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奥様は美女(?) 前編

「ねえ、ベッドもっとそっちになんないの?」 「あ、うん。ごめんね」 「謝んないで、ムカつくから」 ややファンシーで、全体的に女性の意見をふんだんに取り入れたことが分かる寝室に、新婚夫婦だと言うのにシングルのベッドが二つ置かれている。 「一応、お義母さんの手前同じ寝室にしたけど、一緒に寝るのはナシだから」 「分かってる」 釘を刺す妻に、夫はしょげる事もなく頷いた。このやり取り一つ取っても、パワーバランスは一目瞭然だ。 「えっと、ご飯にしようか。何か食べたいものある?まだ食器とか出してないから、外食になっちゃうけど……」 「高くてお洒落で美味しいところ」 「え、ああ、うん。わかった、探すね」 「ん、じゃあ着替えるから出てって」 「うん、後で声かけるよ」 まるで追い払うように部屋を追い出されても、文句ひとつ言わない。 まったく、良い買い物をしたと彼女はほくそ笑む。都心の一等地に建ったマンションに新居を構え、好きなものを買ってもらい、好きなものを食べられる。 それでいて、気乗りしない性交渉も、おべっかを使う事もない。 少々見た目がパッとしないが、それでもお釣りがくるほど彼は良物件だった。 「さーて、何食べようかしら……」 彼女の希望したウォークインクローゼットから服を吟味する。見せる相手がアレでは張り合いがないが、着飾るのは嫌いではない。 何より、美しい自分の見た目を飾るのだ、気分がいい。 ハッキリ整った目鼻立ちも、すらりと長い手足も、男の彼とそう大差ない高い背も、無駄な肉付きのないウエストやヒップも、彼女の自慢だった。胸が少々寂しいが、それを差し引いても上の上を自負している。 「洋食と和食、どっちがいいかな?」 ドア越しに旦那の声がする。控えめなトーン、深いテノール、声だけなら悪くない。 「洋食。イタリアンとかがいい」 「わかった、予約しておくね」 絵に描いたような成金っぷりだが、彼女は満足していた。 少しだけフォーマルなドレスに袖を通す。燃えるような赤は、彼女のくっきりとした顔立ちによく似合う。 上からストールを羽織り、コートに手をかける。外はまだ少し寒いだろう。彼の運転で移動するとは言え、だ。 順風満帆と言って、差し支えない人生だった。 見合いと聞いたときは顔をしかめたが、相手が然程年齢が変わらない事。そして資産家の息子であり、既に自分でも土地や不動産、会社の経営をしていることを聞いて彼女の眼の色が変わった。 どうやら、親戚を何度となく辿って、彼女に声がかかったらしい。そこまで彼女の美しさは届いていたと感じると、それも悪い気はしない。 半ば強引に彼と縁談を纏めると、すぐさま勤めていた企業を寿退社した。 生まれてからこの方、可愛い、綺麗、素敵、数多の褒め言葉を受け取った彼女が冴えない男性と結婚したと聞いて、友人たちは皆一同「金目当てだ」と決めつけた。もちろん、間違っていない。 義両親の前で愛想よく過ごし、彼と二人新居を構え、ウォークインクローゼットが埋まるほどの洋服や、舌が溶けそうな美食、美酒。欲しいものは何でも手に入った。 元々、見た目に群がる男を多少面倒に思っていたのもあったし、愛情など微塵も欲していなかった。偶に、発散するように彼を使う事もあったがそれくらいだ。 彼は、実にいい夫だった。家事などロクにしなくても何も言わないし、無理矢理身体を求める事もしない。使い切れないほどの稼ぎがあって、その上彼女の神経を逆なですることもない。ある意味、運命の相手だと彼女は本気で思っていた。 「幸せ過ぎて怖いわ、本当に」 左手の指に、半ばアリバイのようにしている指輪に輝くダイヤに目をやる。ゴテゴテと派手ではないが、大きな粒のダイヤとその周りを縁取る純金、散りばめられた誕生石のエメラルド、幾らか想像もつかない。 「ま、ちょっと暇なのがアレだけど」 ふかふかと反発の緩いソファに寝転んだまま、クスクスと笑う。何インチかも忘れた大型のモニターでは、昔見たかった映画が流れているが、ほとんど興味も失せていた。 旦那は書斎で何やら仕事をしている。休日だと言うのに、彼女はダラダラと何をするでもなくソファの上に居た。 ふと、思い立った彼女がそのソファから身体を起こし、その書斎の方へ向かう。 コンコン、とノックをする。一応、だ。 「どうかした?」 彼がドアを開ける。飾り気のないシャツにチノパン、整えただけの髪、普通だ。 「買い物。荷物持ち」 「わかった、今すぐ?」 「ん」 彼女は頷くと、そのまま寝室に向かう。少し暖かくなってきたので、春物の新作を身に纏った。色鮮やかなワンピースは、それ一着で6桁はする。それをさも普段着のように身に着け、服とは対照的にシンプルなパールのネックレスとイヤリングをする。 ハイブランドのバッグに、シューズボックスの殆どを埋めている数多の靴から一足選ぶ。二回と履いてないものも少なくない。 