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笑わないレースクイーン④

 物販の販売と写真撮影のイベントが終わり、いよいよメインイベントのレースが始まろうとしていた。ここでの那月の仕事はドライバー、つまり平田のサポートだ。サーキット内は想像以上に暑く、ドライバーは勿論、レースクイーンも汗が止まらない程だった。 平田 「那月ちゃん、大丈夫?」 那月 「はい、私は平田さんをサポートするのが務めですから、お気になさらず。あ、タオル有りますよ。汗拭いて下さい。」 平田 「ごめんね、ありがとう。」 那月 「いえ。あ、スポーツドリンクもありますので、必要ならお声掛け下さい。」 平田 「助かるよ、ありがとう。そう言えば、グッズ販売凄かったらしいね!まさか、笑わないレースクイーンで本当に人気になっちゃうなんてね!」 那月 「いえ、今日だけチヤホヤされてるだけかも知れませんし、何より私はこのチームに貢献する事しか今は考えてませんから。」 平田 「それを言ったらもう那月ちゃんは立派に貢献してくれてるよ!それにしても、ホントに今日がレースクイーンとしてのデビューなの?って思うぐらい、プロフェッショナルな姿勢と冷静な立ち振る舞いでびっくりしたよ。」 那月 「…生意気でしたかね?」 平田 「そんな事ないよ!?確かに笑顔が出来ないのは問題なのかも知れないけど、こうして自分にあったスタイルで人気も得られたし、しっかり相手の事を思いやれる那月ちゃんにとって、レースクイーンっていうのは実は天職だったのかも知れないね!」 那月 「笑わないレースクイーンとして、に限りですけどね。」 平田 「ははは、そうだね。よし、じゃあ僕も頑張らなきゃな!…あぁ、ちょっと緊張してきた…! 」 那月 「頑張って下さい。平田さんなら、必ず勝てると信じてます。」 平田 「うん!目指せ優勝、だからね!」 那月 「はい、その意気です。」  そして、ついにレース開始の時間がやってきた。 実況 「さあ!間もなくレースが始まります!」 平田 「よし!」  平田は気合いを入れてマシンに乗り込んだ。他のチームもそれぞれ準備を整え、いよいよレースが始まろうとしていた。観客の熱気も最高潮を迎え、そばで平田をサポートしてきた那月にも緊張が走る。  そして、スタートをカウントするシグナルが音と共に点灯する。最後のシグナルが青色に点灯し、実況の声が響き渡った。 実況 「スタート!!!」 平田 「…!?や、ヤバッ!」 那月 「平田さん!?」  どれだけ練習を積んできても、レース本番となればその経験の差が出てしまう。まだこの本番の緊張感に慣れていない平田は、緊張のあまりスタートが少し出遅れてしまったのだ。 那月 「頑張れーー!!」  普段から冷静で感情が出ない那月から、珍しく大きな声援が飛んだ。その声に平田も冷静になり、改めて気合いを入れてスタートを切った。  平田はレースの出場経験が少ないと言っても、元々才能があった上で神尾のチームに入り、何度も練習を積み重ねてきた優秀なドライバーだ。スタートの出遅れを感じさせない程のテクニックで、次々とライバル達を抜いていった。そしてラスト一周に差し掛かった所で、3位まで順位を上げた。  今大会は各ブロック8チーム、そこから上位2チームだけが次の日の決勝へ進む事が出来、たった一度の走りで全てが決まる厳しい大会だ。つまり、このままでは平田のチームは明日の決勝へは行けない。那月は勿論、チームの全員が平田を応援し祈った。そして、最終コーナーに差し掛かると、ついに平田は2位のドライバーと並んだのだ。その勇姿に会場全体が湧き、白熱の試合展開を見せていた。 那月 「行ける…!平田さん、頑張れ…!」  先程のイベントで一気に人気を得た那月のいるチームと言うだけあって、その会場の殆どの観客が平田を応援していた。平田もそれに応えようと必死に食らいつく。  勝負は最後のストレート。圧倒的なスピードで走り抜けた1位のドライバーはゴール目前。つまり、この最後のストレートを制したどちらかだけが明日の決勝へと進めるという、正にデッドヒート状態。  そして―― 実況 「今、足立選手がゴール!僅かコンマ数秒遅れて、平田選手がゴーーール!!いやぁ、白熱の展開でしたが、平田選手、惜しくもここで予選敗退です!そして足立選手は前回から続き決勝進出です!」  足立と呼ばれたドライバーは、そのまま2位をキープし、平田は結局3位で終わってしまった。 那月 「そんな……。」 平田 「くそぉ……!……スタートで出遅れなかったらこんな事には…!」  自分の不甲斐なさに怒りを覚え思わずヘルメットを叩き着けようとしたその時、那月が平田のその手を掴んだ。 