人食い屋敷
Added 2025-08-08 11:47:10 +0000 UTC「あーっやばいよぉ~」 「寒い~っ」 バケツをひっくり返したような豪雨に突き刺されながら、私たちは一歩先も白んで見えない山道をさ迷い歩いた。ちゃんと登山道を歩いていたはずなのに、いつの間にか私たち全員道なき獣道に迷い込み引き返そうとしたらこの豪雨。服は重くなりベタつき動きづらくなり、見る間に体温が下がっていく。どこへ進んでいるのかもわからない。運が尽きたとしか言いようがない。ここで死ぬのかな。やめときゃよかったな。そう思い始めた矢先。 「あっ……おい、何か光ったぞ!」 先輩が叫ぶ声が聞こえる。雨で周囲は何も見えないけど、顔を上げると確かに光がある。私たち全員吸い寄せられるようにその光へ向かった。近づくにつれ、家だとわかり、無言の歓声が広がる。助かった――。 「すいません! 誰かいませんか!」 先輩がドアを懸命に叩くが、返事がない。窓の中からは眩い光があるので留守ってことはなさそうなんだけど。酷い雨のせいで窓の中はよく見えない。とにかく早く雨宿りしたい。凍えて死んじゃう。 「あっ」 先輩が小さくうめいた。ドアが開いた。鍵はかかっていなかったらしい。家主の許可はとれなかったけど、先輩は迷うことなく入っていった。私たちも続いた。いいよね。死んじゃうもん。 こうして私たち十一人は山の中に突如出現したその家の中に、疑問も躊躇もなく上がり込んだのだった。 大学の山岳部とオカルト研究会合同の登山。夏休みに敢行されたこのイベントに私も参加していた。元はオカ研の企画だったらしいけど、素人だけじゃ危険だろうと先輩……私ら山岳部の部長がねじ込んだ。本当の理由はオカ研にかわいい子がいるからだろうけど。そんなわけで男6女5の合コン登山が敢行された。参加しなきゃよかったと今心から後悔している。 家の中はまるでモデルルームのように綺麗で汚れもほとんどなく、シックな家具が並べられていた。木目の床には埃一つ落ちていない。真っ白な壁と天井もついさっき完成したかのようだ。部長は躊躇も遠慮もなく白いソファに座り込み、ビチャビチャの手で青いクッションを脇にどけた。おいおい……と思うものの、体が寒さに震える。今は生き残るための本能が優越しているのか誰も文句を言わない。 「あっお風呂ある!」 緑川さんが嬉しそうに叫んだ。私含め女子陣は我先に声の方へ急いだ。そこでまた驚かされた。風呂が沸いている。緑川さんがビシャビシャの服を脱ぐ傍ら、暖かそうな湯気が脱衣所まで広がった。脱衣所も同じように塵一つなく洗面台も鏡も新品みたく綺麗。でも、歯ブラシとかコップとかは一切見当たらない。何か変。ていうか勝手にお風呂入っていいの? と思うけど、このままじゃ死ぬから誰も何も言わない。私たちは当然のように服を脱いで代わる代わるシャワーを浴びた。私も命の湯に体を暖めてもらった瞬間、罪悪感とかは消し飛んでしまった。 (あぁ~っ、あったか~い……助かったあぁ~) ただ問題はタオルや着替えがないこと……。男も大勢いるからなぁ……と思っていると、先にシャワーを浴びたみんながフカフカのタオルで体を拭いていた。呆然と眺めていると流石にばつが悪そうに、「あっ、そこにあったから……」と小声で呟く。それから私にも新品タオルを投げてよこした。これで同罪だし非常時だからいいでしょ? とばかりに。いや流石に……と思ったけど私だけ拭かないのもバカみたいだなと思い、私も使わせてもらった。あとが怖いなあ。でもこの家の人どこいったんだろ? 気配がしないよ。そもそもこの家なに? 余裕ができてくると次々に疑問が浮かんだが、男どもの「まだかぁー?」という切羽詰まった叫びで私の思考は中断された。 急いで体を拭き、着替えどうしようと思った瞬間、みんながメイド服を着ていることに気づき思わず目を見開いた。え? なにその格好というかどうして……。いつの間にか脱衣所に、丁寧に折りたたまれた服が一式用意されていた。何だこれ。さっきこんなのあった? みんなだいぶ恥ずかしそうで何とも言えない空気が流れていたが、ビチャビチャじゃない暖かく中古感もない着替えの存在に負けたらしい。これしかないからしょうがないよねという無言の同調。私だけ裸かビチャビチャの服ってわけにもいかない。