(19) 水泳の着替えは教室ではなく、プールに併設された更衣室でおこなう。とうぜん男女別なのだが、ぼくもまた女子用の更衣室に連れ込まれた。 すでに女子の間では話がついていたのか、だれ一人騒ぐこともなく、むしろぼくの着替えを待ち受けるかのようにじっとこちらを見ている。ううっ、これじゃ逆に、ぼくが集団痴漢を受けているみたいな気分だ。 「ううっ、なんでみんな、ぼくがこっちにいるのを気にしてないんだ……」 「え? だって裕ちゃんは女の子じゃん?」 「そうそう。それにほら、水着の着替えなんて、上に着てる制服を脱ぐだけだし」 確かに桃花の言うとおり、他の女子はセーラー服を脱いでいるだけ。なんだけど、 「しまった……ブラジャーに気を取られすぎて、下に水着を着てくるのを忘れた……!」 「あははっ! じゃあ裕ちゃんは、全部脱いでから、水着を着ないとな!」 「早く着替えないと、授業に遅れちゃうわよ。そうだ、あたしたちが手伝ってあげようか?」 「い、いらないから!」 凛と桃花に言いつつ、急いでセーラー服を脱ぐ。ブラジャーとショーツ姿になったところでふと顔を上げると、すでに大半は水着姿になっているクラス中の女子が、なぜかまだ更衣室に残ったまま、じっとこちらを凝視していることに気付いた。 「へー、瀬川くんって、可愛いブラ付けてるんだー」 「くすくすっ、ギンガムチェックにレース付きなんて、あたしのよりずっと女の子っぽーい」 「ここでショーツも脱ぐのかな? うふふっ……」 女子の視線。視線。視線。 視姦という言葉にふさわしい、絡みつくような視線の糸に、ぼくは失敗を悟る。 しまった。スカートを穿いたままショーツを脱いで、その中に水着を着るようにすればよかった。けど気付いた時にはもう遅くて、 「ほらほら、裕ちゃん。早くしなよ」 「女の子同士なんだから恥ずかしがることないでしょ? さ、早くブラもショーツも脱いで、水着に着替えちゃいなさい」 「っ……、は、はい……」 ぼくは恥ずかしさをこらえてブラジャーを外し、ショーツを脱ぐ。露出する陰部に、女子たちはきゃあきゃあと盛り上がり、 「へー、あれがおちんちんかぁ……かわいい~!」 「うちの弟のより、つるつるでちっちゃーい!」 「あれが大きくなるの? ほんとに?」 そんな勝手な声が聞こえて来て、ぼくは泣きそうになる。ちがうんだ、これは恥ずかしくて竦みあがってるだけで、ちゃんと大きくなるんだ――しかしそんなことを言うわけにもいかず、ぼくはいそいそとプールバッグからスクール水着を取り出す。 けどそれがまた、羞恥劇の第二幕だった。 「3ねん1くみ せがわ ゆういち」 そう大書されたゼッケンが縫い付けられているのは、今どき小学生だって着ないようなラン型の旧式スクール水着。着たところで、裸よりはちょっとだけマシな程度でしかなく、さらに女子から好奇の目で見られるおまけ付きだ。 「あれ、旧スクってやつでしょ? 初めて見た~」 「くすくすっ、ゼッケンまでつけて、ほんとに女子小学生みたいね」 ちなみに他の女子は競泳タイプの水着で、体のラインはぴったりしているものの、ぼくの水着よりはずっと大人っぽい。なにより、彼女たちは女子だから、女子用水着を着ているのは当たり前なのだ。 「うぅっ、やっぱり水着はやめておけばよかった……」 「泣きごと言わないの。ほら、授業始まるし、早く行こう」 「う、うん」 気づけば授業開始直前。凛、桃花と一緒に、更衣室からプールに出ると、 「わぁっ……」 強い日差し。かすかな風。いっさい遮るもののない青空の下で、女子小学生のような旧スク姿をさらす恥ずかしさに、股間のものがさらに竦みあがる。しかし同時に、言いようのない解放感と心地よさをも感じていた。 プールの授業も男女別で、それぞれ別のプールサイドでおこなうんだけど――ここ最近、ずっと女子の授業に入れられているぼくは、当たり前のように女子側のプールサイドに並ぶことになった。いや、このスク水で男子と一緒ってのも恥ずかしいけど、普通に女子に入れられるのもそれはそれで恥ずかしいんだ。 そして、また―― 「……………………」 プールサイドの反対側から突き刺さる男子の視線に、ぼくはいたたまれなくなる。半分くらいは、水着姿の女子のすぐ近くにいられるぼくへの羨望だろうか。けれどもう半分くらいは、ぼく自身の水着姿を舐めまわすような目つきで―― ぶるっと身震いすると、すぐ隣の凛と桃花もぼくに向けられる視線に気づいたようで、 「ほんと、男子ってばいやになるなー。あんないやらしい目で見て」 「ねー。スケベで困っちゃうわよね、裕ちゃん」 「う……確かにそうだけど、ふたりもぼくのこと、いやらしい目で見てなかった?」 ツッコミを入れると、二人はすっとぼけたように視線を逸らした。 しかし授業が始まってしまえば、いつもの水泳である。男子も女子もそれぞれの授業に集中し、ぼくへの視線もほとんどなくなった(一部集中していない男女からの視線はあったが)。 問題は、授業の後で―― 「ごめん、裕ちゃん! さすがに水着から着替えるのは見られたくないって子が多いから、ちょっとプールで待ってくれる?」 更衣室の前で申し訳なさそうに手を合わせる凛に、 「う、うん。もちろん構わないよ。それが当たり前なんだし」 そう答えて、ぼくはほっと息をつく。女子の生着替えを見られなくて残念な気持ちが、まるでないと言えば嘘になるけど、それ以上にそんなものを目撃して平静を保っていられる自信がない。さいわい体育は4時間目だったので、次の授業までは時間がある。 「でも、凛と桃花は……?」 「あたしたちは、裕ちゃんと一緒でも大丈夫だから。な、桃花?」 「そうそう。友達なんだもの。気にしないわ」 「き、気にした方が、いいと思うんだけどなぁ……」 そう答えつつも、「友達」と言ってもらえたことにちょっと嬉しくなっていた、その時だった。 「…………」 背後から刺すような視線を感じ、ぼくは思わず振り返る。 見れば、授業後も先生との打ち合わせで残っていたらしい学級委員――四方山明春が、こちらを憎らしげににらんでいた。 「な、なに……?」 「ん? あー、四方山くんじゃん。桃花、どうするの?」 「どうって……うーん、最近はあんまり話してないから……」 そんな微妙な会話の間に、明春は視線を逸らして男子更衣室の方に行ってしまった。 なんだったんだろう。ぼくは首をかしげながら、ようやく中から「入っていいよー」との声をかけられた女子更衣室に入っていったのだった。 (続く)