連載小説「やりなおし」(25)
Added 2020-07-30 08:05:11 +0000 UTC1-2.邂逅 (11) 「うう、たくさん人がいて、ドキドキする……でも、ここなら顔見知りに見られる心配はないだろうし……」 実はこのドラッグストアは、歩実の家からの距離だと3番目に近い店だった。 もっとも近いのは、住宅街のすぐそばにある店。ご近所さんが立ち寄ることの多い店で、紙おむつを買う勇気はさすがになかった。 次に近いのは、高台から降りたところにある店なのだが――とある理由で、歩実はそこも避けたかった。 そして選ばれた3番目のドラッグストアが、やや離れた場所にあるこの店だった。広い駐車場がある郊外型のチェーンストアで、他2軒に比べると店も大きく、とうぜんお客も多い。そこに入っていくのは勇気が必要だったが――ここまで来てしまったら引き返せない。 (中学時代の友達とかにバレて、拡散されたりしませんように……!) 歩実は緊張しながら、まずはファッションセンターの轍を踏むまいと、トイレを借りる。「男子用」「女子用」の表示にいっしゅん迷うが、 (うう、ごめんなさいっ……!) さすがにこの格好で、男子用トイレに入る勇気はない。罪悪感をこらえて、女子用を利用させてもらうことにする。 鏡の前で若い女性が化粧を整えていてヒヤリとするが、男だとバレた様子もなく、無事に通り過ぎる。個室に入ってホッとしつつ、ひとまず用を足す。 (あんまりでなかったけど……でも、おもらしするよりはましだから……) 女の子の振りをして、紙を使って股間を拭き、流して個室を出る。手を洗って店内にもどると、目当ての品が置いてある棚を探して歩く。 その間にもひそひそと、周囲の視線と嘲笑が追いかけてきていたが、 (し、しかたないんだ。ぼくは、大きくなってもおむつの取れない、女の子なんだから――) 必死に自分に言い聞かせて、目的の売り場へと到着する。 ――そこは、女児用紙おむつのコーナーだった。 サイズはベビー用から、スーパービッグ――小学生くらいの大きさの子まで。色もデザインも様々で、見ているだけで恥ずかしくなってくる。本当ならすぐに選んで立ち去りたいところなのだが―― 「ええと、どれだっけ……?」 自分が穿いているのと同じものを探して、歩実は売り場を歩き回る。 最近では大きい子向けのおむつも増えているのか、各メーカーが様々なタイプ、デザインの紙おむつを出していた。商品のパッケージ自体が大きいため売り場も広く、なかなか目当てのものを探し当てることができない。 売り場に行きさえすればすぐに見つかるだろうと思っていた歩実には、とんだ誤算だ。 (しまった……せめて商品名かメーカーくらい、確認して来ればよかった……) 覚えているのはデザインくらいだが、中には棚に並んだ時に見えるパッケージの正面に、おむつそのものが載っていないものもある。 (つまり、一つ一つチェックして、いま穿いてるのと同じものかどうか確認しないといけないのか……) 周囲の目――特にすぐそばにベビー用品コーナーがあるせいでちらほら見える子供連れの視線に赤くなりながらも、歩実はパッケージをチェックしてゆく。 そこへちょうど、母親に連れられた幼稚園くらいの女の子がやってきて、 (あのお姉ちゃん、まだおむつとれてないんだー) (しっ、指さしちゃだめ。ミオちゃんもいい子にしないと、あのお姉ちゃんみたいにおっきくなってもおもらしが治らなくて、おむつをすることになるんだからね?) (ミオ、もうおもらしなんてしないもーん!) 母娘の囁きに思わず逃げ出したくなる歩実。しかもさらに悪いことに―― (いま穿いてるおむつのデザインって、どんなのだっけ……?) 似たようなデザインの紙おむつを見ているうちに、だんだんわからなくなってきた。色は確かピンクだったと思ったが、細かいデザインは? テープタイプとパンツタイプとあるが、その違いは? いま穿いてるのは、いったいどっちのタイプなのか? 何度も見たはずなのに、恥ずかしさからちゃんと見ようとしなかったのが仇となっていた。 いっそのことサイズが合うものを適当に買ってくることも考えたが、それで別の商品を買ってきていいものかどうかも判らない。 (どうしよう、どうしよう……確実にいま穿いてるのと同じものを選ぶためには……) (恥ずかしい……でも、こうするしか……) 歩実は真っ赤になりながらも、いま思いつく唯一の確認手段を取る。 すなわち――おむつのデザインと、出来れば商品名を確認するため、短いサロペットスカートの前をめくりあげた。 「う、う……」 すぐ向こうにいる母娘連れからの視線を感じながらも、歩実はおむつを覗き込む。 商品名は書いていないが、ピンク地にハートと花柄、お尻側にはシンデレラのシルエット、前側には大きなハートのおもらしサインがあるデザインは、先ほどもおむつのパッケージで見た記憶がある。あとは神経衰弱のようなもので、 「あ、あった……!」 歩実はすぐに棚の中から、目的の紙おむつを発見した。ピンクのパンツタイプで、お尻に童話柄がプリントされているものだ。 (よ、よかった……あとはこれで、会計を済ませれば……!) 安堵と達成感に満たされながらそのパッケージを手に取り、今度こそ急いで離れようとして―― 「歩実?」 不意に横合いから投げかけられた女子の声に、浮かれ気分は冷水を浴びせかけられたよう消し飛び――歩実は表情をこわばらせて、その場に凍り付いた。 (続く)
Comments
ありがとうございます! 「お姉ちゃん」や「ママ」や店員さんにチェックされたり、なかなかスカートを下ろすのを許してもらえなかったり、いっそスカートごと脱がされて確認されながら選んだり、いろいろなシチュが考えられますね…
十月兔
2020-07-30 11:53:25 +0000 UTC