仕方なく私も残っていたメイド服に袖を通した。下着まであるよ。しかもサイズピッタリ。これ誰が用意したの? 本当に最初からここにあった? 運の悪いことに、私が手に取ったメイド服はかなりのミニスカートだった。まるでアニメキャラのようにリボンやフリルも多い。気が進まなかったけど、仕方なく一式に混じっていた白タイツを着用した。メッチャ恥ずかしい。コスプレじゃんこんなの。 女子と入れ替わりに入ってきた男子たちは最初はメイド姿で出てきたみんなに目を真ん丸にしていたけど、何も言わず風呂に突撃していった。みんなガチガチ震えててそれどころじゃなかったのだろう。 洗面所からリビングへ行く際、私は男子の着替えが置かれてないことを確認した。……うーん、探してあげたほうがいいかな。と思ったけど助かったという実感が沸いた瞬間ドッと疲れが出て、私はリビングの白いソファに座り込んだ。 「うぇっ」 先輩らが座ってたせいでグッショリしてる。テーブルの椅子はすでに先に上がった女子に占領されていたので、仕方なくカーペットの上に座った。うう。ミニスカじゃなけりゃなあ。緑川さんと黄土さんは落ち着いたロングスカートのメイド服で、比較的まともに見える。ズルい。コスプレみたいなミニスカで白タイツの私が床に座ってるの見て見下すような笑みも浮かべた。ムカつく。家主さん来たら最初に勝手にシャワー使ったのあんただって言うからな。 そのうち男子たちもシャワーを終えてリビングに戻ってきた。パリッとした白い襟付きのシャツと青いジーパンで。……着替えなかったはずだけど。ていうかなんで女子陣はメイド服なのさ。 皆に余裕が戻ってくると、案の定私たちの格好は面白おかしく男子たちにからかわれた。しょーがないじゃんこれしかなかったんだから! はぁ、せめてロングスカートのメイド服なかったかなあ。自分でこんなメイド服選んだと思われるの心外だよ。 みんなで家の中を探索することになり、私は黄土さんと二階に上がった。 「し……失礼しまーす……」 二階奥の部屋のドアを開けたその時。思わず抱き合って「うひゃあ!」と叫んでしまった。人がいた……ように見えたからだ。凍り付いたように動かない笑顔。それが私たちを出迎えた。机とベッドの間にいた……いや、あったのは等身大のフィギュアだった。白とピンクを基調としたフリフリの服とブーツ、そして長いピンクのポニーテール。両手を斜め下に伸ばして微動だにしない。流石に不意打ちすぎる。 「なにこれ……マネキン?」 「いや……フィギュア、かな……」 あー怖かった。冗談じゃないよ。なんでこんなもの置いてあるわけ。悪趣味な家。そして机にはモニターと何も本のない棚が置いてあるだけで、ベッド下の引き出しにも何も入っていなかった。クローゼットに服もない。全くおかしい。ティッシュやごみ箱すらないなんて。この家ほんとに何か変……。 「失礼しましたー……」 ジッとこっちを見つめる魔法少女フィギュアに向かって小声でそう言いながら、私たちはドアを閉め、その部屋を後にした。 リビングで報告会をすると、どの部屋も似たようなもんだったらしい。マネキンだったり大きなぬいぐるみが置いてあったりしたそうだ。そして家主さんの気配はなし。 「ったくもー……なんなんだこの家」 「家の人どこ行ったんだろうね」 お風呂沸かしてあったんだから留守ってこともないと思うんだけどね。 「なんか怖くない?」 「でもまあこの家のおかげで俺ら助かったわけじゃん?」 「ねーそれより助け呼ばない?」 しかしスマホは圏外で家に固定電話もなし。窓の向こうで台風のように降り続ける豪雨もやむ気配がなく、私たちはこの家に足止めだった。 自分の格好がいたたまれないのでリビングから引き揚げ、同じくミニスカメイドなオカ研の子と一緒に二階の部屋のベッドに腰かけていると、彼女が語りだした。今回の登山で探していたこの山の怪異の中に、あるらしい……人食い屋敷の伝説が。山で迷った人間を誘い込んで食べてしまうという怪談。全身に悪寒が走った。 「それってまさか……」 「あはは。かもしれませんよ~」 オカ研の子はかなり目を輝かせている。スマホが圏外じゃなかったら詳しく見せれたんですけど、と残念そう。この生活感のなさすぎる妙な家。