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「おむつぐみ」(53)

 水を打ったように静まり返る、「ピンクリボン」の店内。  しかし、やがて母親たちからまばらな拍手が起きた。そして笑顔で、それぞれの買い物に戻ってゆく。 「ほっ……」  安堵する和実に、店員も笑顔で首を傾げて、 「ありがとうございます。これで他のお客様方も、安心してお買い物していただけますわ。もうおしゃぶりを咥えていただいて、大丈夫ですよ」 「は、はい……」  和実はうなずいて、おしゃぶりを咥え直す。今朝と合わせて本日二回目の、人前での「自己紹介」、一回目よりはだいぶ慣れてきた。  母親は待ちかねたように、 「じゃあ、さっそく着替えさせてもらっちゃいましょうか。まずはさっきも言ったように、あのだるまロンパースからね」  そう言って、ディスプレイ中央のマネキンが着ているセットを指さす。  店員はにっこり笑って、 「かしこまりました。お持ちいたしますので、店内をご覧になってお待ちくださいませ」 「ええ、見ながら待たせてもらうわね。和実もほら、いらっしゃい。あんたの服なんだから、自分でも気に入ったのがあればどんどん言うのよ」 (気に入る服なんて、あるわけないってば……)  和実は心の中で突っ込むが、母親に伝わるはずもない。いそいそと店内に入っていく母親を、ため息とともに追いかける。  店内に入るとまた、そこかしこの棚やハンガーにベビー服が陳列されていた。ブラウス、ロンパース、ワンピース。オーバーオールにツーウェイドレス、セレモニードレスにベビードレス。色は可愛らしいパステルカラーか、レトロな原色のものが多く、赤ちゃんが着ればさぞ似合うことだろう。 (けど、これを、ぼくが――?)  和実は母親のあとについて店内を歩きながら、目に映る商品を自分が着せられることを想像して、恥ずかしさに身悶える。  そして、とある商品の前で、思わず足を止めていた。  淡い黄色に大きなイチゴをプリントした、長袖チュニックとブルマーのセット――いわゆるブルマードレスだった。大きな丸襟にはピンクのリボン、前側はまるでエプロンをつけたように白くなっていて、大きなフリルで縁取られ、胸元にピンクの文字で「My Sweet Baby」と刺繍されている。  フリルがついた短い裾からは、真っ白いブルマーも覗いている。前は普通だが、お尻側にはレースのフリルが三段に重なり、抱っこやハイハイの時など、お尻のかわいらしさが強調されるデザインだ。  小さなメイドさんといった趣のベビー服。セットになったベビーボンネットも、まるでメイドさんのカチューシャのようにmふちが二重フリルになっている。 それを見るうち、和実はかぁっと赤くなって、 (こんなの、着せられたら――) 「どうしたの、和実。気になるお洋服でもあった?」  ハッと振り返ると、母親が満面の笑みで立っていた。すぐに和実が見ていた服に気付いたようで、 「あらあら、可愛いわねぇ。ふふっ、ベビーメイドさんなんて、なかなか素敵なデザインじゃない。これが着たいのかしら?」 「んっ、んんっ――」  和実は激しく首を左右に振るが、 「ふぅん……ま、何だっていいわ。お母さんもこれ、気に入っちゃった。あとで店員さんに、これも注文できないかどうか聞いてあげるわね」 「んぅ……」  おしゃぶり越しの抗議の声も、当然のように母親の耳には届かなかった。 (あんまり恥ずかしくて見てたら、墓穴を掘っちゃった……もうなるべく、見ないようにしよう……)  和実はがっくりとうなだれる。  そこへ、 「お待たせしました。まずはディスプレイの三着を、お持ちいたしました」  先ほどの店員が、ハンガーにかかったベビー服を持って現れた。  ブルマードレス風の、セレモニードレス。  ピンクのうさぎさんオーバーオール。  そして白いブラウスに、レモンイエローのだるまロンパース―― 「んっ、んぅ……!」  デザインはベビー服と全く同じでも、サイズが大きくなっただけで、可愛らしさはそのままにシュールさが増す。特に着せられる和実にとっては、自分の体が小さくなってしまったかのような錯覚を引き起こすほどだった。  しかし母親は嬉しそうに、 「まぁ、まぁ! 本当にこんなに大きなサイズがあるのね! うんうん、こっちのセレモニードレスはお宮参り用にして、オーバーオールはパジャマね。それでこのだるまロンパースのセットは、お出かけにぴったり! さ、和実。さっそく着替えてちょうだい。もちろんぜんぶ買ってあげるけど、とりあえずね」 「ん……」 (誰も買ってほしいなんて、言ってないんだけどな……) (うう、どうせ恥ずかしいのは一緒だし、もう、どうにでもなれ――)  もはや抗議する気力もなく、和実は母親に試着室に連れ込まれるのだった。   (続く)


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