とある女子大生が見た加々美さんたちの話 ※エッチなしです
Added 2023-06-29 14:16:58 +0000 UTCうちの喫茶店はいつも人が少ない。マスターのコーヒーは美味しいのにどうしてだろうと少し考えてすぐに答えに行き着く。だってこんな裏道誰も来ないよねって。 大通りから外れた細い道をまっすぐ、そこからさらに小さな道を右に入って、もう誰も使ってないんじゃないって小道を数分歩いて突きあたり。私はたまたま散歩道でここを見つけて、アルバイト募集に飛び乗った。お店の外観も好みだったし、何より暇そうだなって。(当たりだった) マスターは無口だけど優しいし、お客さんものんびりした人が多い。せかせかした人がいないせいか店の空気ものんびりしていて、お客さんたちはのんびりしたこの店でコーヒーと音楽を楽しんでいる。 とんでもない美形の男性がお店に訪れたのはある日のこと。 はじめは俳優さんかと思った。それくらい整った顔のその人は、冷たいくらいの無表情でコーヒーを注文した。 マスターは何事もなかったかのように注文を受け奥へ消えていったけど、私はしばらく動けなかった。カウンターに座っていた人も二度見していたくらい。わかる、分かるよ。なんか浮き出て見えるもん。視線が外せない。それくらい衝撃を与えられるほど綺麗な人だったのだ。 「奥の席空いてますか?」 「は、はい。どうぞ…」 その人はうちのコーヒーを気に入ってくれたのか、はたまたお店の雰囲気が気に入ったのか、定期的に来店するようになった。新聞を持っていたり本を持っていたり、スーツなのにお仕事は…?と思ったけれど、一時間もしないうちに消えるところを見るとおそらくは小さな気晴らしのようなものなんだろう。 高そうなスーツ、真っ白なシャツはいつもシワひとつない。それだけで偉い人なのかな、なんて勝手な想像力が働いてしまう。 彼はいつも一人のんびり奥の席に座っていた。本を読んだり外を眺めたり、何にも興味のないその視線は外を見ているようで実は何にも見てないような気もした。本だってそう。ペラペラとページが進んでも彼の表情はぴくりとも動かない。一冊読み終えてもただ終わったという風に本を片付けてしまうだけ。何も心に残ってないように見えた。 私はぼんやりとしたその横顔をこっそり眺めるのが好きだった。好きと言っても男女の好きではない。女子大生だって言ってもきっとこの人の前では何の価値もないステイタスだろう。世のおじさまには結構貴重がられる若さも多分この人にはなんの意味もないんだろうなって思った。それくらい、勘違いすらできないほど、彼は綺麗な人だった。 いつもテーブルでぼんやりしている彼の様子が変わったのは突然だった。 ずっと忙しなくスマホを眺めるようになったのだ。今までは確かスマホが鳴ることすらなかったから、のんびりする時間は電源を切るタイプなのかな?と思っていたくらいなのに。 テーブルにスマホを置いて本を読んでも外を眺めても何をしてもソワソワとスマホを気にしている。 …なんか、かわいい。恋?恋愛関係だったりする? 「……緑ちゃん?」 「は、はい!?」 「…プライバシー」 「…は、はぁい…」 マスターに釘を刺されるように言葉をかけられて厨房へ退散する。わかってます!わかってますよ、他のお客さんより気にしちゃってます。自覚ありますけどしょうがないじゃないですか。だって目をひくんだもん。あんな綺麗な人誰だって見ちゃうよ。 言い訳をしながら作ったパフェは少し歪んでしまって、マスターからしっかりとリトライを要求された。 「えー!?芸能人みたいな美形!?見たーい!」 「だめ。プライバシー!」 「あんたが言う?」 大学の構内。お昼ご飯を食べながらバイト先に来る美形についてつい漏らしたら友達はキラキラした目で聞いてくれた。 