『鏡』 上巻
Added 2018-12-28 08:29:33 +0000 UTC別場所での過去作品です。Pixiv FANBOXに移行させます。 ===================== (1) 「……あ?」 シャワーを浴びてから、浴室内の鏡に付着した湯気を手で拭うと、知らない男が映っていた。 誰だこいつ、と思ってから、眼鏡をかけていない目で、まじまじと鏡を見つめた。 顔立ち自体は俺と同じだ。しかし、表情は似ていない。 鏡のなかに映っている男は嗜虐的な笑みを浮かべ、目をわずかに吊り上げこちらを見ている。 見られていると、恐怖のようなものを感じた。 表情だけではない。髪の毛も、身体も、まるで違う。 染色した覚えはないのに、鏡に映っている俺の頭は、髪の毛はオレンジのかかった金髪だ。つんつんした短い髪の毛は、表情と相まってヤンキー臭い。そしてアメフト選手のような逞しいガタイをしている。 現実の、実際の俺は、マッチョという言葉とは無縁のガリガリな身体だった。自分の胸板と、鏡に映った逞しい胸板を見比べる。 幻覚なのだろうか……? それにしても、なぜだろう。鏡の中の男を見て、俺はひどく興奮してしまう。 手を股間に持っていき、激しく勃起したチンポを握って上下にこすった。 *** 「うッ……」 どうやら授業中に眠っていたみたいだった。 目を覚ますと、英語の先生と目が合ってドキリとした。周囲を見回すと、まわりに座っていた奴らにも、何事かと見られている。 俺は恥ずかしさのあまり顔が火照るのを感じ、「すいません……」と軽く頭を下げた。 同時に、なんだ、夢だったのか、とほっとした。 英語の先生は咳払いし、「えー、授業を受ける気がない人は、さっさと帰っていただいてもよろしいのですがー」と言った。すいません、と俺はもう一度小声で謝る。小さな教室だから居眠りが余計に目立ったのだろう。 股間がむずむずするような感覚がする。夢で感じた性欲がまだ身体の底に残っているようで、頭がぼうっとして授業についていく気力が出ない。 オナニーしてえ、と思ったとき、太ももの横に冷たいものが触れ、パンツがべたべたしていることに気づいた。どことなくイカ臭いにおいが鼻を突き、もしかして、と冷や汗が流れる。 先生に断って授業を抜け出し、トイレの個室に鍵を閉めて、ハラハラしながらズボンを脱いだ。ボクサーパンツを下ろすと、ペニスの先が当たる部分に白くねばねばした液体が付着していた。 夢精していた、らしい……。 最悪だった。 周囲の誰かに気づかれているかもしれない。だって、「うッ」と言って目を覚ました直後に、イカ臭いにおいを漂わせているなんて……。バレていると考えた方が妥当だ。 「しにてえ――」 俺は思わず口に出し、個室の壁に額を当ててうな垂れた。 不幸中の幸い、さっきの授業で、友達の吉彦は遠くのほうに座っていたが、どう思われているかはわからない。いずれにせよ、もうあの授業には出られない。いや、それでも必修科目だから休むわけにはいかないのだが……。 ため息をついて、トイレットペーパーで何度も精液を拭う。 チャイムが鳴った。 休憩時間だ。次の授業の教室まで移動しなければならないが、精液が臭うかもしれない状況では出たくなかった。 洗面所で手を洗って頭を上げると、その鏡には獣人が立っていた。 「……は?」 声を失った。 思わず後ろを振り返るが、俺以外は誰もいない。 もう一度、鏡を見つめる。 ――……何だこれは? そいつは二メートル近くあるんじゃないだろうか。