[記録開始]
(依頼者が到着する。)
こんにちは。
今日はまだ肌寒いですね。大丈夫でしたか。
いえいえ、お気になさらないでください。
ああ、じゃあ、コーヒーを。
(コーヒーが届くまで暫く世間話をした。特に変わった様子は見られなかった。)
ああ、はい。メールでもお伝えしたんですが、別段記者さんに雑誌に載せてもらえるほどのことじゃないと思います。ええ。
こういうのって、人が死んだりしたほうが喜ばれるんですよね。多分。でもそういうのじゃ全くなくてただ、こう、こうしてわざわざきていただいて申し訳ないんですが、
私が聞いて欲しかっただけといいますか。
ええ、はい、すみません。
(スマートフォンを取り出し少しの間操作する。懐に戻す。)
(咳払い)ええ、はい。それでは。
自分には友達がいた、
ええいや、いるんですよ。まあ友達なんて誰にでもいるんですが、ちょっと特殊と言いますか。
ネットの友達?っていうんですかね。なんというか、SNS始めたらなんとなくやり取りするようになって、実際に会ったりして。
実際に会ったことがあるから、ネットの友達ではないんですかね?まあ、そんな感じの人がいるんです。
実際に会うくらいなんだから結構気が合う感じの人で、なんというか、いかにもネット経由で会いそうな、というと少し失礼か。
少し口下手な感じはあるけれど、一緒に居やすくはある、いい人でした。
(ここで一度話を切り、コーヒーを飲む。片手の指をもう片手で握り込み、暖めるような仕草をする。)
それでなんですが、数年ぐらい前?もうかなり前になるんですかね。
その友人が、新しいものにハマりだしたんですよ。
バーチャルyoutuber っていうんでしたよね。
今はもうだいぶ浸透してきましたよね。
自分なんかは結構オタクである自覚があるんですが、本当に一般人としかいえない人も知っていてびっくりします。
友人はそのバーチャルyoutuber にだいぶ昔、それこそまだマニアックな存在だった頃からどっぷりとハマっていたみたいでした。
確かその頃にも一度会って飲んだんだったかな。勧められましたよ。自分も。
友人曰く、人と人との繋がりとか結びつきが尊いとかなんとか。そのyoutuber たちの関係性にコンテンツ性を見出して虜になっていたみたいでした。
ええ、はい。でも申し訳ないことに自分は見ませんでした。その当時自分も推していたものがありまして、それにバーチャルyoutuber が首突っ込んで馬鹿やって炎上するっていう、いわゆる、事件、がありまして。
それで当時はすっかり苦手意識がついてしまったというか、もちろん全員が悪い人だとは思ってはいないんですが、ええ、意識っていうのはなかなか難しいもので。
(コーヒーを飲む。両手を祈るように握り込む)
それに当時はそのバーチャルyoutuber 界隈っていうのもできたばかりで色々と荒れていたんでしょうね。事件とか炎上の話ばっかり聞こえてきてすっかりアンチというか嫌いになってしまったというか。
今思うと、暗い話ばかり追って見ていたから自然と暗い話ばかりが流れてきたんだと思いますが。
それで最近までずっと嫌いだったわけでして。ええ。それで。
彼には本当に悪いと思うんですが、ミュートしてしまったんです。ええ、彼を。
彼自身が悪いわけじゃないのはわかってるんですがほら、友人が自分の嫌いなものの話をずっとしているのは息苦しかったというか。
まあ、そのあとはずっとアニメなんかを見て過ごしてましたよ。
友人は他にもいますし、別に彼自身を嫌いになったわけでもないですし、ダイレクトメールで誘われたら遊びに行くのも全然構わないくらいの気持ちでした。
でもまぁ、有り体に言えば忘れてしまっていたんです。彼のことを。話さなくなった人を忘れるなんてまあ、あるものですよね。
でもある日、少し前になって、唐突に思い出したんです。
そのきっかけっていうのが、好きな配信者がいるんですよ。その人がよくバーチャルyoutuber とコラボをするようになって、そのコラボを別に嫌とも思わずに見ている自分に気がついたんです。
結局嫌いなんて感情はしばらく経てば薄れてしまうものなんですかね。
好きと違って。
ええ、それで、そういえば。とミュートしてしまった彼のことを思い出したんです。
ミュートなんてそう数十もするものじゃないですから、すぐに彼のミュートを見つけて解除することができました。アカウント自体は生きているみたいで安心しました。
それでもなんとなくやっぱり申し訳なくてですね。彼に自分からメッセージを送ったんです。
久しぶり、元気にしてた?
