「おむつぐみ」(7)
Added 2020-02-01 10:23:25 +0000 UTC「ひぃっ!?」 和実は悲鳴を上げて駆け出し、急いで自分の部屋に入ると、そのまま膝から崩れ落ちた。 「はぁっ、はぁっ……み、見られた、絶対、見られてた……!」 なぜ女性が戻ってきたのか、理由は判らない。ただ一点、疑いようがなく判っているのは、幼稚園の制服とベビー服を悪魔合体させたような制服姿を見られた――それだけだ。 「うう、もう、嫌だ……」 とにかくこんな服は、一刻も早く脱いでしまおう――もはや恥も外聞もなく、半泣きになりながら帽子を外した時だった。 「待ちなさい、和実」 部屋に入ってきた母親が、鋭く制止する。 「な、なに……? いま、着替えようと――」 「だからそれを、ちょっと待ちなさいって言ってるの。いまの電話、幼稚園からだったんだけどね。一つ一つ最初から説明するから、まずは落ち着いて、そこに座りなさい」 「う、うん……」 着替えたい気持ちをぐっとこらえ、和実は股間を隠すように両手で押さえながら、勉強机のチェアに座る。お尻にあてたおむつのせいで、座り心地が悪い。さらに女性に見られたことによる動悸もいまだおさまらず、胸を押さえて深呼吸を繰り返して、 (落ち着け、落ち着け――見られちゃったものは、もうしょうがないんだから――あとは、見間違いだと思ってくれるか、せめて黙っていてくれたら――) 祈るような気持ちで、目を閉じる和実。 そんな息子に、母親は手元のメモを見ながら連絡事項を伝える。 「まずは――正式に、『おむつ組』編入が決まったそうよ。おめでとうって言っていいのか判らないけど、とりあえず良かったわね」 「う……うん……あんまりよくはないけど……」 「退学や放校よりはマシでしょ。で、編入のための手続きと、形式的な面接を行うから、明後日、幼稚園に来て欲しいって」 「あ、明後日!?」 思っていたよりも早い。なるべく後回しにしてくれていたほうが良かった――などと口にするわけにはいかないが、処刑日が早まったような心境である。 母親は淡々と、 「ええ。だから明日中にその面接のための準備をしてほしいんだけど、さすがに急だからってことで、手が空いてる保育士さんが案内してくれるそうよ。良かったわね」 「じゅ、準備って……?」 「ええと、何て言ってたかしら。髪を整えて、あとは幼稚園生活に必要ないろいろなものを揃えるって言ってたわね」 「幼稚園、生活……」 じわじわと、足元から水が上がってくるように実感がしみ込んでくる。 (そうだ、これから、幼稚園生活を送らなくちゃいけないんだ――) 「だから明日の10時、園バスのルートになってる団地前で待ち合わせることになったから。くれぐれも、失礼のないようにするのよ」 「団地前に、10時――うん、判った……」 母親が言うのは、家から歩いて5分ほどの公営住宅だ。それなりに大きいうえに、出口は実質一ヶ所だけ――しかも園バスのルートはその出入り口に近い。 (あんまりご近所さんには、見られたくないんだけどな――) いくら周りから判るはずがないとはいえ、幼稚園生活のために出かけるところを見られるのは、なんとなく恥ずかしい。 しかし。 次の母親の言葉で、和実はそんな自分の考えが大甘だったことを思い知らされた。 「それと――明日の待ち合わせには、制服を着てくるようにって」 「え……? せ、制服って、高校の……?」 「何を言ってるの。いま着てる『おむつ組』の制服に決まってるでしょ?」 「そ――」 顔から一斉に血の気が引き、眩暈を起こす。チェアに座っていなければ、そのまま倒れ込んでいただろう。 「そんな、だってまだ、学校は――」 「学校じゃなくて、幼稚園でしょ。まだ未就学児の扱いよ」 母親は容赦なく訂正しつつ、 「とにかく、明日の待ち合わせにはおむつ組の制服を着てくるようにってことだから」 「う、うん……」 団地前にこの制服姿で待っていなければならないことを思うと、ガクガクと全身が震える。 (というか、そうだ……これからは通園の度に、あそこでバスを待たなきゃいけないんだ……小中学生も行きかう時間に、この制服で……) 「判った……ならそれまでに、制服に着替えておくから――」 「それなんだけどね」 母親はメモを見つつ、 「幼稚園から、和実が『おむつ組』としての生活に早く慣れるために、普段の生活の上でもいくつかの注意を受けてるのよ。詳しくは明後日、正式に編入が決まってから要綱をくれるらしいけど、それまでにもやっておくようにってことだから」 「え……そ、それって、まさか……」 「いいから聞きなさい」 またしても青ざめる和実を制して、母親は幼稚園からの「注意」を読み上げ始めた。 (続く)