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SS「おむつぐみ」(6)

 ジャケットもほとんど、男子用のものとは変わらない。  ただし色は明るい水色で、襟のないイートンタイプはいかにも幼稚園児用。しかも見慣れないダブルボタンが、余計にいつも着ていた男子制服との違いを意識させられる。 「まずは内側に、名前を書いて――」  テーブルの上に内側を見せるように広げ、名札に「おむつぐみ 1ばん くらいしかずみ」と書き入れる。 (そういえば一週間くらいまえにも、同じように名前を書いてたっけ……あのときは高校のブレザーで、高校生活を、楽しみにしてたのに……) (今はこんな、赤ちゃんみたいな制服で、幼稚園に――)  ふと蘇る記憶に、また泣きそうになりながらも、名前を書き終える。  そのまま袖を通し、前ボタンを留めると、 「襟とリボンも、ジャケットの上になるように整えなさいね」 「う、うん……」  下になっていた丸襟を引っ張り出して撫でつけ、リボンも一番上になるようにする。 「あとは帽子と名札ね。はい、まずは名前」 「ん……」  もはや返事する声も出せず、和実は力なくうなずいてから、黄色い通園帽子と、チューリップ型の名札に名前を入れる。名札の安全ピンをジャケットの胸ポケットから出ている黒い輪っかに通して留め、最後に帽子をかぶってゴムを顎の下に引っ掛ければ―― 「あら、いいじゃない。似合ってるわよ、和実」 「う、嬉しくないよっ……」  和実は真っ赤になって叫び、 「ほ、ほら! もう着たし、サイズもぴったりだから、脱いでいいでしょ!?」 「ちょっと待ちなさいよ。本当にぴったりかどうか、もうちょっと動いてみないと判らないでしょ? どうせ着替えは二階にあるんだし、階段をのぼるくらいはしてごらんなさい。もしも合わなかったときに困るのは、あんたなのよ」 「う……に、二階に上がったら、本当の本当に、脱ぐからね!?」 「うん、本当にそれでおしまいだから」 「ううううう……」  羞恥にうなるも、「これで最後」の一言に押されて、和実はリビングの出口へと歩き始める。するとすぐに違和感に気付いて、 「んっ……脚の間に、アレが挟まって、歩きづらい……!」 「アレって?」 「アレは、アレだよ! お、おむつが……!」 「ああ、おむつね。んー、制服のサイズの問題じゃないし、歩く分に問題がないなら、いいんじゃない」 「うん……」  こればかりはどうしようもなく、おむつを当てていることを意識させられつつガニ股で歩きながら、廊下に出る。  二階に上がる階段に行くためには、玄関の前を通らなければならない。外光を取り入れた開放感のあるつくりの家は、普段なら明るくて快適としか思わなかったが、 (こんなに窓が多いと、外から見られそうで怖いよ……!)  いまは戦々恐々として、誰にも見られないように祈るばかりだ。 とはいえ階段の上りも、問題はなさそうだ。 (あとは二階までのぼりきれば、おしまいだ――)  ラストスパートに入る和実。しかし半分のぼったところで、最後にして最大の難関に気付く。折り返しの踊り場にある突き当りの窓からは、ちょうど裏隣の駐車場が見下ろせて―― 「っ!?」  いままさにその駐車場に車が入ってくるところで、和実はさっと青ざめて足を止める。しかも正面駐車のため、フロントガラス越しに、運転している若い女性の顔が見えて―― 「ひっ!?」  和実はスパイか忍者のように、窓のすぐ横に背中をついて隠れる。こちらから相手が見えるということは、相手からもこちらが見えるのだ。女性がもうちょっと顔を上げていたら、真正面から目が合っていただろう。 「はっ、はぁっ……」 「何を隠れてるの。どうせ来週には外に出て見られるんだから、隠れることもないでしょ?」 「い、嫌だよっ! せめて、まだ……!」  実はまだ、いつから通園することになるのかなどの詳細は聞かされていない。  破局のきっかけとなった入学式の事件ののち、一時間足らずの担任だった先生から「校則により、附属幼稚園の特別クラスへの編入が決定されたので、連絡があるまで自宅で待機するように」と言われただけで、詳しい説明や手続きなどはなにもされていないのだ。やっと数日前に「特別クラス『おむつ組』の制服を送付するので、届き次第試着しておいてください」と電話があって、今日にいたるというわけだ。  隠せるならぎりぎりまで、「おむつ組」のことも、この制服のことも、ご近所さんには知られたくない。それが和実の、ささやかな悪あがきだった。  母親はしょうがなさそうに鼻を鳴らし――その時ちょうど廊下で鳴り始めた電話に、 「こんな時に、何かしら。じゃ、そのまま二階に上がったら着替えていいから」 「う、うん……」 (お母さんが後ろから歩いてくれれば、ちょっとは隠れることができたのに――)  そんな最後の打算さえ失われ、和実は恐る恐る、顔だけ出して駐車場をのぞく。 運転席にも、車のそばにも誰もいない。どうやら女性は行ってしまったようだ。安堵しつつも緊張は解けないまま、和実は急いで最後の階段をのぼる――が、背後にある窓の存在感に、不安が胸にたちこめる。 (もしも今、さっきのお姉さんが戻ってきて、こっちを見上げてたら――ふりふりブルマーを穿いたお尻を振って階段をのぼってるところを、見られていることに――) (いや、振り向くな、振り向くな……! 本当に見られてたとしてもどうしようもないんだし、むしろ、顔を見られてないほうがまだごまかしがきくんだから……!) (でも――)  黄泉からの帰り道に振り返ったオルフェウスさながら、抗いきれぬ不安に負け、和実は階段の一番上までたどり着いたところで、恐る恐る振り返って、窓を見下ろす。  そこには。  先ほど運転席にいた若い女性が、目を丸くしてこちらを見上げていた。   (続く)


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