【災いは転じて】
■2話
サムから競泳パンツを購入した足で、監督生はエースとそのまま更衣室へと向かった。
「ここも暑いな。早く着替えちまおーぜ」
「そうだね」
ポイポイと服を脱ぎ捨てていくエースに倣い、監督生もシャツのボタンを外していく。
汗でべたついて、服を脱ぐのもひと苦労だ。
「うわ、この水着マジで小さっ! こんなので収まるのかよ……」
隣で水着を広げたエースがそれを疑うように眺めている。
たしかにちょっと小さいかな? と思いつつ、穿けば伸びるんだろうしと足を通した。
「エース、着れた?」
「着たけどさ……。え、監督生どんな感じ?」
振り返ったエースは監督生を見て、なぜか目を丸くした。
「どうかした?」
「な、なんでもねーよ!」
「わっ」
顔に向かって投げられたタオルを寸前でなんとかキャッチする。
「それ、肩に羽織っておけよ」
「え、いいよ。どうせすぐプールに入るし」
「いーから!」
強引に肩にタオルをかけられてしまった。
見上げたエースの顔は少し赤くて、なぜか困っているように見えた。
「……その格好、俺がいないところでは絶対するなよ」
「え?」
「約束だからな!」
「う、うん……?」
約束の内容の意味がのみこめないまま頷くと、「本当に分かってんのかよ……」と呆れた様子で言われてしまった。
「ほら、プール行っちまおうぜ」
「あ、待ってよエース」
先に歩き出したエースを追って一緒にプールへと向かう。
すると、そのプールの方から走ってくる人の姿が見えた。
「オフ・ウィズ・ユアヘッド!」
「わぁーーーーっ! どけどけっ!!」
「あっぶね! なんだ?」
こちらには目もくれず走っていく生徒三人組に、監督生とエースはその後ろ姿を呆然と見送る。
すれ違いざまに見覚えのある首輪を見た気が……と思っていたら、やはりその後ろをハーツラビュル寮の寮長、リドル・ローズハートが追ってきていた。
「寮長、なにかあったんスか?」
「ああ、君たちか。……うん、君たちは気にせずプールを満喫するといい」
リドルはそう言うと、すぐにさっきの寮生たちを追いかけて行ってしまった。
「なんだったんだろう?」
「さあ……よく分かんねーけど、人少ないしラッキーじゃね?」
言われてみれば、こんなに暑い日なのに広いプールは人がほとんどいなくて空いている。
なんでだろうと首を傾げていると、手を引かれた。
「ほら、監督生もこっち来いよ」
「うん」
プールの水は火照った身体にはほどよく冷たくて、監督生とエースは思わず顔を見合わせて笑い合った。
「気持ちいいね」
「気持ちいいな」
ほぼ同時に同じことを言ってしまったことに二人して笑い、その鏡みたいな同じ行動にまた笑いがこみ上げてきて止まらなくなった。
しばらくしてようやく収まってくると、エースが「はー」と息をついた。
「最初はこんな水着でプールとかないわーって思ってたけど、監督生と来れてよかった」
「え……?」
「こんな風に思うのなんて、監督生だけだからな」
ニカッと笑みを浮かべるエースを見た途端、胸の辺りがぎゅっと締めつめられる感覚がした。
なにこれ……?
自分の身体の異変に気を取られていると、その隙にぱしゃっと水をかけられた。
「ちょ、ちょっと、エースっ」
「ははっ、ぼーっとしてないで、遊ぼうぜ!」
「もう……」
気づけばいつものエースに戻っていることにホッとしたような、少し残念なような複雑な気持ちになる。
泳ぎだしたエースを追いかけようとした時、ザバッと目の前に壁が立ちはだかった。
と思ったら、それは――
「わっ、デュース?」
「監督生も来ていたんだな」
ゴーグルを外し、濡れた髪をかき上げたデュースはよく見れば監督生やエースと同じく競泳パンツを穿いていた。
が、自分達のように仕方なく穿いているというよりも、本気で泳ぎに来ているという方がしっくりくる。
「デュース? なんでいんの!?」
「少し身体を動かそうと思って来たんだ。部屋は暑いしな。それで泳いでいたらお前らを見つけたってわけだ」
Uターンして戻ってきたエースにそう言って、デュースはプールを見渡した。
「人が少ないから、泳いでいないと目立つんだよな」
「なぁ、そういえばなんでこんなに人が少ないんだ? さっき寮長もなんか追いかけてったけど」
「ああ、ハートの女王の法律第802条で『猛暑の日に競泳パンツ以外はプールに入るべからず』っていうのがあるらしい。それで、知らずに他の水着を着てきた奴らは全員首を刎ねられたわけだ」
「どんな法律だよ……」
「デュースも知ってたの?」
「いや、俺はこれしか持ってなかったから偶然だけど――」
言いかけてデュースはピタリと止まってしまった。
気のせいか、じっとこちらを見ている。
「監督生のその姿はその、あれだな……身体を鍛えたくなったらいつでも相談してくれ」
ポン、と監督生の肩を叩いたデュースの横顔はなんだか少し赤くなっているように見えた。
「デュース……うわっ」
「いらねーしっ!」
「まだ暑いんじゃない?」と聞こうとしたら、いきなり後ろか腕が伸びてきて抱きしめられた。
「エ、エースっ!」
デュースから距離を取るように後ろに引かれて、水中でエースと身体がぴったりくっつく。
水の中なのにエースの体温を感じて、落ち着いていた胸を締めつけるような感覚が戻ってきてしまった。
「監督生には俺が教えるから、お前は気にしないで泳いでろよ」
「ああ゛!? エースには関係ないだろっ」
「ありますぅー」
言いながら、さっき監督生にしたのとは段違いの量の水がバシャっと勢いよくデュースにかかる。
「なにするんだよ」
「ぶっ、この野郎……っ」
お返しにデュースもそれ以上の水をエースにかけて反撃して、そこからはもう水しぶきの合戦となった。
「ちょっと、二人とも……」
「――君たち」
止めようとしたが、もう遅かったらしい。
背後からヒヤッとするような凛とした声がかけられ、振り返ればやはりそこにはリドルが立っていた。
「プールでの迷惑行為は十分罰則の対象だよ」
「げっ、寮長……!」
「違うんです、寮長! これはエースが……」
「問答無用! 覚悟はいいね?」
「やべぇ、逃げるぞ!」
「オフ・ウィズ・ユアヘッド!」
「「わーーーっ!」」
この後、監督生もとばっちりで三人まとめてリドルに膝詰めで説教され、プール開きは幕を閉じたのだった。
≪END≫