★ニコニコ静画
https://seiga.nicovideo.jp/watch/mg630665
おつかれさまです。
あおたこです。
今回、ものすごく記事が長いです。
かな~りぶつくさ言っています。
「もう、そういうのいいや」って方は、「質問コーナー」から先は読まないようにお願いいたします。
ただ、もし読むのであれば…どうか「最後に」も含めて全部読んでほしいです。
…え~、『無条明音の尋常な暮らし』もとうとう十話目ですねー。
これにて一旦、同人誌化作業に注力するため連載は休止します。
2021年5月27日から開始し、月イチ連載のようなカタチで続けてきました。
いままでお付き合いいただき、ありがとうございました!
八陰あおたこの次回作にご期待ください!
さ~、実はここからが意外と大変で…。
同人誌化するに伴って、いろいろと作業があってですね…ただいまネーム兼ラフ作成中なんですが…このあたりはまた、次回の進捗でお話します…。(⦿」∠)
連載再開は、少なくとも来年以降になると思います。
とにかくコミッションをたくさんこなさないと活動停止もありえるので、その時間を作りたいんです。
とはいえ、依頼がこないとどうしようもないんですが…いつでも依頼にとりかかれるように時間をあけておかないといけないので、連載のように固定で時間をとられるような活動は控えないと、私がパンクしてしまうのです。
ソレ以外の時間は、ひたすらゲームづくりです。
ちなみに、以下の画像はニコニコなど用に作った挨拶と紹介画像です。
こちらにも投稿しますのでよかったらみてください。
なんでこの画像を作ったかというと、支援サイトと違って他のSNSではなかなか私の思っていることなどを伝えにくいというか、伝える機会がなかったもので…。
それに、けっこう私の活動を漫画でしかしらない人もいると思いますので、宣伝の意味もります。
今回、ふたたび喨子回ということですが、別に喨子をゴリ押ししたいから描いたわけではありません。
このネタは無条明音の漫画を描き始めた頃から考えていました。
ただ、散歩部のメンバーが全員でてくるので、どうしてもみんな一通りでてからじゃないと描けなかったんです。
裸が描きたかったというよりは、最後のコマが描きたかったから描いた回です。
これ↓
この喨子がやってる首絞めは、スター・ウォーズのダース・ベイダーが使っている「フォースチョーク」と呼ばれているものをオマージュしています。
ちなみに、一番気に入っているコマはここです。
我ながらいい顔が描けたと思ってます。
このコマをアクリルキーホルダーにしようかとか考えたんですが、売れなさそうなのでやめました。
こいつらって恋愛感情もないし、タメだし、性格も通じるものがある気がして…なんか個人的には明音と喨子のコンビが一番、日常漫画としてはハナシが書きやすいというか動かしやすい。
「おーい磯野~野球しようぜ~」のノリというか。
逆にこいつらがケンカする回とかも描いてみたいですね。
ただ、私自身がケンカ(殴り合い含む)をしないタチなので、導入が難しかったり。
ケンカになる前に引いちゃうので、私…。
なんか明音と他の子だとケンカにならなそう。
まあ、機会があれば…。
この回を先行公開した後、DMで匿名の方から質問をいただきました。
Q.漫画の最後のコマなのですが喨子ちゃんは手でも超能力を使えるという解釈でよろしいですか?(原文ママ)
え~…。
この質問をいただいたとき、かなり悩みました。
どう回答したもんかと。
この質問に答える前に、ちょっと前置きで話をば…。
漫画の内容について作者へ質問するっていうのは、商業漫画でもわりとみられますよね。
たとえば…記憶にあるのが、ワンピースの単行本のなかでそういった読者への質問に対して尾田先生がイラスト付きで回答するコーナーがありました。
で、私の考えなんですが…基本的には漫画を読んだ人の解釈におまかせしたいです。
これはわりとデリケートというか、なかなか白黒つけにくい問題でもあります。
私は”無条明音”の世界観などについて、支援サイト内でペラペラしゃべっていますが、これもホントはあんまりよくないことだと考えています。
