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ブログ - 「完成できない病」との格闘

※以下は、2022年5月12日のツイートを再構成したものです。したがってこの記事は全体公開とします。

描き始めることはできる。描き進めることはできる。

でも、「描き終える」ことができない…

少なくとも、かつての自分はそうでした。

やる気はありました。画力もついてきました。

しかし、「終わらせること」「ケリをつけること」を知らなかったのです。

いや、分かっていてもできずに困っていたのです。


SNS展開を本格化したのが2022年春でした。

それまでの数年は、上記の問題に気付き、悩み、解決する期間でした。



上手くなってから作る――この気持ちが強すぎた

そのため、練習開始(2011年3月11日)デジタルイラスト開始(2013年3月4日)から現在のアカウントの活動開始(pixiv、2022年1月31日、現在削除済。作品No.398-2)まで十年程度の差が開いてしまったのです。


特に練習開始時は、この意識が強かったのかもしれません。


2011年3月11日の決心

先述の「練習開始」は、厳密には「現存最古」であり、継続的なイラスト練習の起点となるタイミングを指します。現存最古の習作が2011年3月11日に描いたものということなのですが、これは前日に描いたものの描き直しでした。


前日(2011年3月10日木曜日)、諸事情あり(※)思い立ってイラストを描いて、友人に見せました。このときは、持っていた電子辞書のノート機能に描きました。これは、紙媒体として残したくなかった気持ちの表れです。そして友人に見せると、案の定、「お世辞にもうまくない」という表情をされました。

それを受けて、帰りに一人で電車に乗っているときに、そのイラストのデータを消してしまったのです。


ですが、しばらく経って気持ちが変わりました。


「どんなにイラストの上手な人でも、最初は下手だった。だからこの最初の1枚をスタートラインとして、ここからうまくなっていけばいい」と考えました。


翌11日金曜日に、全く同じ構図の絵を再現することにしました。そして、その「下手な絵」を残すことに決めました。もちろん、描いた日付を書き添えました。数年後に振り返ったときに、自信の成長を実感できるようにするためです。


当時学生でしたが、この日(2011年3月11日金曜日)、休み時間に隠れて描いていたのをよく覚えています。この日は寒かったのでコートを着ていましたが、コートで自分を半分隠して描いていました。決して変な絵ではありませんでしたが、それでも大っぴらにしたくなかったのです。


(※)この経緯については、近日、別記事にてお伝えします。

イラストと無縁だった私が、それでもなぜ絵を描き始めたのか、その真の理由です。

数時間後の震災

こんな感じで、「絵を描いて人に見せる」ということが全く向いていない性格であることを実感したわけですが、何とか現在まで練習体制を継続させることができました。今思えば…という感じですが、東日本大震災と同日であることが少なからず影響していると思います。


描き始めたのは午後0時20分頃(本震の約2時間前)でした。描いていた時間は、本震の前後に跨っています。発災当時、私は東日本の海沿いにおり、その地域に大津波警報が発令されたことを受け、高い場所へ避難しました。私のいた地域の被害は僅少でしたが、警報が発令されている以上動くこともできず、やることがない状態だったので、絵の手直しを続けていました。

従って、東北地方太平洋沿岸等の津波襲来と同時刻、私は1枚目の習作を描いていたことになります。


ただ発災後数時間のうちは、災害の規模など詳しい情報は私に伝わってきませんでした。漠然とした不安を抱えながら、電子辞書のタッチペンを滑らせたのを覚えています。翌12日に帰宅してテレビを見た際、NHKの映像(名取川沿岸を襲う津波)を見て愕然としました。


このような事情から、震災関連の報道に接するたびに、練習開始のことを思い出します。東北地方の復興のニュースを見るたびに、自分もしっかりしなければと思うのです。壊滅した町が復興する姿を見るたびに、自分も成長しなければと思うのです。

「完成させられない病」のはじまり

一方で、裏を返せば「成長しなければならない」という重圧を自分に課していたとも思えます。練習開始の経緯からも分かる通り、「絵を介した交流」という意識が皆無に等しく、同人活動はおろかpixiv等の投稿も非活発的でした。例外的に2014年頃に投稿したことがありましたが、長く続きませんでした。