頭は豹そっくりで、というより豹そのもので、身体には茶色っぽい斑点のある金色の毛がびっしりと生えている。「狼男」という呼び方を真似るなら、「豹男」と言うべきだろうか。 完全に人間のシルエットと同じというわけではなく、背中は少し丸まっているし、手足は人間より明らかに大きい。身体の厚みも、横幅も、俺の倍近く……いや、それ以上あるんじゃないかと思われた。 「なあ、おい」 突然トイレの出入口から吉彦の声が聞こえ、俺は「わっ」と間抜けな悲鳴をあげた。 気がつけば鏡から豹男の姿は消えている。 「そこでずっと立ち止まってから、何してるのかと思った」 俺は苦笑して、「別に、ちょっと考え事してた」と答える。獣人のことなど言えなかった。 吉彦はこちらの肩をぽんと叩いて、 「今日授業終わったらさ、うち来ねえか? ちょっと相談したいことがあってな」 吉彦の様子を見るに、精液臭のことは噂になっていないようだった。 ほっとして、「わかった、行く」と答えた。 (2) 吉彦は、大学の最寄駅の近くにある四階建てのアパートに住んでいた。 階段を上ってリノリウムの通路をすすんだ突き当たりの部屋がそれだ。 入ってすぐ目の前に台所があり、流しにはカップラーメンの容器や皿やコップやコンビニの袋に入ったゴミなどが乱雑に置かれている。ベッドの脇にはゴミ袋が口を結ばれた状態で三つ置かれ、そこから饐えた臭いが漂っていた。 吉彦は黒い革のジャケットをベッドに脱ぎ捨て、長袖Tシャツ姿になった。 「もうちょっとは掃除しろよ」と言うと、吉彦は短く「はッ」と笑い、冷蔵庫から2リットルペットボトルのコーラを取り出し、コップに注いで俺に渡した。 吉彦は高校の頃からの親友だ。 いじめられていたところを助けてもらって、それから友達になった。 吉彦は俺より一回り身体が大きく、それは同じ大学に入学してからも変わらない。 おまけに俺よりも遥かに頭がいい。 高校の頃は生徒会役員に立候補したり学級委員を務めたりと、普段の朴訥な話しぶりからは信じられないくらい積極的なところがある。 俺は勉強ができるほうではなかったのだが、吉彦と同じ大学に通いたいが一心に必死に勉強した。端的に言えば、吉彦のことが好きだったのだ。 「島崎さ、今日授業中に何かウッて呻いてたじゃん? あれ何だったの?」 「いや、あれは……ただの居眠りだから」 吉彦は、「へえ」と答え、それから急に真面目な顔になって、 「今から俺、すげえアホなこと言うけどいい?」 「何だよ、アホなことって」 「鏡に映る自分の姿が、何か変なことってないか?」 「……例えば?」 「例えば、自分と似てるけど、全然違う姿が映ってる、みたいな」 ドキッとして、受け取ったコーラをこぼしそうになった。 「俺、頭おかしいのかな……。すまん、変なこと言って」 おそるおそる、俺も白状することにした。 「……実は、こっちもそういうことあったんだよ。大学のトイレでな」 「マジかッ。……ああ、やっぱりなー。実は、トイレでお前を見たとき何か挙動がおかしかったから、もしかしたら俺と同じものを見たのかもって、ちょっと期待してたんだよ」 吉彦は嬉しそうな目をこちらに向けた。 「それで、一緒に鏡見てくんねえかな?」 「ハアッ!? 何でだよ」 「もう気味わるくてさ、ずっと鏡を直視できねえんだよ。誰かと一緒だったら、ちゃんと直視できると思ってさ。一人じゃ怖いんだよ。頼む!!」 俺が答えるよりも先に、吉彦はベッドの横の全身鏡に掛けられていた布を取り払った。 