平田 「な、那月ちゃん……。」 那月 「惜しかったですね……。」 平田 「ごめん…、皆がこんなに頑張ったのに、那月ちゃんが、僕らのチームを輝かせてくれたのに……!僕はその期待に応えられなかった…!!」 那月 「そんな事ありません。この会場に集まった観客の声を、ちゃんと聞いて下さい。」 平田 「えっ……?………………!!」  レースを終えた平田に対し、観客は大きな声援と拍手でその勇姿を讃えていた。まるで優勝したかのような熱狂に、平田は思わず感激していた。 那月 「これが、チームの皆さんが求めていた声ですよね?」 平田 「そうだね…!凄いよ、全部那月ちゃんのお陰だよ!」 那月 「いいえ、皆さんの頑張りが、この歓声に繋がったんですよ。」 平田 「うん、そうだね。よし、次こそは優勝だ!予選敗退したぐらいで落ち込んでられないね!」 那月 「はい!」  レースの結果は決して満足出来るものではなかったが、平田は改めてモータースポーツの楽しさを噛み締める。当然このレースをきっかけに、平田というドライバーとそのチームは一気に有名になり、沢山のファンが付いたのだ。だが、今大会で最も会場を湧かせ人気となったのは、やはり那月という笑わないレースクイーンだった。  レースを終え、控え室にチーム全員が集まった。 神尾 「改めて、皆さん今日はお疲れ様でした。結果は残念でしたが、今後の我々のチームにとって良い経験となりました。そして何より、今回我々の知名度が世間に広まったのは、間違いなく那月ちゃんの存在です。」 那月 「え、いや、私はただグッズを売ろうとしてアピールしただけで。」 神尾 「その信念と、那月ちゃんの魅力があったからこそ、こういう結果になったんだよ。本当にありがとう。」 那月 「あ、いえ…、どういたしまして。」 神尾 「今後の那月ちゃんの活躍、皆期待してるからね!頑張ってね!」 平田 「うん!僕も次に那月ちゃんに会った時には、ドライバーとしてもっと強くなってるからね!」 那月 「はい。また皆さんにお会い出来るのを、楽しみにしております。」  那月は華々しいデビューを讃えられ、チームの仲間達と別れるのだった。  次の日の決勝を終え、今大会で優勝したのは、平田と同じブロックでダントツの1位でゴールしていたドライバーのチームだった。そのチームは数多くの大会で何度も優勝している強豪で、今回そのチームのレースクイーンを務めていたのが、人気No.1レースクイーンの城岡恵だった。 恵 「どう?何か分かった?」 若葉 「はい、あいつ神楽那月って言うらしいんですけど、今日初めてレースクイーンとしてデビューした新人みたいなんですよ。」 恵 「今日がデビュー?それで笑顔も満足に出来なかったのかしら。にしても、笑顔もない新人が何であんなに脚光を浴びてたのよ。」 若葉 「それが何か、“笑わないレースクイーン”ってスタンスでデビューしたみたいで、実際そのクールビューティーな姿が人気になった、とか聞きましたよ?」 恵 「はぁ!?笑わないレースクイーンですって?随分この世界を舐めた新人ね。常識破りな新人に一時の人気が集まったって事?」 若葉 「一時だったとしても、何か腹立ちません?恵先輩を差し置いてあんな注目されるなんて…!」 恵 「そうね。予選で結果も残せなかった癖に脚光を浴びた上、決勝で彼女がいない事で観客の熱気が冷め盛り上がらず、この私が見向きもされないなんて屈辱、初めてよ!」 若葉 「そうですよ!私だって先輩のあんな姿見たくないですよ!」 恵 「えぇ、虐めとかあんまり趣味じゃないけど、この世界で私が人気出るまでにどれだけ苦労したかも知らないで、随分好き勝手やってる彼女に、レースクイーンの厳しさを教える必要があるわね。」  レースクイーンとして中々デビュー出来ず、並々ならぬ努力を重ねようやくこの人気を得た恵にとって、デビューしたての新人が注目される事にも腹を立てているが、何よりレースクイーンにとって最も大事な笑顔を捨てた者が人気になった事に、恵は大きな苛立ちを覚え、那月に敵意を向けるのだった。  恨まれてる事など知る由もない那月は、スターライトプロダクションでもその華々しいデビューを讃えられていた。 梨香 「まさかホントに笑わないレースクイーンで人気になるとは思わなかったな!」 明奈 「私もレースだけ見に行ったけど、那月ちゃんに向けられたあの拍手喝采と歓声、私も感動しちゃたよ!」 美玲 「このまま今年人気No.1になっちゃうかもね~!」 佳代 「そうしたら、梨香さんの先輩の威厳まるで無しですね。」 梨香 「あーー!それ内心気にしてたのに!それを言うなって!!」 那月 「いや、梨香さんだって沢山のファンが集まってたの知ってますし、私なんてきっとすぐ飽きられると思います。」 