なんて。送ったらしばらくして返事が来てですね。そこからは昔みたいにたくさん話しましたよ。近況報告なんかがメインでしたかね。
それで、ひさしぶりに会うことになったんです。
ええと、ここまでが前置きになっちゃうんですかね。長くてすみません。ここからの話なんですが、短くなっちゃうのかな、なるべく話してみます。
会った彼は数年前に比べて少しだけ痩せたかな?ぐらいでいたって健康そうでした。2人でアニメショップやらなんやら回って、居酒屋に入って。
そこからでした。
細かな違和感を覚えたのは。
癖があるんです。前にはなかった。
こう、自分の首に手を当てて、ピアノを弾くような指をするっていうか。
小指から、
ぽつ。ぽつ。ぽつ。ぽつ。
と、人差し指まで首に落としてはまた小指から。それを暇があれば繰り返すんです。
居酒屋にいるんですから手なんてのは箸を持ったりグラスを持ったり忙しく動くもんですが、わざわざ箸を置いてまでその動きをするもんですから、当時の私は変な癖だなと思っていました。数年前に会った時にはそんなことしてませんでしたし。
今はちゃんとわかるんですけれどね。
この、あの動きは、飢えてるんだって。
わかります。
それとあとひとつ、スマートフォンを触ってる時に、少しだけ違和感が出るんです。
こう、友人同士ですから喋ってる時にスマートフォンをいじっていたって何も思いません。自分もオタクですからね。気持ちははわかります。
でも、なんというか、彼はこう、止まるんです。
普通スマートフォンをいじっている時、それも友達と喋っている時なんて意識配分は半分半分ぐらいのもんでしょう。でも友人はなんというか、1人でスマートフォンを見ている時にも無いような、変な反応をしているんです。
(コーヒーを飲み、手を組み直す)
なんて例えればいいんでしょうね。パソコンのCPUっていえばいいのかな、あれが100%を超えてしまってフリーズを起こしているみたいな。
スマホを開いて、脳が何かでいっぱいになってしまったみたいに止まって、それから我に帰ってこっちを申し訳なさそうに見る。みたいな。
そんなことが数回起こってから、彼は流石に申し訳ないと思ったんでしょうね。スマホをポケットにしまいました。
そのときの自分は、別にいいよ、なんて言ってあげたんですが、なんだか彼の様子が怖くて、本心ではしまってくれたことにホッとしていました。
でも今度会った時にはいいよってもう一度言ってあげようと思います。
でもまあ、楽しい飲み会でしたよ。自分がバーチャルyoutuber が苦手なことを彼も察していたんでしょうね。いまはよく見ると言ったらパッと嬉しそうな顔をして色々と話してくれました。
ただ、前の彼とはやっぱり嗜好が少し異なっているみたいでしたね。
まあ、これは久しぶりに見た彼のTwitterでも感じていたことなんですけれど。
彼は聞いたことがないバーチャルyoutuber に夢中なようでした。いや、正確にはバーチャルyoutuber じゃないのか。
ふみはみしみ、
と言います。漢字だとこうですね。
(数度ペン回しをした後紙ナプキンに
『文喰シミ』
と書く)
どちらかというと関係性とか繋がりに感動していた彼なのですが、いまはその、文喰シミ1人にどっぷりと浸かっている感じでした。
バーチャル害虫とか紙魚とか、あの紙を食べる害虫の。とにかくそんな害虫を名乗る個人勢らしくて、
ああ、個人勢っていうのは企業とかに所属してないって意味です。
「ふみはみかわいい」だとか、「シミちゃん好き」だとかとにかくもうメロメロって感じでしたよ。ハートマークが頭から出てる感じっていうか。
それでその時の自分はですね、正直流れに乗り切れなくて不思議に思っていました。彼の好みってこんな感じだったっけって。
数年前の彼はもうちょっとこう、ああ、シミちゃんは小柄な感じなんですが、彼の好みはもう少しこう大柄というか、スタイルが良かったような気がしてですね。
関係性よりも特定個人に夢中になったことも含め、人の好みって変わるんだな、なんてことをぼんやりと考えていました。
ああ、その時に画像も見せてくれたんですが、正直にいえば当時の自分にはあまり刺さりませんでした。
なんというか、3Dの写真だったんですが、整ったお人形を見ているというかそんな感じで、なんとなく体温を感じにくかったというか、やっぱりどこか非現実的な感じがして好きとか恋にはならなかったというか。
