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連載小説「失禁改善合宿(仮)」(5)

 1-1.奇策   (5)  雑居ビルから歩いて1分ほどのところに、目指すコインランドリーはある。  このあたりが初めての歩実でも迷うことなく向かうことができたのは、もともと指定された雑居ビルに行くための目印として、そのコインランドリーが使われていたからだ。駅前から目抜き通りを進み、コインランドリーのある角で曲がる――逆戻りすればいいだけなのだから、これ以上簡単なことはない。  ただ問題は――そのコインランドリーに入るためには、駅から続く広い通りに出なければいけないこと。 「……………………」  狭い路地から大通りを覗きながら、歩実は呼吸を止める。大人がすれ違うのがやっとの路地とは比べ物にならない、片道二車線の道路。車はもちろん人通りも激しく、細い隙間から見えるだけでも数秒おきに左右から人が流れてくる。 「……、ごくっ」  緊張に、喉が鳴る。このままではいけないと判っていながらも、緊張に竦みあがって足が動かない。陰嚢が締め上げられるような痛みを発し、膀胱が空っぽでなかったら、何度おもらししていたことか。 「はぁ、はぁ……だ、大丈夫、どうせ誰も、他人の服装とか見てないし、見られたとしても、ほんの数分のことなんだから――」  必死に言い聞かせるが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。 「うう、これならちゃんと、女の子に見えるようにしてきたほうがよかったのかな……」  すでに後悔が胸をかすめるが、いまからレイカの元に戻るのも業腹だ。あと数メートルで、目的のコインランドリーなのだ。 「ん……も、もう、どうにでも、なれだ……!」  清水の舞台から飛び降りるような気持ちで、歩実は数歩の距離を踏み出す。ビルに挟まれていた視界が開けて一気に明るくなり、今まで視界に入っていなかった通行人がこちらに目を向けて―― 「う……!」  怯む歩実だったが、思い切って大通りに出る。周りを見ないように角を曲がって、通りに面するコインランドリーの入口へ。押しボタン式の自動ドアを開けて中に入って、ようやく一息つけると思いきや。 「……………………」  先客の、女子大生二人。今しがたまでおしゃべりしていたのが、入ってきた歩実をみると口をつぐみ、じっと視線を注ぐ。 「――――」  思わぬ先客に、歩実は逃げ出すこともできずに立ち竦んだ。クーラーが効きすぎたように悪寒が走り、背筋を冷や汗が伝う。  女子大生たちは歩実を見つめたまま、 「ね……あの子……」 「うん……」  と、何やら小声で話し始める。  歩実は余計にいたたまれない気持ちになりながら彼女たちに背を向け、初めて使うコインランドリーの利用方法を見ていたが―― 「ねえ」 「は、はいっ!?」  ふいに呼びかけられ、歩実はびくっと背筋を伸ばして振り返る。  女子大生の片方、細面でポニーテールのほうがすぐ近くまでやってきて、じっと上から下まで眺めまわしていた。 「な、なんでしょう……?」 「キミ、男の子だよね?」 「え、あ、あの……はい」  いっしゅんで見破られた恥ずかしさに、歩実は真っ赤になってうつむく。 (も、もしかして、これってヤバい……? 通報されたり、ニューズになっちゃったり……) 「男子高校生 女装してコインランドリーへ」 「『おもらしでズボンを濡らしたのを洗濯しようと思った』などと供述」  そんな見出しが全国紙を飾るのを想像して、今度は一転青ざめる歩実に、 「あはっ、やっぱりね。なんかの罰ゲームかしらないけど、やるならもっとちゃんとしたほうがいいよー」  あっさりと笑う女子大生。  思いがけない反応に困惑する歩実に、 「だって君、スカート穿いただけでしょ?」 「うっ」 「女装するんなら、上から下までしっかり着て、髪も整えて、歩き方や座り方もちゃんとしなきゃダメ。顔は……うーん、女子小学生なら、まぁありかな? もちろん眉毛も整えて、お化粧したほうがいいに決まってるけど。とにかく、スカートを穿いただけで女の子に見えるだなんて甘い考えは捨てなさい」 「は、はい。ごめんなさい……」  ビシッ、と指を突き付けて説教する女子大生に、歩実は素直に頭を下げる。別に完璧な女の子になりたかったわけではないのだが、「多少みっともなくても誰も気にしないだろう」という考えが甘かったのは事実だ。  そこへもう一人の、ゆるふわボブの女子大生も寄ってきた。 「ねーねー、お化粧なら、アタシにさせてくれない?」  そう言って、化粧品が入ってると思しきハンドポーチを振って見せる。 「え、ええと……」 「アタシ、人の顔にお化粧するの、好きなんだよね。君、お化粧映えしそうな顔してるからさー。きっと可愛い女の子になれると思うんだー」  歩実は困惑するが、笑みを浮かべる女子大生二人は、すでに彼を追い詰めるような位置関係にいる。彼女たちから離れてコインランドリーの使用方法を見るために、部屋の奥に移動したのが仇となった。  そして、また―― 「お、お化粧したら、可愛くなれる……?」  女装する間だけでも目立たなくなるのなら、程度の軽い気持ちだったが、口にすると、予想外に甘い響きがあった。まるで、自分から可愛い女の子になりたがっているような錯覚にとらわれてしまう。  ゆるふわボブの女子大生はにっこり笑って、 「おっ、興味持った? うんうん、きっと可愛くなるよ。このアタシが保証する!」 「その……じゃあ、お願いします……」 「やった! んじゃ、そこに座ってちょうだい。アタシたちが君のこと、とびっきり可愛くしてあげるから!」 「あ、ありがとうございます。でも、その前にコインランドリー、使わせてもらっていいですか?」 「オッケー。そっちの使い方も、教えてあげる」  二人にコインランドリーの使い方を教わって洗濯機を回した後、中央にある長椅子に座らされ、いよいよメイクが始まった。  女性二人から、彼にはよく判らないものをはたかれたり、塗られたり、つけられたりしてドキドキする歩実。しかしその胸の高鳴りが、年上の女性二人に間近で顔を覗き込まれていることへの少年的反応なのか、それとも自分が可愛くなることにときめきをおぼえる少女的反応なのか――彼には、判断がつかなかった。   (続く)


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