とはいえ、私なりのファンサービスというか…支援してくださってる方向けになにかできないかなといろいろ考えて、設定だとかと小出しにしているのということもあり、本音を言うと「これ描いたときってこんなこと考えてたんだよ~」という私の所感を誰かに聞いて欲しいというのがありました。
映画感想回でもちょっとふれたんですが、作者側が作品の中身について「あれはねー、実はこういうことなんだよ」みたいに説明するっていうのは、よくない。
映画を観て、その人が感じたことが真実なので。
あとから監督なんかが「あれはこういう意味があった」とかなんとか、口頭で説明するのは正直しゃらくせえ。
でもしゃべっちゃう…。
説明が必要な時点で、その作品はうまく描けてない、作れていないってことだと思います。
そのへん、私自身「できてないなー」と感じています。
キャラクターの会話が説明ゼリフになってたり、ナレーションで説明しすぎだったり。
※エッセイ漫画についてはちょっと別です。あれは私の思ったことを描いているので…あんな感じで正解だと考えています。とはいえ、表現が稚拙だったりはすると思いますが…。
最近の邦画にもありがちなんですが、やたらと説明しすぎで、読者や視聴者の読解力や想像力を、信じきれていないようなところが、私にもあるのかなと。
「これは描かなくてもわかるだろう…いや、やっぱり説明が足らないかな?」みたいな。
読者に考えてもらうっていうことは、作品を作る上でわりと大事なことだと思っていて、作者側がぜーんぶなんもかんも「これはあーで」「それはこーで」って説明しちゃうと、ただただ消化するだけになっちゃう。
あとは、キャッチーなシーンだけに目を奪われるとか、ちょっとえっちなシーンがあれば見る、だけになってしまうと思います。
想像したりして楽しむ余地を奪うというか…。
しかし一方で、いい漫画の条件として”読みやすさ”もあると思います。
だれもが読んで内容や状況が理解できるかどうか、これを絵の表現力だけでやれてる漫画が、個人的に超一流だとかんがえています。
それができてないと私みたいにナレーションやらセリフやらで、わざわざ「今の状況はこういうことですよ」と説明してしまいがちです。
私はそのへんの経験が、まだまだ足りない。
あらためてそう感じました。
私なりに設定だとかは考えています。
ですが、それと読者の考察やなんかが合ってないといけないってわけではなくて…読者は読者で好きに”無条明音”を楽しんでもらえばいいと思っています。
ただ、「いや、この話を俺はこう感じたんだから、お前(作者)がなにをいおうがこれが正しいんだ!」といって、私に直接どうこう因縁つけたりするのはやめてほしいですね…。
「いや、そんなん知らんし」ってなります。
「俺は勝手に描くし、お前も勝手に読んで考えろ」
かなり乱暴なを言い方すると、こんな感じです。
え~…それで、質問に回答しようと思うのですが、回答する上で、上記で言っていることをいきなり破らざるを得ません。
つまり、わりと説明します。
まず、簡潔に申し上げると
A.喨子の超能力は”体の特定の部分からしか出ない”、という類のものではありません。
おそらく質問をくださった方は、私の過去の記事や、漫画の三日目「泥棒」の表現をみて、「ギカッっとおでこが光って衝撃波を出したのだから、頭から超能力が発せられているはずだ。しかし今回はあきらかに手でぐぐっと首を絞めている。つまり、超能力だったりなにかしらの力が、頭からだけではなく手からもでているのだ」ということを考えられたのではないかなと。
こういった、超能力だとか念動力だとか気功だとかって、媒体によって表現は様々だとは思います。
たとえば、『ドラゴンボール』の悟空は、手からかめはめ波を撃ちますよね。
ピッコロは口から怪光線を出したり、指先から魔貫光殺砲を撃ったりしています。
かたや、『AKIRA』の鉄雄や他のナンバーズ、『童夢』のエッちゃんなどは、上記のような『ドラゴンボール』の”気”などのような可視化できる力というよりは、”目に見えないなにか”がぶつけられたりしているように見えます。
『AKIRA』のホーズキというキャラは、喨子がやったように心臓をぎゅーっとしてましたね。
喨子の超能力は、そういったものをまぜたイメージです。