反射的に顔の前で腕を組んで目を閉じる。 「…………」 うっすらと片目を開け、腕の隙間から鏡を一瞥する。 ……鏡に映っているのはいつもの自分の姿だ。 目の前の鏡に関しては、おかしなところが何もない。 「なあ、お前、なんか見えるか?」 吉彦は言った。俺とは対照的に、ひどく緊張しているらしい。声がかすかに震えていた。 「いや、自分の姿しか見えねえよ。今は何もおかしいところはない」 「そ、そうか……。俺は……アレが映ってるよ」 心臓が、ドクンと鳴った。 「アレって……?」 「その……俺と顔が似ててさ、というか……同じ? お前、見たことあるなら、わかるだろ……」 吉彦の額には、うっすら汗が滲んでいる。 現実にいる吉彦と、鏡に映った吉彦の姿を見比べるが、何も違いがわからない。他人からは分からないのかもしれない。つまり、これは、吉彦にだけ見えている幻覚なのだろうか? 俺が、鏡の中で獣人を見たように。 「この前は見えたんだが、今はなにも見えねえよ……」俺は言った。 「来るな……来るなあッ!」 吉彦は鏡に向かって叫んだ。 俺は呆然とその様子を見つめた。 吉彦はハアハアと息を荒げながら床にうずくまり、「やめろ……やめろてくれ!触るな!」と言いながらも、なぜか自分から服を脱ぎ捨てていく。そこには吉彦以外の姿は見えない。かちゃかちゃとベルトをゆるめる音が聞こえた。 「お前、なに脱いでんだよ……」 俺の失笑まじりの声は、もう吉彦には届かないらしい。 返事はなく、ただ、「やめろ、やめろ」とつぶやく声と荒々しい呼吸が部屋に響いた。 同じ年くらいの男子の勃起したチンポを、はじめてまじまじと見つめた。こんな状況だというのに、大きさが俺より上であることに嫉妬を覚えてしまう。 「はあ、はあ、はあァッ……」 吉彦は自分で勃起したそれを握り、上下に扱き始めた。棹には太い血管が絡み付き、亀頭はパンパンに膨らんで、表面がツルツルと白く光っている。 扱くスピードはどんどん速くなっていく。 「うッ、ぐッ――」 手の動きが止まったあと、吉彦は軽く腰を浮かし、苦しそうな顔をして、あっという間に射精した。どろどろした白い液体が俺のズボンと床に飛び散り、後ずさる。 「な、なにやってんだよ……」 顔をそむけそうになったが、視線を必死に吉彦の身体に集中させた。目をそらしてはいけないような、そんな気がした。 吉彦はさっきと違い少し嬉しそうな、気持ちよさそうな、だらしのない顔をしていた。 部屋に、くちゅ、くちゅ、という卑猥な音が響く。吉彦は自分の精液でべとべとになった手でペニスを再びこすり始め、「やべえ、やべえよ」と叫んでいる。 「あ、ああ? そうだよ、お、俺、俺、も、お前みてえになりてえッ――」 誰と会話しているのか、わからなかった。 「もっと、俺を、やッ……ぐッ」 吉彦のペニスの根元がびくびくと震え、さっきのを大幅に上回る量の精液が弧を描いて、奴自身の顔や胸に飛び散った。きれいに日焼けした胸や額には大粒の汗が浮かんでおり、顔には快楽にほころんだ表情が浮かんでいた。 ドクン、ドクン、ドクン、という吉彦の心音がこっちにまで聞こえてくるんじゃないかと思った。 俺はなぜか、吉彦が床でオナる姿を見て、ひどく興奮していた。 吉彦の身体は、気のせいかさっきより逞しくなっている。ビクビクと怒張するペニスを手で押さえ、さらに射精を繰り返した。もう扱かなくても簡単にイってしまうらしい。 「やッ、うッ、た、たすけッ、あッ、ああッ、がッ、ガアアッ」 吉彦は裂けそうなくらい大きく口を開け、目の縁に涙を溜めて叫んだ。 