【小説】ヴァーミリオン少尉の敗北
Added 2020-05-12 06:38:51 +0000 UTC1.
べちゃり、と靴の下から気色の悪い音が聞こえた。おそるおそる足を持ち上げてみると、予想通り見るだけで吐き気を催す黒い粘液のような物がへばりついている。
触れる気にはなれない。床に靴底をこすりつけると少しは剥がれたような気がするが、歩くたびに響く粘着質な音は消えそうになかった。
「まったくもう……なんなのこれえ」
涙まじりの声でそうつぶやいて、少女は自分の服に目を落とした。
丈の短いスカートに肩や脇がむき出しのデザイン。少し気恥ずかしいが気に入ってもいるこの青い服は、統制機構の制服だ。上質の布地にもところどころに粘液が付着していて、妙に生温かい感覚が肌に伝わってくる。この分だと服の内側にも潜り込んでいるかもしれない。制服には、それら粘液とは別に汚れが見える。これは戦闘の痕跡だ。
「早く帰ってシャワー浴びたい……」
金色の綺麗な髪をおさめた青い帽子をぽふぽふと叩いて、少女はため息をついた。無理もない。士官学校のカリキュラムを半年残したまま部隊に配属された彼女には、まだ戦場に立つという覚悟が足りない。先の戦闘にしても、魔銃と呼ばれる二丁の拳銃がなければどうなっていたかわからない。――いや、わかりきっている、というべきか。
彼女の名はノエル・ヴァーミリオン。統制機構の一員であり、高い戦闘能力を誇る戦士であり、そして、歳相応の気弱な少女である。
□
ノエルが先刻戦闘したのは蟲だった。あるいは、化け物だった。
他にあれをどう呼べばいいのか、ノエルにはわからない。粘性の高い液体のようなもので形作られた、不定形の気味の悪い生き物。流体力学を完全に無視した異様な動き、浮かび上がる白い面、うねる体から飛び出る骨に似た硬質な『腕』、そして飛び交う蟲、蟲、蟲。
自分に向かって蟲が飛んでくるという状況は、ノエルにとって何よりも恐ろしい。飛ぶ蟲は滅べばいいし、這う蟲はいなくなればいいと思っているノエルである。多足の蟲なんて最悪だ。この世界に存在を許されている意味がわからない。
あんなモノと戦う羽目になるとは思わなかった。おまけに、必死の思いで倒してみれば靴底やら制服やらに残りカスのような粘液がへばりつくありさまである。
「ハザマさん、どこに行ったんだろう……」
戦闘になるとすぐにいなくなる諜報部の男は、消えたまま姿を見せない。支部に向かっているのだろうが、追う前にとにかくこの粘液を洗い流したかった。このままでは気が狂ってしまう。
「ぅ、やだ、やだやだ、染み込んできたよぅ……」
ぬめっとした感触が肌を這うにいたって、ノエルはとうとう鼻をすすりはじめた。今の自分があまりにも惨めすぎて、耐えられなくなったのだ。
「ちがう、ちがう、わたしはがんばってる、だいじょうぶ……ぐすっ」
早足で街を抜ける。統制機構の青い制服は目立つらしく、そこかしこで噂をしている声がした。その全てが今の自分を笑っているようで、いたたまれなくなる。
やがてオリエントタウンと呼ばれる一角で、湯浴みを営む店を見つけた。大衆型の広い風呂だけではなく、個室のシャワールームも設置しているらしい。願ったりだ。
「あ、あのぅ」
「……」
店舗に入ると、従業員らしき若い男がムスッとした顔を向けてきた。ひどく無愛想で、それだけでここから逃げ出したくなる。
「その、シャワーを……使わせて、も、もらいたいんですけど」
「……」
男はじろじろとノエルを眺めると、不機嫌そうな表情のまま値段だけを告げてきた。統制機構の威を借りて無料で押し通ることも不可能ではないのだろうが、ノエルはそうしなかった。
規定の料金を払って、そそくさと店の奥に向かう。背後から、
「くせえ……っ」
と、ひどく冷たい声が聞こえてきて、ノエルはまた泣きそうになった。
2.
