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巫女像バイト

「石田さん正月こっち残るって本当?」 「うん。そのつもりだけど」 大学三年目の年末。一度はこっちのお正月も体験してみたいと地元に帰らず過ごすことにした私に、友人……と呼ぶには微妙な距離の知り合いが声をかけてきた。彼女はここの出身だから当然ここで年末年始を過ごすのだろう。ちょうどいいのでこの地域の年末年始の行事について尋ねたら、話の流れで思わぬバイトを紹介された。年始に神社で巫女のバイトをしないかと持ち掛けられたのだ。 「え~?」 巫女って……言われても。私そんなのやったことないしっていうかキャラじゃないし……。でも面白そうかも。でもせっかくこの辺の神社やお寺回って年越ししようと思ってたのにバイトっていうのもなあ……いや神社でバイトした方が普通に参拝するより色々知れるかも。 「う~ん……考えてみるね」 それから私は彼女が紹介した神社について調べてみた。大きくはないがある特徴でそこそこ知られているらしい。それは……年始には巫女の石像を飾るという一風変わった風習だ。毎年微妙に異なる顔や体型の巫女の像が、狛犬に並んで参道の両脇に並ぶ。その様子を映した写真も載っている。毎年違うってマジ? すごいなあ。素人でもすごっと思ってしまうクオリティの像を毎年新しく彫ってるの? 気合入りすぎでしょ。この巫女の像が飾られるのは年始だけで、あとは姿を消すらしいけど、どこに行ってるんだろう。毎年二つも新調してたらすごい数にならない? ぱっと見そんな大きな倉庫があるようにも見えない。どっか余所に保管してるのか、それとも売ってるんだろうか。これだけ精緻な作りならさぞ高値で売れそう。……でも、巫女の超すごいリアルな像なんて聞いたことないなあ。これだけのものが毎年どこかに売られてるならもうちょっと話題になってもよさそうなものだけど。売らずに神社で保管してるんだろうか。それとも……処分? これだけの像を? 勿体ない……。 疑問が次々浮かんできた。知りたい。この神社のこと。 私はその日の晩、了承の返事を送った。巫女のバイトかあ……考えてもみなかったな。自分が巫女の格好してるとこ想像するとちょっと気恥ずかしくなっちゃうけど、いい経験かもしれない。地元だったら恥ずかしくてできなかったかもしれないし。こっち残ったからこそできることかも。でも寒そうかな……。まあいいか。あの像を毎年誰が用意してるのか、終わったらどこに保管してるのか訊いてみよっと。 年末のある日、仕事の説明ということで神社に呼び出された私は、訊くより先に驚くべき真相を聞かされた。巫女バイトの内容は、石像になって境内に飾られることだったのだ。そんな話は……彼女から聞いてない。てっきりお守りとか売るんだとばかり……いや確かにあいつ巫女バイトとしか言ってなかった。騙された? 灰色のペイントを全身に施してパントマイムするのかと尋ねたけど、違った。文字通り、石になってもらうらしい。この神社には代々伝わる石化の秘術があり、毎年若い女性を石にして狛犬に並べて飾っているのだという。無病息災と五穀豊穣を願うしきたりらしいけど……頭が追い付かなかった。マジで言ってる? 本当にそんなことできる? 科学的にありえないでしょ。 が、恐らく初手で信じてもらえないのは毎年のことなのだろう、彼らは淡々と実演をしてみせた。私を誘った彼女が巫女装束で現れ、大きな紙に描かれた陣の上に立つ。神主さんが何か唱えると陣が白い光を発し、彼女は一瞬の閃光と共に消え失せた。あとには……彼女そっくりの彫刻が残されていた。生きているかのような迫力を持つ、とても緻密に彫られた石像だった。顔も体型も装束も、ついさっきまでそこにいた彼女と瓜二つ。そのまま。まるで本当に彼女を……石に置換してしまったかのように。 「ご理解いただけましたか?」 「はっ? えーと……ああー……はい?」 目の前で起きた非現実的な現象に混乱しながら、私は許可をとってから恐る恐る彼女に触れてみた。冷たい。硬くツルツルした石の感触が指先から感じ取れる。パントマイムじゃない。これはただの……石だ。石の塊に違いない。石の匂い、ドッシリした重量感、肌触り。五感全てが見たままの真実を告げている。