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「井上くんは『衣能』力者」(1)

※完成したらピクシブなどで公開する予定の小説の、先行公開となっています。ご了承ください。   * 「井上君は『衣能』力者」   (1)  井上宗司は重大な危機に直面していた。  時は3月中旬。いまだ冬の気配が濃く、空には朝から厚い雲が垂れこめている。  ただでさえ気鬱な天気の下、彼の通う都立高校では、3学期の期末試験初日を迎えていたのだが―― 「ぜんぜん、勉強してないッ……!」  テスト開始まで10分を切った、朝の教室。あちこちで談笑しているクラスメイト達をよそめに、彼は血を吐くように呟いた。  テスト前の「勉強してない」はお決まりのフレーズだが、いまの宗司の場合は純然たる事実であった。一夜漬けどころか浅漬けですらない。さながら切っただけの生野菜状態だ。  このままでは赤点――すなわち留年のピンチである。すでに前学期でもやらかしている宗司にとっては、まさに死活問題だった。  そんな彼の焦燥を煽り立てるように、すぐ近くではクラスメイトの女子が、「昨日遊んじゃってぜんぜん勉強してなくてさー」と笑いあっていた。むろん、そんな言葉はイギリス外交並みに信じられない。本当に勉強していないなら、宗司のように焦りまくっているはずなのだ。しかしあいにく、みんな口先ではダメなふりをしながら裏ではちゃんと勉強しているようで、彼ほど追い詰められているクラスメイトは見当たらなかった。  ――いや、ひとりだけいた。  斜め前方に座る女子生徒、斎藤紀子。眼鏡に三つ編みの、地味な女子生徒である。  彼女もまた、宗司に劣らぬほど悲壮な顔つきで、教科書とノートをにらみ、ぶつぶつとつぶやいている。鬼気迫る様子は、1点でも落としたら世界が滅びると言わんばかりだ。  もっとも彼女の場合、宗司とは事情が異なる。なにしろ今年に入ってからの彼女は、常にほぼ満点で学年成績トップを維持しているのだから。 (なんでも厳しい家で、名門私立校の受験で落ちたから、滑り止めで仕方なくここに入学したとか何とか、そんな話を聞いた覚えがあるけど……うーん、大変そうだなぁ……) (いや、でも、あんまり平均点を上げないでほしいな……)  甘えたことを考えつつ、テスト前に少しでも見直そうと、自分も教科書を読み返す宗司。  しかし焦りばかりが先行して、その内容はほとんど頭に入って来ず――さらなる問題が彼のもとに舞い込んでくる。 「ハァイ、ソージ」  とつぜんの呼びかけに、宗司はげんなりとした表情を隠そうともせずに顔を上げた。  目の前に、幼馴染にして腐れ縁、親友にして悪友の少女――浅見桐子が、チェシャ猫のような笑みを浮かべて立っていた。手には大きな紙袋を持っている。 「桐子……その排水溝のピエロみたいな呼びかけ、心臓に悪いからやめてほしいんだけど」 「あははっ、宗司ったら、まだ苦手なんだ。ま、そんなことより――今日こそは約束、果たしてもらうよ」 「約束……?」  宗司が怪訝な顔で見返すと、桐子は腰に手を当て、慎ましやかな胸を精いっぱいに張りながら、 「ええ。3ヶ月前の約束、忘れたとは言わせないからね?」 「3ヶ月――って、もう去年のことじゃないか。いったい何の――あ」 「んふっ、やっと思い出した?」 「ちょっと待て。確かに忘れてた俺も悪いけど、いまは――!」 「問答無用! さぁ、約束通り着てもらうからね!」  そう言って彼女が紙袋から取り出したのは――白の長袖ブラウスと赤系ストライプのリボン、キャメルのカーディガンに、紺のブレザーとプリーツスカートという、女子制服一式だった。   (続く)


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