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異無
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リル女王の調教外交


 私にとって男とは支配する存在だ。

 

 互いが同等なんてありえない。

 

 なら、男とは人間なのか?

 

 否――。

 

 男とは私にとって犬の様な存在。

 

 面白半分に楽しむ玩具。

 

 権利など与えず、ただ支配する対象である奴隷だ。

 

 つまり、私にとって男とは劣等種だ。

 

 どれだけ高貴なふりをしても中身は性欲に負ける雑魚。

 

 そして、それはこの国だけではないのだろう。

 

 世界中の男が私には奴隷でしかない。

 

 ◆

 

 ガタガタガタガタ。

 

「王子様。もうすぐお城ですよ」

 

「カタリナ。あの銅像はなんですか?」

 

「あれはこの国の女王様であらせられるリル様の銅像ですね。アグニ様」

 

 秘書のカタリナはアグニの視線の先に建てられている銅像を眺めて説明してくれる。

 

 まだ10歳のアグニに対し、20歳を越えたカタリナはアグニの最も信頼している秘書であり、教師であり、護衛でもある。

 

 見た目の美しさと聡明さと身分の全てを兼ね備えたカタリナはアグニの国でも滅多にいない完璧な女性だった。

 

「いえ、それはわかるのですが、あの行為は?」

 

 アグニの視線の先にある銅像は颯爽と立ち、鞭を握る王冠とマントを被ったリルの姿と、その足元には何人もの男が彼女を支えるような形で踏みつけられ、靴を舐める姿を象ったものだったのだ。

 

「恐らくは男性がいかに劣った存在か見せつけるためのものでしょう。この国は男性を奴隷として出荷しているそうですから」

 

「人間を人間が売買するなんて……先代国王の時はこのような国ではなかったはずですが」

 

 アグニの国には奴隷制が無くなっているので、時代に逆光するリルの政策には眉をひそめるしかなかった。

 

 隣国とはいえ、この国と仲良くなどできるのだろうか?

 

「王子様、先々代ですよ。極めて短い期間ですが、ハルトなる国王が即位しておりましたから」

 

「しかし、彼は即位してすぐに行方不明になりました。それだけでも、彼女は怪しいです」

 

 遺書まであったと危機、そこには今まで男性が代々国王として継いできたにもかかわらず、彼女を次期国王として任命していた。

 

 タイミングも内容も彼女に都合がよすぎる。

 

 ハルト国王の蒸発といい、彼女は国を狂わす魔女やあやかしの類いでは?

 

 アグニはそう思えずにはいられないのだった。

 

 馬車に揺られながら向かう王城もそんな考えのせいか禍々しい雰囲気が感じられた。

 

 それに街の雰囲気も暗くカンジラレル。

 

 ボロきれを身につけ、肌を晒された男達に対して貴族かと見紛う様に着飾っている女性達。

 

 それだけではない。

 

 市場には魚の競りでもするかの様に全裸の吊るされた男に女たちが値段を叫び、競り落とそうとしている光景までもあった。

 

 人間が人間を買う。

 

 昔の貴族ならありえるだろう話。

 

 だが、彼女達はただの平民のはずだ。

 

 女性と男性の圧倒的なまでの扱いの差が日常にすら現れている。

 

 道端で女性が男を這いつくばらせて罵っている姿をみたアグニはとうとう馬車の窓のカーテンを閉めてしまった。

 

「同じ男としてあの様な姿は見たくないですね。」

 

「私は女ですが、やはりあの様に殿方を扱うのには抵抗がありますわ」

 

 カタリナも同じような表情を浮かべていた。

 

 やはり、この国は歯車が狂いつつあるのだろう。

 

 友好国としての使者でもあるのだ。

 

 諌めるべきなのだろう。

 

 アグニは馬車の中で密かに決意するのだった。

 

 

 王城の応接間に通されて暫くすると、ノックの音と共に執事らしき男が入室してきた。

 

「失礼致します。女王陛下の御成りでございます」

 

 恭しく頭を下げて告げるメイド長と思われる女性の後ろから現れた女性はアグニの想像を大きく超えるもの凄く美しい女性だった。

 

 腰までのウェーブのかかった艶のある栗色の髪と深海を思わせる深い緑色の瞳は全てを呑み込む様な深みがあった。

 

「…………」

 

 その身に纏ったドレスですら彼女の美しさを引き立たせるための装飾品にしか見えないほどだ。

 

 歳はカタリナよりもさらに上。

 

 二十代後半だろうか。

 

 それにしても、美しい。

 

 アグニは一瞬呆気に取られていたが、慌てて席を立って挨拶をする。

 

「お、お初にお目にかかります。私がアグニ・セイファートです。本日は謁見の機会を設けて頂いたことに感謝いたします」

 

「あなたがあのアグニ王子ですね。噂通り賢そうな顔つきですね。私はこの国の現女王リルと申します。この出会いに神に感謝いたします」

 

 美貌のせいか声までも美しく耳に心地よい。

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

 歳上にリードされる初な少年のように頬を染めたアグニはそわそわと椅子に座った。

 