並ぶ個室はほとんどが空き室だった。奥のひとつを選んで入り込むと、ノエルは吐息をついた。誰の介入もありえない密閉空間は、とても安心する。
個室は狭く、シャワースペースの他には小さな脱衣棚しかない。ボディソープやシャンプーの類は一そろい用意してあるものの、本当に短時間で汗を流すための施設のようだ。
粘液にまみれた制服を着ているのは我慢ならない。ノエルはまず帽子をとった。押さえ込まれていた長い金髪がさらりと流れて、背に落ちる。独立している袖を脱ぎ、丁寧に畳んで脱衣籠に置く。襟元を緩めてタイを外し、両手をワンピース状の制服の内側へ抜いていく。ぬちり、と粘液の触れる感触に眉をしかめて、ノエルは制服を頭から脱いだ。
露になった白い肌はきめ細かく、なでれば滑らかでありながら手に吸いつくような、いわくいいがたい感触がかえってくる。こぶりな胸を覆う下着はデザインに凝らない飾り気のないもので、白いパンティも色気に欠ける。しかし、すらりとした肢体は細いわりに必要な筋肉はしっかりとついた引き締まったもので、実戦で鍛えられたことが伺える――ノエル・ヴァーミリオンは仮にも士官である。
ノエルは誰も見ていないのに、おずおずとブラジャーのホックを外した。バストのサイズがコンプレックスのノエルにとって、服を脱ぐ瞬間はいつもどこか憂鬱だ。制服のデザイン上、肩紐のないAAサイズのブラジャーはストンと落ちていく。足元のブラジャーをどこか寂しげに見つめたノエルは、ため息をついて腰に手を回した。飾り気はないが物自体は良質な下着を、ゆっくりと引きおろす。ぷりんとしたお尻が揺れ、恥毛のほとんどない丘が顔を出す。そのまま下着を足から抜こうとして、ノエルは靴もソックスも履いたままなことに気がついた。
「やだ……」
腿まであるニーソックスに靴を履いただけで、下着を下ろしかけたほぼ全裸。みっともない姿にノエルは頬を染めた。あわてて靴とソックス、ついでに下着を脱いで、棚にしまう。ようやっと、ノエルは一糸まとわぬ姿になった。
「うう……」
裸になると、やはり全身、あちらこちらに泥粘液がまとわりついているのがわかる。ただよう悪臭に涙をこらえて、ノエルはシャワースペースに駆け寄った。コックを回すと勢いよく水が降りかかってくる。思わず体を竦めるが、冷たくてもいいから早くこの汚泥を洗い流したかった。
粘液はぬちゃりとねばりながら皮膚の上を這っていく。水に流されているというよりは、意思を持って滑り降りているような錯覚があった。
「きもちわるい……」
ぶるりと体が震える。冷水だけが理由ではあるまい。
水はほどなく温度をあげ、少し熱めなほどになった。泥と一緒に疲労も流そうと、頭からお湯をかぶる。皮膚の上をぞわぞわとした感触が這っていくのも、粘液が落ちているのだと思えば我慢できる。
「……あれ?」
ふと、ノエルは足元を見て首をかしげた。排水溝に吸い込まれていく湯が、透明だ。これほど粘性の高い、黒い泥粘液を落としているというのに、流れ落ちる湯水の中に汚れが全くないというのはおかしな話だった。
そう、今も体中を、ぞわぞわと粘液の流れ落ちる感触が這っているというのに。
「あれ……ふぁっ!?」
突如閃いた刺激に思わず声をあげて、ノエルはふらりとよろめいた。ぞわり、と粘液の這いずる感触が胸から湧き上がってくる。それはノエルの小さな乳房を、渦を巻きながら捏ね回していた。
「あ、え……? やっ、な、なに、なにこれ……!」
見れば、全身いたるところで粘液がうねうねと蠢いていた。湯の流れにも、重力にも逆らう、自然ではありえない動きだ。
「い、いや、やだ、なに、なんなのぉ!?」
手で払おうとすると、にちゃりとした感触が指先に残るだけで、一向に肌から離れようとしない。儚い抵抗を笑うように、粘液はその動きを早くした。