現実にそんなことない……とは思うけど、もし怪談が本当だったら……私たちどうなるの? 「食われるってどういう……」 そう尋ねた瞬間、下から絶叫が聞こえた。急いで廊下に出て階段を降りると、信じられない光景が広がっていた。先輩が……部長がソファと一体化している。全身がソファの白いカバーと切れ目なく繋がっていて、徐々に体が白いカバーと同じ素材……に変わって……いるように見えた。 「お……おいっ、な、なんだよこれええぇ!」 女子の悲鳴と部長の絶叫が止まない。部長はソファから逃れようともがいていたが、だんだん体が小さく……いや、ソファのカバーと同化して人の輪郭を失いつつあった。みんなが見守る中、部長はソファの中に溶けていき、やがて完全に消失してしまった。 「え? え? 嘘……嘘でしょ。これってドッキリ……」 間を置かず、カーペットの上に崩れ尻餅をついた緑川さんの両手に異変が生じた。両手がカーペットと同化してくっついている。長いメイド服の裾とお尻、そして足先さえも。 「え? ちょ……これ……ああああ! とって! とってとって!」 今度は彼女が絶叫する番だった。部長と同じように、体の材質がカーペットと同じものになりながら輪郭を失っていく。まるで溶けているみたいだ。山岳部の男子が一人彼女をカーペットから引き剥がそうとしたが、すでに彼女の手は溶けて手首がカーペットと切れ目なく繋がってしまっている。それを引っ張った瞬間、緑川さんは「痛い!」と叫び、彼は救助をあきらめざるを得なかった。みんなが互いの顔を見合わせた次の瞬間、一斉に玄関へ駆け出した。緑川さんの悲鳴を背に受けながら、私も走った。ドッキリじゃない。本当だ。部長と緑川さんは本当に……溶かされた。この家に食われてしまったのだ。あれは絶対に特殊メイクだとかで再現できるもんじゃない。いずれかの段階でみんな人食い屋敷の怪談も聞いていたのだろう、もう誰も疑わなかった。 「おい! 早く開けろよ!」 「あかねえんだよ! くそっ、おかし……あ」 俊樹くんの手が銀色に光っている。ドアノブと溶け合い同化していた。 「あ……お、おい嘘だろ。ちょ……」 私たちはドアと彼から飛び退き距離をとった。彼は絶望的な目で縋るように私たちを見つめている。 「わ……悪い!」「ご……ごめん!」 口々にそう叫び、私たちは玄関からリビングへ逃げ帰った。俊樹くんの助けを呼ぶ声から必死に意識を逸らしながら。 リビングに緑川さんの姿はなかった。みんなは一斉に窓へ向かい、誰も気に留めない。しかし、私は気づいてしまった。カーペットの中にさっきまでなかった模様が……刺繍が施されているのに。メイドさんの刺繍が追加されている。長いスカートの……。 次の悲鳴がそこかしこから上がった。窓に体当たりして体がガラスとくっついてしまった者。椅子で窓を割ろうとして両手が椅子と同化し始めた者。 「ふ……触れるな! 何にも触れるな!」 田辺君がそう叫び、次の瞬間両手を上げながら猛烈な勢いで足踏みを始めた。つられて無事なメンツは全員足踏みを始めた。ピョコピョコ足踏みしながらリビングを離れていく様は非常に滑稽だったろう。全員がそれぞれ手近のまだ犠牲者が出ていないエリアに散っていく。田辺くんと二人は一階奥の廊下へ。私たちは……階段へ。玄関のドアには子供の描いたような絵柄で、白いシャツと青いパンツの男の絵が浮かび上がっていたので、誰も近づこうとしなかった。二階行ったらどん詰まりなんじゃ……と内心思いつつ、足踏みしながら私たち四人は二階へ行かざるを得なかった。二階の廊下は落ち着いた木目の床だったが、これも私たちを飲み込もうと手ぐすね引いて待っているのだろうか。とにかく数秒でも接地し続ける隙を作らないように足踏みを続けながら、私たちは各自自分が調べた部屋に散っていく。一瞬ならドアに触れても……という希望的観測に縋りながら、一瞬ドアを蹴りすぐ離れるというムーブを繰り返した。そうして何とか私たちは二階の部屋のドアを食われず開けることができた。私は黄土さんと一緒にあの等身大フィギュアの部屋に入っていった。フィギュアの後ろに窓があったはず。あった。しかし等身大フィギュアが仁王立ちして通せんぼしている。あれをどかして……そのうえで何とか窓を開けないと。