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楓山金木犀
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くノ一媚恋殺・中編

 噴き零れるような射精は留まることを知らなかった。 「ぐほっ、ぐおっ、ぐおおおっっ」  咽喉の奥から血を吐くような奇怪な音が重進の口から洩れる。床の上に仰向けに横になっている男の身体は、陰茎の先端から白濁が放出される度に跳ね、痙攣している。暗い灯火に照らされた男の顔は蒼白で、その逞しい肉体も、射精と共に衰弱しているように見えた。 「ふふふ……」  傍らに立ち、惜しげもなくその美麗で妖艶な四肢を見せつけながら、お瑶は男を見下ろしていた。しかし、男にそんな女の艶姿を眺める余裕などはないが。 「あああっ、あぐっ、あぐううっ、た、たすけ……」  命を素を噴き出しながら、衰弱していく男は途切れるような声で命乞いめいたことを言った。それも虚しく響き、奥座敷には強烈な牡の臭いだけが籠っている。 「お前の全身の精と引き換えに沈んでしまいなさい。快楽の淵へ」  酷薄に嗤って、お瑶は男を見下ろす。  瞳が妖しく光り、薄っすらとした汗が、首筋から鎖骨、そして豊満な乳房の先端である乳首へと流れた。乳首はツンと勃っている。そして女の肌もまた上気していた。  獲物となった男が自分の術に捉われる様に、お瑶は昂揚を禁じ得ないのだ。  事実、その股間の秘裂からは、僅かに潤みが滲んでいる。 「うぐっ、ぐはあっっ」  ひと際大きく身体を仰け反らせ、陰茎から白濁を暴発させると、重進は糸が切れた人形のように脱力し、呼吸すら聞こえぬほど微動だにしなくなった。 「ふふふ、憐れな男。本能を刺激するくノ一の術には、決して敵わないのよ……」  お瑶は重進の近くに屈みこむと、その腕を取り脈拍を測った。僅かにだがまだ心の蔵は止まっていないようだ。  それを確かめると、お瑶は小刀を取り出し、少しの躊躇いもなく、精を尽きるまで吐き出して失神している男の咽喉元に刃を当てると、一閃横に引いたのである――。  ぷしゅっ、と勢いよく鮮血が飛び散り、襖や障子を紅い斑点で汚していった。  牡臭に加えて、生臭い血の臭いが奥座敷に立ち上る。  お瑶は素早く男の側から離れ、流血を避けた。  血飛沫はしばらく止まず、部屋の至る所へと飛び散り、血痕を作っていく。衰弱しきった男にまだこんなにも血液が残っていたのかと思われる量だ。  首筋の動脈から血液が噴き出すのが収まると、お瑶は近くに用意してあった懐紙で、小刀の結婚を拭った。  こうした派手な暗殺は、依頼の一つでもあったのだ。獲物を単に隠密裏に葬るだけではなく、翌日派手な事件とすることで、汚職役人とその周辺で旨い汁を吸っている者達を牽制する為だという上からの指示なのである。それがどこまで効果的なのかは分からぬが、一介のくノ一たるお瑶としては、命令には従う以外にない。  女は眉一つ動かすことなく、文字通りその寝首を掻き切り、獲物を始末し、その血で以て現場を派手に装飾した。これにて仕事は完了である――。 「先を越されちまったかな」  闇の中から声がした。無論、重進のものではない。  お瑶の全身に緊張と警告が走る。  誰か、いる――。一体誰が、何故……。 「そう殺気立たないでくれよ。俺も同業者さ」  ふっと気配もなく、一つの影がお瑶の前に現れた。  お瑶はきっとそれを睨み付け、手にしていた小刀を構える。 「何も悪徳税吏を狙っていたのはお前さんの所だけに依頼していた訳じゃないのさ。俺もそいつをやれと言われていたんだよ。まあ、お前さんが先に仕留めてくれたお陰で手間が省けたってところか」  影は飄々と言った。それは油断なく目を光らせたお瑶とは対照的な雰囲気である。  薄っすらと、灯火が影を照らす。  それは背の高い、ひょろりとした体格の男だった。使用人でも武士でもなく、庶民の、それも遊び人にような格好をしている。この娼楼にしては少しみすぼらしい装いだった。 「そんな物騒なものを向けるなよ。折角の美人が台無しだ。もっとも、その目は綺麗なもんだがな」  ひゅっと風が吹くと、お瑶は男との間合いを詰めていた。短刀が男の首筋を襲う。  しかし手応えはなく、男は紙一重でお瑶の凶刃を躱していた。 「まあ、聞けよ。俺は古烏羅の雷十。お前さんと同じ忍びだ」  古烏羅とは、お瑶が属する霧生と同じく忍びの一派だった。音も気配もなくお瑶の前に現れたことで、相手が名乗る前に同業者だとは察せられたが、こうも易々と自らの素性を明かすのも不審である。それに仕事を嗅ぎ付けられたなら生かしてはおけないのが忍びの掟だ。  お瑶は容赦なく追撃する。  血の煙ったような奥座敷に、短刀が閃き、二つの影が躍った。 「おい待てよ。今はそんな時じゃ……」  雷十と名乗った男が、お瑶の剣撃を受け流しつつ何かを言おうとした。その時――。  奥座敷の中に、何かが転がり込んできた。  それは鞠のような大きさで、シューシューと音を立て、煙を吹いている。 「――!!」  お瑶の動きが止まった。その鞠のような物体の正体に気づいたのだ。それは火薬玉だ。  奥座敷の外には、人の気配があった。雷十が連れてきたのだろうか。いや、男が姿を現した時にはまだ感じられなかった。それに火薬玉による抹消を狙うのなら、雷十が姿を現さずとも、さっさと玉を投げ込めばよい。 「分かっただろう。重進を始末したら用済みなのさ。俺もお前さんも、同時に消す算段だ」  飄然とは言うものの、言外に焦りを滲ませて男は言った。 「くっ――」  外は多くの敵が配備されているだろう。恐らく忍びか。自分がそれに気付かぬとは深くだった。まさか重進の動脈を切って派手に殺すという作業は、こうする為の時間稼ぎだったのかもしれない。  煙の音に混じって、何かが弾けるような音が玉から響く。 「まずいっ」  雷十がその手を裸身のお瑶の方へと伸ばした。  その瞬間――。  火薬玉が火を噴き、奥座敷は瞬く間に燃え上がったのである。 (続)


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