乳房を弄ぶ粘液の渦が、ふくらみの頂点、桜色の突起に向かって収束していく。鋭く集中する感覚に、ノエルは震える声をあげた。
「やだっ、や……っ、な、なんで、なに、やだ、やだよぉ……」
意味のない言葉を繰り返しながら、駄々をこねる子供のように両手を振り回す。全身を叩いても、払っても、粘液は離れない。それどころか、うじゅうじゅと蠢きながら、互いを結ぶように細く長い糸のようなものを張りはじめた。ノエルの体は蠢く粘液とそれを結ぶ糸で覆われてしまう。
頭の中で警鐘が鳴り響く。粘液のひとつが臀部を撫で回し、その隙間にもぐりこむにいたって、ノエルは裏返った声で叫んだ。
「べっ、ベルヴェルク――!」
両手を広げ、召喚の術式を編む。小さな魔方陣が浮かび、拳銃というには巨大すぎるそれが現れ、
「ひぁああっ」
涙混じりの悲鳴と共に掻き消えた。
「あっ、あ、ぁああ……!」
召喚完成の間際で集中を乱された要因を、ゆがんだ視界がとらえる。白い肌、なだらかな曲線を描くおなか、その更に先……疎毛の秘部で、黒い粘液が蠢いていた。
「なっ、なにしてるの! なにしてるのよぉ!」
顔面を真っ青にして、ノエルは細い指先でソレをむしり取ろうとした。ぬちゃ、と粘液に指が沈み――その瞬間、弾けた感覚に、ノエルは自分の失敗を悟った。
「ひぅあああっ」
考えてみればあたり前だ。粘液はノエルの秘部にまとわりついているのである。それを拭おうと思ったら、ノエル自身の指を秘部にもぐりこませなければいけない。
「やだ、なに、なんなのこれえ……」
ぽろぽろと涙がこぼれる。ノエルは処女だった。どころか、まともに自慰すらしたことがない。夜、どうしようもない昂ぶりに身をよじることはあっても、秘裂に指を這わせたことも、胸をさすったことすらない。せいぜい太ももをすり合わせて切なげな吐息を漏らすのが限界だった。
ノエルの秘所は正真正銘の未踏。まだ誰も踏み入ったことのない清らかな場所なのだ。
「こ、こんなの、こんなのうそだよぉ……っ」
しゃくりあげながら、それでもどうにかしようと、震える指を自分自身の女性へと向ける。ノエルは元来体毛が薄く、恥毛もまたうっすらと翳る程度だ。それは彼女のコンプレックスのひとつであり、性に臆病な理由でもあった。
指の腹が下腹部に触れる。粘液のいないところを選んで指をおくと、温水に暖められたほのかなぬくもりが、冷え性の指先を伝ってくる。そのままゆっくりと、手を下ろしていく。ぬちり、と粘液に指が触れて、ノエルは肩を跳ねさせた。
「きもち、わるい……」
ここで怯えていてもしょうがない。更に指を進ませる。自分ですらほとんど触れたことのないスリットに指を這わせると、ぞくりとした、寒気にも似た感覚が背を這い登った。
「ん……」
粘液はその奥にまで入り込んでいる。整った爪の先をほんの少しだけスリットの奥にもぐりこませると、あの気色悪い感触が陰部を埋めていた。
「ひぅ……」
体の内側にコレがいるというだけで、視界が真っ暗になる。目の裏側にまでソレが潜りこんでいるようで、ノエルはちいさく嗚咽をもらした。
だけど、これを出さないといけない。
指をもっと、もっと奥に向かわせる。ぞくぞくとした感覚がその度に湧き上がってきたが、ノエルはつとめてそれを無視した。そうして第一関節がようやく埋まって、ノエルはソレをかき出そうと、ゆっくりと指を曲げた。
途端、稲妻が視界を焼いた。
「あぁああっ!?」
背をのけぞらせたノエルの細い喉から、悲鳴がほとばしった。涙でゆがむ視界を体に向けて見れば、粘液の塊がちいさな胸の頂点、桜色の突起をぐにぐにと嬲っていた。鋭い感覚は快楽というよりは痛みで、何か尖ったもので挟まれているかのようだ。