「ガアアアッ、グッ、ウゥゥ――」 叫び声がだんだんと獣じみてきた。チンポは臍まで反り返り、先走りがドクドクと溢れている。 吉彦は何かの到来に備えるかのように両腕で頭を押さえた。 「グ、グオ、ウグアアアアアアア――ッッ!!!」 叫び声に呼応するかのように、吉彦は汗を飛び散らした。胸筋がミシミシと音を立てながら分厚く盛り上がり、腹筋にスウッと六つの割れ目が浮かび上がり、背筋が逆三角形を作るみたいに左右へと広がっていく。 頭を押さえていた腕は、小刻みに震えながら筋肉で倍近くに膨らんでいった。 首も太く、肩幅もグっと広くなり、一回り、二回り、身体がどんどん分厚く、大きくなっていく。発達したのは筋肉だけではない。ゴキッ、ゴキッと骨の鳴る音とともに、身長も伸びているようだった。 胸筋の割れ目の中央のあたりからヘソの周囲にかけて、一直線に今までなかった短い体毛が生え揃った。 太腿やふくらはぎもパンパンに張ったかと思えば、筋肉の線がモコモコとあらわれ、陸上選手のような鍛え上げられた逞しい下半身に変化していく。 スポーツ刈りだった髪の毛は額に髪がかかる程度に伸び、茶色のチクチクした顎髭が生えそろった。陰毛も前より濃く長くなり、それに負けんと言わんばかりに、ぐ、ぐぐ、と上へ押し上げられるようにペニスは長さを増していき、竿の部分は一回り太くなり、カリはテニスボールのようにパンパンに膨らむ。睾丸は垂れ下がるようにずっしりと重みを増した。 「うッ、ぐッ、う、ああッ――」 ――ドシュッ!ドシュッ!ドシュウウウウウッ! 太く長く成長したペニスからは勢いよく精液が噴きあがり、逞しくなった胸板と腹筋に白濁した液体を飛び散らせた。 吉彦は頭を両手で抱えて床にうずくまった。別人のように逞しくなったその背中に、うっすらと茶色の毛が生えそろっているのに気づく。思わず目を細めた。 奴がフウーッ、フウーッと獣じみた荒々しい息をし、背中が上下するのに合わせ、茶色の毛は動物の毛並みのように伸びていく。全身が隈なく毛で覆われるのに、さほど時間はかからなかった。 頭をあげた吉彦を見て、俺は「うわっ!?」と悲鳴をあげ、慌てて部屋を飛び出した。 何度も転びそうになりながら、廊下を駆け抜け、階段を二段飛ばしで下りる。 自分が見たものが信じられず、頭の中の吉彦の姿を振り払うように、ひたすら道を走り続けた。自分がどこを走っているかを気に留める余裕すらなく、ただがむしゃらに目の前の道を突き進んだ。 見間違いではなかったはずだ。 俺が見た吉彦の頭は、まんま狼のそれだったのだ……。 がむしゃらに走っていると、ドンと誰かに肩が当たった。 はっとして頭をあげ、振り返る。 ガタイの良いジャージの男がこちらを睨んでいた。目が合うと、心臓を掴まれるような恐怖を覚えた。短い金髪、独特の立ち姿。どう見てもヤンキーだ。 このまま走って逃げてしまおうか? そう思った瞬間、頬に激しい衝撃が走った。 本当に、一瞬のことだった。俺は背中から地面に倒れ込み、ウッと呻いて男の方を見た。近づいてくる。頬骨のあたりがズキズキする。こんな風に暴力を食らうのは初めてだった。逃げなければ、と思うのに、恐怖で膝が震えてしまって、動けない。 俺って……こんな情けない奴だったのか……。 ショックだった。謝ろうとしても、喉が萎んだように声が出ない。上半身を起こした途端、今度は背中を蹴飛ばされる。心臓を打たれたような激しい痛みに、ゲホゲホと何度も咳込んだ。 