これは石。じゃあ……彼女はどこに? 本当にこの彫刻が彼女? 閃光で私が思わず目を閉じた瞬間に入れ替わったとかは? いや……こんな石像を一瞬で運べるわけないか。音も出さずに。第一何かのトリックだったとして、そんなことをする理由は? 体験してみますかと問われ、私は思わず拒否した。いやだ。石になるなんて嫌だ。このバイトもやめたい。石になって晒し者だなんて。 しかし目の前で陣が再度輝き、彫刻が巫女装束の色と肌の温もりを取り戻して人間に変わる様を目撃してしまうと、疑念はついに諦めた。本当だ。入れ替わる間もなかった。本当に石像が人間になった。そしてその当人がこっちに近づいてくる。 「ごめんねービックリしたでしょ? 余所の人にいきなり言っても絶対信じてもらえないからさ~」 彼女曰く、元々予定してた人が年末年始来られなくなったから私に頼んだという。 これって逃げたらどうなるんだろう。口封じとかは……ないよね? 特に脅されたわけでもなかったのだけど……断る勇気がでなくて、私は流されてしまった。年始に石像となってこの神社の境内に飾られることを了承してしまったのだ。私の馬鹿……。 大晦日。本当ならお寺行きたかったのに私は件の神社に赴き、巫女装束に着替えていた。勧誘してきた知り合いと一緒に。 「石田さんかわいい~綺麗じゃーん」 「いやいや彫谷さんの方が綺麗だって」 巫女装束は気恥ずかしくもちょっと嬉しいかもしれない。これなかったら人生で着る機会なかったろうな。でも彫谷さんのスラっとした長身と並ぶのかと思うと気が滅入る。 (はぁ……マジかあ) これから石にされて参拝客の前で見世物にされるというのに、なんで彫谷さんはあんな楽しそうなんだろう。ていうかなぜ受けたんだろう。 「だって石になるとか二度とないじゃん!」 うん……一度もあってほしくなかったけど。まさか石になって年越しとは……とほほ。 髪を整えお化粧して陣の上に立ち、指定のポーズをとった。背筋をピンと伸ばしてまっすぐ前を見つめ、朱色の袴の前で両手を重ねる。周囲には石にならない巫女さんたちが見学に来ていて、かなり恥ずかしかった。何で私だけこんな目に……彫谷さんも一緒だけど。 嫌そうな表情を注意され、年賀に相応しい晴れやかな表情をするよう言われた。周りのクスクス笑いに内心イラつきながら、私は精一杯の作り笑いを浮かべた。その後、彫谷さんに脇腹をくすぐられ、無理やり笑わされる羽目に。くそっ、後で覚えてなさいよ。 しかしそのおかげで緊張も解けたのか、最終的には自然な表情を作ることができた。再びおしとやかな姿勢をとって、いよいよ神主さんが呪文のようなものを唱えだす。足元が光ったと思った瞬間、全身が固まって一気に動けなくなってしまった。 (あっ) 一瞬、とはまさにこのことだろう。反応する間もなく、私は姿勢も表情も完璧に固定され、保存されてしまった。ピクリともできない。全身の全てがガチガチに固まって、指一本動かせない。いや、動かそうとすることそのものができない。自分で自分は見れないけど……きっともう私の身体は髪の先裾の先から手足の芯まで、均質な石の塊に置き換えられてしまったのだろう。動く機構そのものが、もう私の身体に一点もないのだ。ただ静々と前を見つめ続けるだけの、何もできない石塊。それが私だった。 (本当なんだ。本当に、石になるんだ) 体験することで改めてトリックでも何でもなかったのだと思い知る。巫女バイトたちがおおーっと感嘆の声を上げ、パシャパシャ撮り始める音が聞こえる。 (ちょっとやめて! 撮らないで!) 巫女の格好して石化された姿をSNSのそこかしこに上げられるのかと思うといたたまれなくて耐えられない。大学生・石田香の恥になるわけないとわかってはいても、私の惨めな写真であることに変わりない。やめてーと内心叫び続けたけど、私はもう一切の意志表示をすることができない身。あらゆる扱いをただ黙って受け入れることしかできなかった。 その後、年末の寒空の中、私と彫谷さんは境内に運び出された。既に結構人が来ていて、私たちの登場に歓声が上がる。きっと毎年のことなのだろう。狛犬の隣に設置されている綺麗な石の台座まで運ばれ、その上に私は設置された。台座の上に立たされてしまうと本当に石像感出てきて、すごく怖くなってしまう。