サロンで整え、巻いた髪は今日も調子が良い。年齢を多少重ねても、彼女の美貌は衰えることはない。 とは言え、みせるのはやはり旦那だけだ、張り合いはないが。 「早く」 「ごめんごめん、今行くよ」 玄関で彼女がそう言うと、彼がそそくさとやってくる。やっぱり、冴えない格好だ。生地こそ良いものだが、それだけ。 ドアを開けて外に出る。エレベーターに向かう。その間、彼女は一度も振り返らない。まるで従者とご主人様だ。 そしてそれが当然と言う程に、彼女は美しかった。 エレベーターに乗り込む。ボタン操作も全て彼の領分だ。彼女はスマホを弄りながら一言も発さない。 駐車場に着く前にエレベーターが止まり、子ども連れの家族と、中年の女性二人組が乗ってくる。何となく、マンション内でのヒエラルキーとして「上層階ほど偉い」という物があるので、どちらの住民も彼女達に少しへりくだるような笑みを浮かべた。 「どうも。何階ですか?」 しかし、彼の方は気にした様子もなく操作盤の前に居た。彼女が、彼をキッと睨み、靴の踵を軽く踏む。 「あ、すみません、えっと一階で……」 「わかりました。……いい天気ですね、久しぶりに晴れて良かった」 そのまま、世間話など始める。中年女性の方はすっかり無害認定したのか、彼の軽快な会話にそのまま乗っかった。 何となく居心地が悪い。不躾な視線が「どういう関係?」と聞いてるようだった。 「はは、ご旅行ですか。良いですね、僕らは今からちょっと買い物に。ええ、妻の買い物に付き合えるのも夫の特権ですから。あ、着きましたね、ええ、いえいえ、はは」 如才なく会話をし、二人組と、家族連れが出るまで見送るようにしてからドアを閉める。その間、彼女は一言も口を気かなった。 そして、地下駐車場に向かうエレベーターの中で、彼女が口を開く。 「あんた、意外と話せるんだ」 「え、ああ……まあ、近所づきあいだしね。…うるさかった?」 「別に。家じゃ喋んないから」 「あ、えっと、何喋って良いか、わかんなくて」 「ふぅん。……ま、いいわ」 興味を失ったように彼女がそう言う。そして、当然のように彼にドアを開けたままにさせてエレベーターを降りる。後ろから彼がついてきて、遠隔で車のキーを開ける。 彼女が見た目で選んだ高級外車。積載量や乗り心地はそこまでだが、赤いボディと如何にも高そうな雰囲気が気に入った。 ドアを開け、助手席に滑り込むように座る。助手席と言っても、助手などしたことがない。車内で好きな音楽をかけているだけだ。 「出すよ?」 「ん、ここ」 行き先だけ指示して、彼女はまたスマホを弄り始める。普段通りの光景だった。 「っふ…っく…っはぁ」 デニムのボタンを留めるために、息を大きく吸って、少し止めた。ようやく入って、ひと息。 圧倒的な金銭的余裕、食べたい物を食べ、飲みたい物を飲んだ生活、家事はハウスキーパーに任せ、ダラダラと過ごす日々。そして少しの加齢。 彼女の美しかった肉体にも、脂肪がつき始めて何らおかしくはなかった。 なまじ、成金気味なのが災いした。 食事もスイーツも、食べたい物は何でも手に入ってしまう全能感は、我慢とは対極の物だった。 「はぁ、ジムにでも行こうかな……でも、少し瘦せてから」 緩んだ体型を見られるのは、所掌我慢ならない。まずは家で痩せて、その後でジムでさらに絞る。完璧なプランだ。 彼女がリビングに向かう。彼がテレビを眺めていた。広々としたソファの端に座って。 彼女もその端に腰かける。夫婦の距離感にしても、遠い。 「あ、そうだ。この間食べたいって言ってたモンブラン、今日なら食べられるかもよ」 「え、なんで」 「あ、えっと、あそこのお店のオーナーと連絡取れてさ。妻が美味しそうって言ってたって話をしたら、さっき『予約のキャンセルが出たから今日なら待ち時間もない』って……嫌かな?」 金持ちのコミュニティなのか、それとも別のルートなのか知らないが、偶にこういう事がある。他にも「頂き物のケーキなんだけど」などと家に持ち帰ってきたり、だ。 「……行く。車出して」 「うん、もちろん」 ダイエットの決心も、二時間待ち、一つ4980円のモンブランの前には無力だ。 寝室に戻り、苦労してはいたデニムを脱ぎ、買ったはいいが少し緩かったスカートに履き替える。思ったより、ピッタリだった。 店自体はカジュアルな場所だ。上にはレースのブラウスに、体型を隠す薄いカーディガンを羽織る。エメラルドのイヤリングと、エメラルドブルーのバッグ。完璧な格好だ。 「……あんたも少しはマシな格好したら?」 「え、ああ、変かな……?」 「普通」 ポロシャツにジーンズと言う旦那の格好も、すっかり見慣れてしまった。 「服とか、よく分かんなくて。……全部スーツで良いんだけどな…」 「……ふぅん。…気が向いたら、選んでも良いけど」 「本当!?」 「うるさい、ウザい」 「あ、ごめん…」 キラキラと目を輝かせた旦那を一蹴し、さっさと家を出る。 そういえば、この旦那は体型の事など何も言わなかった。