「やっ、やめ……! ひ、あ、いやあああっ!」
胸ならば、秘部と違って簡単に手で払える。だというのに、ノエルはそうしなかった。否、できなかった。
ノエルの慎ましい乳首を執拗に噛んでいるものの正体に、気づいてしまったからだ。
「む、蟲、蟲……っ! なんで、なんでなのぉ!」
それはうぞうぞと蠢く、蟻のような蟲だった。一匹の大きさは小指の先ほどだが、それが十数匹寄り合って、先を争うようにノエルの乳首に噛みついている。群がる蟲たちは果実を貪っているようにすら見える。このまま全身が餌になってしまうような気がして、ノエルはぶるりと大きく震えた。
「や、やぁ、やだぁ……離れて、はなれてよぉ!」
こぼれる涙を拭うことも忘れて必死に身をよじるも、粘液も蟲もしっかりと柔肌に張りついたまま、一向に離れようとしない。そうしている間にも蟲たちはぎちゅぎちゅと乳首を噛みしだいた。左だけだったはずが、気がつけば右の乳房にも同様の蟲がたかっている。ぐらり、と視界が大きく揺れる。足が恐怖でガクガクと震えて、ノエルはシャワールームの壁に手をついた。まだ膝をついていないのが不思議なほどだ。
「はな……れて、はなれてぇ……ひぃぅっ」
ぞわりとした感触に、尻をびくんと跳ねさせる。湯にあたってほのかに赤く色づく双臀に、何か黒いものが絡みついている。ぞろりと脚を蠢かせて這いずるそれは、ノエルの手首ほどもある巨大な百足だった。
白い綺麗な肌の上を、見る間に鳥肌が侵略していく。百足がずるりと身をよじる度に、下半身を切り落としたいほどの不快感が脊椎を駆け抜けた。
尻を撫で回すようにぞりぞりと這い回った百足は、柔肉を掻き分けて臀部の奥、震えるすぼまりへと身を寄せる。
ノエルが次に何が起こるのかを予測するより早く、それは来た。
「やっ……ひっ、ひぁっ、ぁああぁあっ!? はいっ……入って……!!」
嫌悪感すら上回る、強烈な違和感が菊門を中心に膨れ上がった。恐怖で強張った体をまるで気遣わず、百足の頭が潜り込んでくる。黒い粘液が百足を後押しするようにわずかに開いた菊座からずるりと直腸内に侵入し、内側から入り口を押し広げた。自分の意思によらず、勝手に肛門がまくれ上がる異様な状況。視界はずっと明滅を繰り返していて、今目の前にあるものすら曖昧だった。
ぢゅぶり、と広がった肛門から粘液が押し出される、はしたない音が響いた。百足が長い体をよじりながら、奥へ奥へと進んでいく。直腸を這い回る多足の感触にも、ノエルは歯を打ち鳴らして耐えることしかできない。つかんで引きずりだすなんて――できるはずがない。
「たすけて……だれか、た、たす、たすけ……ふぅぁあああっ」
腸を這い登る異様な感覚は止まらない。嫌悪感を違和感が上回り、違和感を激痛が塗りつぶす。ノエルはとうとう、立っていることができなくなった。未だ降り注ぐ湯が作る水溜りに、びしゃりと膝が落ちる。
「た、たひゅ、ふぁ、あぁああぅ!」
両乳首の蟲も止まらない。痛いばかりだったはずの突起はぷっくりと膨れ上がって、じんじんと疼きだしていた。痛覚が麻痺してしまったわけではない。痛いのだ。痛いことには変わりない。だが、
「あ、あぅ、ふぁあぁ……」
だが、それだけではない何かが、激痛すら上書きしようとしていた。
毒だと、ノエルは朦朧とする頭で考えた。蟲が、乳首から毒を送りこんでいるのだ。どうしたらいい。どうすればいいのだろう。そもそもこの蟲は、いったいどこからわいて出てきたのだろう。
わからない。何もわからない。
「う、はぁ、うぅ……ぅん……」
下腹部から百足が蠢く感触が伝わってくる。連続する細かな刺激が柔壁を駆け回り、名状しがたい痛痒感が滲みだす。腰をひねって誤魔化してみるも、まるで効果がない。指を突きこんでほじくり返したい衝動に駆られるが、そんなことができるわけもない。