でもまあ可愛いは可愛かったので彼に話を合わせて褒めて、そのまま盛り上がるみたいな感じでした。
(何かに耐えるように両手を固く握り合わせる)
それで、その後彼とは居酒屋を出て別れました。また飲もうなんて約束をして。
そうして家に帰ってしばらくしてからですね。彼からダイレクトメールが届いたんです。
『今日はありがとうございました。』
そう書いてあって、こっちから送ればよかったななんて思いながら返信を考えていた時でした。
彼からもう一件届いたんです。
ダイレクトメールが。
まず通知のところに画像が送信されましたっていう通知が出てきて、なんだろうと思って開いてみたら。その彼が話していた文喰シミの写真が一枚と、
『おれい かわいい』
というメッセージが付いていました。
写真はこう、少し薄暗いワールドで笑っている顔のアップと言いますか、そんな感じでした。
本当にどハマりしているんだな、なんて苦笑しながら思って、もらったんだからと何気なくタップして拡大しようとしたんです。
右の親指と人差し指で。
指を噛まれました。
『あ、噛まれたんだな』
そうはっきりわかりました。痛かったり挟まれた感覚があるわけではないんですが、脳がはっきり理解したんです。
親指と人差し指の先がジュワッと熱くなって、液体を注入されたような、逆に指先が蕩けてしまったみたいな感じでした。
びっくりして画面を見るじゃないですか。
もちろん画像に変化があるわけじゃなかったんです。心霊現象じゃないですし。
でも私がすでに変わってしまっていたんですね。たぶん。
ちゃんと体温がありました。
それで、
人間って怖かったりびっくりすると冷や汗が出たり、背筋が震えたりするじゃないですか。
首に手を当ててしまったんです。左手はスマホを握りしめていたので右手で。
触れた瞬間、指先から首に移ったんです。その熱さっていうか、ああもう、いいか、歯形が。首を開け渡してしまった。
多分良くないんでしょうねこれ。
よくないことだと思わないといけないんでしょうね。
そして首をやられたって理解した時に、右耳のそばで、小さくて高い声で、
んふふって、笑われました。
嘲笑うって感じじゃなくて、確かに笑っていたんです。
それはまるでこう、
人間が犬を嘲笑しないように、
別種の生き物の面白映像をみるような、
繭を取るために煮る運命にある蚕を可愛いと愛でるような、そんな感じでした。
(結んでいた手を解き、握ったり閉じたりする)
ええと、記者さん的にはやっと盛り上がってきたって感じなんでしょうね。まだまだ聞き足りないって顔をしていますもんね。
でも、すみません。
自分が話せるのはここぐらいまでなんです。
これからのことはもう私にとってはただの日常っていうんですかね。記者さんにお話しできるようなエピソードを脳が思いついてくれなくて、はい。
ここからあとのことはこう、自分じゃなくて第三者じゃないときっと纏められないというか、気づけないんでしょう。
ああ、でもただあとひとつ、今となってはよくこう思います。
あのときあの指で、首を触るんじゃなくて、もしくは首を触った後に、
頭を抱えていたらどうなっていたんだろう。どうなれていたんだろうって。
まあ、今となってはだいぶ鮮明に想像できるようになって来ましたし。
急に頭を触ったら、こうして記者さんにお話しする機会なんてなかったと思うんです。
ゆっくりも悪くないって思うんです。
本当に、そう悪くない生活ですよ。
優しいところもありますし。
聴いてくれてありがとうございました。記事にもならない話だったと思うので、記者さんのコーヒー代も私が払います。
いえいえ、私がただ、
話したかっただけなので。
(席を立ち、襟を整え、首を触る)
最後に、万が一これが記事になるとしたら、ホラーにはしてあげないでください。現代の電子機器に適応した存在なんて、ほかにも貞子とかだっていますし。
シミちゃんはほら、ね。
ただ紙魚として生きてるってだけなので。
それではありがとうございました。
また、あいましょう。
そのうち。
(伝票を手に取り、会計へと立ち去る)
[取材終了]
[タイトル 記者さんへ]
本文
先日はありがとうございました。
おれいです。 かわいいでしょう。