まあ、毎日見てるし、気にしてないだけだろう。 高級モンブランは、舌が溶けるように甘く、口触り滑らかで、食べきる頃にはダイエットなどどうでもよくなっていた。 「お店の人に、奥さん凄い美人ですねって褒められたよ」 「なんであんたが喜んでるの」 「え、ああ。うん、そうだね、ははは」 食べたかった甘い物を食べて、少し上機嫌だったからだろう。旦那の言葉にも、悪い気はしなかった。 「ありがと」 「え、……ううん。喜んでもらえて良かった」 「ん」 こんな旦那に礼など、一年に一回あるかないかだ。自分でも珍しいと思った。それだけ、モンブランが美味しかったと言う事にしよう。 「だから、要らない」 「そっか……じゃあ、僕だけ貰うね」 「………………あー!やっぱ要る!」 彼の手土産のケーキ。パティシエがフランスだかどこかの大会で優勝したと話題の場所。高級志向で、値段はそれなりに張るが、それでも連日行列がやまない。 そんなケーキを、「食べたいって言ってたから」という理由だけで買って来る旦那に、顔をしかめる。嫌だからではなく、タイミングが良いからだ。 ジムに行ったものの、周りはもっと太い客か、筋肉ダルマのような客が多く、安心した。 そのせいで我慢など一瞬で瓦解した。 元々、結婚して以来、一番身体を見せるのも、姿を見せるのも彼だ。そしてその彼は、文句や悪口など言うはずもない。 なにせ完全に立場は決定しているのだから。 結果として、一回行ったきりでジムの年会費を無駄にしながら、彼女の体には無駄な脂肪がまた少し溜まった。 その上で、こうやって「甘い物が食べたい」などと思ってると彼がケーキなど買って来るのだ。 「……あんた、なんか思わないの?」 「なんか…って何?」 美味しそうにケーキを頬張る旦那が、目をしばたかせる。まるで何も思っていない表情だ。 「……何でもない」 まさか、コレ相手に「太った」などと言いたくもない。負けを認めた気がするからだ。 事実、彼に打ち明けてダイエットに協力してもらうのが最も簡単な筈だが、彼女のプライドはそれを善しとしなかった。 「そうだ。新婚旅行の行き先なんだけど、この間行ってたホテル、取れそうだよ」 「ん……わかった」 義母にせっつかれ、半ば渋々新婚旅行に行く事になっていた。まあ、偶の旅行は悪くない。 「美味しい物、色々ありそうだし、楽しみだね」 「……ん」 若干だが楽しみなのは事実なので、否定も出来なかった。 「はぁ、これも入んない…!ちょっと小さいんじゃないの?」 冬服を着ようとして、チャックが上まであがらず、思わず悪態を吐く。もちろん、小さいなんてことは無い。 「……はぁ、まあいいわ。別に誰かに会う訳じゃないし」 平日顔を合わせるのは、ハウスキーパーと夫くらい。買い物に行ったり、外食をしたりと定期的に外に出ているから自覚はなかったが、立派に引き籠っている。 ゆったりとしたニットに包まれた腹部は、少しぽっこりと膨らんでいた。この格好で義実家に向かえば、初孫かとぬか喜びさせてしまうだろう。 胸も少し大きくはなったが、尻も負けじと大きくなったし、全体的に脂肪がついた。 今までを絶世の美女とするならば、今の彼女は10人中6人は美人だと言い、残りの4人は「少しふっくらしてて可愛い」と言うだろう。元々がずば抜けた美人であるためか、多少太くなったところで見劣りなどしない。 一方で、彼女のプライド的にこんな体型でジムに行くなどあり得ない。買い物も以下同文という具合に、家にいることが増えた。 そのくせ、お取り寄せにハマり、甘い物も美味い物も彼に断りすらなく購入するのだから、以前より衣類にかける金が減り、食費が増えた。 左手の指輪も少し窮屈になった気がする。 そんな彼女が、彼の部屋に向かいコンコンとノックをする。 「どうかした?」 容姿にほとんど変化のない彼が顔をのぞかせる。少し髪が伸びたので、そろそろ切り時か。 「どう?」 「どうって、綺麗だよ。凄く。世界一」 「ん。……夜空けといて」 「わかった」 彼が自分の事を褒めそやすのなど分かりきっていたが、まあ言われて悪い気はしない。 特に、行為の時はまるで壊れたラジオのように、綺麗だ、美しい、素敵だ、愛してる。そればかりを言う。 彼女も、それ自体に悪い気はしない。なので今のようにフラストレーションが少し溜まると、夜を共にすることもある。 今日は何を食べに行こうか。どうせなら、精のつくガッツリした物がいい。激しくされるのは嫌いじゃない。 ソファに横になり、テレビを点ける。取り寄せた高級ポテチ(ポテチにまで高級なものがあるなど、彼と結婚するまで知らなかった)を開ける。 コンビニで売ってる、空気の方が多いんじゃないかと言う袋と違い、筒の中にトリュフの香りがするチップスが詰まっている。 これ一つ取っても、選ばれた者にしか味わえないモノだ。そう考えると気分がいい。 高い食べ物、高級なスイーツ、それらを食べているときの優越感は、心地が良かった。高級な洋服を纏い、誰からも羨望されていた頃のように、だ。 