨日の夜から凄い悲鳴が聞こえるって近隣から通報がありました。ちょっとお話を聞かせていただけますかー?」という声が聞こえた。 警察だった。 「…………あ?」 俺は男からチンポを引き抜いて立ち上がる。その時はじめて吉彦の姿が見当たらないことに気づいた。男を犯すことに夢中になり過ぎて気づかなかった。 まあいい、どこに逃げても匂いを辿ればすぐ追いつける。楽しみは後に取っておくのも有りだ。 いつのまにか、空は明るくなっていた。 もう朝か。 俺はドアを蹴飛ばすように勢いよく開けた。 「うッ、わッ」 玄関の前には、中年の警官と新入りの雰囲気のある若い警官が驚いた顔で立っていた。二人とも間抜けた声を上げ、こちらの巨躯を見上げてぽかんと口を開けている。なんて平和ボケした奴らだろうか? 俺はニイっと口角を上げた。 さっきまで飲まず食わずで男をひたすら犯し続けていた俺は、外の空気と、目の前に立っている雄の匂いを嗅いだ途端、強烈な”渇き”を意識した。 口の中に涎がじゅわッと溢れ出す。 それは空腹という名の”渇き”だった。 男らの身体を貪り喰う様子が頭の中に展開され、それだけで興奮し切って自分のチンポを片手で押さえながらビクビクと射精してしまう。目の前に、その美味そうな餌があった。 「お、おい……」 中年の警官が動き出そうとした瞬間に、俺は警官の肩を掴んで首の付け根に牙を立てた。噴き出した鮮血を一滴も残すまいと口を大きく開け、肉を思い切り噛み千切る。 「アッ」 と短い悲鳴を上げ、男は一瞬にして絶命してしまった。何やらボキボキと骨の折れる音が聞こえるなと思ったら、肩を掴んだ手に力を入れ過ぎていたらしい。それだけで骨を砕いてしまったようだった。噴き出した血を浴びるのは心地よかった。 俺はアパートの通路で腰を抜かしてしまっている若い警官の男に近づき、男の口に強引に舌を捻じ込んだ。血と涙のしょっぱい味がした。 「ん……んんッ……」 若い警官の男は怯え切って固まり、拒否する素振りも見せずにされるがままになっていたが、鋭い爪で制服と下着の一切を裂かれ、ケツ穴にギチギチに勃起した獣人サイズのチンポを押し付けられると、 「――――ァッ!!!――――ァッ!!ァッ!!!!」 と声にならに悲鳴を上げながら身を捩って逃げようとし始めた。目に大粒の涙が浮かんでいるのを見て、そうだ、これだよ、と俺は気持ちが昂るのを感じた。男が大きな悲鳴を上げることができないように舌を捻じ込んで濃厚な接吻を続けながら、逞しいイチモツで男のアナルを貫いた。 さっき部屋で男をを犯していた時とは違い、前後に腰を振ることはせず、男のアナルを限界まで拡張するようにひたすら奥にチンポを押し込み続けた。唸り声のような男の悲鳴が短く断続的に上がる。男の腹から内臓の動くようなごぽごぽと気色の悪い音が聞こえ、顔を離してそちらを見遣った。 男の下腹部には俺のチンポの形がありありとグロテスクに浮かび上がっており、それだけでなく精液でパンパンに膨らんでいた。 「ハァッ! ハァッ! ハァッ! ハァッ!」 頭の天辺から、足の爪先まで、全身にエネルギーが迸っている……。 非の打ちどころのない、圧倒的なパワー。 豹の模様の浮かび上がった獣毛に覆われた下で、分厚く盛り上がった筋肉がヒクヒクと動く心地良さ。 劣等感や人間としてのしがらみから解き放たれ、本来の自分として生きている充実感。 ドクンッ ドクンッ ドクンッ 「ハッ!……ハァッ!!ハハッ!!フゥッー……」 もっと……。 