開けた窓を枠に触れず一瞬でくぐらないといけないかもしれない。そんなことできるだろうか。でもそれ以外現状活路がない。足踏みを続けながら黄土さんと顔を見合わせた。 「ど……どうしよ」 「とりあえずあれを……どけないと」 部屋のドアは開けられたんだ。一瞬……一瞬触れるだけなら大丈夫なはず。それでもお互い勇気がでずまごついていると、新たな悲鳴が聞こえた。それが後押しとなり、私たちは前に進んだ。 「い……いくよ」 私が斥候を買って出た。フィギュアに近寄り、そして……両手で頭の後ろを掴み、思い切り倒した。幸い食われることなくフィギュアは前に倒れ、障害はなくなった。 「よし!」 足踏みしながら私は興奮した。あとは窓……窓だけど、窓の鍵を開けるのは一瞬では……あれ? 私は窓の鍵がないことに気づいた。嘘。この窓、はめ込まれてる……だけ!? だからリビングの二人は……体当たりとか椅子とかで……。 「あっ!」 まだそのことに気づいていない黄土さんがこっちへ来る際、倒れているフィギュアにつまずき転んでしまった。とっさにフィギュアに両手をついて体を支えた彼女は 「あっ」 とうめいて茫然としてしまった。やってしまった、と思ったのだろう。でも、その早とちりが致命傷になった。瞬時に離れていればきっと助かった。でも……。 「あぁ……あ」 彼女の手はフィギュアのスカートの中に溶けだしていた。フィギュアの背中についていた膝も。今更離れようとしたけど、後の祭りだった。彼女の手は白とピンクの入り交ざる樹脂のような質感に姿を変えながら、フィギュアの中に徐々に飲み込まれていく。 「助け……助けて」 弱弱しい声だった。私はどうすることもできず、足踏みしながら悲嘆にくれるしかなかった。数分もしないうちに黄土さんはフィギュアに全身引き寄せられ、顔面が、胸が、すべてがフィギュアの背中と融合し同じ材質の塊になっていき、最終的にフィギュアの中に姿を消してしまった。 「……」 私はもう悲鳴さえ出なかった。ああ……そんな。どうしよう。窓は開かない。玄関も。何かに少しでも触れ続けていれば飲まれてしまう。どうしたらこの人食い屋敷を出られるんだろう。絶望的になりながら廊下へ出た。シーンとしている。気配がない。 「ねえ! みんな大丈夫ー!?」 耐えかねて叫んだ。しかし、返事がない。足踏みだけ続けながら、私はほかの部屋の中を覗いて回った。人の姿はどこにもいない。メイドのぬいぐるみが増えていたり、ベッドのシーツに男性の絵がプリントされていたり、床の木目がよく見たら人の輪郭をしていたりするのを見つけるばかりだった。窓はどの部屋も開いていないし、割れてもいない。 (あぁ……そんな) 懸命に足踏みしながら一階に下りた。緑川さんが刺繍されたカーペット……踏みたくなかったけど通るためには仕方ない。 「ごめん……ごめんね」 私は足踏みで何度も彼女だった刺繍を踏みつけながらその上を通過した。一階奥の廊下へ。奥の方から声がする。 「あっ……まだいるの? 大丈夫?」 開いたドアから部屋を覗くと、ちょうどいま田辺くんが全身木造になって、木製の棚の中に消えていく場面だった。 静かに彼の姿が溶け去り、棚の木目に人の輪郭が浮かび上がった。私は茫然と足踏みだけ続けながら、ずっとその場を動けなかった。 「ねえ! 無事な人いる!? 返事してー!」 その後何度もリビングで叫んだが、返事はなかった。全員飲まれてしまったらしい。 (そんな……) 絶望という言葉が表すものを、私は初めて真に理解した。終わった。死ぬ。どうあがいても。先がない。終わり。どうしようもなく足踏み延命だけしながら、私は無意味に家の中を歩き回った。まだ……まだ何かないか。気づいてないだけの脱出経路は……方法は……。実は誰か一人くらい脱出に成功していて助けに来てくれることは……。 しかし、何もない。窓の外は気づけば濃霧で、雨の音が止んでいた。霧の中に木々が見えない。何もない空間のように見えた。 半日……そして一日中足踏みを続けた。動くものはリビングの時計だけ。それも正直言うと、正確に時を刻んでいるのかわからない。時間だけが過ぎ、足の体力がなくなっていく。このままだと私も……もう、ダメだ……。 ああ、ダメなんだ。助からないんだ。そう察した瞬間、私は死に場所探しにマインドが切り替わった。