頭や指先から力が直接放出されているというよりは、対象からそんなに離れていない空中に”力”が発生してぶつけられたり、あるいは明音の首のまわりに”力”が発生して首をしめたりしていると考えられます。
一方、喨子がオーラをまとうシーンもありますが、あれは『幻魔大戦』というアニメ映画から影響を受けています。
このオーラは、可視化できているような表現になっています。
牛さらいをやっつけた際は、衝撃ははおでこからでているような演出ではありました。
しかし、それはあくまで演出であって…。
いきなり牛さらいが爆発するよりも、あきらかに喨子が「なにかを出した」「なにかをやった」ということが読者にわかりやすいのではないか…と考えた結果、ああいう表現になりました。
とはいえ、超能力は体のどの部分が主となっているのかというと、それは頭…というか、やっぱり脳だと思います。
ただ、だからといって”力”が直接、脳からみょみょみょと出ていって衝撃波となっている…というよりも、喨子が「このあたりをぶっ飛ばしたい」と思った範囲に直接衝撃が発生する、という感じ。
首絞めについても、先述したダース・ベイダーがそうやっているから同じように描いたというのが素直なところですが、じゃああのように首をしめるジェスチャーをしないと”力”は発生しないとかというと、そうではないと考えます。
なんていうか…たとえば棒立ちのまま、首を絞める”力”を発生させるのと、漫画に描いたように首を絞めるジェスチャーをして”力”を発生させるのとでは、超能力を使う側としてもジェスチャーありのほうがやりやすいのではないかなと。
われわれにしても、「やったー!」って喜ぶときに、より強く「やったー!」を表現しようとしたら、両手をかかげると思うんですよ。ぐっとガッツポーズしたりするかもしれません。
別に口だけで「やったー!」って言ってもいいんです。
ただ、ジェスチャーがあったほうが、より「やったー!」感って出ませんか?
なんかそういう、別にそんな理屈やルールはないんだけど、「なんとなくそのほうがそれっぽくなるから」みたいな理由で、喨子はジェスチャーをつけたうえで明音の首を絞めたんだと思います。
おそらくですが、ダース・ベイダーだってやろうと思えばジェスチャーなしで首絞めはできると思います。
ただ、映像的に何をやっているかわかりやすくするためというのがメタ的な理由で、ベイダー的にはそのほうが”集中力が高まるから”という理由があると考えます。
と、まあ…こんな感じです。
ま~た皆さんがコメントしづらくなるようなことを書いてますが、しょうがないんです。
DMで直接質問された以上、シカトはできないので。
で、回答するならウソをつきたくないんです。
以前書いたコメントについての記事でもちょっといいましたが、よくもわるくも、私とファンの方との距離が近いんでしょうね…。
尾田先生なんかもですね…たぶん、ジャンプ編集部あてにきた質問から、答えやすいものをピックアップして回答してると思います。
ただ、私の場合は直接メッセージを届けることができてしまうので…。
マシュマロや質問箱なんかも、前はやってたんですがほとんどこなかったので閉じちゃったんですよね…。
また復活させて、質問はそこに誘導したほうがいいかも。
回答できないものについては、「ノーコメントで」で全部返すとか。
でもあんまり窓口増やしたくないし…う~ん…。
ちなみに、今回わざわざオープンな場でこうやって回答したのは、DMだけで閉じちゃうと水平展開できないからです。
あとは、「こういう質問を直接されても、ちょっと困りますよ」という、他のファンの方へクギをさす意味でやってます。
みなまで言うなってことをあえて言いますが、この質問をされた方は、わたしを困らせようとか、悪気があってのことではまったくないです。
おそらくできるだけ、作者が思うカタチの解釈で読みたい、理解したいっていう、ポジティブなファンの感情だと思いますので。
ただ、それに対して作者がDMみたいなクローズな場で「いや違う、あれはこういうことなんだ」「それはその解釈であってる」みたいに、一つ一つ正解、不正解を明示していくのって…なんかおかしくないですか?