ボコボコにされる、と思ったとき、「ぎゃあァッ!!」と頭上から悲鳴が聞こえた。 うっすらと目を開けて見上げると、狼男と化した吉彦がヤンキーに馬乗りになっていた。 「島崎ィ、お前なに逃げてんだよ」 俺の知っている吉彦のそれよりトーンが低い、ざらざらした声だった。 「あ……」 どう答えればいいのかわからなかった。ただじっと相手の双眸を見つめていると、背後から「何あれー」という女の声が聞こえた。 「え、すごくね? 何かの撮影?」別の女の声が重なる。 吉彦は「ここじゃ落ち着かねえな」と言って舌打ちし、ごわごわした茶色の毛で覆われた片方の腕で俺を、もう片方の腕でヤンキーの男を軽々と持ち上げた。その直後、近くの工場の屋根へと跳躍した。 人間離れしたすさまじい脚力だ。 狼男は次から次へと工場や民家の屋根を飛んでいき、気づいたときには高速道路下のトンネルの前に連れられていた。 (3) 「オエ……」 吐き気がした。 狼男の腕に抱えられたまま、何度も空を何度も飛んだせいだ。平衡感覚が崩れ、地面に下ろされても船酔いしたように動けない。 ヤンキーの男もグッタリとして地面にうずくまっている。 「山の麓まで行こうと思ったが、限界だ。もう我慢できねえ――」 吉彦は言って、ヤンキーの身体にまたがってジャージを鋭い爪と牙で切り裂いた。 ヤンキーは、「何なんだよっ、ざけんなっ、離せっ」と抵抗していたが、狼男の巨躯はビクともしない。 「お前、美味そうだな……」 吉彦の獣と化した口からぼたぼたと涎が糸を引いて、ヤンキーの顔に落ちる。 股間には竿の半分ほどが毛で覆われた赤黒いペニスが屹立し、ピクピクと震えながら下腹部にぴたりと反り返っている。色の濃い先走りをジュクジュクと滴らせ、人間だった頃のそれより二回り以上も太く、反り返り、ヘソを優に超える長さを誇る、立派すぎるイツモツだった。 ヤンキーは自分が犯されそうになっていることを悟ったのか、さっきよりも悲痛な声で「やめろ!やめてくれ!」と叫んで逃げようとする。が、逃げられるわけがなかった。 「ウッ、アッ、アッ、ギャアアアアアアアアァァァ――ッッ!!!」 メリメリ、とアナルが無理矢理こじ開けられる音が聞こえた。 吉彦はヤンキーが悲鳴を上げるのを愉しんでいるかのように、口の端を吊り上げて嗜虐性を孕んだ恍惚の笑みを浮かべた。 自分が目にしている光景が信じられなかった。 これは何かの悪い夢に違いない。 吉彦は、間違ってもこんなことをするような男ではないはずだ……。 俺は相手の本性を見極めるように狼男を見つめた。 男のアナルから太股へと血がだらだら流れる。内臓から出血しているのかもしれなかった。 「じゃあ、一発目、行くぜ?」 ボコン、と男の下腹部が狼男のイチモツの形に膨らみ、吉彦が射精するのに合わせ、男の身体全体がビクンビクンと大きく跳ねた。量が多すぎるらしく、アナルとペニスの隙間からビュッビュッと精液が漏れ出している。 男がほとんど抵抗しなくなり、悲鳴もあげなくなると、吉彦は「まだ一発しか出してないんだぜ? つまんねーな」と言って、男の首筋に鋭い狼の牙を突き立てた。 ブシャッと血が噴水のごとくトンネルの入り口に飛び散る。 夕暮れだった。吉彦は「うめえ、うめえ」と言いながら首筋の肉を食らい、ズズっと血を啜った。血に濡れた顔と胸と腹の毛が、空が暗くなり始めたせいで黒っぽく見える。 男が完全に死んだと思われてからも、狼男はイチモツを挿入したまま男の胸や腹の肉を食らい、その間も内臓を掻き回すように腰を降り続けていた。 ――これは本当に吉彦なのだろうか? 俺の知る吉彦は、正義感が強くて、誰に対しても優しく、暴力を嫌悪する男だ。 それとも、これが吉彦の本性なのだろうか? 「ああ、最高だ」 吉彦はクチャクチャと肉を咀嚼しながら言った。 「吉彦……? お前は本当に吉彦なのか……?」 「そうだよ。何か俺、この身体になって解放されたって感じがするゼ。すげえ気持ちいいんだ。今までの自分がアホらしくなるくらい。こっちが本当の俺なのかもしれねえ」 「…………」 「なァ、お前も俺みてぇになりたいんだろ?」 「……は?」 「だってお前、自分の顔みてみろよ」 狼男はクツクツと低く笑って、トンネルの入り口横のカーブミラーを指差した。 俺は立ち上がり、相手に警戒しながらふらふらと覚束ない足取りでそちらへ近づき、顔をあげてカーブミラーを見上げる。 そこには――。 ジーンズの股間をパンパンに膨らませ、ニヤニヤと涎を垂らす自分の姿が映っていた。 「――あ?」 これが……俺……? ≪そうだ≫ カーブミラーの中から自分の声が聞こえた。 鏡に映る自分の姿が、いつの間にか大学構内のトイレで見た豹男にすり変わっている。 ≪それが、お前の知らない、お前の本性なのだ≫ 「そんな……」 狼男と化した吉彦を見て興奮した自分を否定できず、そんなことはないと言い切ることができなかった。急に自分の中に持っていたはずの確信がグラつくのを感じる。 ≪さあ、俺を受け入れろ。自分の本性を受け入れるんだ≫ カーブミラーからぬっと豹男が飛び出して、俺の上着やズボンを脱がしていく。かつて吉彦がそうだったように、俺は「やめろ…やめろ…」と弱々しく繰り返しながらも、心はすっかり豹男に奪われ、カーブミラーから現れたそれが幻覚かどうかを疑う気すら失っていた。 「かッけェ……」 豹男を見て思わずそう呟き、そして自分で自分の言ったことにぎょっとした。 怪物のように恐ろしく思えていたものが、今ではとても格好よく思える……。 ――ああ、ホントにかッけェな……。 ――俺も、こうなれるのかな……。 心臓の鼓動に合わせて頭がズキズキと痛み、自分の価値基準が書き換えられていくようだった。 ドクッ、ドクッ、と心臓の鼓動がますます速くなっていく。 「俺は……」 目の前の豹男に、どうしようもないほど欲情していた。 「――俺も、」 ギンギンに勃起した自分のペニスを片手で押さえる。 「俺も、お前みてえに、なりてえ!!!」 そう叫ぶと同時に、目の前の豹男の姿がぬっとこちらへ迫り、思わず後ずさる。 豹男は俺の身体と重なるようにぴったりと密着し、次の瞬間にはフッと消えてしまった。 そのときだった。 「うッ……」 ビリビリと全身に電流が走ったかのような衝撃を食らい、俺はその場で膝立ちになる。 喉の奥からヒュウ、ヒュウ、という音が聞こえ、肺から空気が洩れているように呼吸がしにくい。身体の中心部から末端へと急激に熱が広がっていき、顔や胸や腋の下からだらだらと汗が流れる。 ブチブチと筋繊維のちぎれるような音が聞こえ、続いて背骨や脚や腕の骨がメキメキと鳴る。あまりの痛みにぎゃっと叫んで高速道路の脇の斜面のフェンスに倒れ掛かった。 「始まったか」 吉彦の声がした。 「あっ、ああっ、ぐっ、ふっ、」 筋繊維のちぎれるような音が収まると、筋肉が熱を持ったように腫れぼったく感じられる。 ビクッと身体が強張った後、腕や太股に太い血管が浮かび上がるのが目に入った。 