「おむつぐみ」(52)
Added 2020-04-09 14:16:16 +0000 UTC女児ベビー服専門ブランド「ピンクリボン」。 とうぜん、その周辺は親子連れ――特に幼い娘を抱えた母親が多い。彼女たちもまた、和実を見るとまずは目を丸くしたあと、子供を隠すようにして立ち去るか、あるいは好奇心を隠しきれずにじっと見てくるかのどちらかだ。 もはや見慣れた反応とはいえ、羞恥には慣れることができず、和実は視線から逃れるようにうつむく。しかしそうすると視界に映るのは、「おむつ組」の制服を着た自分の体で――特に膨らんだブルマーの前、高校の学生証が入った青いゾウさんの名札を見ると、あまりにも変態的なおのれの姿にまた辱められるのだった。 (まぁ、この制服に比べれば、どんな女児ベビー服でも恥ずかしくはないか――) 現実逃避気味にそんなことまで考え始める和実だったが、やがて目の前に「ピンクリボン」の売り場が目の前に見えてくると、 (いや、やっぱり恥ずかしい……!) ディスプレイされているベビー服の数々に、たちまち考えを翻した。 左の一体が着ているのはお宮参りなどの時に着せられるセレモニードレスで、色はもちろん純白の、艶やかなシルクサテン。短い立ち襟と肩回りに小さなフリルがついていて、袖は先にいくにつれて広がり、袖口ですぼまっている独特のデザインとなっている。普通のセレモニードレスであれば足先まですっぽり包む長いロングドレスだが、こちらはウエストのあたりから前開きになっていて、下のブルマーパンツが覗いていた。お尻側の裾は、左右でそれぞれ丸くなっていて、前側のラインと合わせてハートを連想させる。頭には当然、セットのベビーフード。ブランドマークのピンクリボンは、フードの頭頂部、トップスの襟元、パンツの前後についていた。 中央の一体は、パフスリーブの外側ににピンクのリボンが並んだ丸襟ブラウスに、レモンイエローのだるまロンパースを重ねたセット。肩紐とフロント部分の継ぎ目に二つ、ウエストの左右とお尻側とで三つ、合計五つのリボンがついている。前側には花形のカラフルなボタンが並び、その左右に白い小さなフリル。背中側は肩紐がクロスして、お尻は三段フリルになっている。 右の一体は長袖のフード付きオーバーオールで、色はピンク、フードには長い耳と、ウサギの着ぐるみ風である。お腹からお尻にかけては白く、特にお尻には白いボンボンが尻尾のようについていた。こちらは片側の耳の根元と、首元にリボンがついていた。 さらにその三体の足元には、カラフルなブルマーが並んでいる。水玉と無地のフリルになったもの、大きなリボンがついたもの、ネコの顔が描かれたもの――店内にも、女の子の赤ちゃんがいる母親なら目を輝かせそうな可愛いベビー服の数々が並んでいて、 「まぁまぁ、すっごい可愛いベビー服ばっかり! どれもこれも、目移りしちゃうわ!」 ディスプレイの前で、和実の母親がはしゃいだ声を出す。 「あのブルマーも、ベビースーツも、ドレスも――はぁ、和実に着せてあげたいのばっかり! 本当にここのお洋服が、和実のサイズで用意されてるのかしら?」 はやる気持ちを抑えきれずにいる母親に対して、和実のテンションは反比例するように落ち込んでいく。 「おむつ組」の制服の、悪意すら感じる戯画じみたデザインももちろん恥ずかしいのだが、目の前に並ぶ純粋な女児ベビー服のかわいらしさも、和実を辱めるに十分である。 (確かに可愛いベビー服ばっかりだけど……ぼくが、これを着るなんて……) 一着一着、目に映るベビー服を次々に着せられることを想像して身震いしていると、 「いらっしゃいませ~」 明るい女性の声に、和実たちは振り返った。 シンプルなベストスーツを着た女性店員である。細面で、黒髪を後ろでひっつめた真面目そうな外見だったが――自分と同じくらいの背格好でありながらベビー服を着た和実を見ても眉一つ動かさず、 「お客様が陸奥学園附属女子幼稚園の生徒様と、そのご家族様でいらっしゃいますね?」 「ええ。ここにあるお洋服、うちの子のサイズで用意していただけるのかしら?」 やや食い気味に言う母親に、店員はニッコリ笑顔で、 「はい、もちろんです。現在すぐにご用意できるのは、このディスプレイのお湯服の他いくつかに限られていますが、他のお洋服につきましても、受注生産の形になりますので何日かお待ちいただくことにはなりますが、お買い求めいただけます」 「まぁ、嬉しい。そうね――なら、まずはこの真ん中のブラウスとだるまロンパースのセットを着せてもらおうかしら。試着室で着替えてもいいのよね?」 「ええ。ですがその前に――」 店員はちらりと、周囲に視線をやる。 周囲で遠巻きにしながら不安げにこちらを窺っている、数組の親子連れ。娘のほうは何もわかっていないようだが、母親は不安げに、しかし興味津々にこちらを見ている。 「他のお客様方が不安に思っていらっしゃるようですので、出来れば皆さんにご説明して差し上げていただけませんか?」 「……?」 おしゃぶりを咥えたままなので返事できず、和実は首を傾げて見せることで意思表示する。 それで店員には伝わったようで、 「ふふ、簡単なことですわ。自己紹介と、どうしてそんなに可愛らしい、『おむつ組』の制服を着ていらっしゃるのか――それを他の皆様に聞こえるように、仰ってください」 「う……は、はい、わかりました……」 和実はおしゃぶりを外すと、ごくりと唾をのみ、周囲の人たちを見回す。まず最初に伝えるべき言葉は―― 「は、初めまして、皆さん。買い物の途中でお騒がせして、申し訳ありません」 そう言って、周囲の人たち――目につく親子連れに向かって、順番に頭を下げる。和実も好きでやっているわけではないとはいえ、迷惑をかけていることは事実なのだから。 「ぼくは、陸奥学園附属の女子幼稚園『おむつ組』の、倉石和実です」 (女子幼稚園? おむつ組?) (どう見ても中学生か、高校生以上に見えるけど――) 和実の声に、周囲がざわつく。 それらの声も拾って、和実は次の言葉を口にする。 「本当はこの春から高校に通う予定だったのですが、入学式で――その、おもらしをしてしまったせいで、附属女子幼稚園の、特別クラス『おむつ組』に通うことになりました。この服装は、その『おむつ組』の制服です」 (へぇー、やっぱり高校生だったんだ) (あんな恥ずかしい格好で、よく出歩けるわねぇ) 「今日は、『おむつ組』で指定されているこのお店で、普段着にするためのお洋服を買いに来ました。お見苦しい姿で申し訳ありませんが、どうかしばらく、この店にいることをお許しください――」 和実はそう言い切ると、再び大きく頭を下げた。 (続く)