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「おむつぐみ」(50)

 ベビー用品の購入とおむつ交換が済んだところで、再び三人を乗せた車は駅方面へ――それも駅の地下駐車場へと入っていった。  家の中でさえ恥ずかしい、ベビー服同然の「おむつ組」制服で、外れとはいえ都内の大きな駅前を歩かされるのは身がすくむ。特に今は、ベビーボンネットにおしゃぶりのせいで、家を出たときより数段は赤ちゃん度が上がっているのだ。 (それにしても、どこに行くつもりなんだろう……? 駅ビルの中のお店……?)  疑問を込めて隣を歩く貴子の表情を窺うが、とうぜん伝わるはずもなく、結局よく判らないまま、和実は大人しく歩いてゆく。  駐車場にも少ないながら人はいて、時たますれ違う。当然のようにじろじろ見られ、中には通りすぎた後も振り返る気配があって、 (い、いやだ……こんな格好で駅ビルの中に出たら、たくさんの人に見られて、拡散されるに決まってる……!) 「和実ちゃん、大丈夫? 疲れたかな?」  いっそう足取りが重くなる和実に対して、貴子も合わせるようにゆっくり歩いてくれる。 (サディスティックで、意地悪な先生だけど……ちょっとは気遣ってくれてるのかな……)  と、彼女を見直しかける和実だったが、 「疲れたなら、ちょっと休憩する? 駅前にもいっぱい喫茶店やファミレスはあるし、何なら早めの朝ご飯にするのもいいわね。お子さまランチとか赤ちゃん向けのメニューなら、和実ちゃんだって食べられるだろうし――」 「んっ、んんっ!」  和実は激しく首を振って拒絶して、歩調を早める。 (前言撤回! この先生、口実をつけて人の多い場所に連れて行きたいだけだ! うう、なるべく疲れてる様子を見せないようにしないと、また喫茶店やファミレスに連れて行かれて、コーヒーを飲まされたり、お子さまランチを――)  家族連れでにぎわうファミレスで、さっき買ったばかりのよだれかけか食事エプロンをつけて、お子さまランチを食べたり、哺乳瓶でミルクを飲まされたりする自分の姿を想像してしまう。いや、自分で食べるのは禁止だから、母親か貴子に「はい、あーん」といって食べさせられるのだろう。セットについているオモチャは当然のように女児用を選ばされ、それで遊ばされたりして――  想像しただけでも、本当に連れて行かれたかのような羞恥に襲われる。せめてそんな事態にならないように、疲れた様子を見せまいとする和実だった。  やがて目の前に、大きな階段が見えてきた。ここをのぼれば、地下駐車場から駅ビルの前に出る。わざとのように階段の中央を歩く二人のあとに、和実はおしゃぶりを噛んで従った。  一段一段のぼるごとに、次第に視界が明るくなり、ついに目の前に駅ビルが見えて――上りきる前から今までとは比べ物にならないほどの雑踏に、顔を引きつらせ、目を見開いて立ちすくんだ 「んっ――」  正面から歩いてくる人たちの目もまた、驚きに丸くなる。ほとんどは和実を見ながらもそのまま立ち去ってゆくが、中にはその場で立ち止まって、じっと見つめている人もいる。中でも女子高生や女子大生のグループは、指さして笑い合っていた。 (う、うう……そりゃ、こうなるよね……!)  今すぐ回れ右して車に逃げ込みたい和実だったが、 「どうしたの、和実」 「疲れた? やっぱり休憩する?」  母親と貴子に言われては、逃げるわけにもいかない。 (ええい、もう、どうにでもなれ――)  和実はほぞを決めて首を振ると、母親たちと共に駅ビル前へと出る。  途端に、今度は左右からの人の視線にもさらされて、周囲がざわめくのが手に取るように分かった。切れ切れに、遠慮会釈のない声が飛んでくる。 「えっ、なにあれ!? 園児服? ベビー服?」 「おしゃぶりまで咥えて、赤ちゃんみたい」 「あのお尻、まんまるにふくらんで、ぜったいおむつ当ててるよね」 「しかもあの名札……もしかして、男……?」 「うっわぁ、ますますド変態じゃん!」 「でも、ちょっと可愛くない? あれでおっさんだったら通報するレベルだけど」 「たしかにー。写真撮ってアップしちゃお」 「あんな本格的なベビープレイ外出とか、すごい変態がいるものねぇ……」 (うう、ぼくだって、好きでこんな格好をして歩いてるわけじゃないのに……!) 注目されているのは和実だけではない。 「隣にいるの、『ママ』かしら」 「二人も『ママ』がいるなんて、すごいわねぇ」  左右を歩く母親と貴子にも、奇異の目と囁きは向けられている。しかしまさかその片方が、本当の母親だとは、夢にも思っていなさそうだった。  母親たちは素知らぬ顔で、真っすぐ正面、駅ビル二階中央通路に続く階段へ。 (二人とも、せめてエスカレーターを使ってくれればいいのに……! ハイヒールなんだから歩きにくいだろうに……)  すぐ隣にあるエスカレーターなら、腰ほどの高さとはいえ左右に壁があるため、見られるリスクが減るのに――恨みがましくそちらをちらりと見ると、エスカレーターの人たちまで自分を見ていることに気付いて、和実は慌てて目をそらした。たくさんの人に注目される羞恥と緊張におしゃぶりをきつく噛み、おむつのせいでがに股気味になりながらも、早足で階段をのぼってゆく。  階段をのぼれば、改札前になっている中央通路――過去最大の人通りにひるむ和実だったが、ここで母親たちはようやく進路を右手に変えて、駅ビルの中に入る。大量の人の波に飛び込まなくて済んでホッとしながらも、最後にチラリと見えた中央通路の人たちが、一様に自分を見ていて、 (見間違いだと思ってくれますように……!)  無駄と判っていながらも祈るような気持ちで、駅ビルへと入ってゆくのだった。   (続く) 4.7 改稿しました


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