ペニスは限界まで勃起したまま、しかし射精はできずに、何かの膜を突き破るようにギチギチと大きさを増していく。勃起しすぎて、尿道を締め付けられているような感じだ。睾丸を手で握られるような痛みさえする。 ――まだだ……。 ――まだ豹男には全く足りない。 「もっとだ! もっと俺を強くしてくれ……!」 俺の言葉に反応するようにグッ、グッとペニスは着実に大きくなり、股の間で睾丸が垂れ下がるようにずっしりと重みを増し、胸や腕や背中や太股がグムグムとゴムのように動く感覚がしたと思えば、全身の筋肉がミシミシと音を立てながら一気に逞しく盛りあがっていく。 「うお……うおおおおおおおおぉぉぉぉ――ッ!!!」 もうこれ以上は我慢できないと思ったとき、ぼこんとペニスの根元が膨らみ、 ドシュッ!ドシュウウウウウ!!ブシャアアアアアアアア!!! 寸止め状態になっていたペニスのさきから人間とは思えない大量の精液が吐き出された。 快感のあまり膝がガクガク震え、一通り精液を放出してからも勃起は全く収まらなかった。まだまだ出し足りないくらいだ。俺は自分の腹に飛び散った精液を指で取り、無意識のうちにそれを口にしていた。 「ハッ、何だこれ、うめえ……」 精液まみれの手で、腹の真ん中あたりに反り返るほど大きくなったペニスをにぎり、上から下に向かってゆっくりなぞる。少しさすっただけで、自分の腹と胸と顔に精液が飛び散った。 頭を振ると髪の毛から汗がバシャッと落ちる。物凄い汗だ。 いつのまにか胸筋の間と腹直筋に沿って体毛が生えている。太股や腕の体毛や陰毛も随分濃くなっていた。 本当に自分の身体なのかを確かめるように、分厚く盛り上がった胸筋の外側を撫でくりまわす。確かな重みのある感触に恍惚とした。腕にも躍動的な筋肉が絡みつき、もとより二倍ほどの太さになっている。胸筋から下に手を滑らせていくと、見事にボコボコに割れた腹筋に触れた。 「すげえ……」 身体が飛躍的に逞しくなったせいで、脱ぎ捨てた自分の服がとても貧相なものに見えた。 「ハハッ、すげえッ! ハハッ、ハハッ」 太股に何か生温かいものが当たると思えば、ビュルルルッ!ビュルルルッ!と自分のペニスから繰り返し精液が噴き出している。射精するたびに自分の身体がますます雄臭くなっていくようで心地よかった。 「……うッ、くッ、あッ、ハアッ、ハアッ、ハアッ……」 衝動のままに自慰を繰り返すうち、全身にうっすらと金色と黒の毛が生えはじめる。口や鼻や頭や耳がむずむずして、自分の顔を掻き毟る。身体の中から熱いものが込み上げ、まだまだ身体が大きくなる予感に、興奮のあまりぶるりと震えた。 スッと胸に豹の模様が現れ、それは腹や腕や太股に広がっていき、後からザワザワと金色と黒の毛が伸びていく。毛で覆われた下で筋肉がメキメキと蠢くようにさらに逞しく盛り上がっていくのが感じられ、自分の身体が作り変えられていく快感に栓が壊れたごとくチンポからザーメンが溢れ出る。 今では骨がゴキゴキと鳴る痛みすら気持ちいい。 ぐっと背が高くなり、視界が高くなったことに違和感を覚える。二メートルか、それ以上あるのではないだろうか。 「フゥーッ、フゥーッ、フゥーッ……」 尾てい骨のあたりに違和感を覚えて手で押さえると、そこから豹の尻尾がぐねぐねとあらわれる。そして爪は伸びて鋭くなり、口の中では歯茎の疼く感覚とともに牙が伸び、耳は頭の上のほうにむかって獣のそれに形を変え、鼻は黒味を帯びて前へ前へと伸びていく。 カーブミラーに映っている自分の姿は、豹男そのものだった……。 (下巻へ続く)