少なくとも、私はやりたくないです。
自分で考えて、自分なりの楽しさを見つけてほしいなと思います。
映画の感想のように、自分のTwitterやブログなどで感想を書いてみるとか、他の人の感想を読んで考察してみるとか…。
まあ、私の作品の場合は、まだそういう人たちがほとんどいないっていうのはあるんですが…。
その上で、たとえば私が記事なんかで設定をしゃべって、もし解釈が違ってたら「あ、そういうことだったんだ」と思い直してもいいし、「いや~作者はこう言ってるけど、俺はこうだと思ったしな」とつっぱねてもいいんです。
ただ、その解釈を直接、私や他の読者に押し付けるようなことはやめてほしいですけどね。
私がこの方にどれだけ励まされてきたか…。
金銭的にも物理的にも精神的にも、たくさんの恩があります。
ですが、だからといって言いたいことを我慢する、ということはしたくありません。
※記事作成後の追記
この記事を投稿する前に、DMで今回の質問者の方に私の回答内容を読んでいただきました。
その際、以下の指摘をうけたので、そのことについても書きます。
・ご指摘内容
過去の記事に「おでこから破壊光線を出す~能力を育てていないのでそれ以外の事は出来ない」と明記されていて、今回の最後のコマがおでこで何かしているようにも見えましたし手でつかんでいるようにも見えたので質問させてもらった(原文ママ)
参考URL:無条明音(ゲーム)の進捗報告 Vol.06
https://ci-en.dlsite.com/creator/2776/article/356798
なるほど…確かに!
私自身が、そのように書いています。
ご指摘の通りでございます…。
これについては完全に、私がこのように書いたことを忘れていました。
この追加指摘をもらって、はじめて納得がいきました。
つまり今回の件、これは質問というよりは、”指摘”だったんだなと。
「おまえ、前言ってたことと違くね?」ってことですね。
と、いうことは…私が先程まで長々と語っていた、演出やその解釈についてどうのこうのというくだりは、質問者さんからすると…まるで的外れの回答だった、ということになります。
そもそもの前提として、喨子についての認識というか設定が、私と質問者さんとでズレているので。
設定がコロコロ変わるのは、よくない。
というか、自分で決めたキャラクターの設定を自分で忘れてるっていうのは、よくない。
今回の質問者さんの指摘自体は、私の過去の記事をちゃんと参照した上でのことですし、完全にごもっともなご指摘だと思います。
ただ、ちょっと言葉足らずです。
最初から追加指摘の部分も添えてもらえていたら、私ももうちょっと別の回答ができていたのではないかなと。
おそらくその場合、私が返す言葉は「昔そう言ってましたが、今はこうしてます」とかになるかと思いますが。
推測になりますけど、この質問者さんは過去の私の”コメントについて”の記事を読んで、私がイラッとしないよう、あえて言葉を削ったんではないかなと思いました。
指摘ではなく、質問になるように。
この方はこの方なりに、私に対してものすご~~く気を使ってくださっているのがよくわかります。
それに、矛盾を指摘して私に対してマウント取ろうとかではまったくないってことも、もちろん私もよくわかっています。
この方は『無条明音』を真剣に読んでくださっていると思いますので、設定の矛盾に気づいたとき、どうしてもそれを伝えたかったんではないかなと。
しかしまあ…言い訳させてもらうと、キャラクターも作ったばかりだったので…設定もまだまだ練りが甘かったと思います。
こんな場合は遠慮なく指摘していただいて構いませんが、今後もけっこうキャラの設定を変えたりとかがまったくないとは言い切れません。
今後、ご質問やご指摘をされる場合は、DMではなくオープンなコメント欄などで、遠回しな表現ではなく直接的な表現でご指摘をお願いいたします。
なにか指摘された場合、私はやっぱイラッときます。
その指摘がまっとうかまっとうでないかは関係ないんです。
私としては、なにか作品を公開する以上、毎回自分なりにベストを尽くしています。
「あ~もう、めんどくせえからこれでいいやぁ…」というような感じで、漫画なりイラストなりを公開したことはありません。
もちろん、稚拙な点もあると思います。
ですが、私なりに限られた時間の中でできる限りのことをした上でのことなので、それについてなにか言われるとどうしたって条件反射でイラッときます。
たぶん、私は頭がおかしいんでしょう。
昔っから自分でもかなり短気というか、わりと頭に血が上りやすい方だと思っていました。
(それなのに今まで生きてきて喧嘩とかにならなかったのは、私がそういうことをする勇気や度胸がないからです。)