はいよる感覚を、いつの間にか『もどかしい』と感じてしまっていることに、ノエルもぼんやりと気づいていた。そう、これは違和でも嫌悪でも、もちろん痛みでもない。
既に、快感になっているのだ。
「やだ、やだぁ……こんなの、やだよぉ……」
ノエルの声を笑うように、ぼぷっ、と何かが吐き出されるような音がした。ふらふらと視線を向ける。
秘部を覆う黒い粘液の周囲を、小さな傘のようなものが浮いている。ふわふわと揺れながら落ちるそれは、緩やかな軌道でふとももに触れた。
ぢゅぐっ――という音を聞いた気がした。
腿に張り付いたそれが、内側から無数の針を突き出し、皮膚を貫いたのだ。痛みで腰が跳ねあがり、次の瞬間わきあがった灼熱に、そのままおろせなくなる。
「な、は、あ、ぁあああ!?」
乳首に送り込まれる毒などとは比較にならない、猛烈な刺激だった。神経がむき出しなったかのような錯覚すらある。
熱い。全身が熱い。このままでは死んでしまう!
「ぅ、ぅぁ、ぁああぅぁん!」
腹の中の百足が、タイミングを計ったように暴れだした。前のめりに手をついて、お尻を宙に突き出す四つんばいの姿勢になる。百足を吐き出せないかと恥も外聞もなくいきんでみるものの、まるで効果がない。
ぼぷっ、ぼぷっ、
そこで、ノエルの耳に悪夢のような音が飛び込んできた。
いくつも重なる放出音。ふらふらと見上げた天井に、無数の傘が浮いていた。
「あ」
その向こう。換気扇の回るシャワールームの天井。湯気でけぶるそこに、白い面が張り付いていた。
楕円に黒い丸がみっつ。ほんの数刻前戦った、それは、この悪夢の具現のような存在だった。
「ぁ……ゃ……――」
悲鳴すら、音にならない。
舞い降りた無数の傘たちは、ノエルの体に容赦なく牙を突きたてた。
「ふぁああぁあああ!」
全身が燃える。炎が皮膚から肉をあぶり、骨を溶かし、神経までどろどろにしてしまう。視界がバチバチと火花を散らし、だらしなく開いた口からはまともな言葉が出てこない。弛緩した舌がべろりと口内から飛び出して、ぼたぼたと涎を垂らした。
「や、やひゃぁああっ、あつい、あ、あついよぉ! とって、とって、これとってぇえっ」
ばたばたと手を振り回し、水びたしのシャワールームを転げまわる。蟲たちがブチブチと潰れていくが、後から後から新しいのが落ちてくる。それと一緒に、黒い粘液もまた、天井からぼたぼたと滴り落ちてきた。まとわりつくそれらはズリズリと肌の上を這いずって急所へと向かっていく。それを食い止めることもできない。
「や、やらぁ、やあぁぁあああんっ」
新たに降り注ぐ粘液から、一匹また一匹と蟲が這い出てくる。うちのひとつ、腹に巨大な口を持つ蜘蛛のような蟲が、ノエルの秘所、陰唇の上部にカサリと脚を立てた。
「――は、」
ぞくり、と背が粟立つ。そこに何があるのか、性に疎く臆病なノエルでも知っている。
性の収束点、感覚の集合点、女性の肉体のうちでもっとも敏感な場所。
陰核があるのだ。
「だめ、だめ、それはだめぇ!」
あわてて手を伸ばす。組み合わせた指でその場所を覆うように隠すと、周辺をうろついた後、蜘蛛はつまらなそうに床へ逃げていった。ほっと息をついたノエルの目に、にゅるり、と見たこともないシルエットが映った。
それは、生きた柱のような蟲だった。やわらかそうな体はぐねぐねと蠢きながら床から直立している。先端部分がわずかに窪み、時折噴射音と共に紫色の煙を吐き出していた。蟲というよりは、植物に近い印象がある。ノエルの股の向こうから伸び上がったそれは、左右にふらふらと揺れると、
じゅるり、