自分が人間じゃなくなってしまった気がして。本当になくなってるんだけどさ。そして私の目の前、視線の先にはもう一つの巫女像が設置された。彫谷さんだ。 (わぁ……綺麗) さっきまでは向きの関係で彼女の石化姿を見れていなかった。長身の彫谷さんは石像姿がとてもよく映えて、美しかった。普段の軽い調子の彼女とは結び付かないような清楚な巫女の像に見える。そして、身長の関係でちょうど私の視線の先にあたるところに彼女の大きな胸が来た。 (……) なんか……私が彫谷さんの胸凝視してるみたいでヤなんですけど! しかし私の視線はもう自力で動かせないのでどうにもならない。私はジーっと彼女の胸を見つめ続ける羽目に。うう……やだあ。ていうかこんなん……晒し上げじゃん。何でよりにもよって彼女と並べられないといけないの……。 参拝客が一斉にスマホで私たちを撮り始める。やめてと叫びたかったけど、声が出ない。この人たちは私たちが人間だということを知っているのだろうか。ただのよくできた石像だと思っているのだろうか。どっちにしてもそれぞれ恥辱的でいたたまれない。 私は石像じゃないと言いたいけど今はただの石像だと思ってほしい。矛盾した思いを抱えながら、私は狛犬の隣に並ぶ神社の新しい飾りとして、動かぬ石の身のままで年越しを迎えることとなった。参道を挟んで立つ彫谷さんの胸を眺めながら。 翌朝、目が覚めるとしばらく混乱した。身体がピシッと全身固まったまま動けないし背筋良く直立しているし。屋外だし。自分が石にされて神社に飾られたことを思い出し、改めて気分が落ち込んだ。これ以上悪い年始ある? 彫谷さんも昨日から一歩も動かず、表情も変えず目の前でジッと立ち尽くしている。灰色一色に染め上げられたおかげで彼女の顔の造形、スタイルの良さが際立って感じられた。ううう~別の年が良かったぁ。惨め過ぎる……。 (ジッとしてればいいとこのお嬢さんみたいなのになあ) 彫谷さんを眺めながらそんなことを思いつつ、私はいよいよ本格的に初詣に来た参拝客たちを迎えることになった。巫女衣装で台座に飾られ、石にされているという事実だけで死ぬほど恥ずかしく、逃げ出してしまいたかった。しかし体は動いてくれない。ピクリとも、筋肉の筋一本動かせやしない。いや、筋肉なんてもう私の身体に存在していないのだから仕方ないかもしれない。 この神社恒例の巫女像として、無遠慮に写真撮られるし、触ってくる人も多いし、中々の恥辱プレイっぷりだった。身動きできない中どんな失礼な感想も最低なボディタッチも受け入れなくてはならない。おしとやかに晴れやかな表情を浮かべたまま。次第に私がこの扱いを自分の意志で受け入れているみたいに思えてきてそれがさらに嫌だった。そして視界の中では彫谷さんが子供に胸触られたりしているのを見なければならないので、そっちもそっちで怒りが湧いた。 (こらぁ! やめなさいエロガキ!) しかし声は出ない。私も彫谷さんも、今や人型の狛犬でしかないのだ。ほとんどの人は私たちのことをただの石像だと思っているのだろう。感情を持った生きた人間だなんて、想像もしていないんだろうな。まあ……できる方がおかしいけどね。 普通に働いている他の巫女バイトが視界に入ると、理不尽だという思いを強くした。なんで私たちだけこんな扱いなの。……まあ何もしないでいいというのは楽ではあるかもしれないけど。 元日の夜、私たちが石化してから24時間が経過した。丸一日身動きできず、人扱いされなかったわけだ。相変わらず私は狛犬の隣に立って彫谷さんの胸を見つめることしかできない。段々不安と恐怖が渦巻いてくる。私どうなるんだろう。ちゃんと元に戻してもらえるんだよね? この巫女像毎年どこにやってるんだろうって疑問に思ってたけど……まさか石にしたままどっかに売り飛ばしちゃうなんてことは……。事前の説明で元に戻してもらえることは確認済みなんだけど、芯から拘束された身だと次第に不安が抑えられなくなってくる。だってもしどこかに石像として売られても、私にはどうしようもない。逃げることも抵抗することも、それ以前に嫌だというそぶりさえ見せることができないのだから。 (うう~っ、早く終わらないかなあ) 三が日が早く過ぎ去ることを祈りながら、私は二日目の夜も彫谷さんのおっぱいをジッと凝視しながら眠りについた。 