ただ一応、私はイラッときはしますが、だからといってシカトしたりはせず、その指摘内容をちゃんと読んで考えます。
その上で、修正したりすることもあれば、しないこともあると思います。
プロ漫画家でも、けっこうネタにされたりするものがありますよね。
「あれ?あの設定ってどうなったの?」っていう。
これはですね…よっぽどの理由がない限り、作者が悪いです。
今回の件も、わたしが悪いです。忘れてたので。
過去によく考えもせず(いや、あの記事を書いた当時は自分なりにちゃんと考えて書きましたが)設定を作ってオモテに出してしまった私が悪いです。
ですがぶっちゃけ、こういうことを気にしてしまうと、なーんも作れなくなる。
私なりに、今後もちろん気をつけますが、どうしてもゼロにはならないと思います。
私も、キャラクター達もカンペキではないので。
あきらかな作画ミス(両手とも右手になってるとか)などについてはむしろ指摘してくださったほうが助かります。
ですが、こういった設定に関する指摘については…ムズカシイですね…。
たぶん、もっともな場合もあるし、「いやいや…それは別によくね?」みたいなこともあるでしょうし…。
ともかく、ご指摘くださり、ありがとうございました。
…ですが、今回は漫画のコマを修正するようなことはしません。
喨子ができることも、今後増えていくと思います。
長々と書きはしましたが、私はこの質問をくださった方を叩きたいだとか、攻撃したいとかいうことでは決してございません。
あくまで、私をフォローしたり応援してくださっている皆様、特に、いつもコメントを下さっている方々に対して、「こういうメッセージをいただくと、私はこう考えますよ」ということを事前に知っていただきたいので、あえてオープンな場所で書いています。
これは私の持論なんですが、我慢というものは長くは続きません。
今回の件を例にすると、私が営業用の仮面をかぶり、質問者さんへもっとやわらかく、好意的に対応することももちろんできました。私もそこそこ年いってるので。
ですが…。
「ご質問、ありがとうございます! 実は喨子は~で…~なんですよ~」とかで返したとします。
そうするとおそらく質問者さんは「あーなんかいい感じで伝えられた。またDMしよう。」だとか、「次の進捗までにいくつか質問を考えとかないとな~」などと考えるかもしれません。
そして、また同じようにこの質問者さんはDMで質問をし、私もフレンドリーに回答します。
そういうことを続けていくと、DM内で、私と質問者さんしか知らない設定などが増えていきますね。
私はたぶん、「これはいかん」と思って進捗記事の中に”Q&Aコーナー”を常設するでしょう。
そして、そこで会話した内容を記事にして他のフォロワーさんへ水平展開します。
そうすると質問者さんは「わー!私のやってたことでコーナーが出来た!うれしい!もっともっと質問して盛り上げていこう!」と、考えるかもしれません。
そして、そんなやりとりを5年~10年続けたとします。
実際、私はそんなには持ちませんが…どこかで我慢の限界がきます。
ちょっと…、いよいよツライぞと。
そう考えて、そこまで長い時間ひっぱった後でようやく、ホンネを質問者さんにぶつけたとします。
「いままで質問者さんとDMを続けてきましたが…実はあれ、しんどかったんです。もうやめてください…。」みたいな。
そうなったらですよ…。
私が質問者さんだったとしたら、まずビックリします。
「えぇっ!!!!??なんで????あんなにフレンドリーに会話してたじゃないですか??なんで急に???」、と。
そして、ものっすごく悲しくなるか、ものっすごく怒りがわきますね。
おそらく、私の活動に対する熱が強ければ強いほど、この感情は深まるはずです。
はっきり言ってこのケースの場合、質問者さんは一切悪くないです。
悪いのは、ず~~~~~っと嘘をつき続けて、その嘘を最後まで完遂できなかった私なんですから。
だって、そりゃそうでしょう…。
質問者さんからしたらですよ…ずっとフレンドリーに、楽しくDMで会話してたんですもん。
それが急に…実はそう思われてなかったとか言われてみてください。
私がもし…尊敬する漫画家だとかに「お前うぜえ」って言われたら…マジで立ち直れません…。ショックすぎる。
相手によっては、私が刺し殺されたり、逆に質問者さんがショックで自殺したりも、ヘタしたらありえますよ。
かなり極端な例を上げてますが、人間というものは「まさか」ということをしたり考えたりするものです。
たまたま不幸が重なるとか、気分や体調だとかで魔が差すときもあると思います。
もし、仮面をかぶって嘘をつき続けるのだとしたら、私が死ぬか、質問者さんが死ぬまで、その嘘をつき通すべきです。
ですが、ぜ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ったい!
