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「太郎君!!」
刀を手に、殿様に向かって走る太郎。そんな太郎を援護しようと、全員が一斉に飛びかかりました。
「来い! 力を証明してみせよ!」
最高に楽しそうな笑顔と声色で、殿様は応えます。
太郎に、もはや恐怖はありませんでした。
しかし一方で、妙に冷静でもありました。第六感、とでもいうのでしょうか、身体のどこかがヒヤリと冷たくなる感覚がして避けると、次の瞬間そこに殿様の刀が振られるのです。
もちろん、よけきれないことはあります。しかし戦いの素人という点では、「初撃で斬られない」時点で十分奇跡なのです。
「僕も、役に立つニャ!」
猫ちゃんが殿様の剣をかわし、腕に傷をつけました。
「! 後ろ、避けて!!」
「応!」
冷静に分析する健ちゃんが、的確な指示を出します。
ーーそれでも、全くの互角といったところでした。
ハヤタと乳女ん、近藤さんの三人は子供たちの身を気遣いながら戦ってくれているのです。確かに活躍はしてくれているし、いた方が良いのですが、時折危なっかしい動きをした時は助けに入ります。
(く…もう少し、俺たちが強ければ…!)
冷静な太郎が、目の前でハヤタが防いでくれた殿様の刀を見て痛感します。
全員が自分の戦いに集中出来れば…それが叶わぬのなら、せめて、せめてあと一人、強い人が来てくれれば――。
太郎は考え、そして瞬時に頭を振ります。
そんな『たられば』は、現実逃避と一緒です。そんなことより、目の前に集中しなければ、文字通り足手まといになってしまう。
「ははは! いいぞ、あと一押しだ! 来い、ここまで来てみろ!」
殿様の声が、挑発とわかっていてもイライラします。まさに自分たちが考えていることを、痛いところを抉るのです。
くそ、
くそ…
このまま消耗戦になれば、一見殿様が不利になりそうですが、実は違います。
仲間と戦っている時、例えばすぐ横で仲間が倒れたなら――どうでしょうか?
きっと平常心ではいられない筈です。
殿様もそこはわかっているはずなので、まず子供の誰か、動きが弱ったところを斬るでしょう。
ここで、今決着をつけなければ。
しかしどうやって…どうやって?
「決め手に欠けるなぁ…どうだ、刀は重かろう? 顔色が悪いぞ…!!」
一瞬、苛立って舌打ちしました。
瞬間、太郎の目の前に、巨大な刀が振り下ろされます。
(しまっ――)
と、
太郎は突然、後ろへ飛ばされました。
首根っこが痛い、それしかわかりませんでした。
「?!」
今、何が起こっているのか?
状況を理解できたのは、思い切り尻を床にたたきつけた痛みと、咄嗟に前を見て、そこに映った映像でした。
「――許してくれ、それしかなかったのだ」
どこかで聴いた声、そして顔――。
それは紛れもなく、死んだはずの通せん坊でした。
「! 通せん坊! 来てくれたのか!」
乳女んの声が響いたときには、太郎の後ろにいたはずの通せん坊はもう殿様の後ろに回り込んでいました。
「さっすが通せん坊! 俺より速い唯一の――いや、最初の男だぜ!!」
興奮したように、ハヤタも叫びます。
少し息を吐き、そして通せん坊は重く、固い声で殿に呼びかけました。
「――殿。これより先は、殿守護神三人衆最強を自負するこの通せん坊もお相手いたしましょう」
「さ、…さい、きょう…?」
思わず、素っ頓狂な声が出てしまう太郎。しかしよく考えてください、非常口を守っていたのです。
城の戦力ではどうにもならず、非常口から逃げるしかない殿様を守る、最後の人間として任されたのが、通せん坊だったのです。
弱い訳はありません。
「あの時は突然の刺激に驚き、心臓が止まりかけた。が――もうかのような失態は起こさぬ」
その目は、あの時の通せん坊とは全く別人のようでした。
あの時は本当に殺すつもりなどなく、ただ捕まえようとしていただけだったのです。
「…何故寝返った?」
一切の感情もなく、殿様は問いかけます。それに、通せん坊もまた、淡々と返しました。
「殿は民を守る者。民を殺せば、殿でなくなりまする」
しばらくの沈黙の後、殿様は大きくため息を吐きました。
「――ふん、手詰まりか」
がらん、と、両手の剣を床に落とします。
それは、負けを認めた、ということに他なりませんでした。
一同、緊張から解放され、泣き出すもの、床に倒れこむ者、笑いだすものなど、それぞれの方法で喜びました。
