SSS ダンまち レフィーヤ いい兄さんの日
「前世ではアルゴノゥト兄さんの使い勝手の良い肉便器に過ぎなかった私(フィーナ)。でも、今は兄さんの正式なお嫁さんなのですから。私も随分出世しました♪」
11月23日夜。ベル・クラネルとその新妻であるレフィーヤ・クラネルはオラリオを遠く離れて極東の温泉宿を訪れていた。
2人は月を見上げながらのんびりと露天風呂に浸かっていた。
「……何度も何度も言ってますけど。アルゴノゥトが義妹のフィーナを性的に酷い目に遭わせていたなんて伝承はどこにも書かれていませんよ」
まだ少年の夫は苦笑しながら幼な妻の言い分をやんわりと否定してみせた。
だが、エルフ妻としては譲れない点だった。
「いいえ。私の魂が訴え続けているんです。フィーナはアルゴノゥトの便利な性処理道具でしかなかったと。でも、道化の物語、子供向けの英雄譚に肉便器なんて存在できません。だから、全ての歴史書、詩、歌からフィーナが義兄からいやらしいことをされ続けた点は削除されたんですっ!」
「アルゴノゥトはみんなを笑顔にするために頑張った英雄で……でも、無類の女好きでしたね。引っ掛かった女の子はほとんどいなかったみたいですけど」
「そうです。だからこそ、義妹を性処理道具にするしかなかったんです。アルゴノゥトは兄さんみたいに性欲が強い男子だったんです」
「だったら、せめて疑似恋人というわけには……」
「恋人だったらアルゴノゥトは王女さまや占い師に懸想したりしませんよ」
「たっ、確かに……」
ベルはひるむしかなかった。
アルゴノゥトという英雄、或いは道化師はあまりにも隙が多い人物として描かれていた。
フィーナの生まれ変わりを自称するレフィーヤと異なり、ベルはアルゴノゥトが前世と言われてもピンと来なかったことも影響していた。
「最終的にアルゴノゥト兄さんが王都の女性たちに色目を使う中でフィーナの妊娠が発覚します。でも、兄さんはそれを口外することを許さず、フィーナも黙るしかありませんでした。そうした中で兄さんが最後の冒険で虫けらの様に死んでしまい、フィーナは公然の秘密ながらも父親の名を決して明かせない子供を産んで育てました。だから、20年後のフィアナ騎士団のお話ではフィーナは存在は明らかでも物語には出て来られなかった。有名な話です」
「それは、レフィーヤさんの中だけで真実なのでは……」
「前世の記憶が確かな私の言葉なので、どんな古文書よりも確かです♪」
レフィーヤは胸を張って誇らしげに笑ってみせた。
「そっ、そう、ですよね……」
ベルは愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「でも、そうやって肉便器だった前世と比べて今の世では正式なお嫁さんなんですから。私も出世しました♪」
レフィーヤは再び胸を張ってドヤってみせた。それを見てベルはまた愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「いや、前世のことをよく覚えていない僕にとっては今のレフィーヤさんこそが全てで……」
「私は、前世のことを覚えていなかったら兄さんのことを毛嫌いしていたままだったと思います」
「確かにっ!」
ベルは激しく同意してみせた。同意するしかなかった。
前世フィーナのことを思い出すまでレフィーヤのベルへの当たりはきつかった。ベルが泣きべそを掻いてしまうことはしょっちゅうだった。
それが覚醒し、アルゴノゥトの義妹、今世でもベルの妹を名乗るようになってから対応が180度変わった。
ベルへの恋心を堂々と表明し、恋のアタックを果敢に仕掛けるようになった。
相互不可侵状態でみな動かなかったヘスティアをはじめとする恋のライバルたちはレフィーヤの猛攻を抑えることはできなかった。
また、レフィーヤの主神である筈のロキは、独りで飲んで夜の街を千鳥足でふらついていたところ謎の魔法襲撃を受けて負傷。ベッドの上から出られなくなってしまい、レフィーヤの多派閥への恋愛アタックを派閥として止められなかった。
気が付けばレフィーヤはベルの隣にウェディングドレスを着て立っていた。
更に異端児ウィーネを義理の娘に迎え、NTR好きのエロ狐がベルとレフィーヤのイチャラブを身近で見て悶えたいという理由からヘスティアたちを見限り、新生クラネル家が誕生。
ヘスティアやアイズたちは何もできないまま敗北。だが、ベルが妻帯者になっても堂々と恋慕を続ける諦めの悪さを見せている。
前世の記憶に覚醒して電撃勝利を収めたが、あまりにも勝利が鮮やか過ぎてツインテ女神たちが諦めてくれなくて面倒くさい。それがレフィーヤの現在地だった。
「こんな気持ち良い温泉。神さまたちにも浸かって欲しかったですね」
ベルはまったりしながら何気ない感想を述べた。ヘスティアやリリルカたちも温泉に浸かれたら良かったのにという気遣い屋の団長らしい感想だった。
結婚に伴い改宗したので現在はレフィーヤもヘスティア・ファミリアの一員。だが、ベルほどに主神に傾倒しているわけではなかった。
「……ヘスティアさまたちも多分、今頃は別の場所で温泉旅行を楽しんでいる筈ですから。大丈夫ですよ」
「別の場所で温泉旅行、ですか?」
全く話を聞いていなかったベルは首を傾げた。
レフィーヤは大きく頷いてみせた。
「私たち夫婦に気を使ってくれたんだと思います♪」
レフィーヤはヘスティアたちがオラリオを出るとは聞いていない。だが、温泉旅行先に押しかけてくる展開はあまりにも明白だった。
だから、予め別の旅行先を主神たちに伝えておいた。今頃はオラリオから見てこことは反対側の温泉地でベルたちを探し回っている。その様に仕組んでいた。
「そっか。神さまも温泉を楽しんでいるのならいいですね♪」
「はいっ♡」
レフィーヤは嬉しそうな表情を浮かべながら夫に寄りかかってみせた。
「えへへ♡ 兄さんと夫婦水入らずでの温泉旅行。最高に幸せです♡」
「レフィーヤさんは可愛すぎてムラムラしてきました。今夜は……寝かせませんからね」
「はいっ♡ いっぱい愛してくださいね」
ベルとレフィーヤは抱きしめあって熱いキスを交わした。2人は温泉の中でしばらくそのままでいたという。
一方その頃、極西の温泉地では。
「ベルきゅんは一体どこにいるんだ~っ!? 温泉に張り込んで2時間になるのにぃ~っ!」
「……どうやら完璧にレフィーヤ様に諮られたようですね。秘密裏にやり取りしていた暗号文を解読してこちらの温泉地が本命だと睨んでいましたが。してやられました」
ヘスティアたちが露天温泉でベルと偶然ばったり遭遇を目論んでいたが不発に終わったという。