と無数の触手を吐き出した。
「ひ――」
よく見れば、それは触手ではない。数十はくだらないそれひとつひとつが蟲なのだ。節くれだった体に繊毛を生やし、身をくねらせながら獲物を求めている。寄生しているのかされているのか、それは二種でひとつの蟲なのだった。
触手蟲がうねりながらノエルが手で覆う淫芽へと襲いかかる。だが、触手蟲たちも頑ななにあわせられたノエルの掌を突破できない。しばし逡巡するように宙を泳いだ後、触手蟲たちは一斉に、口を開いた。
「――ぁっ――」
声にならない。ひしめく触手蟲たちの口から吐き出されたのは、真性の触手だった。細い、細い、簡単にちぎれそうなそれは、表面に無数の吸盤がついている。吸盤の内側には針がひそんでいて、獲物をとらえて毒を流し込むのだ。
数十の触手蟲一匹から、やはり数十の触手が吐き出される。数えれば千に達しようかというそれら触手の群れが、ノエルの掌に殺到した。
あわせた指など何の意味もないと笑うように、その隙間にもぐりこみ、押し広げ、仲間を迎え入れる。思い切り力をこめても、細い触手は千切れない。どころか、からめられた指が動かなくなるありさまだった。
やさしく触れた触手の一本が、くりくりと縮こまった淫核の表面を撫でる。するりと身を寄せる十数本が、協力して包皮の隙間にもぐりこみ、それを一気に捲り上げた。
「んぁあっ、あ、ぁあっ、」
自慰をしないノエルにとって、淫芽が剥かれるのはほとんどはじめての体験だった。掌で覆われているのは変わらない、それでも裸で路上に立たされたような心もとない感覚があった。
「まって、ま、まって、ま、や、やだ、やだよ、ま、や、やだ、やだ、や、や」
ふるふると首を振って、ノエルは天井を見上げた。表情のない白い仮面が彼女を見下ろしている。懇願に意味がないことは、ノエルにもわかっていた。
「やだ! やだ! 誰か! 誰かたすけてえええ!」
涙の雫が散り、降り注ぐ粘液と湯にまじって排水溝に消えていく。
吐き出した言葉が大気を震わせ、その余韻までもが流されて、ノエルが小さく息を吐くのと同時に、
ぐじゅり、
と、触手たちが剥き出しの淫芽に絡みついた。
「いやぁああああぁああっ!」
股座に張り付いた吸盤は、容赦なくノエルの肉豆を吸い上げた。稲妻が淫芯を直撃し、それが全身を駆け抜けていく。細胞のひとつひとつが沸騰して弾け飛び、それがまた火種となって炎を猛らせる。焼かれ、侵され、ずたぼろになった神経は粉微塵に吹き飛んで、まともな感覚は全て失われてしまう。ただ、突き上げるような衝撃と、それが引き連れる快感だけがノエルの全てだった。
「あ、ぁぁあ、ぁああ、ぁあっ、んぁああぁああっ!」
仰向けに倒れたノエルは爪先立ちになるまで背を仰け反らせて、自ら嬲られる秘芯を強調するように腰を高く掲げた。体が跳ねあがるのを抑えることもできず、まるで続きをねだるようにはしたなく腰を振りながら、口元からは悲鳴とも嬌声ともつかない声を漏らす。解放された指がだらりと落ちると、膨れ上がったクリトリスとそれに絡みつく触手が露わになった。
「ふぁっ、ああぁああっ、あああぁああっ」
だが、ノエルにはそれを見る余裕もなかった。後から後から送り込まれる刺激が、ノエルを内側から破壊していく。脳髄全てが快楽に浸かってしまって、他のことはもう何も考えられない。
ノエルの想像する快感とはレベルの違う、人すら殺せそうな強すぎる感覚。叩きつけられる湯の感覚すらもうない。あるのは、ぎちぎちに絞り上げられた淫核からの刺激、ただそれだけだ。
強引に叩き上げられる。上り詰めさせられる。視界が真っ白に染まる。
そうして、
「ひぁあぁあああぁあああああぁ――――――ッ!!」
ノエルは生まれてはじめて絶頂を迎えた。
3.