「んむ…でも、量が多いのだけはダメね」 などと言いながらも、あっさりと空にするのだ。どの口がと言うべきである。 もちろん、夕食もしっかり食べる。甘い物だって帰りに買わせるだろう。最近は、高いアイスにハマっている所もある。広い風呂場で、脚を伸ばしながら、少し火照った身体に冷たいアイスを入れる快感は、何物にも代え難い。 「あーあ、また太るなー」 後悔するように言いながら、またポテチを口に運ぶ。以前ほど、体型に気にしなくなったのは、紛れもない事実だった。 ダラダラと、高価なものに塗れながら高価なカロリーを口に運ぶのは、ある意味最も幸せかもしれない。 「明日空いてる?」 朝食を食べながら彼女が彼に尋ねる。北海道から取り寄せた食パンに、フランスのバターとカナダのメイプルシロップをダラダラとかけたトーストに齧りつき、イタリア産のベーコンを口に運んだ。 「明日……?多分大丈夫だと思うけど……」 「じゃ、空けて。行きたいとこあるから」 「行きたい所?どこ?」 「ん」 スマホを見せる。地方のホテルだ。食事に力を入れているだけでなく、近隣ではチーズケーキの有名店がある。店は全国でここだけのようだ。 「ここね。了解。……泊りで良いんだよね?」 「当たり前じゃん、ホテルなんだし」 それだけ言うと、スムージーをジュースのように飲む。健康に気を使ってわざわざスムージーを作る機械まで買ったが、こうがぶ飲みしては意味がない。 「……あ、でも予約、ツインは埋まってるよ。シングル二部屋にしようか?」 「……ダブルは?」 「え、ああ、あるけど……」 「じゃ、それでいいじゃん。二部屋、面倒だし。荷物とか全部そっちが持つんだから」 「……じゃあ、予約しちゃうね」 「ん」 朝食を食べ終えたと思ったら、両手をついて椅子から立ち、食後のデザートを冷蔵庫から取り出す。クリームの乗ったプリンは、これもお取り寄せで買ったものだ。 「プリン、1個残ってるから」 「ああ。食べていいよ」 「ん」 彼がこうやって、自分の分を彼女に与えるのに、最早何の疑問もなかった。当然の貢ぎ物と思っている。 「準備できたら言うね」 「あ、途中寄りたいとこある」 「わかった、後で教えて」 「ん」 予約を終えた彼は、プリンを美味しそうに食べる彼女を眺めながら、彼女に比べると随分少量の朝食を胃袋に収めだした。 それぞれ朝食を終え、宿泊の準備をする。と言っても一泊だ、彼の方は支度もあっと今に終わる。 一方で彼女の方は、メイク道具、服、アクセ、部屋着にドライヤーやヘアアイロンなど、とても一泊の荷物とは思えない。 それらをキャリーケースに纏める。次に彼女がこれを手にするのは帰宅してからだろう。移動時などは全て彼だ。 春物の新作ワンピースに袖を通す。柄が少なく生地が良い、上品な印象だ。ゆったりとしたシルエットは、彼女のやや太り気味な体型を完璧に隠し、どこかの令嬢か、若奥様といった雰囲気を漂わせる。 メイクをし、フレグランスを軽くつけ、ネックレスの位置を整える。やや深くなった胸の谷間に吸い寄せられるように、ピンクゴールドのネックレスが揺れた。 完全によそ行きのファッションで武装し、寝室を出た。 「どう?」 「すごい綺麗、よく似合ってるし、素敵だよ」 「ん、これよろしく」 当然のように彼の賛辞を受け取りながら、キャリーケースを彼に渡す。彼は頷いて、自分の荷物を方肩に掛け慎重に彼女のキャリーケースを移動させる。彼女の方は、ハイブランドのショルダーバッグだけだ。 家を出て並んで歩く、腕を組んだり手を繋いだりなどはもちろん無い。 地下駐車場までのエレベーターで、若い夫婦と偶然一緒になる。若いと言っても、彼女の方が若そうだが、旦那はほとんど同じ年頃だろう。 「ああ、どうもこの間は」 「いえいえ、こちらこそ」 どうやら旦那の方は顔見知りらしいが、彼女にはどうでも良い。近所付き合いなど面倒な事しなくても良いのも、彼と結婚した理由の一つだ。 「ご旅行ですか?」 「ええ、そうなんです。妻と二人で、泊りがけで」 「素敵、うちも主人にどこか連れて行ってほしいわ」 「ははは、手厳しいなあ」 和気あいあいといった雰囲気だが、女性のほうがチラチラと彼女を値踏みするようだった。 彼女はハンと鼻を鳴らし、視線を返す。私の方が勝ってると言わんばかりに。 男の方も、チラチラと美女を盗み見ていた。そちらはそこそこ気分がいいので放っておく。 確かに、顔の造形や衣服、手にしたバッグやアクセサリーは彼女の圧勝だ。しかし、体型だけはそうは言えない。 向こうの女性もごく普通の体型だが、緩んでしまった彼女の方も人のことは言えない。むしろ、彼女の方がグラマラスな子とは疑いようがなかった。 背の高さと、元々の器量の良さ、そして全身にまんべんなく脂肪がついた事によるバランス、それが辛うじて彼女をグラマラスにとどめている。 向こうの夫婦も地下駐車場が目的地なようで、エレベーターが空くと一言二言交わし先に出ていく。彼の方は相変わらずまるでボーイのように操作盤の前だ。 