我慢や嘘は長く続きません。
特に、私は短気なほうなのでよけい長続きしません。
それが自分でわかっていたので、今回のように早々とホンネを打ち合けました。
私がコミッションやお金についてぶつくさ言ってるのも、同じ理由です。
私は会社員時代、常に仮面をかぶって生活していました。
内弁慶なので。
ほとんどの社会人…いや、学生ですらそうだと思います。
みんな何かしら仮面をかぶって生活している。
たった10年ほどでしたけど、ほんとにキツかった…。
そんな私は現在、食っていけてはないですが…まがりなりにもサークルの主となっています。
せっかく自由に、自分の好きなことをやっていこうというのに、もう仮面をかぶるのはうんざりなんです…。
ただ、コミュニケーションをとるうえで、現代において社会生活を営んでいく上ではなんでもかんでも本音でしゃべっちゃうと、自分が不利な状況に陥ったり、相手を傷つけたりすることになってしまうので…やっぱりところどころ仮面はかぶらざるを得ません。
ですが…できるだけ。
できるだけ、ウラオモテのないようにしたい。
とくに、私の活動を応援してくれているファンの皆様には極力、嘘をつきたくないです。
せっかく縁があって交流を持てたんだから、ず~っと仮面をかぶり続けてファンの方と話し続けるっていうのは、なんか…悲しい。
もちろん、こういった私の対応や言動が原因で、この質問者さんをはじめ、「あ~なんかこのひとのイラストとかは好きだったけど、作者がなんかうぜーしめんどくせえからファンやめるわ」となるかもしれません。
が、それはもう、しょうがないです。
そんな私のことが、「苦手だな~」とか、「嫌だな」と感じるってことは、おそらく私とその方とは”合わないんだ”と思います。
なのでそういう方は、無理にコメントする必要もないですし、支援サイトなどのフォローをしないほうがいいと思います。
ちょっと距離を空けて、私の作品だけ楽しんで頂くとかのほうが精神的にもいいのではないかと。
これはですね…実は私も、イヤほど体験していまして…。
Twitterを始めて、いままでファンだった創作者…漫画でもゲームでもアニメでも映画でも音楽でもなんでもそうなんですが、「え、この人こんな人だったの…?」とショックを受けたことが何度もあります。
具体的に誰とはいいませんが…そのせいで、いままで好きだった作品を素直に楽しめなくなってしまったこともあります。
これも私の持論なんですが、創作物とその作者は切り離して考えるべきです。
私自身、徹底できてませんけどね…。
例えば、いままでず~っと好きで聞いていた音楽の作者がですよ、なんらかの罪で捕まるとします。
この場合、作者に罪はあるが、その曲自体には罪はないんです。
だから、今までどおりその曲を楽しんでもいいんです。
映画でも、俳優が不祥事を起こしたからって公開停止になったりしますよね。
あれは私、ほんとナンセンスだと感じます。
もちろん被害者感情に配慮するというのはわかりますが…キリがないよねっていう。
例の地震以降、津波の表現規制などもありますが、あれもね…私は福島に住んでないので、正直被災した方々の気持ちがわかるとは言えません。
でも、だったらもし飛行機事故にあった人がいたら作品に飛行機を一切出さないようにするのか、とか。
そもそも戦争や殺しが出てこない作品ってあんまなくない?とか、ね。
うちの近所にも、暴走族がず~~~~っといて、毎晩エンジン音が聞こえてマジうぜえっすけど、暴走族が出てくる漫画やなんかを規制しろとは言いませんし。
とはいえ、その罪の内容によっては拒否反応が起きるときがやっぱりあります。
一番顕著なのは、婦女暴行です。
たとえば、大麻で捕まったミュージシャンの曲なんかは、いまでもよく好んで聞いてたりします。
かたや、婦女暴行で捕まったミュージシャンの曲や俳優の映画なんかは、その映画を観てても「こいつレイパーなんやな」という思いが、どうしてもわいてきてしまう。
別に大麻がおっけーといってるわけではなくてですね…すごく微妙な感情だと思うんですが…おそらく、”その人間だけで完結しているように見えるもの”については拒否反応が少なく、”その人間以外の誰かを傷つけているもの”については拒否反応が大きい。
婦女暴行だけでなく、単純な暴力や殺人などもそうです。
ただ、暴力については…たとえばイジメられてる子が復讐で暴力沙汰を起こしたとか聞くと「ようやった!」と私は思っちゃうこともあります、ぶっちゃけ。