私に残った最後の自由がある。それは……何と同化するかだ。正確には、どこから食われるか、だろうか。リビングで、二階の部屋で床やカーペットになった二人を踏みつけてしまう度、「床はいやだなあ」と思う。どうせだったらいいものと同化したい。人の形が残るような何か……。フィギュアって黄土さんと同化したけどもう一人食べてくれるだろうか? というかその場合どうなるんだろう? フィギュアは床に倒れたまんまだけど、実は服装が変わっているのに私は気づいていた。メイドチックな魔法少女衣装になっている。もしかしたら……顔も黄土さんに……それは持ち上げてみないとわからない。ただ何となく、人と被るのヤダなぁという気持ちがあった。 どこと同化するのか、どう最期を遂げるのか。残り少ない体力で足踏みしながら私は家中を探索した。ワンチャン未来の救出に一縷の望みを繋ぐのであれば、やっぱり壁とか床とかじゃなく、フィギュアやぬいぐるみのようなものになるのが良いような気がする。……実際は何も変わらないのだとしても。でも両方とも先越されちゃってるんだよなあ。マネキンも人型だけど……フィギュアやぬいぐるみに比べるとちょっと……。自分じゃなくなる感強い……。 ここまで頑張って耐えたのだからいいモノになりたい。そんなわけのわからない望みを抱えながら自分の墓を決められずにいると、遂に審判が下された。 (……っ!?) 全身に違和感を抱いた。足踏みは変わらず続けている。けど……何となくわかった。全身の表面が溶けている。何かと繋がる。一緒になる……。 恐る恐る視線を下げる。床ではない。他には何とも触れてない。業を煮やした屋敷に強引に溶かされているのだろうか。いや違う。 (……服?) メイド服だった。服が徐々にキツく体にギュッとフィットしだして、肌触りが滑らかになっていく。皴がなくなっていく。メイド服と、白タイツと溶け合っているんだ。 (え、じゃあ……) 着替えた時点で私たちは詰んでいたのか。はぁ。意地悪。 私は足踏みを止めた。これで終わり……か。服かぁ。メイド服になるのか私。……かわいいモノではあるからいいかな? 緊張が切れた瞬間、足の疲労がどっと噴出した。体を支えていられなくなり、私はソファに倒れこんだ。部長を飲んだソファに。 (もう、どうにでもなーれ) 自暴自棄になりながら、私は全身ソファに体を預け、静かに最期の時を待った。きっとこのまま体が溶けて服になっていくんだろう。……そう思ったのに、中々死ねない。というか手足が手足のまま消えていかない。何? 服とソファで私の取り合いでもしてるの? ソファから立ち上がった。ソファとも床とも同化していない。服は……してる。メイド服と白タイツが体と一体化していて脱げなくなっている。引っ張ると皮膚ごと引っ張られていたい。というかこの服が実質皮膚になってる感じ。体と服の間に隙間が生じない。一ミリもズラせない。 (どうなってんの?) そのまままたソファに腰を下ろしてしばらく待ったけど、これ以上体が溶ける気配がなかった。メイド服と白タイツが新たな皮膚と化し脱げなくなっただけ。そこから先に進まない。 私は何となく、玄関に近づいた。心臓が高鳴る。もしかして。もしかしてだけどこれ……助かった? 何が何だかわからないけど。ドアの絵を一瞥してから私は銀色のドアノブを回した。開いた。扉が。家の内外が繋がった。 (え……嘘。マジ?) 夢見てるんじゃないだろうか。私は玄関から一歩踏み出した。出れた。普通に。 外は真っ白な空間に濃霧で一寸先も見通せないけど……私の眼は涙で滲んだ。一度は本当に、本心から諦めた生存。それが……まさか助かるなんて。 私は駆け出した。真っ白な何もない空間を。 (やった。やった) 「やったー!」 生き残れた嬉しさと希望。解放。叫びながら私は走り続けた。早く。早く行きたい、帰りたい。ドッキリでしたと言われないうちに。 (あれ?) が、残念ながら……これはドッキリらしかった。ずーっと正面に走り続けたのに、先に家が見える。さっき脱出したはずの人食い屋敷だった。 玄関から中を覗く。間違いなく同じ家。ドアにも絵が描いてある。 (えー……?) 私は今度は直角方向に歩いてみた。しかし、濃霧の中をしばらく歩くとまた家に戻ってきた。