「早く」 「うん、……どうかした?」 「別に」 まあ、トータルでやはり圧勝だろう。そう見切りをつけて彼女も車の方へ向かう。チラリと横目で向こうの夫婦の行方を追えば、ごく普通の国産車に乗り込むのが見えて、勝ち誇ったように笑みを浮かべた。 「こことここ、あとここ」 「わかった。じゃあ、こういうルートにしようか。……眠たかったら寝てていいからね」「ん、言われなくても」 助手席のシートに尻を納め、彼女はスマホを車のステレオに繋げた。シートベルトを締める時、少しだけもたついたのは、まだ頭が起き切ってないからに決まっている。 安全運転第一の彼の運転をゆりかご替わりに、彼女はゆっくり目を閉じた。 道中、一度ソルベの店で軽く小腹を満たし、山中の洋食屋でジビエ料理に舌鼓を打ち、大量にチーズやバター、そしてチーズケーキを自宅に送り、ついでにホテルで食べる用のチーズケーキを買い、ホテルに到着する。彼女は基本寝ていたが、たまに思い出したように少し話をしていた。傍目には夫婦に見えるか、やや怪しい。ともすれば、夜の店のキャストとゲストのようだ。 「部屋、上の方だって。行こうか」 「ん」 チェックインをし、ダブルのスイートに向かう。キャリーケースは当然彼が持ったままだ。 ホテル自体はリーズナブルなモノで、極々普通の格好をした家族連れも目立つ。 少しだけお洒落な服に身を包んだ、ふくよかな体型の母親をちらりと見て、ああはなるまいなどと思いながら彼の後をついていく。……実際、体型はほとんど変わりないが、彼女の目にはそうは映らなかった。 部屋に入るなり、彼女は入浴の準備をする。家族風呂もあるにはあるが、この旦那と一緒に入浴するつもりは毛頭ないし、提案もされるわけない。 「私、温泉行ってくるから」 「わかった。夕食、18時からラウンジだって」 「ん」 部屋に備え付けの冷蔵庫に買ったチーズケーキをしまう旦那を見ながら、ホテルのウリの一つである温泉に向かう。この旅行で初めて、ショルダーバッグ以外の物を持った。 彼がこの時間何をするのか、知らないし興味もない。例え彼の方も風呂に行ったとしても、自分より先に部屋に戻りカギを開けておくのが当然だと言わんばかりに、部屋の鍵すら持っていない。 大浴場は、流石に彼女も満足できそうだった。自宅の風呂も脚を伸ばして余裕がある広さだが、流石に露店ではないし、温泉でもない。 0がいくつも並ぶワンピースを、まるで普段着だと言わんばかりに雑に脱ぎ、スマホだけを貴重品ロッカーに入れ手首に鍵を巻いた。 裸一貫になっても、彼女はやはり目立つ。女性しかいない空間に置いては170cmを超える身長は十分高身長だし、目鼻立ちも未だクッキリしている。何より華がある。 しかし、そのムチムチと脂肪が乗った体型は、羨望よりも興味の視線が多かった。以前のような、憧れるような羨むような視線ではなく、「派手な人がいるなあ」と言うような、無感情な視線に。 身体を流し、髪を流し、ゆったりと露天に浸かる。 「ふぅ……」 これで浴室にアイスクリームやら、先ほど買ったチーズケーキやらを運べれば最高だっただろうが、それこそ家族風呂で一人でやればいい。 座りっぱなしで固まった身体をほぐすように伸びをする。胸が揺れ、髪が靡く。薄っすらではなく、しっかりと摘まめるほどに脂肪が乗った腹は、多少力を入れていないとぽよんっと緩んでしまう。 それでも、ここの空間の誰よりも美しいという自負と、誰よりもいい部屋に泊まっていると言う自信が消えるわけではない。 「モデルの人?」 「女優じゃない、どっかで顔見た事ある気がするもん」 「そうかなぁ……でも美人ね~」 聞こえないと思っているのか、ひそひそと話し声が聞こえる。まあ、賛辞は悪い気はしない。 「……やっぱモデルじゃないわよ、あの身体」 「あー……確かに、女優さんかしら」 「案外、どこかのセレブの奥さんだったりして」 「えー、それにしては若くない?」 「ほらあれよ、実業家と歳の差婚、みたいな」 「あー。あ、歳の差婚って言ったらさ……」 女性三人組が、ワイワイと話をして、そのまま別の話題に移る。 彼女は、ムッとした表情で自身の腹に手を当てる。確かに、脂肪が摘まめる。けれど、言われるほどじゃない。そう、グラマラスなだけだ。 第一、自分には優秀な夫がいるのだし、気にする事でもない。女三人で寂しくホテルに来てる貴方たちとは違うのだ、と言わんばかりにフンと鼻を鳴らした。 ゆったりと温泉に浸かり、サウナで汗をかき、もう一度外気浴をして、最後に湯船に浸かり、ゆっくりと堪能して温泉を出る。ざわざわと少しばかりうるさいのは、有名なホテルだからだろうか。 浴場を出て、吸水性の良いタオルで身体を拭き、髪を軽く乾かす。部屋に戻ってからしっかりと、持参したドライヤーを使おう。 来た時は空だった隣の籠に丁度人が服を入れている。少々貧相な、細い身体だ。自分の豊かな胸と肉感のある身体に比べるべくもない。 緩い部屋着のようなワンピースに袖を通し、さっさと部屋に戻る。