失敬なお客は概ね初日に集中していたらしく、残り二日は割と何事もなく時が過ぎた。私も良くも悪くも諦めがつき、半ば投げやり気味に石像職務を全うした。いや何もできないから気持ちの問題でしかないけど。三日目の夜、私と彫谷さんはようやく台座から下ろされ、社務所へ運ばれた。そこで陣の上に設置されて、三日ぶりに石化を解いてもらえた。 (……ぁ) 石化が解けてもしばらく同じ姿勢のまま動けなかった。動くという発想というか感性がいつの間にか薄れてしまっていた。目の前で他の巫女さんにパン! と手を叩かれてようやく体がビクッと動いた。そして、身体が動くという事実に不思議な違和感を覚えてしまう。身体が柔らかい。灰色じゃない。動かせる。当然のはずのことが何とも不自然で落ち着かない。 彫谷さんも人の温もりと色合いを取り戻し、動き出した。大きく体を伸ばした後、私に向かって微笑む。私はぎこちなく会釈して、視線を逸らした。三日間ずっと胸見てたのがちょっと気まずかったのだ。案の定、彫谷さんはすぐネタにして私をからかった。 「しょうがないでしょ! 目も動かせなかったんだから!」 「いいよいいよー、もうちょっと見ても」 「見ない!」 高めのバイト代を受け取り、私は神社を後にした。はぁー、散々な年末年始だった。でも……この地域の年末年始をすごい深いレベルで知れた、体験できたというのは良かったかもしれない。石像の謎も解けたし。人間を期間限定で石にしているなら保管は必要ない。毎年超絶クオリティの彫刻を彫っている人もいなかった。そんな人いたらこんな神社にいつまでも籠って無名なわけもないね。 そして恐る恐るSNSを検索してみると、やはり結構な写真や動画が上がっていた。「今年の巫女像」が。真っ赤になって直視できない。細目で見てみると、思いのほか賞賛が多く、何だか複雑な気持ちだった。綺麗、可愛い、よく出来てる、毎年スゲー、等々……。私を可愛いと言ってくれてる人を見つけるとちょっと内心ニヤニヤしてしまう、が、石像としての出来を称えている人を見るとモヤモヤ。そして見た感じ彫谷さんの方が多い気がする。やっぱりね。はぁ……いや別にどうでもいいけど! そして、検索して初めて私は自分の石化した姿を確認することができた。自分で思ったのが恥ずかしいけど……綺麗だ、と思ってしまった。写真の石像が自分、石田香と結びつかないがゆえに。とても精緻な私の……いや巫女の彫刻にしか見えない。私の知り合いが見たって私だと気づかないだろう。石になるとこんなに印象変わるもんなんだなあ、と私は感心した。石になったら誰でも綺麗に見えるんだろうか。 それ以来、大学では彫谷さんとの距離が縮まった。以前より馴れ馴れしく、声をかけてくる頻度も高い。鬱陶しく感じながらも、彼女を見るとあの美しい彫刻の彫谷さんを思い出し、ちょっとドキドキしてしまう。いや彼女自身じゃなくて、あの彫刻の出来栄えに! 「ね、よかったら来年もやらない?」 楽しそうにそう言ってくる彼女に、 「絶対やだ!」 と返しつつ、またあの石化した彫谷さんを見たいなあと思う私がいた。私が受ければまた彼女も石になってくれるならアリかも……いやいや。嫌だよもう二度と。でも……。 私の心を見抜いているのかいないのか、彼女は他の巫女さんに撮ってもらった自分の石化写真を私に送ってくれた。私はその写真を見て……また近くで、ナマで見たいなあという気持ちを密かに膨らませてしまうのだった。

Comments

長期間飾られてしまう話もいいですよね。どちらにも違った良さがあります。

opq

私もそう思う。 でも、彼女が1年間ずっと銅像のままだったら、それはそれで面白かったかもしれない。 季節の移り変わり、導きを求める信奉者たち、そして人生が生み出すいつものドラマは、間違いなく素晴らしい物語の素材だ。 翻訳ソフトを使ったので、ちょっと変な表現になったらごめんなさい。

dresslover

コメントありがとうございます。酷いことにならない変化もいいですよね

opq

こういう平和的に元に戻れる話も良いですね。

いちだ


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