まあ、いま思えば、そもそもイラストの練習開始の経緯が決してポジティブな理由ではなかったという事もあると思います。

「描きたいから描く」というより「描かなきゃいけないから描く」「必要だから練習する」「今までの努力がもったいないから練習を続ける」といった具合です。


なのでこの頃は、練習自体が目的化していたのかもしれません。

でも、それではまずいのです。


投稿する体制がないということは、完成か未完かの境界が不明瞭になりやすいことを意味しています。2015年頃から、いわゆる「没ラフ」が大量発生しました。以降2021年まで、「完成させられない病」に悩まされることになります。

原因の分析

そこでこの原因を分析し、改善を図りました。

原因については、

1.良しとするハードルが高すぎる

2.描き途中の作品が複数ある

3.描いたラフのすべてを仕上げようとする

の3点が挙げられると分析しました。


また原因分析・改善からは少々離れますが、画力が向上することもこの病の原因でした。過去に描いたラフを仕上げようとした際、以前気付けなかった要修正箇所に気付き、際限なく描き直してしまうのです。

可視化して考えると、原因と対処法が見えてくる

私は、絵の制作における時間と完成度の関係を以下のようにモデル化して考えています。青い線のような曲線を描くわけですね。

さらに、先述3つの問題を可視化すると、以下の通りです。


これでは、いつまでたっても完成のレベルまで達しません。

完成度に基準を設けるのではなく、時間で切る!

視点を変え、完成の基準を完成度に置くのではなく、時間に置くようにしました。時間を基準にすると、基準が客観的かつ明瞭になります。

最初のうちは、低い完成度か未完成の状態で1時間を終えることになります(下図)。

練習を重ねると、1時間のうちにラフ~彩色まで終えられるようになりました。

また、ポーズ等の知識が増えることにより、ラフに描ける時間が短縮され、線画・彩色にかける時間が増えることになりました。これは完成度向上に寄与します。

また、没ラフを分類し、何を仕上げるべきか優先順位を付けました。こうすることで1作品辺りに描ける時間が増えます。

同時に、自分の中のハードルを少し下げることにしました。

優先順位をつけるということは、切り捨てるものがあるということです。そこで本線画の前にラフ彩色の工程を挟み、一部作品はこの時点で中断することにしました。自分はこれを落書き=rkgkと定義しています。投稿することにより、次の作品に目を向けさせ、手元から離します。作品の新陳代謝を促します。

これらの改善により…

1.良しとするハードルが高すぎる

 →練習を続けることで現実的なハードルを再設定

2.描き途中の作品が複数ある

 →1時間ドローイング等により時間効率を上げる。その上で仕上げる作品を絞り、1作品辺りの時間を確保する。

3.描いたラフのすべてを仕上げようとする

 →一部を落書きとして更新を止める。これを落書きとして投稿し、どんどん送り出すことにより、新陳代謝が促される。

といった変化が見られました。


イラストの投稿に慣れたことで、作品の「交通誘導」が改善された感覚があります。この時点で、2011年の練習開始から10年以上。時間はかかりましたが、この間に体制が整い、かつ着実に画力は上がったと思います。画力が上がった結果、以前より様々なポーズを描けるようになりました。


最後に…エロだっていいじゃない! 練習になれば!

画力は練習を怠ると落ちてしまいます。何かモチベーションの上がる題材があれば、人体デッサン等の練習を楽しく継続することができます。


絵描きとしては、健全垢的な美しい全年齢向けイラストで多くのフォロワーさんを得たい気持ちはあります。

ただ、人気取りにばかり気を取られて、何のために絵を描いているのか分からなくなってしまったとき、絵の練習を継続する気持ちが折れてしまうかもしれません。

現在のメインアカウントは、おしっこ性癖全開です。まあ、でもね…イラスト人生全てをこれに捧げるつもりは、本当は無いのです。やっぱりちょっと恥ずかしいよね。

でも、モチベーションが上がるので、いっぱい絵を描けています。こうしてイラストを多く送り出すきっかけを持つことは、絵の練習に大きな意味を持つと考えているためです。


ようやく、絵の制作や投稿を、自分の望むクオリティーで軌道に乗せることができました。良かったです。


2011年の最初の習作は、いまでも大切に保管しています。

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