……と、売店で牧場のミルクを使ったアイスクリームを見かけ、二つ購入する。彼の分ではない、自分が今食べる分と後で食べる分だ。 一目で上質とわかる、仕立てのよいワンピースを部屋着にして、ホテルの廊下を歩く。それだけで、少し気分がいい。 部屋につき、ドアを開ける。やはり、抵抗なくドアは開いた。 「あ、お帰り」 「ん。……あんたもお風呂行ってたの?」 少し濡れた髪を見て、彼女が尋ねる。衣類を纏め、ドライヤーを取りコンセントに繋いだ。 「うん、気持ちよかったよ。そっちは?」 「まあ、悪くはなかったけど。んむ」 片手でドライヤーをを充てながら、片手でカップアイスを食べる。器用だ。 「夕食まで、少し時間あるけど、どうする?」 「下のカフェ。メロンケーキ」 「わかった、僕も行っていいかな?」 「ん」 ついでに、彼に別のを注文させれば得だ。その程度しか考えていなかった。 髪を乾かし終え、彼を連れ立ってカフェに行く。ケーキが想像以上に絶品だったので、彼女の気分は終始良かった。 「ふぅ……あー、苦し……」 ベッドに横たわり、お腹をさする。ゆったりしたワンピースが、それでも少し張り詰めていた。 ビュッフェスタイルの夕食は、話題になるだけあってどれも美味しく、彼女はほとんど椅子から立つこともなく彼に命じるままに片っ端から胃に収めた。美食こそ喜びと言わんばかりに。 「大丈夫?……はい、お薬」 「……ん」 普段より覇気がない彼女が、彼から胃薬を受け取り水で流し込む。 「……冷凍庫にアイスあるから、食べていいわよ」 「え、良いの?」 「ん、私はいらないから、処分しといて」 朝からずっと食べていたのに、夕食も腹が物理的に膨らむほど食べたのだ。流石にもうカロリーは入らない。 「わ、美味しい……。ありがとうね」 「いいわよ、別に。……」 と、思っていたが、人が食べているのを見ると、やはり少し欲しくなるのは性分か。 「……いる?あ、でもこれ食べかけだし、新しいの買ってこようか?売店、まだ空いてるかな……」 「……別に、食べかけでいい。今更だし」 ケーキなど、彼が口をつけたものを食べるのには、もはや抵抗など無かった。犬猫と思えば、可愛いものだ。 「じゃあ、はい。……一緒の物食べられて、嬉しいな」 「……ふぅん」 彼の言葉に、彼女は曖昧に唸っただけだ。濃厚なミルクアイスは、それでも膨らんだ腹に清涼剤になる。 「……家族風呂、覗いたら……」 「の、覗かないよ…!」 「ん」 空になった容器を彼に押し付け、スイートにだけある部屋風呂に向かう。こちらも露店で、気持ちがいい。流石に170cmの彼女が脚を伸ばしてのびのびとはいかないが。 「ふぅぅ……」 昼間より更に膨らんだ腹は、いよいよ妊娠しているようだった。ぽっこりとせり出し、固い胃袋の上にぷよぷよとした脂肪が乗っている。 「……まあ、いいけど」 どうせ彼は何も言わないし、今更着飾るほどの相手も居ない。洋服も別に規格外と言う訳ではない。 そんな気持ちが彼女の中で大きくなる。とりあえず、今日の摂取カロリーに後悔はないし。 「ふぅぅ、気持ちいい……」 油断しきった表情と体型で、彼女は湯船に身体を沈めた。 帰りにも、来た時と別のルートで色んな店に寄り、家に配送を頼んだせいで、自宅の冷蔵庫が満杯になりかけたが、彼女の食べるスピードのおかげで、事なきを得た。 「はぁ、涼し……」 冷房を電気代など何も考えずに効かせた部屋で、この間宿泊して以来気に入って取り寄せたミルクアイスを食べる。つけっぱなしだったテレビからは、連日の猛暑が報道されているが、涼しい部屋でアイスを食べる彼女には関係ない。それどころか、優越感すら感じる。 「あ、……ねえ」 「ん、ああ。アイスね」 本を読んでいた彼が彼女の声に顔を上げて、冷蔵庫の方へ向かう。長袖で暑くないのかと思うが、汗一つかいていなかった。 リネン生地のパジャマ兼部屋着に身を包んだ自分は、少しばかり汗ばんでいると言うのに。 夏服を買いに行きたい気もするが、暑い中外出するのは億劫だ。彼の車でほとんど移動するとは言え、それでもなお抵抗が勝る。 「はぁー……ねえ、どう?」 「どうって、綺麗だよ。部屋着でも綺麗なんて、流石だなって」 「ん。……じゃなくて」 「えっと……?」 夏バテとは真逆の夏太りを順調に邁進している彼女の体重は、いよいよ標準の域を遥かに超えた。もはやグラマラスでも通らない、完全なデブだった。 高機能な体組成計は、聞いてもいないのにBMI29と教えてくれた。体重は聞くまでもなくひょろっとした彼より重い。 だと言うのに彼の言葉は変わらない。もっとも、態度を変える権利など彼にあるわけないが、それどころか彼女が求めるがままに食品を取り寄せ、店に連れて行き、ついには家に出張シェフまで呼んだ。 もはや太るのは当然だと、彼女もしっかり認識していた。 「…………あ、ジム、退会しといて」 「え、ああ。わかった」 太ってる嫁に価値など無いのでは?