もっと……モット……。 モット、本能ノ、赴クママニ―― 「ウギャアアアアアアアアアアアァァァァァァァッ!!!!!!」 俺は若い男の警官の引き締まった腹を引き裂き、肉を喰い破りクチャクチャと咀嚼する。 生臭い内臓を引きずり出して喰らい、同時にその腸を自分のギンギンに勃起したチンポに巻き付け、チンポを扱く。血に濡れたなまあたたかいヌルヌルとした臓器の感触に、これだよ、これ、と興奮してすぐイッてしまう。 男の内臓を攪拌するように、引き裂いた腹にチンポを突っ込んで腰を振る。自分の身体が血に濡れれば濡れるほど、それが自分の糧となって体に沁みるような興奮を覚えた。首を食い千切ると、新鮮な血の味が口いっぱいに広がる。喉の渇きを癒すように、ごくごくと勢いよく血を飲み込む。胸の肉を噛み千切ると、柔らかさと程よい弾力を備えた食感がし、自分が食いたいものを食っているという喜びが沸き起こる。 「うめェ……」 肋骨を手で抉じ開けるとその内側の心臓や胃や肝臓などの臓器を貪り、次に太腿、脹脛と、骨をしゃぶるように丁寧に喰らっていく。食べれば食べるほど豹男としての自分の存在が定着していくような、更なる力が全身に漲っていくような心地よさを覚えた。 「ああ……」 自信に満ち足りた、穏やかな心地がした。 その時、部屋の方から、 「グッ、ウォッ、オッ、オオォッ」 という獣の唸るような声が聞こえ、振り返ると、さっき俺が犯した男が横になったまま体をびくびくと震わせているのが視界に入った。背中から汗が噴き出し、筋を引いて床に落ちている。男は火照ったように顔を赤らめながら股間を押さえた。ビクンッ!ビクンッ!と腰が動き、手の隙間から精液が飛び散るのが見える。 ああ、そういうことか。俺はニヤリとする。 「なん、だッ、これッ、すッげ、ん゛ッ、きもちッ、ィ、イ゛イ゛――」 男はベッドの縁にしがみつきながらまたビクビクと射精を繰り返した。 荒々しい呼吸に肩を大きく上下させている。骨がギシギシと音を立てて一回り大きくなり、それを追いかけるように全身の筋肉がメキメキと音を立てて一気に盛り上がっていく。男はみるみるうちに太く長くなっていくチンポを握りながら幾度も射精し、真っ白い精液を日焼けした肌に飛び散らせた。 自分の時はあまり意識していなかったが、肉体が進化していく瞬間には雄の色っぽい匂いがより色濃く皮膚から立ちのぼるようで、その匂いを嗅ぐだけでひどくムラムラした。 「はあッ、はあッ、はあッ、はあッ……」 男は恍惚とした顔で横たわっていた。頬がうっすらと上気している。 俺は、筋肉の鎧に包まれ、見違えるように身体のデカくなった男の傍に腰を下ろし、まだ進化したばかりで現状が呑み込み切れていないだろう男の耳元に頭を近づけ、 「――定着。」 と、たった一言つぶやくだけで良かった。 すると男の目に生き生きとした輝きが現れ、尊敬の念の籠った眼差しで俺を見上げた。 「調子はどうだ?」 「すげェッス……。マジで……。最高っス……」 奴隷くん1号の完成だった。 俺は玄関に散らばった警官の死体をくいと顎で指し、 「お前の初仕事だ。あれをきれいに掃除しろ。好きにしていいぞ」 と言い、浴室に向かった。 もともと俺は別にこの男には興味がないのだ。 浴室に入ると、俺は、フゥーッ……、と息を吐きながら全身を力を緩め、天井を仰いだ。 誰に教えられたわけでもないのに、何を呟けばいいのかが分かった。 