私は天を仰いだ。なんで……出られないの? 嘘でしょ。マジでドッキリ……って。そんなんあり? しばらく……一日くらい長い時間、私は家から少し離れた場所に座り込んでボーっと待った。何かを。濃霧が晴れることも、白い空間が山に切り替わることも、誰かが助けに来ることもなかった。観念して私は人食い屋敷に戻り、二階のベッドに寝ころんだ。ベッドは私を飲み込もうとはせず、ただの綺麗なベッドであり続けた。 それから、私はずっと誰もいない人食い屋敷の中でただ生き続けた。思えば何も飲み食いしていないはずなのにお腹がすかない。トイレも行ってないな。……私って本当に生きてるのかなあ? とっくに幽霊になってこの家に囚われてるだけなんでは? という気がしてくる。 この家の中に何か変化があるとすれば、それはみんなの行く末だろう。私はみんなが「消化」されていくのを静かに見守った。カーペットの刺繍が段々簡素なものになり、消えていく。木目の人の輪郭も、ドアの絵も。ぬいぐるみさえも……。黄土さんはとっくに起こしていて顔が彼女になっているのを確認していたけど、徐々に元のアニメチックなデフォルメ顔に戻っていく。服もメイドらしさが消えて、元の純粋な魔法少女に戻っていく。私は毎日、それを黙って見守るしかなかった。 みんなが「いなくなった」あと、私は泣いた。とうとう私だけに……独りぼっちになってしまった。孤独と恐怖で発狂しそうになってしまう。どうして私だけ残されたんだろう? 悠久に思える時間の末、大きな変化が訪れた。家の外に山が出現したのだ。懐かしい光景が窓の外に広がる。あの日のように熾烈な雨が降っている。私は気づいた瞬間脱出しようと玄関のドアを勢いよく開けて飛び出した。そして次の瞬間、左手がズンと重くなった。 「?」 カンテラを握っていた。煌々と明かりが灯っている。困惑していると、人影が近づいてきた。六人ほどの人影が私に近づいてくる。 「……おーい! おーい! 誰かいますかー!?」 私は自分の役割と運命を理解した。 「……大丈夫ですか?」 自分でも驚くくらい、明朗な声が出た。一番近くの影に近づきカンテラを掲げた。 「あっ……あなたは?」 山奥の嵐の中に出現したミニスカメイドに困惑するおじさんの顔を、カンテラの明かりが照らし出した。 「この先に家があるんです。雨が止むまでどうぞ休んでいってください」 私は五人のおじさんと一人の女性を人食い屋敷へ案内し、お風呂を沸かしてシャワーを浴びるよう勧めた。みんな山の中のミニスカメイドにだいぶ戸惑ったり怪しんだりもしていたものの、遭難から助かったという安堵が全てを塗りつぶしたらしい。逃げ出す人もいなかった。外雨だしね。 みんなの着替えを用意して、シャワー上がりのおじさんたちに着せた。白いワイシャツと青いジーパン。そして女性にはロングスカートのメイド服。それから全員をリビングへ案内し、ソファに座らせ、お茶を淹れるのでお寛ぎくださいと言い残し、私はこっそり家の外に出た。 (はーっ、出れたーっ……) 今度はカンテラを持たされることも外が濃霧空間であることもなく、普通に嵐の山のままだった。意地悪いなあ。”前任”の人。引継ぎしなさい。……きっと、とにかく早く脱出したかったんだろうな。私は肌から分離したメイド服とタイツの中に雨が入るのを感じ取りながら、雨の中人食い屋敷から静かに離れていった。
Comments
どうもありがとうございます。褒めていただき嬉しいです。
opq
2025-08-23 11:11:11 +0000 UTC上手ですね、とても良かったです。
rei
2025-08-21 08:15:14 +0000 UTCコメントありがとうございます。好みに合っていたなら良かったです。
opq
2025-08-10 14:51:25 +0000 UTC感想ありがとうございます。こういう変化も楽しいですよね。
opq
2025-08-10 14:51:11 +0000 UTC主役が人間になるシナリオが増えればさらにいい
磊 杨
2025-08-09 16:40:20 +0000 UTC色々なパターンの変化を楽しめましたが、中でもカーペットの刺繍化が一番好みでした。
いちだ
2025-08-08 13:18:22 +0000 UTC