とも思ったが、この男はどうやら自分に完全に惚れているようだし、まあいい。 それに、曲がりなりにも主人の私が、この男に「太ってる?嫌?少し痩せた方がいいかな?」などと言うのは癪だった。 「そういえば、この前言ってた水饅頭のお店、近くのホテル取れたよ」 「ん、いつ?」 「今週の土曜日」 「わかった」 それにほら、この男は私に尽くす事しかできない。だからこれでいいと言わんばかりにアイスを空にした。その様子を見た彼が、今度は菓子を置いているカゴからスナックを一袋持って来る。甘い物の後はしょっぱい物だ、よく分かってる。 金があって、時間があって、尽くしてくれる男がいるのに、食べられる贅沢を堪能しないほうがよほど耐えかねる。 そう、服で無くとも贅沢はいくらでも食で出来るのだ。何が悪いのか。 月額たかだが数万のジムなんかより、よほど金のかかった身体なのだ、恥じる事など無い。 「あ、これ美味しそう」 「本当だ、取り寄せよっか」 「ん」 そう、私は今最高に幸せな贅沢をしている。彼女はそう思うと、彼にもう一つアイスを取ってこさせた。 彼女がここまで、彼が惚れているという絶対の自負を持つのは、なにも普段の行動からだけではない。 食欲も睡眠欲も満たし続けている彼女が、唯一、1人では発散できない欲望。 そのはけ口になっているのを見ているからでもある。 「電気つけるの禁止、胸以外触るのも禁止、キスも禁止。ゴム外したら離婚」 「わ、わかってる」 なんとも生殺しの注文をつけ、彼女は下着を脱いだ。腹にたっぷりついた脂肪も、尻を大きく膨らませた贅肉も、暗い寝室ではいまいち見えない。けれど、見えなくていいのだ。見えなければ、腹の方が胸よりせり出しているのも気づかれない。 ましてや、全身の贅肉が揺れて弾む様など、見られるのも屈辱である。 「こっち来なさい」 離して置かれたシングルベッド。彼のベッドの上に座った彼女が、彼を招く。自分のベッドではなく旦那のベッドで致すのは、自身の寝床が汚れるのを嫌ったからだ。 彼女の背後に、彼が腰を下ろす。後ろから抱きしめるような体勢だが、愛情の産物かは怪しい物ではある。なにせ、顔を見られたくないと言う理由で後ろにまわるよう彼女が言いつけているのだから。 「……えっと、じゃあ、触るよ?痛かったら言ってね…」 「ん」 彼の方も、その扱いには十分慣れている。彼女に確認を取って、ゆっくりと、他の場所に触れないように後ろから胸に手を回す。 発育ではなく、肥満によって膨らんだ胸の先端。敏感な部分に彼の細い指が触れる。 「んっ…んふ……」 彼女が少し息を漏らす。バイブやローターでは物足りないが、彼の指は、教え込んだだけあって彼女の感じる所を的確に触れてくる。 結婚したころこそ、拙かった指使いも、まあ及第点くらいなら出してもよくなった。 「っふぅ……ん、もっと強く…」 「うん……綺麗だよ、凄く…」 「ん……」 それに、彼の深いテノールは嫌いではない。指と声だけなら、抱かれても良いと思える。 「もっと…んぅ……♡」 「素敵だ……愛してる、君みたいな人、世界中のどこにもいない……世界一の女性だよ」 「ん、っふぅ…♡とうぜんっ……♡」 恐らく、彼が一番、彼女に愛を伝える時間。彼女が「褒めろ」「煽れ」「気持ちよくさせろ」と何度も言っていたから。 彼女の指が、自身の性器に触れる。ぐちゅ…と粘ついた水音がする。 結婚したころ、唯一の懸念点だった薄い胸も、今では彼の手から零れるほど大きくなった。 それにこれだけ、彼に愛されているのだ。今後の人生の憂いなど何も無い。死ぬまで、彼の金で遊び、食べ、交わって行くという確固たる自信が、優越感が、彼女を昂らせていく。 「んぅっ…♡っふぅぅ♡♡っはぁ…っぁあっ♡♡」 胸の先端、ヒクヒクと脈動する乳首に、彼の指が刺激を与える。挟み、軽く抓り、そしてむにゅんっと胸ごと押し込まれ、また弾くように叩かれ。ジンジンと乳房全体が熱くなり、下腹部の疼きも加速する。 ぐじゅっ…ぐじゅっ…ぐちゅっぐちゅ…! 水音が、粘度の高い液体の音が激しくなる。彼女の息が荒くなり、額には薄っすら汗をかいていた。 「っふぅ…♡♡んあぁっ♡♡っはぁっ…♡♡っはぁ…♡♡……そこ、寝て…♡」 やや甘い声で彼女が命じる。白く細い身体の彼が、ベッドの上に仰向きになった。暗い部屋で分かりにくいが、彼の性器が固く立ちあがっている。 そう、自分が刺激せずともコレだけ興奮してるのだ。やはり、彼は自分に入れ上げている。確信を強めながら、彼女が彼の上に跨る。 にゅぶ…にゅぶぶっ…… 「っはぁっ…んっぅ……♡♡…んんっぅ…♡♡」 薄い膜を纏った彼の性器が彼女の濡れた膣内に飲み込まれていく。彼女が、普段からは考えられないような甘い声色になる。 「はぁっ…♡♡んっふぅ…♡♡っくぅ…♡♡なん、か…♡…大きくなってるし…♡」 記憶より更に奥を抉られるような感覚に、甘ったるい声が止まらない。それだけ、自分にこの雄が発情してる証拠だと、彼女は優越感に浸る。 「っく……凄く、気持ちいいよ…!」 