「でも本当に綺麗な人なの」 「〇〇(芸能人)とか、××(芸能人)とどっちがカッコいい?」 「お客さん」 「即答じゃん!?」 「ガチだよ。でもまぁ女子大生なんか興味ないと思うなぁあの人」 「えーそりゃそんなイケメンならそうでしょうよ」 「そうじゃなくてさぁ…」 今の喫茶店で働く前、同じ大学の子に誘われてキャバクラでバイトをしたことがある。今よりずっと簡単にお金は稼げたし、店に来る男性は若いってだけでチヤホヤしてくれた。誰も彼もが「女子大生」「若い」って喜ぶ。みんなギラギラした目で女の子を見てた。そういうお店だ、それでお金を貰えるんだから当たり前。でも逆にそれだけが私の価値のように言われてるみたいで。見た目も無理して似合わない短いスカートを履いて、よく分からない会話に「すごーい」って声を上げて。疲れた私は数日でバイトを辞めた。 「…あの人はさ、多分今年のミス獲った子が隣に座っても見向きもしないと思うなぁ」 「えぇ?」 「若いとかさ、可愛いとかさ、なんかあの人には意味ない気がする」 いつも興味なさそうにボーっと生きているあの人は目を輝かせる楽しいことはあるんだろうか。見てるとそんな失礼なことを思う。だって興味なさそうなんだもん。次の瞬間世界が終わりますって言われても、あの人はコーヒーを注文してのんびり飲んでる気がした。 あの人の目が、何かに輝く瞬間はあるんだろうか。 「二名、奥の席いいですか?」 「……はい…」 彼がその友人(?)を連れてきたのは突然だった。いつも一人で来ていた彼の後ろに所在なさげに佇む男性。その彼は常連の彼とは雰囲気が対照的だった。どちらかというと目立たないような、目立つことを嫌がるようなタイプに見えた。 …お友達?でもなんか雰囲気が違いすぎるし…仕事の人かな?そんな予想を勝手につけて奥へ案内すると、二人が席についた瞬間、ちょうどスマホが鳴った。 「…しまった、電源切っておくの忘れた…」 「俺はいいですから、どうぞ」 「…すみません…。ちょっと失礼しますね」 そう断って彼は離席し外へ出ていく。一人所在なさげにしている新しいお客さまがちょっと可哀想で、私は頼まれてもないのに声をかけてしまった。 「あの、ご注文は先にされますか?」 「え、えっと…」 慌ててメニューを眺める姿を見てしまったと思う。マスターによく言われるんだよ、タイミングをもっと見なさいって。彼が戻ってきてからでも良かったのに何で催促するようなこと言っちゃったんだろ。慣れてない、連れてこられた店で「はい、ご注文は?」なんて言われたら焦りますよね…。 反省して俯いていると声をかけられた。こっちを気遣うようにぎこちない笑顔を浮かべて「オススメありますか?」って聞かれる。良い人だなぁ。 「いつも来られる友人の方は、いつもマスターのブレンドを頼まれますよ」 「あ、じゃあそれを二つお願いします」 「かしこまりました!」 「ありがとう」 控えめにそう言って笑う顔を見て胸がホワンとする。い、いい人~!絶対私の焦りとか分かって注文してくれた~!いい人~!って席に戻ったらすぐマスターに「タイミング」と叱られて「はい」とうなだれる。ごめんなさい、以後気を付けます。 夜と夕方の間の時間。お客さんは二人だけ。マスターがコーヒーを淹れる音がコポコポ聞こえてくる。ぼんやりと奥の席に目を向けると、いい人の彼がぼんやりと外を見ていた。電話をしている彼を見ている。その目がなんだか、とても熱がこもっているように見えて。あれ、あれ…? 戸惑っていると席に電話を終えた美形さんが戻る。何か一言二言喋った彼が笑ったーーーは?わ、笑った。笑ってる!!笑うんだ!?いや、笑うでしょうよ!情緒がヤバい! え、えっ!?しかも何あの笑顔。ふにゃんって、蕩けるみたいな。え、えぇ??