……絶頂の余韻に浸りながら、ノエルはぼんやりと蟲たちを眺めていた。
しゅるしゅると触手が下がり、蟲たちも離れていく。床にたまった粘液だけがノエルを浸しているものの、それも彼女を嬲ろうとはしない。勃起した淫芽が切なげに震えて、ノエルは蜜を孕む吐息をこぼした。
これで終わりなのだろうか。
やっと解放されるのだ。安堵と同時に絶望的な気持ちが湧き上がってくる。
狭いシャワールームの中、壁に背を預けて四肢を泥粘液に放り投げる無様な姿。勝ったと油断して、愚かにも警戒を解いて、結果このありさまだ。
――それでもノエルは生きている。生きているなら、戦わなければならない。
「……うう……」
いつの間にか、天井から降り注ぐ粘液の雨も止まっていた。見上げればあの面もない。ただ、床にたまった粘液が消えるわけではないようだ。どう処理しようかノエルが眉根をひそめていると、
ぽこん、
とそれが顔を出した。
「……え?」
やはりそれは蟲だった。掌におさまるほどの球形をしていて、先っぽに触覚と複眼が、後ろ側に細い管のようなものが見える。脚はない。這って動くようだ。
それがずるりと粘液の海を泳ぐ。管の先にはひとまわり小さい球体がつながっていて、それの先に更に球体がつながっていて、数珠繋ぎにいくつもの球が並んでいる。
「いけない……!」
また油断だ。今度こそ間違えない。震える腕をどうにかあげて、魔銃を――
「あ は卵 」
――声が、背後から聞こえた。
「ひッ!?」
息を呑んで振り向くと、白い面が背を預けていた壁に浮かび上がっていた。とたん、それまでたゆたうだけだった粘液がノエルの四肢を拘束する。抵抗するにもそんな力は残っていない。凄まじい力でギリギリと足を広げられてしまう。魔銃の召喚は叶わず、その両腕も伸びあがる粘液鞘腫にからめとられる。
「い、いや……」
先の蟲が、長い体をノエルの股間に向けて進ませはじめた。それを見て、ノエルはやっとささやかれた言葉の意味を理解した。
卵。
と、そう言ったのではないか?