「とうぜんっ…♡♡っはぁ…♡♡んっ、っふぅっ…♡♡んぅっっ…♡♡」 自慢げな顔で、彼女がゆっくりと腰を打ち付ける。びりびりと脳天を刺激するような感覚と、全身をかける快感に声が漏れる。 「っふ…っく……っはぁ…凄いっ……」 彼が呻く。もちろん、快感だけでなく、彼女の体重のせいでもある。 90kgを超え、3桁の大台が見えてきた彼女の肥えた身体が、どすんっどすんっと打ち付けられているのだ。苦しくないわけがない。 彼女が、彼の性器がより奥に届くようになったと錯覚したのも、実際は彼女の重みでより深く刺さっていたに過ぎない。 「はぁっ…♡♡んふぅっ♡♡っぁあっ♡♡あんっ、たもっ♡♡うごきな、さいっ♡♡っふぅ♡♡」 甘い声で、どすっどすっと身体を揺らしながら、彼女が強請る。以前よりずっと彼女の動きは緩慢で、疲れるのも早くなってきた。 「っ…あぁっ……わかっ……!」 彼が腰を振るように身体を揺する。彼女の重たい身体が、それでもなかなか浮き上がらず、膣の奥の方をずりゅずりゅと這うようになぞる。 「んんっぅう♡♡っふぅ…♡♡ああぁっ♡♡いいっ♡♡そこっ♡♡♡んっぅ♡♡」 太った事による功名か、彼女の奥を何度も何度も刺激する彼の性器に、甘い嬌声は止まらない。 「っはあ♡♡っふう♡♡んふぅっ♡♡♡っくっぅ♡♡」 胸以外触るなと自分で言っておきながら、彼女の方が身体を折るように倒れこみ、彼の上に覆いかぶさる。ズシっと重たい彼女の体重が身体全体にかかる。 最早ほとんど上下の運動はなく、円運動のようにお互いの秘所を擦り合わせ、快楽を分けあう。 「っ……はぁっ…素敵だっ…愛してるっ…大好きっ…!」 子どものような事を囁きながら、彼がそれでも彼女の言いつけを守り、手を右往左往させる。 そんな深く柔らかなテノールの出所が、セックスをしている最中だからか無性に愛おしい。 「んふっ♡♡っふぅっ♡♡んあっぁっ♡♡んむぅっ♡♡んちゅっぅ♡♡♡」 ついには、倒れ込んだ彼女が、目の前の旦那の唇を吸い始める。まるで淫魔が精気を吸い取るかのような激しい口づけ。 「んふぅ♡♡んっふぅっ♡♡♡んっぅうっ♡♡♡」 甘い声で、崩れた表情で、それでもなお、やはり美しい。 「んっ…んんっ……んんっ…!」 どびゅっ…どっびゅっ…!どくんっどくんっどくんっ! 彼が薄いゴム越しに彼女の中で果てる。どくっどくっと精子が脈動するのが自身の腹の中で確かに感じる。 「んんっぅうっ♡♡♡んんっっ♡♡♡んっふっぅぅぅう♡♡♡♡♡」 彼女もまた、ガクガクっと腰を震わせながら絶頂する。セックスではなく、この男を使った自慰だという建前は、到底信じられない嬌声と共に。 どくっどくっどくっ…… 子どもを作るためではない、ただ性欲の発散の為の行為。お互いを、貪るような行為。 「んふぅぅっ…♡♡んんっぅっ…♡♡っはぁっ……♡♡♡んふ、んはぁぁっ…♡♡♡」 唇を離し、自身の口を舌で舐める。まるで獲物を味わい舌なめずりするように。 「はぁっ……はあ……はぁ……」 彼が、荒い呼吸を繰り返す。比較的夜目の利く彼女は、その情けない表情に小さく笑みをこぼす。 「んふぅ……っふぅ……♡♡……はぁ、今日は、…んふ、まあ、キモチよかったから…♡♡っふぅ……ご褒美だから…ふぅぅ…っしょ…♡♡」 彼の上からどく。重たい身体が、疲労と快感で更に重く感じる。このまま、自分の寝床で寝るのは嫌だった。汚れそうだし、臭いも付きそうだし、面倒だ。 「……寝る、ふぅ…はぁ…ちょっとズレて…んふ…♡♡」 まだ甘い声を漏らしながら、ベッドに横たわり、旦那を足蹴にする。 「はぁ……う、うん……おやすみ…」 戸惑う旦那をよそに、彼女はさっさと目を閉じ、少しして寝息をたて始める。痩せていたころより少しうるさい、いびき混じりの寝息を。 彼が、汗を拭く。彼女の汗も拭いてやる。そうしないと朝起きたら不機嫌な顔をするだろうから。 ベッドの端に横たわる。寝ている時なら、触れても問題は無いだろうが、言いつけをしっかり守り、手は一切出さずに。 「ふぅ…素敵だよ……綺麗だ、世界一……」 そして、まるで子守歌のように、彼女に向かって囁く。シングルベッドに、細身の青年と、太り過ぎた女性が一緒に寝るのだ、いくら端によっても耳元で囁こうと思えば囁ける距離である。 「いっぱい食べていいよ……もっと美味しい物食べに行こうね……どれだけ太っても、世界一綺麗だよ……」 彼女の寝息はやまない。リズムよく、呼吸をしている。けれど、その表情が少し緩んだような気もする。 「……もっと太って良いよ……君が全部正しいんだ……もっと太って欲しいな……」 深く優しいテノールを子守歌に、彼女の安眠は覚めない。 「もっと太って、もっと綺麗になってね……愛してる、大好きだよ…………おやすみ」 彼はそう言って、自らも目を閉じた。 少しして、二人分の寝息が寝室に響きはじめた。

奥様は美女(?) 前編

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