「おむつぐみ」(51)
Added 2020-04-07 11:33:50 +0000 UTC駅ビル内に入ってからはさすがに中央吹き抜けのエスカレータを使い(エレベーターを使ってほしかったのが本音だが)、七階で降りる。 そのころには和実も、目的地を察していた。 エレベーターの出入り口に掲示されている案内板に並ぶショップ名は、いずれも女児服ブランドのものだったのである――売り場説明にそう書いてあっただけで、あらかじめ和実が知っていたわけではなかったが。 すぐに見えたのは、レトロテイストの定番女児服ブランド「アンジェリックベイビー」の売り場だった。 店頭にディスプレイされている新作の春物ワンピースは、ブランドロゴが刺繍された大きな丸襟と、レースのリボン通しが付いたパフスリーブ、胸元のフリルで切替になったギンガムチェックのプリントと、がいかにも少女趣味なデザインだ。スカラップになった裾には、ハート型の穴が開いていて、下に重ねた白いインナースカートが覗いている。マネキンサイズは130センチと100センチで、それぞれピンクとレモンイエローの色違いだった。 それ以外にも、店内を見渡せばそこかしこにパステルカラーの可愛い女児服が並んでいて、 「どう? 可愛いお洋服がいっぱいあるでしょ?」 貴子が振り返って訊ねるのに、和実は小さくうなずいた。 (自分が着たくはないけど――確かに、可愛い服ばっかり……ちょうど春物シーズンだからか、明るい色が多くて余計に……) (そういえばまだ、制服以外の「普段着」はほとんど買ってなかったっけ。薬局でもロンパースとかの肌着類は買ってたけど、あれで外に出るのはちょっとおかしいし、ここに来たのはお出かけ用の私服を揃えるためだったんだな――) (まぁ、そもそもぼくの年齢になって、ベビー服を「普段着」にするのが一番おかしいんだけど……) 察した和実が憂鬱になっている間にも、貴子の先導でフロアを歩いてゆく。 「アンジェリックベイビー」のディスプレイの前を通りすがりながら、母親が吐息を漏らす。 「はぁ、やっぱり『アンジェリックベイビー』さんは、可愛いお洋服がいっぱいあって素敵だわ。和実にもこんなの着せたかったのよねぇ」 「こっそりとなら、着せてあげても大丈夫ですよ。それに、幼稚園を卒業したあとなら、堂々と着せてあげられますわ。ほら、あれなんて和実ちゃんでも着られそうですよ」 貴子がそう言って指さしたのは、店内にある一体のマネキン――和実たちとほとんど同じ身長の160サイズでありながら、店頭にディスプレイされた二つとほとんど同じデザインの女児ワンピースを着ていた。完全に大人向けのそれは、レディース向けの姉妹ブランド商品だった。 「そうねぇ。ほんとなら他にも可愛いのや、ベビー服も着せたいんだけど――」 「ふふっ、あまり大きな声では言えませんけど、『アンジェリックベイビー』には、もっと『大人向け』の姉妹ブランドもあるんですよ。あとでこっそり、お教えしますわね」 「まぁ、ありがとうございます。ならとりあえず今日は、幼稚園の用事だけ済ませちゃいましょうか。また今度、和実を連れて来ればいいんだし」 うきうきという母親とは対照的に、和実の心は重く沈み込んでゆく。 (うう、お母さん、ぼくに着せる気満々だ……やっぱりこの分じゃ、「うちの中ならバレないから女児ベビー服じゃなくても」って交渉しても無駄そう……) (それどころか、「おむつ組」を卒業した後も着せられそうで怖いよ…) 話しながら通路を進む間に、別のブランドショップの売り場が見えてきて、再びその前で足を止める。 アイドル風の女児服ブランド「オウンステージ」。たっぷりとフリルやレースを用いた、カラフルでポップなデザインの女児服が多い。 店頭にディスプレイされているのも、フリルやレースやピンタックがたっぷりと施された純白のブラウスと、まるで淡い色の虹をフリルにして重ねたようなチュチュスカート、天使の羽のようなフリルがついたサスペンダーのセットで、ちっちゃい女の子がアイドルになりきって喜びそうだった。 しかも和実が驚いたことに、さらに大きい170サイズのマネキンが、まったく同じデザインの女児服を着てディスプレイされていた。 母親も目を丸くして、 「まぁ、こっちのブランドは知らなかったけど、とっても可愛いわねぇ。しかも大きいサイズまでそろってるみたい」 「『オウンステージ』は、さいきん急成長したブランドですね。ほとんどの商品が170までサイズ展開してるみたいですよ。ほら、あそこにキャッチフレーズが書いてあります」 「『大人でも、夢見る服を』――まぁ、素敵」 うっとりと言う母親だったが、 (ぼくにとっては、完全に悪夢だよ――) おしゃぶりをかみしめながら、和実は心の中で毒づく。何より恥ずかしいのは――今まで見てきた二つのショップのどの女児服よりも、いま着せられている「おむつ組」の制服のほうが幼く、恥ずかしく、変態的であることだった。 うつむく和実に、貴子は優しく語りかける。 「さ、和実ちゃん。目的の店までもう少しだから、頑張って歩いてちょうだいね」 「んっ……」 和実はうなずいて、再び歩き始めた。 (でも、さっきの店でも、この店でもないって――先生はいったいどこに連れて行く気なんだろう……?) 疑問に思いながらも、大人しく貴子について歩く和実。 そして二つのショップを通り過ぎ、ようやく遠くに見えてきたのは――エレベーターからは近いが奥まった位置にあるベビー服専門ブランド「ピンクリボン」だった。 ブランド名の通り、どの商品にも必ず一つピンクのリボンがあしらわれた女児ベビー服専門のブランドである。こちらは当然のことながら、大人用はおろかキッズ向けにすらサイズ展開はない。かろうじてワンピースなどが、トドラー向けにあるくらいである。 (よりにもよって、ここ――!?) 引きつった表情で貴子を見ると、彼女はにんまり笑って肯いて、 「さぁ、ついたわよ。ここが陸奥学園女子幼稚園と提携してるベビー服専門ブランド、『ピンクリボン』。ここで和実ちゃんの『普段着』を選びましょうね」 (続く)