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「おむつぐみ」(26)

「えっと……よ、よろしく、カオリお姉ちゃん」  普通に挨拶してもらえるとは思わなかった和実は、不意を突かれながらも返事する。  長身の女性――香織の母親は娘の肩に手を置いて、 「ごめんなさいね、うちの子、生意気で」 「い、いえ……その、カオリお姉ちゃんの、言うとおりだから……」 「ほーら! カオリの言った通りじゃない」  香織はふふんと鼻を鳴らして、悠然と和実の前まで歩いてくると、片手を腰に手を当て、もう片手でビシッと彼に小さな指を突き付けて、 「しょうがないわね! カオリがお姉ちゃんとして、おせわしてあげる!」 「あ、ありがとう、カオリお姉ちゃん」  すると早苗もやってきて、 「あー、サナエも! サナエも、カズミちゃんのおせわする!」 「う……うん。サナエお姉ちゃんも、ありがとう……」  和実は前で手を組んで、二人に頭を下げる。 (お世話……さすがにこんな年少組の子に、本当にお世話されるわけじゃないだろうけど、でも、恥ずかしすぎる……)  年下扱いに赤くなる和実。  だが、 「うふふっ、安心して、カズミちゃん。カオリたちがちゃんと、カズミちゃんのおむつを替えて、ミルクを飲ませて、ご飯も食べさせてあげるんだからね!」 「え……!?」  いやに具体的な内容に、和美は青くなる。 「まさか、そこまで――」 「あら、もしかしてまだ、説明を受けてないのかしら」  早苗の母親はショルダーバッグからレジュメを取り出して、 「昨日の保護者会だとね、『おむつ組』の子は、年少組のみんなでお世話することになってるんだって。具体的には、通園バスの乗り降り、おむつ交換、食事、お昼寝、お散歩で、年少組の子や、初等部以上の生徒がお世話に当たるらしいわ」 「そ、そんな……」  思った以上の赤ちゃん扱いに、和美は目の前が真っ暗になった気分に陥る。 「それに――ああ、これは今はいいわね。とにかく、うちの早苗や香織ちゃんにお世話してもらうことになってるみたいだから……その、恥ずかしいかもしれないけど、頑張ってね」 「う……は、はい……」  背後の藤原千代はくすくす笑って、 「良かったわね、和実ちゃん。さっそくお友達――ううん、優しいお姉ちゃんが出来て。幼稚園でも、おむつのお世話をしてもらえるみたいだし」 「ううう……」 「それに――お久しぶりです、詩織さんのお母さま。奇遇ですね」 「え……?」  ふいに視線を香織の母親に向けた千代の言葉に、和美は中学時代の同級生の顔を思い出す。  神保詩織。中学時代の女子グループで、中心にいた少女だ。言われてみればこの親子の、ややきつめの顔立ちは、彼女と相通ずるものがあった。  香織の母親は嫣然と笑って、 「ええ、久しぶりね、千代ちゃん。遅れちゃったけど、陸奥学園合格おめでとう」 「ありがとうございます。詩織さんは、お元気ですか?」 「もちろん。よかったらまた、うちに遊びに来てちょうだい。和実ちゃんも連れてきてくれたら、香織も喜ぶと思うわ」 「ありがとうございます。お言葉に甘えで、いずれ和実ちゃんと一緒に、お邪魔させていただきます。ね、和実ちゃん」 「う……うん……」  いやとも言えず、和美はうなずく。詩織に知られようものなら、中学時代の同級生全員にうわさが広がりそうで怖かったが、こちらは今さらと言えば今さらである。  香織の母親はにっこり笑って、 「ふふ、楽しみにしてるわ」  そんな大人同士のやり取りに、早苗は退屈したようで、 「ねーねー、ママ! もう遊んでいい?」 「ええ、いいわよ。みんなと一緒に遊んでらっしゃい。ママたちは、ここでお話してるから」 「はーい! ほら、カオリちゃんも、カズミちゃんも、一緒に遊ぼ!」 「はいはい、しょうがないわね。カズミちゃんも、いらっしゃい」 「う、うんっ」  和実は真っ赤になりながらも、遊びに誘ってくれる「お姉ちゃん」に答える年下の女の子になりきって答えるのだった。   スプリングの付いた動物の遊具、ブランコ、滑り台と、小さな公園にある遊具で一通り遊んだ後―― 「じゃあね、カズミちゃん!」 「またね。幼稚園で会いましょ」 「う、うん! 遊んでくれてありがとう、お姉ちゃんたち!」  五時の鐘を合図に、母親にひかれて帰っていった少女たちと公園前で別れ、和実はようやく安堵する。 「ふふっ、いいお姉ちゃんたちばかりで、よかったわね」 「うん……でも、幼稚園では、年少組の子からも赤ちゃん扱いされるって……」  早苗の母親が言っていたことを思い出して、和実はぞっと身震いする。  そんな「娘」の手を、千代はそっと包み込むように握り、 「大丈夫よ、和実ちゃん。あたしもできるだけ協力するから、ね?」 「う……うん。ありがとう、ママ……」 「じゃ――私もこれで、帰るわね。また和実ちゃんのおうちに寄ってもいいかな?」 「も、もちろん! でも……いいの?」 「ええ。私なら大丈夫よ。それじゃあ、またね」 「うん、また」  恥ずかしさに変わりはなけれど、千代と早苗たちのおかげでほんのちょっぴり幼稚園生活への不安が軽くなり、和実はフリルの付いたお尻を振りながら、家に帰るのだった。   (続く)


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