殺人にしても、「いや~、これは殺されてもしかたねえやな…」と思っちゃう事件もあったりしますが…ピンきりですね。
でも、痴漢や婦女暴行って、理由もクソもないんですよ。
ダメでしょ絶対。
もちろん、大麻やってるやつも、たいがい周りの人に迷惑をかけてるとは思います。
でもそれが、具体的によくわかんない分、なんかね…創作物が普通に楽しめちゃったりするんですよね…。
特に海外はクサやってない芸能人の方が少ないイメージです。
俺の尊敬するクエンティン・タランティーノでさえ、やってますしね。
でもだからといって『レザボア・ドッグス』や『パルプ・フィクション』、『ジャンゴ』を二度と観ないかというと普通に観ますし、楽しめます。
あ~この映画すげえ面白かった…となってwikiなどで監督や出演者の経歴を眺めたりすると…なんかしらやってたりするんですよ。
なんなんでしょうね、この感じ…。
ちょっと共感できないかもしれないですが。
ちなみに、「じゃあお前はなんで陵辱絵なんて描いてるの?」という人がいるかもしれませんが…お話と現実をごっちゃにしちゃあいけません。
たとえば、「あ~女犯してぇ」という感情、「痴漢してえ」とか「子供に手を出してぇ」だとか、「物を盗みてぇ」「気に入らないやつは叩き殺してぇ」「ムシャクシャするから放火してぇ」などなど…。
おそらくですね…一度も、ただの一度も、いわゆる犯罪行為を夢想したことがない人間って、私はいないと考えています。
これは老若男女、すべてに言えます。
ですが、現実にやっちゃあ、ダメなんです。
やっちゃダメなんですが、「やりてぇ」という感情が”湧くこと”を抑えることもできないんです。
そのためにも、我々みたいなフィクションを作っていくものたちがいます。
もちろん、そのフィクションに影響されて犯罪をおかした人もいないとは言いません。
ですが、フィクションがあることで、たくさんの人達の様々な欲望が解消されているはずです。
統計なんかとってませんが、確実に犯罪数を抑えることに貢献していると考えています。
娯楽がなきゃ、犯罪ばっかになりますよ。
人間ってのはそういうものです。
性風俗業で働いていたり、AV出演者を揶揄する人なんかもいますが、ああいう仕事をしてくださっている方々がいるから、いわゆる”まともな一般人”としていられる人も多いと考えています。(もちろん、その関係者の中にもクソみてぇな輩がいるでしょうが)
男ならわかると思いますが、一発ヌけば、もううんざりするんです。
「エロいこと考えたくもねぇや」っていう感じ。
あれは、理性的な、人間らしい暮らしをしていくうえで、大切なことだと思います。
逆に、なにをオカズにしても我慢できない、実際に女を犯さないと満足できないって人は、病気なんです。
医者にかかってください。
で、まあ…すげえ脱線しましたが、私に限らず、「作品は好きだけど作者は嫌い」という状況にならないためにも、あんまりですね…作者のTwitterだったり支援サイトをみないほうがいいときもありますよ、と…。
私も何度か言ってますが…ある程度は、作者とファンは距離をとって交流すべきだと思っています。
しかしこれがまあ、塩梅が難しくてですね…。
私自身、コメントをいただいたりして、会話するのは楽しいですし、うれしいです。
赤字覚悟でイベントに出ようと思うのも、直接フォロワーさんに会って一言でも交わせたらなと思うからですし。
ただ、ちょっと踏み込みすぎてくる人も、おそらくいると思います。
じゃあどこまでが良いのか悪いのかなんて、ぶっちゃけ私のノリなので…フォロワーさんからしたら、「いや、そんな事言われてもねぇ…」って感じになっちゃうと思いますし。
私が日記やなんかであんまりぶつくさ言うので、嫌気が差してフォローをやめてしまった人もわりといるんじゃないかと思います。
ただ、私もカカシじゃないんで…。
楽しいと思ったりするときもあれば、イラッとするときもあります。
ありがたいなと思うこともあれば、迷惑だなと思うこともあります。
私の場合、そういった己のナマの感情を抑え込んで、仮面を常につけて活動を続けるというのはどうやら向いていないようです。
長くなりましたが、今回言いたいことは全部言えました。
こんなめんどくさい私ですが、よろしければ、今後も応援のほど、よろしくお願いいたします…。
以上。