「それで今回はどの様な用件でこちらへ?」

 

「はい。実はリル女王陛下が即位されたのでご挨拶をせねばと我が国王の命でこちらへ伺わせていただきました」

 

「それはご丁寧に……。返礼品も用意させないといけないわね」

 

 祝いの品は別の馬車がすでに運び込んでいる頃だろう。

 

 だが、アグニはそれよりも重大な話をすべきだと思っていた。

 

「リル女王陛下。それよりもたいせつなお話がございます」

 

「大切な話?」

 

 小首を傾げて見せる仕草も美しい。

 

 こんな女性が奴隷制を推進し、国を乱したとは信じたくないが……。

 

「はい。率直に言いましょう。この国には奴隷制度があるそうですね。それも男性を奴隷として売買しているとか」

 

「えぇ。それがどうかしましたか? 確かに我が国民の中には奴隷を買っている者もいます。でも、それは当然のことではありません?」

 

 リルは不思議そうに答える。

 

 本当に理解できないという表情だった。

 

「なぜですか!?︎」

 

 思わずアグニは立ち上がってしまった。

 

 見惚れた女性の中に住まう怪物を垣間見てしまった気がして恐怖を感じたアグニは動揺し、感情的になってしまったのだ。

 

「そんなの、男が女より劣った存在だからに決まっているじゃない。男なんて家畜以下よ? いえ、それ以下の生き物。この世で一番価値のない生物だと私は思ってるわ」

 

「……ッ!」

 

 アグニは絶句してしまった。

 

 まさかここまで酷い思想の持ち主だとは思わなかったのだ。

 

 やはり、彼女は怪物だ。

 

 いや、見た目で男を惑わし、地獄はおとす悪魔だ。

 

 リルの言葉に秘書のカタリナすらもさすがに顔をしかめている。

 

「何を驚いてるのかしら? あなた達だって弱者を心の奥では虐げるの好きでしょう? 人間は皆そうなの。自分より劣った相手に対しては残酷になれるのよ。私、知ってるんだから」

 

「なっ! ち、違います!!︎ 私は……そんなことは……。それに人間は人間を買うなど倫理に反します!」

 

 アグニは自分の中の何かが崩れ去る音が聞こえた気がした。

 

 男を男とも思わないような発言に怒りすら覚えてしまう。

 

「あら、そうかしら? じゃあ、なんで男は奴隷として売られているのに、買う人間がいる? ねぇ、教えてよ。どうして男が売られてる横で平気で笑ったりしてられるの? おかしいと思わないの?」

 

「そ、それは……」

 

 アグニは答えられなかった。

 

 アグニの国には奴隷制はないし、そんな汚い世の中をみた経験もなかった。

 

 リルの言葉を反論するための常識や倫理すら彼女に平然と踏み潰してしまった。

 

「ふふ、やっぱりね。みんな心の中では他人より優れていたいって思っているのよ? 弱者を支配するのはそれを最も感じられるの。だから、奴隷制はなくならないの。 残念ね。みんな同じ穴のムジナだったわけだ。あなたの国の民も同じよ? それがわからないなんて、本当に可哀想」

 

「う、うるさい! 何がわかるっていうだ!」

 

 アグニは感情的になって叫んでしまう。

 

 だが、それに対してリルはまるで駄々っ子をあやす様に優しく微笑むだけだった。

 

「アグニ様。落ち着いてくださいませ。ここはリル女王陛下のお城ですよ」

 

「……」

 

 カタリナの言葉で我に帰ったアグニはバツが悪そうに着席する。

 

「……失礼致しました。ですが、やはり私は納得できません。男性が女性よりも優れていると本気でお考えなのですか?」

 

「もちろんよ。男は女に支配されることが幸せなの。それが正しい世界の在り方だと思うわ。もし、逆らうようならば調教し、自分の思い通りにするのが当たり前でしょう?」

 

「な、なんなんですか、その価値観は……」

 

「アグニ王子、あなたは今までどんな教育を受けてこられたのですか? まぁ、どうせろくでもない環境だったのでしょうけど」

 

「くっ」

 

 明らかに狂っているのはリルのはずなのに、言葉で歯が立たないアグニは言葉が出なかった。

 

「アグニ王子はまだ若いから男としての喜びがわからないのよね。せっかく、こられたのだから、この国を見ていってくださいな。きっと、奴隷達を見れば、その喜びが理解できますから」

 

「……理解できるとは思えないですが……」

 

 だが、この国をちゃんと見れば、奴隷制廃止の糸口が見つかるかもしれない。

 

 リルの言葉が間違っていると証明できれば……。

 

「では、滞在日数やスケジュールなどは秘書のカタリナが管理しておりますので……」

 

「滞在先の屋敷はご用意しますので、心行くまで滞在してくださいませ」

 

 リルがそう言った瞬間、目がなにかを企むように細くなった様だが、それをアグニが見ることはなかった。

 

 

リル女王の調教外交

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