「人間の感覚を解放する――」 そう呟くと、骨がギシギシと鳴り、筋肉がミシミシと蠢き、人間の体へとメタモルフォーゼが解かれていく。 ちくちくした感触とともに全身を覆う獣毛がもとの毛穴へと引っ込んでいく。毛はすべて抜け落ちるのかと思っていたが、自分の皮膚の内側へと還っていくというのはとても面白かった。もっとも違和感が大きいのはやはり頭で、完全に豹のそれとなったものが人間のそれへと形を変えていく瞬間はいくらか痛みを伴う。しかし幾多の激痛の洗礼を受け、この程度の痛みはどうということなくなっていた。 俺は人間に戻った己の身体を品定めするように鏡を見つめた。 「ま、こんなもんだな」 人間の状態でもおそらく190センチ近くの上背はあったし、獣人化する直前の逞しい筋肉もまた維持されていた。分かりやすく言えば、海外の大柄なフィットネスモデルを上回る程度の肉体だった。 *** いったい、どれくらい歩いただろうか? あたりは薄暗い夕闇に包まれていた。点々と電灯の光の続く淋しい田圃道を歩いていると、おびただしいほどの虫の音が耳を塞ぐ。ひんやりとした空気が心地良かった。 吉彦の部屋で吉彦の服に着替えた俺はアパートを出ると真っ先に服屋に向かった。吉彦の服は、明らかに小さ過ぎて不格好だったのだ。自分の身体に合うだろう一番大きなサイズの服を探して買った。(といっても、これでもまだ幾分か小さいと感じはしたのだが……。) Vネックの黒い半袖Tシャツに、すっきりとしたシルエットの濃紺のジーンズ。筋肉質な逞しい肉体にはシンプルな服装で十分だった。 ついでに目についた散髪屋に入って髪を短く切ってもらった。短く刈られた明るいオレンジの髪が、今の自分の顔とガタイにはよく似合っている。髭を剃り、眉毛の形を整えてもらうと、我ながら惚れ惚れするような迫力のある顔になった。店を出るとほのかに残った吉彦の匂いを頼りに歩き続け、こんな町外れの田圃道まで来てしまった。 いくら鼻が利くようになったからといって、これだけ距離が離れてしまうと途中で匂いが分からなくなってしまうこともあった。それでも迷うことなく道を進んで来られたのは、匂いだけではない、別の何かの力によって導かれるような感覚があったからだ。その力とは、『俺』のものか、あるいは……。 アスファルトで舗装された道が途切れたところに、薄暗いトンネルがあった。普段ひと通りはほとんどないのだろう、地面は枯れ葉に覆われ、壁には蔓が這い上がって濃い緑の葉を垂らしていた。蔓の隙間に、いつのものか古くくすんだ落書きが見えた。 ふっと、トンネルの奥から吉彦の匂いが膨らんだ。 匂いはロープを跨いで歩を進める度に濃くなり、トンネルを抜け緩やかな勾配の砂利道を上り切ると普通の人間でも嗅ぎ取れるのではないかと思うほど、それはどうしようもないほど強い匂いとなって鼻を突いた。オスの臭いだった。 そこは寂れた公園だった。いったい誰がこんなところに公園を作ろうとしたのだろうか? きっとあまり使われなかったに違いない、遊具のほとんどが撤去された痕跡があり、広々とした敷地は雑草が伸び放題になっていた。唯一残っているのはウサギの形を模したロッキング遊具だけで、しかしそれも全体が黒く錆びてちゃんと動くのかも怪しい。 俺は、公園の一隅にある公衆便所に向かって一直線に歩いて行った。匂いの発生源がここだと一発で分かった。経年劣化でモルタル壁のあちこちに亀裂が走り、雨の染みついたような黒く爛れた汚れが目立った。ボクサーパンツの内側が先走りでグチャグチャに濡れているのが分かる。