…笑ったら、あんなに優しい表情になるんだ…。 「緑ちゃん」 「はい!?」 「ブレンド二つ、はい」 「あ…はい…」 マスターからブレンドを預かって、混乱したまま奥の席に向かう。どうしよう、なんか…なんかさ、気づいちゃったんだけど。これってさ、あの…この二人ってさ、絶対あのアレでしょ、あの…あの…。だって笑顔の種類がさ、初だとしても分かるもん。特別な奴だもん。絶対そうだ、あんな溶けちゃうみたいなうっとり笑顔は。 どうにか表情をぐっとこらえて「お待たせいたしました」と声をかけると、二人が驚いたような表情でこっちを見る。………あ。 「……ブ、レンドでございます」 「ありがとう」 「あ、ありがとうございます…」 赤い顔で俯くいい人と対照的に何事もなくしれっとしている美形さん。いま、今、今!!手を、繋いでおりましたね~~~????? 必死で表情筋をぎゅっとしてニッコリ笑う。ニヤニヤするな緑!にっこりだ、ニッコリしろ!! 「ご注文の品は以上でよろしいでしょうか?」 「はい」 「失礼いたします」 くるりと振り返ってぷるぷるしながらマスターの所へ戻る。見てしまった。とっても尊いなにかを多分見てしまった。こう…二人のお手てが、こう…ぎっちり繋がっていた。私の乱入で外れちゃったけど!ごめんなさいね!! あー胸がソワソワする。なんだろう、すっごくキュンキュンするドラマを見ているみたいな。ドラマならキャーって言えるのに我慢しないといけないのは辛いけど、でもでも目の前ですっごく甘酸っぱいものが見られて幸せなんですけど!! あの二人はなんだろう、恋人同士なのかな?手を繋いだままでも全然私はいいんだけど、やっぱりびっくりすると思っちゃったのかなぁ。邪魔して申し訳ないなぁ。すっごくすごくいい空気だったのに邪魔しちゃってごめんなさい。でもさ、私まで幸せおすそ分けしてもらった気分だよ。 本やドラマでしか見たことのない世界。私にとっては男女の恋愛も男性同士の恋愛もどちらもそんな感じ。でも特別ときめいたのは、二人がすごく神聖なものを触れるみたいにお互いの手を握り締めていたからだ。幸せそうに笑っていたからだ。 あの二人は本物の恋愛をしている。若いとか、女子大生とか、そういうステイタスで目を輝かせるなんてニセモノとは違う。本物だった。だって、見てるだけでこんなに。 「あーーーーきゅんきゅん、する…!」 「緑ちゃん、声大きい」 「ごめんなさいぃ…」 何度か深呼吸して情緒を安定させる。ふーっと落ち着いて二人の方を見ると、位置的に美形さんの顔だけがこちら側に向いているから見えちゃう。嬉しそう。ニコニコしてる。 「…笑わない人だと思ってたのになぁ」 カウンターから眺めると、嬉しそうに目を細める綺麗な顔が見える。本当に好きなんだってすぐ伝わっちゃう。でもあの優しい人は俯いてばかりだから気づかないんだろうなぁ。あなたの目の前の人はあなたのことあんなに蕩ける目で見てるのに、勿体ないよ。顔を上げて欲しいな。あなたのこと、あんなに好きだって目で見てる人がいるんだよ? 「緑ちゃん」 「…はい」 「見すぎ」 「はぁい…」 「はぁーまったく」 呆れたマスターのため息をよそにぼんやりと二人を眺める。穏やかな夕暮れの中、落ち着いた音楽と充満するコーヒーの香り。その中に一つの恋を私は見た。 優しくお互いの言葉に耳を傾けて笑う姿はまるでおとぎ話の誰かみたいに幸せに満ちていて、おすそ分けを味わうように私はひっそりと鼻歌を口ずさむ。もちろん曲は恋の歌だ。
Comments
いつも読んでくださりありがとうございます。分かりづらくてすみません、彼らはその二人です! 緑ちゃん書いてて楽しかったです。また登場したらぜひ読んでやってくださいませ~。
午後
2023-07-01 12:34:13 +0000 UTC