「た、まご?」
「そう 。人 胎 に潜り で卵を み、分 液を 収し 蟲を孵 。お前 いい母体に るだろう」
ぶつぶつと途切れる不自然な発音だが、この先に待つものが女性として――人として最悪の結末であることだけは、ノエルにも理解できた。
こいつはノエルの膣を、蟲の苗床にすると、言っているのだ。
「い、いやあああ! うそ、うそ、うそでしょう!? やだ、やだ、こないで、こないでええ!」
叫んでも、嘆いても、この蟲たちが止まってくれたことは一度もない。卵をいくつも連ねた蟲は、ノエルの秘所にその小さな体を潜り込ませた。
「こ、こない――いぃいああぁああああああっ」
蟲の後を追って、卵がノエルの膣道を侵略していく。さんざんに嬲られたノエルの膣は確かに濡れていたが、しかしそれでも異物を受け入れるには程遠い。指すら招いたことのない処女道は、蟲とその卵によって強引にこじ開けられていく。
「いたい! いたい、いたい痛いよぉ! もうやだ、やだ、やだぁ!」
こんなに泣いているのに、誰も助けてくれない。シャワールームにはノエル一人で、他には人とも獣ともつかない怪物が笑っているだけ。蟲の卵は次々と潜り込んで、表面に生えた無数の繊毛がノエルの膣壁を撫で回していく。
痛い。いやだ。だけど、気持ちいい。
「や、やぁ、ふ、ふぁあ、やなのに、いやなのにぃ……!」
やがて、卵全てが膣の中に納まった。十数個もの卵を呑み込んだノエルのおなかはぶっくりと膨れて、膣口も広がったまま戻ろうとしない。圧迫感に荒く息をつくノエルを慰めるように、粘液がにゅるにゅると彼女の体を撫で回した。
「やらぁ……」
切なげな吐息と共に否定の言葉を口にするが、説得力はまるでない。胎内で蟲が動き回ると、ぼこりぼこりと腹のでっぱりも移動する。そのたびに、ノエルは嬌声を上げて身をよじった。
「いつまれ、このままなのぉ……?」
どれほどの時間が経ったのかはわからない。長くても数分だろう。だが、背後の仮面は耳に障る笑い声をたてて言った。
「も 孵る」
その言葉が合図だったかのように。
ぼごん! と胎内の卵が一回り膨れ上がった。腰が跳ねる。鋭すぎる吐息が開かれたノドからほとばしる。卵が、更に一回り大きくなった。ただでさえ限界だったノエルの膣と子宮が、悲鳴をあげている。
「あ、あぁ、あ、あああ、」
おなかの中で、パキンパキンと卵が割れていくのを感じる。子宮にあふれかえり、膣を満たしているそれらの形を、ノエルは鮮明に思い浮かべることができた。蛭に似た大きな蟲。卵を運んでいた蟲には似ていない、うねうねと蠢く気味の悪い……
「は、ぁ、あ、ああ、あああ!?」
卵の数からして十匹以上はいるはずのそれらが、ぐちゅぐちゅと蠢きはじめた。決まっている。生まれようとしているのだ。
「ま、まって、」
一匹一匹がノエルの拳ほどもある蟲が、一斉に、唯一の出口に向かって殺到する。限界まで張り詰めた膣道が裂ける音が聞こえる。破壊されている。このままでは、壊されてしまう。それはひとつの激流となって、ノエルの内側を蹂躙しながら突き進んだ。
「まっ、や、やぁ、やだぁああぁあ――!」
奔流が駆け抜ける。粘着質な水音が響き渡る。破瓜のものではない血が膣口からあふれて、それが顔を出した。
にゅるりと一匹、それが出てくる前からもう一匹。さらに一匹。
ブチブチと肉を引きちぎって、蛭たちが顔を出す。
もう、ノエルの意識は残っていなかった。白目を剥いた彼女は口元から泡を吹いて、弛緩した全身を黒い粘液にうずめている。
十匹の蛭はノエルの産道をズタズタに引き裂いて、全員無事に産まれた。
「イヒギギギギギギギ!」
面を揺らして、ソレが笑い声をあげる。質のいい苗床を手に入れたことを喜んでいるのだ。
ぶくりとノエルを浸す粘液がふくれあがり、黒い球体を作り上げた。呑み込まれたノエルの姿は見えない。ただ、白い腕が一本、だらりと球体からこぼれ落ちた。何かを求めるようにかすかに指が蠢いたが、それもすぐに粘液に呑み込まれた。
球体はそのままぶるんと軽く震えると、タイル張りの床に溶け込むように沈んでいった。
後には何も残らなかった。
凌辱の痕跡も。
ノエル・ヴァーミリオンという、少女のかけらも。
ヴァーミリオン少尉の敗北/GAME OVER
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