第一話 - 流れ星
「なにこれ、まっずい……」
私はステーキを少しばかり口にした後、不意に思ったことをそのまま言葉にして発した。
東国境線付近にあるここ、レグルス地区。
割りと新しく作られた街であり、お世辞にも立派とはいえないような城壁がこの小さな地区をぐるりと囲んでいる。
城壁の外の土地は深い森に覆われており、この街へと繋がる道は数本しか通ってない。
タバコの生産が盛んではあるけど、作っているのは高級葉巻でもなんでもない。
ここの住人の楽しみは年に一度、帝都からやってくる開拓援助物資の開封。
要するに、ド田舎である。
そんな田舎の一角にある、まぁまぁ客のいる食堂で私はハズレを引いて、落胆していた。
脂っこいのにパサパサすぎる食感。
あまりの微妙さ加減に「口直しに次は何食べようか」とも考え始めた。
「嬢ちゃん、帝都から来たのか?」
「は、はい! ミネルヴァ学園から来ました」
カウンター席に座っていたものだから、突然前から声をかけられびっくりする。
変な声を上げそうになったものの、愛想笑いを浮かべながら「さっきのステーキの感想聞かれてないよね……」と心配をする。
声をかけてきたのは、店主らしき男だった。
「帝都から兵士がよく派遣されてくるんだが、学生さんは初めて見るなぁ。なんかの課外活動なのかい」
「えっと、ちょっとした学園からの指示で開拓地区に出向いてレポートを書かなくちゃいけないんです。ここはとても綺麗な街ですね」
綺麗ではあるけど、綺麗すぎて何もない。
都会ぐらしに慣れれば、こんな事を思ってしまうのは仕方ないんだろうけど。
さすがにこれを口に出してしまうと、失礼どころの話じゃないので心のなかにそっと仕舞っておく。
目の前の男は、私の話を聞くと頷きながら、大きな箱から適当に取り出した一本のタバコをふかす。
正直、あまりタバコの煙は得意じゃないんだけどなぁ……と思いつつ私は愛想笑いを浮かべた。
「まさか一人でここに来たわけではないんだろう?」
「えぇ、何人か一緒に来ていると思いますけど……一緒には行動してません」
友達少ないからね!!!!!
そんな威圧感を込めて、瞳孔を全開にした状態で、一人であることを店主に告げる。
私の反応を見て「そ、そうか……」と引かれた気はするものの、もうどうでもいい。
「まぁこんな田舎で何もないが、夜中一人で彷徨くのは気をつけたほうが良いな。なにせ、開拓地は流れ者も多い」
「そうですね」
男の話を聞きながら、ちょっと窓の外を見る。
日が沈み始めていて、空も夕焼け色に染まりつつあった。
そろそろ宿に帰るべきかな。
「この地区は国境線に近いと言うのに、まだ都市防衛魔法陣が整備されていないんですね」
空の眺めから、ふと思ったことを口にする。
普通、どんな街もある程度の規模になれば城壁に加えて、空からの外敵を防ぐためにドーム型の防衛魔法である障壁を敷くものだ。
しかし、この街は城壁の建設でさえまだ未完全であり、防衛魔法を展開するまでにあと数ヶ月はかかりそうだ。
「本当だよ。最近は機械野郎との戦争もガタガタなんだから」
機械野郎。
ここ東部ではあいつらをこう呼ぶのが普通らしい。
なかなか攻撃的でいかにも東部人っぽさが出ている。
その後、私は果実搾りたてを謳うジュースを飲む。果実の粒を舌で転がしながら、店主の次々と吐き出す戦争への愚痴と過激的な思想をつまみ代わりに聞くのはどうかと思うけど。
でも、こういう国境線に近い地区は戦争の影響を直に受ける。
愚痴の一つや二つくらい仕方ないのだ。
「じゃあ、私そろそろ失礼しますね。早めに宿に帰らないと」
しばらくすると、私もコートを羽織って店から出る準備を始める。
まずはカウンターに置いていたグローブを両手にはめると、
席の直ぐ側に置いていたキャリーケースをしっかりと手に持つ。
次に足元に置いておいた二本の剣を腰に携え、店主に礼と支払いを済ませた。
最後には「国のために頑張るだぞ」なんか言われながら見送られつつ、私は宿への帰路につく。
まだ日は沈みきっていない。
しかし、空の一部は暗く星が瞬いていた。
帝都から見える星よりずっと多く、そしてずっと綺麗だった。
綺麗すぎて何もないとは言ったけれど、だからと言って都会に全てが揃っている訳じゃない。
星が輝く景色に幾時か見惚れてしまっていた。
「……?」
その時。
空の一部に違和感を感じた。
違和感を感じる方向に目を向けると、私は流れ星を見つけた。
独特な輝きを見せて、ゆっくりと落ちていく。
けれど、あれ、でも流れ星ってすぐに消えるものだよね?
そんな疑問を持ち、今も尾を長く引かせる”星”に目を凝らす。
周りいた人達もその奇妙な星に興味を持ったようで、立ち止まって空を仰いでいる。
次の瞬間、流れ星の白い尾が真っ赤な炎に変わる。
この時になって、街の巡回をしていたであろう兵士の顔色が変わったのを私は見逃さなかった。
私も確信はないものの、嫌な胸騒ぎを感じ始めていた。
「ねぇ、あれなに?」
少し遠くにいた男の子が隣の母親に聞く。
母親が返答に迷っていると、急に空がおかしいくらいに明るくなった。
びっくりして目を見開くが、次の瞬間には鼓膜を破るような衝撃音が響く。
思わず肩をビクッと上げる。
最初の衝撃音が鳴り響いてからは同じような爆音が続いて不規則に鳴る。
震える大地と、ガタガタと音を立てる窓を見て、私は息を呑んだまま確信をした。
これは、魔法による対空攻撃。
眼前に映る流星……じゃなくて、流星のような”何か”を魔法で撃ち落そうとしているのだ。
「……行かないと」
今の出来事で、あれが流れ星なんかじゃないことは明確だった。
私、アイリス・ベルヴァルトは魔導石をフル回転させると、そのまま全速力でこれから戦場になる街を駆けた。