「おむつぐみ」(25)
Added 2020-02-25 10:49:38 +0000 UTC「う……うん……」 ごくりと喉を鳴らし、和実はブランコから降りる。 (ここでちゃんと挨拶しておかないと、あとあと、まずいことになるかもしれないし――) 頭ではわかっていても、胸を焦がす羞恥心は消せない。逃げられたり、叫ばれたりしたらどうしよう――そんな不安に、ただでさえ震える脚が萎えそうだった。いくら陸奥学園附属幼稚園の制服に似ているとはいえ、160センチ近い少年がベビー服のような「制服」を着ているのだ。変質者と思われてもおかしくない。 親子たちは戸惑った表情で、それでもゆっくりと公園の中に入って和実たちのほうに近づいてくる。 互いの距離が3メートルほどに近づいたところで、和実は思い切って、声をかける。 「は、初めまして!」 親子は驚いたように立ち止まる。戸惑いながら親同士、娘同士で顔を見合わせたのち――それでも逃げることも叫ぶこともなく、再び和実を見つめた。次の彼のアクションを待つ態勢だ。 和実は言葉に迷いながらも、自己紹介を試みる。 「ち、近々、陸奥学園附属幼稚園に、お、『おむつ組』として通う予定になっている、倉石、和実です。よろしく、お願いします」 そう言って、10も年下の少女たちに頭を下げた。 少し後ろに立っている藤原千代も、固唾を飲んで事の成り行きを見守る。 やがて―― 「あら、ちゃんとご挨拶できるなんて、偉い子ね」 親の片方――ほっそりとした色白の女性が、微笑んで言う。 すぐにもう一人――長身で胸の大きい女性も、 「話は聞いてるわ。あなたが、『おむつ組』の子なのね」 「え……し、知って……?」 「ええ、もちろん。昨日の保護者会で、経緯の説明があったの。高等部から、附属幼稚園の『おむつ組』に編入されることになった男の子がいるって。ちょっと不安だったけど、ふふっ、こんなに可愛くて礼儀正しい子なら、大丈夫そうね」 痩身の母親は、まだ目を丸くしている娘の背中をポンと叩いて、 「ほら、さっちゃん。挨拶なさい」 「あ……う、うん!」 早苗と呼ばれた少女――小動物系の可愛らしい顔立ちで、ショートカットにイチゴのヘアピンをつけた少女は、まだ少し緊張した表情で和実を見て、 「カズミちゃん、はじめまして、年少組の、永田早苗です! よろしくお願いします!」 元気よく返事して、にっこり笑う。 その笑顔にほだされそうになる和実だったが、今の自分の「制服」は、彼女たちよりさらに幼い吊りブルマー。膝丈スカート姿の彼女たちを見ると、自分のほうが年下扱いであることを自覚させられる。 (10以上年下の、年少組の子だけど――「おむつ組」のぼくより、この子たちのほうが、先輩になるんだ……) (だから……ちゃんと、「お姉ちゃん」に対する挨拶をしないと……) 「よ、よろしく、早苗、お姉ちゃん……」 そう呼びかけると、早苗はきょとんと眼を丸くして、 「え? お姉ちゃんのほうが、お姉ちゃんじゃないの?」 「う……」 あまりにも素直で純粋な少女の反応に、和実はいっそういたたまれなくなるが―― 「バカね、サナエ。このカズミちゃん、カラダは大きいけど、クラスはカオリたちより下の子なんだってば」 横にいたもう一人の少女――意地悪そうな笑みを浮かべた猫目の少女が言う。こちらは年齢不相応な美人系の顔立ちで、濡れたように艶やかな黒髪を真紅のリボンでツーサイドアップに結っている。 「聞いたわよ、カズミちゃん。入学式でおもらしして、『おむつ組』になったんだって。高校生にもなったお兄ちゃんなのに、みっともないのね」 「うっ……」 「しかも赤ちゃんみたいなブルマーで、おむついっぱい当てて! ひょっとして今もまだ、おもらししちゃってるのかしら?」 「ううう……は、はい、その通りです……」 遠慮のない少女の言葉に、和美は何も言い返せない。 (そうだ……ぼく、高校生にもなって、入学式でおもらししちゃって……こんな、ベビー服みたいなふりふりブルマーに、おむつをたくさん当てて……しかも園の指示とはいえ、今もおむつに、おもらしまで……!) 冷静になると、改めて泣きそうになる和実。 すると早苗が、 「ちょっと、カオリちゃん! ひどいこといわないの! カズミちゃんがかわいそうでしょ!」 「はいはい、ちょっとからかっただけでしょ、もう」 カオリと呼ばれた少女は口をとがらせてから、優雅にスカートの裾を摘まんでお辞儀すると、 「初めまして。年少組の神保香織よ。よろしくね、『おむつ組』のカズミちゃん」 (続く)