そんな最中、殿は天を仰ぐ太郎をじっと見つめています。
「…太郎、といったか?」
「え、は? はい!」
直前まで殺し合っていたとはいえ、相手は殿様です。太郎はびっくりして、振り向きます。
「この計画は、貴様が発端か?」
「――えっと、たぶん、そうです」
「多分だと? 十全に話し合い、万全の計画を練ってきたのではないのか?」
「いやあの、なんというか、その場の勢いで…です、はい」
一瞬呆けたような、殿様の顔。そのあと、皆が驚くほどに大笑いし、しばらく笑い続けていました。それは今まで戦っていた人間とは思えぬほど隙だらけで、人間らしい顔でした。
「ははは! そうか、そんな思い付きに儂は負けたか! 気に入った! これほど悔しい力の差はない!!」
「ち、ちからのさ…?」
なんのことかわからず、太郎はただ殿様の次の言葉を待っていました。
「わからんか? 人間としての器よ! ただの少年に、こんなにたくさんの人間がついてくると思うか?」
「――あ、いやこれは…」
自分の力ではない、と言おうとしました。だってそうだもん、と。
「理由などどうだっていい、現に共に戦っているではないか! これほどの将としての器の差、羨むほどだ!!」
儂とは大違いだ、というブラックジョークは、果たして笑っていいものか? と太郎が迷っていると、察したのか違うのか、殿様は満面の笑みで太郎に向き直りました。
「儂はやはり、力は大事だと思う。しかしお主の場合は、力であって力で無い何かが備わっておるな。どれ、共に生活して見極めてみるか」
「え? 共に? 力? 違う? 何が?」
どこからどう理解してよいのかわからず、太郎はただ茫然と苦笑いするだけでした。
が、話は無情にも進んでいきます。
「おい三人衆! 儂はしばらく城を空ける! 三人もいるのだ、知恵を出し合い国を回せぃ! それと、村に無理な要求を突きつけるのはやめじゃぁ!!!」
「「「はっ!」」」
「それでは太郎。しばらく世話になるぞ」
満面の笑みで握手を求める殿様。
「…なんだか、とんでもないことになったニャ…」
「太郎君、頑張ってね…!」
他の2人の、「やべぇ話になってきたぞおい」みたいな顔は、おそらく太郎の一生の思い出です。
太郎には伸ばされたその手を、握りしめることしかできませんでした――。
村につき、まず殿様が村の皆にしたことは土下座でした。
「このたびは、儂が至らぬばかりに迷惑をかけた。どうか今一度、儂に生きる機を与えて欲しい。拒否されたなら仕方がない、儂はここで腹を切る覚悟だ」
そこまでいわれて断れる人間はいませんでした。
ひとまず村長の屋敷に住ませる流れになったのを、殿様は断りました。
「儂は見習いの身。土に敷いたゴザの上にでも寝よう。何しろ、太郎の近くにおりたい」
そんなこんなで、冷や汗で滝が出来そうな太郎の家に住むことになった殿様。遊びほうけていた太郎の父も、さすがにピシッとしてました。
そしてその日を境に、働き者の父が帰ってきました。
そして――。
猫ちゃんは猫ちゃんで、ハヤタに毎日追いかけまわされてスピード勝負に花を咲かせるようになりました。
嫌だ嫌だと言ってはいますが、遊び感覚で楽しんでるようです。
健ちゃんは三人衆に請われ、なんとお城付きの参謀に任命されました。
両親は一瞬で呉服屋を辞め、今は悠々自適の息子のお給料ライフを楽しんでいます。
そして太郎は――。
「殿さま、お茶にしましょう!」
照りつける日差しの中、新たに開墾することになった土地の固い土をほぐす仕事。
そこには太郎と父と、殿様の姿がありました。
「――あぁ、ありがたい。もうクタクタだ」
刀よりも重いクワを手に、ふぅっと息を吐き天を仰ぐ殿さま。
そこには、弱きものにしかわからない世界があり、殿よりも強き者にしかわからない苦悩と重さと重労働があり、そして殿さまは、とても晴れやかな顔をしていました。
それは間違いなく新たな世界を知った顔であり、そしてその顔があるということは、『悪い殿を殺す』という謀反が、確かに成功した証でした。
ーーありがとうございました。
しょっち@気ままにやってきます
2022-06-04 13:03:29 +0000 UTC藤原妹紅
2022-06-04 12:41:19 +0000 UTCしょっち@気ままにやってきます
2022-06-04 11:46:10 +0000 UTCrikuruhu
2022-06-04 11:41:22 +0000 UTC