興奮のあまりチンポがギンギンに勃ってズボンを突き破りそうで、俺はそれをズボンの上から片手で押さえつつ、男子便所の入り口に立った。 「はァッ、はァッ、はァッ、はァッ……」 喘ぎ声が聞こえる。 男子便所の奥まったところで、黒い影が動いているのが見えた。 入り口の近くの電気のスイッチを手で探ってオンにすると、まだ通電されていたらしい、青白い蛍光灯の光がぱっと点いた。 「吉彦だろ?」 蛍光灯の明かりはチリチリと音を立て、今にも切れそうに細かく明滅を繰り返しながら、別人のように逞しくなった吉彦の背中を照らしていた。大粒の汗が滲んで肌がてらてらと光って見えた。 吉彦は誰か分からない男のケツに自らのイチモツをブッ込みながら、胸や腹の肉を一心不乱に貪っていた。 「あ……?」 吉彦は男からチンポを引き抜き、頭を上げて振り返り、俺の姿を認めると嬉しそうな顔をした。やはり食人行為を経ると獣人化が加速されるのだろうか? 吉彦の胸や肩にはすでに短い銀色の毛がうっすらと生え始め、黒目は深い紅色に染まっている。血を浴びてギンギンに勃起したチンポが、どろどろした精液を滴らせながら臍の辺りでビクンビクンと脈打っていた。 「いい感じに仕上がってんじゃねーか」 俺がニヤリと笑みを浮かべると、吉彦はそれに応えるように口の端を吊り上げた。犬歯が発達して長く尖っているのが見えた。 「俺さァ……。お前が豹男?みたいになるの見てビックリして逃げちまったんだけどさ、逃げてからお前のこと思い出すと、何かすっげー興奮しちまってさ……」 吉彦はそう言いながらゆっくりと立ち上がった。 「何でこんなに興奮すんだろ? ってお前のこと思いながら隠れてオナりまくってたら、馬鹿みたいに気持ちよくなって射精止まらなくなっちまって、気がついたらホラ、すげえだろ?」 吉彦は公衆便所の鏡に映った、以前とは比べものにならないほどデカくゴツくなった自分の姿を見つめて恍惚とした表情を浮かべた。 「気がついたら、男の肉なんか、喰っち、まってて……。だから、さッ、島崎ッ、」 だんだんと苦しそうに言葉が切れ切れになってきた。 吉彦は俺の方を向き直り、ぐっと胸を張り、腕に力を込め、 「ハッ、アァッ……見ててッ、くれよッ、 俺ッ、お前とッ……同類なん、だ、ゼェッ……!」 ビキッ!ビキビキビキッ!ビキッ!と、吉彦の全身の皮膚に太い血管の形がぐっと浮かび上がった。ドクンッ!ドクンッ!と心臓の脈動に合わせて血が送られ、それに合わせて胸や腕や肩や背中や脚などの全ての筋肉がさらにビルドアップされていく。 バキバキと骨の軋む音とともに骨格も人間を越えた存在へと組み替えられていき、天井に頭がぶつかるほどの大きさにまで進化した。 「ウ゛ッ ォオ゛ッ オオ゛ッオオオオオオオオオオオオオオオ―――――ッッッ!!!!!!」 鋼のように分厚く盛り上がった筋肉を銀色の獣毛が覆っていき、頭はオオカミのそれに造り替えられ、叫び声が獣の野太いそれへと変わった。 ただでさえデカいチンポはミシミシと音を立てながら獣人サイズの赤黒い凶悪な巨根にまで成長し、自分の身体や薄汚れた壁や床にとめどなく精液を盛大に飛び散らせている。 俺もまた、吉彦の興奮に共鳴するよう豹男にメタモルフォーゼを遂げていた。 「ハアッ、 ハアッ、 ハアッ、 ハアッ、」 俺たちは歩み寄ると、腰を寄せて互いのチンポで兜合わせし、互いの興奮を教え合うように濃厚な接吻を交わした。 長い夜の始まりだ。 (完)