連載小説「やりなおし」(30)
Added 2020-08-08 10:07:55 +0000 UTC1-3.欺罔 (1) ――朝七時。 「ん……」 鳴り始めた目覚まし時計を止め、川島歩実はあくびをしつつベッドから降りる。二階の洗面所に到着したときもまだ寝ぼけ眼のままだったが、正面の鏡を見た瞬間、一気に意識が覚醒した。 寝ぐせで跳ねてはいるものの、少女のようにおかっぱに切りそろえられた髪。映りこんだバストアップに着ているのは、女児用のピンクのネグリジェ。襟ぐりとパフスリーブの袖口に白いフリルがあしらわれ、やや高い位置に入ったゴムできゅっと絞られ、大きなフリルの付いた裾が足首まで届く一品だ。下にはセットのカボチャパンツと、女児用紙おむつを穿いている。 まるで小学校低学年の女児のような寝間着を着た自分の姿に、 (ほんとに女の子みたいで、油断すると、自分が男だってことまで忘れちゃいそう……) (でも――) 歩実はカボチャパンツの中に、意識を向ける。 その内側にはとうぜん、少年の証が生えている。しかも朝特有の生理現象と、女児用ネグリジェを着ている昂奮から、早くも前に膨らみを作り出していた。 (うう、ここは相変わらず――むしろますます、昂奮しやすくなっちゃってる……!) 女児服に昂奮して勃起し、紙おむつに擦れて収まりがつかなくなり、おむつの中に射精する――数日前に女児服生活を始めてからというもの、彼はずっとそんな感じだった。 この勃起も、あんまり収まらないようなら、食後にでも出さなければいけなくなる。身支度を整えて朝食を終えれば収まるだろう、などという楽観的な考えは、ここ数日裏切られ続けた結果、すっかり失せてしまっていた。 (こんなので、合宿は大丈夫なのかな……?) 顔を洗って部屋に戻ると、まずはネグリジェとカボチャパンツを脱いで紙おむつ一枚になり、いちおうおもらしサインを確かめる。 「うん、さすがにおもらしはしてないわ」 女児のような口調で、声に出す。これも女児の振りをするための大事な練習だったが、恥ずかしいことには変わりなく、顔がかぁっと熱くなってくる。 「さ、さてと。とりあえず、今日のお洋服を選ばないとね。うふふっ、どんなのがいいかしら」 呟きながら、今日の服を選ぶ。クローゼットを開けると、初日よりもさらに増えた女児服の数々に、思わず圧倒されそうになる。 「母さんも、こんなに買ってこなくていいのに――じゃなくて、ええと、うん、ママがいっぱいお洋服を買ってきてくれて、嬉しいなっ」 男子高校生がこんな口調で(それも自室に一人でいる時でさえ)しゃべっていることに痛々しさをおぼえながらも、歩実は精いっぱい、女児の演技を続ける。 じっさい、女児服生活を始めた当初よりずいぶんと増えていた。すべて母親が買ってきたもので、「Angelic Baby」などいわゆる女児服ブランド中心だ。それらを着せられて、歩実はこの数日を過ごしていた。 襟や袖、裾に白いレースと真紅のリボンがあしらわれた、赤いギンガムチェックのワンピースを着て、花屋にお使いに行き。 水色のワンピースに白いフリルエプロンがついた、いわゆるアリス風のエプロンドレスを着て、「不思議の国のアリス」の絵本を読み。 お受験用のような丸襟ブラウスに紺のジャンパースカートで、小学生用のドリルを解き。 他にも自分で買ってきた動きやすい女児服で公園に遊びに行ったり、ブラウスとジャンパースカートで食事に行ったりと、それこそ日に何度も着替えては、女児としての生活を送っていた。 中でも最も恥ずかしかったのは一昨日。近所の小学校前に「通学」した時だった。 「歩実ちゃん、今日は登校日だから、『制服』に着替えて小学校に行ってらっしゃい」 朝一番、近所の小学校が登校日であることをどこからか聞きつけた母親に、そう言って学校へと送り出されたのである。 「女子小学生の振りをするなら、一回学校に通っておかないと、変なところでぼろが出るかもしれないでしょ」 屁理屈だ――そう思う歩実だったが、なぜか強くは拒み切れず、5年前まで通っていた小学校に行くため、ほとんどを母親が用意した「制服」に身を包んだのだった。 刺繍入りの、丸襟半袖ブラウス。 紺の夏用吊りスカート。 赤いランドセルに、黄色い通学帽と名札。 念の入ったことに、体操着とブルマーが入った体操袋まで持たされて、歩実は近所の小学校まで「通学」したのだった。 (恥ずかしくて、死ぬかと思った……) そもそも普段は制服通学ではないため、他の小学生たちはみんな普段着。その中に一人だけ制服で、おまけに背が高いものだから、明らかに浮いてしまっていた。学校が近づくにつれてさらに小学生たちの密度も上がってゆき、校門近くまでくると、前後に数人がいる状態だ。 校門のすぐ前では、女性教諭が児童たちに挨拶しながら、細く開けた門扉の間から中に入れているところだった。歩実は彼女がいる場所のちょっと手前、「市立第*小学校」のプレートの前まで来たところで―― 「あっ、忘れ物しちゃった!」 わざとらしく言って、踵を返す。母親からは校門のプレート前まで行けばいいと言われていたからだ。小学生たちの流れとは逆向きに歩くと、すれ違う子供たちからジロジロ見られていたたまれなかったが、ともかくあとは帰るだけだ。 安堵しつつ、来た道を引き返す歩実だったが―― (でも、もしも顔見知りの先生に見つかってたら、どんなことになったんだろう――) ふと、そんな想像をしてしまう。 (すぐにバレて、怒られたり、変な目で見られたり――それとも、気付かずに学校に入るように言われたり――もしもあのまま、学校に入るように言われてたら――) 上履きは持ってきていないため、校舎裏に隠れているか、あるいは「上履きを忘れた」といって借り、空き教室に隠れるかしかない。そして小学生たちが帰るタイミングに合わせてこっそり抜け出し、また一緒に下校する――考えただけでも恥ずかしくて、 「うっ……」 おむつの中がじっとりと濡れ始めるのを感じながら、歩実は自宅へと帰りついたのだった。 (続く)