美玲 「那月ちゃんは謙虚というかネガティブに考えすぎだよ~。折角人気になったんだし、今の内にもっとイベントに参加して、固定ファンを多く獲得しないとね~!」 佳代 「はい。ここでどんどんファンを付けましょう。」 明奈 「ふっふっふっ…!そこで早速なんだけど、今度“大東都モーター工業”が大規模なイベントを開催するんだけど、なんと!!梨香さんと那月ちゃん、2人揃ってオファーが来ましたー!」 梨香 「大東都モーター工業からオファー!?マジか!!」 那月 「大…東都、モーター?」 梨香 「大東都モーター工業ってのは、モータースポーツ専門のマシンを製造する企業で、世界一の技術があるとも言われてる凄い所なんだ。んで、実際昨日と今日行ったレースで1位だったチーム、そこのマシンもこの企業が製造してて、ドライバーの技術は勿論だけど、何よりここの企業がスポンサーになってるチームは強いってのが常識になりつつあるな。」 那月 「そんなに凄い企業なんですね。それで、この企業が主催するイベントって言うのは?」 明奈 「いわゆるモーターショーのイベント。つまり、新作のマシンの展示会なんだけど、今回の目玉イベントはマシンじゃなくて、レースクイーンの衣装までプロデュースしたみたいで、それをお披露目するらしいよ?」 梨香 「へぇ、ついにマシンの企業がレースクイーンの衣装まで作ったのか!じゃあその衣装を着るレースクイーンとして私らがオファーされたって事か!」 明奈 「そう!しかもオファーされたのはたった7人。つまり大企業が認めた人気トップ7に2人が入ったって事だね!」 那月 「たった7人…?私までそこに入って良いんでしょうか?」 梨香 「良いんだよ!向こうが那月を選んだんだから、もっと自信持てって!いやー、今年の人気投票は波乱がありそうだな!」 那月 「人気投票?」 梨香 「毎年開催されるレースクイーンの人気ランキングだよ。何万人ものファンがたった1人に投票して、シンプルに票数の多い人が優勝。その賞金はなんと、300万円!」 那月 「凄いですね、それは魅力的です。」 梨香 「ちなみに、世間にレースクイーンブームを広げた、城岡恵ってモデルが4年連続で優勝してる。彼女が今年も取ったら、前代未聞の5年連続の快挙、殿堂入り扱いで毎年賞金が貰える上に引退までオーディション無し、必ずどこかのチームと契約出来る夢のような待遇だ。」 那月 「今年もその恵さんがやっぱり人気なんですか?」 梨香 「まあ優勝候補なのは間違いないな。結局昨日のレースで優勝したチームと契約したのも彼女だし。言ってみればレースクイーン界の絶対的なエースって感じだけど、今年はもしかしたらとんでもない下克上があるかもな?」 那月 「へぇ、一体誰なんですか?その下克上するっていう優勝候補。」 梨香 「あんただよ那月!」 那月 「えっ?わ、私ですか?」 明奈 「まあ、その恵さんと同じブロックで那月ちゃんの方が脚光を浴びてた訳だからね!」 那月 「そういえば、今回の優勝チーム、私達が予選で当たったチームでしたね。」 梨香 「その彼女より目立ったんだから、今年はマジで那月が人気No.1って事もあり得るって訳だ!」 那月 「何か、恵さんに申し訳ないですね…。」 梨香 「だから那月はそんな事気にするなって!それを決めるのは企業だったり、ファンなんだから。つまり、それで優勝したんだとしたら、それだけ那月に魅力があるって事だろ?」 那月 「そう、なんですかね?あんまり自覚はないですけど、そう言われると嬉しいです。」 明奈 「そうそう!あ、ちなみにイベントは来週末。その打ち合わせが明日早速あるみたいだから、2人共よろしくね!」 梨香 「オッケー!」 那月 「わかりました。」  大企業のイベントに呼ばれた那月と梨香。早速次の日、2人は大東都モーター工業の事務所に向かった。そこにはやはり大人気のレースクイーン達が集まっていた。  そして翌日、大東都モーター工業で打ち合わせが行われた。イベント当日は、まず昨年人気No.1だった恵が新作のマシンと共に登場しマシンがお披露目される。その後、恵を含め7人がこの企業のプロデュースした衣装に着替え、その7人のレースクイーンが順番にステージに上がり衣装をお披露目した後、各レースクイーンにブースが儲けられファンとの撮影会が行われる。そして、最後にレースクイーンは他のお客さんと共にこの企業のマシン展示会を見て回れるとの事だ。  そして、このイベントが那月にとって地獄の日となるのだが、この時の那月は当然知る由もなかった。


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