シオンと少年……3
Added 2023-03-06 09:50:06 +0000 UTC夜の渓流。眼下の木々たちを月が美しく照らし、雷光虫や光蟲達が幻想的に舞う。ガーグァは暢気に雷光虫を啄み、昼間と変わらぬ川のせせらぎが優しく包む。しかし、木々の間には息を荒げ様子を見る者達。青い鱗に月光が反射し、青白く光る。ガーグァの様子を木々の影から見詰める三つの瞳。じっくりと囲むように互いに目配せし、リーダ各の合図を待つ。 「……!」 飛び出そうとした二匹をリーダ各の影が諌める。不満げにする二匹だが、直ぐに察する。リーダの鋭い嗅覚と聴覚が足音を捉えたのだ。縄張りへの侵入の気配を感じた三匹はその方向へ駆け出した。 何も知らないガーグァは呑気に欠伸をするのだった。 「………あった。足跡だ」 慎重に足下を探した甲斐もありようやく見つけ出す。明らかに辺りが踏み荒らされ、辺りの木には牙で付けたであろう傷跡がある。警告であり、付近に縄張りのある証拠だ。 「……これだけで本当に大丈夫かな」 腰から剥ぎ取りナイフを抜き眺める。予備に用意していた鉄製のナイフ。素人にも扱いやすい握りやすいグリップに、短い刀身。剥ぎ取りを行う為の基本的な装備だ。銀色の鏡面に映るのは情けなく、不安な顔をしたユィタ自身。思わず首を降り不安を振り払う。 ぎし………ざり……… 「………!?」 不穏な足音にユィタはナイフを構えて警戒する。足音は一つではなく、複数の気配も感じる。草木を擦る音がどんどん近づいてくる。冷や汗を垂らしながら、腰を落として構える。 「ひゃっはー!新鮮な肉だぁー!」 そんな雄叫びを上げながら影から飛び出してくる。 「……!!」 慌てて右に転がるように避ける。その次の瞬間に今まで居た場所に鈎爪が突き刺さる。 「避けるなよー!」 そんな理不尽な不満を漏らすのは、体が黄色の鱗に覆われた少女。頬にも同じ色の鱗、ボサボサの金髪を持つ頭には、黄色の鶏冠のようなアホ毛がある。尻尾を嬉しそうに振りながら、ユィタを見つめる。 「オメーが叫ぶからだよばか!」 そう言いながら草木から出てきたのは鶏冠の色が違い青色をしている少女。体格は一回り大きく、蒼白い鱗に覆われている。鋭い視線でユィタ刺し退路を塞ぐ。 「そーそー、ネポはバカだよねーけらけら♪」 いつの間にか木の上に居たのは桃色の鱗を纏う少女。同じく鶏冠をぴこぴこしながら、器用に鈎爪を木に引っかけ、鋭い牙を見せ付ける。怯えるユィタの様子を伺い、にやにやと笑う。 「ひっ……か、囲まれたっ!?」 「怯えてる怯えてる♪かっわいーおいしそー♪」 「いいから食っちまおうー?腹へったー」 そう言いながら徐々ににじり寄るネポと呼ばれたゲネポスは、舌舐めずりをしながら見つめる。 「ネポお前はそれしかないのか?」 「じゃあアタシはのうみそーけらけら♪美味しいんだよねー」 「おいおいのうみそは最後にしろよー。一番うめーんだしよー」 「まぁ、運が悪かったな坊や。大人しくすりゃ痛くしない」 「えぇーいっぱい虐めよーよ。可愛い男の子なんだしさ♪けらけらけら♪」 「イオ……弱い者をはなぶるなと姐さんに言われてるだろう?」 「ちぇー……詰まんないのっけらけらけらけら♪」 イオと呼ばれたイーオスは木から降りると、けらけら笑いながら、爪を舐める。 「ウチは食えればなんでもいいやー早く食おーぜ?ランコ~?」 最後にランコと呼ばれたランポスは三匹のリーダーのようで、取り巻きを征しながらゆっくりとにじり寄る。 「動くなよ?一瞬だ。アタシにそんな趣味はねぇから一瞬で終わらせてやる」 (どうする? どうする? どうすればいい……!) 背中に冷たい汗が流れる。三匹のランポス種。おまけに甲種だ。最悪な状況に止めを刺すが如く武器は扱い慣れてない片手剣である剥ぎ取りナイフだけ。 (逃げる……?) 恐らく不可能だ。ランポス種は人間の何倍を早い。背中から食い付かれ、貪り喰われるだろう。しかも彼女らの縄張り、地の利においても不利だ。しかしこのままでも同じ未来だ。思考を必死に廻らせ行き着いたのは 「………!」 怯える脚を気合いで叱咤し、なんとか剥ぎ取りナイフを構える。それを見たリーダ各のランポスは目を細める。 「へぇ。逃げねぇとはなかなか根性ある獲物だねぇ。気に入った。ネポ、イオ!お前らは手ぇ出すな」 「独り占めするつもりかー?ずるいぞー?」 「けらけらけら♪そうだよそうだよ!」 不満そうに唸る二匹をランポスは鋭い目付きで睨み、野次を黙らせた。 彼女はユィタの方を向き赤い瞳で見下ろす。爪を一舐めし、唾液を滴らせる。 「仕留めたら喰わせてやるよ。こいつぁ……アタシ、ランコ様の獲物だ!」 そう叫ぶや否やユィタに飛びかかる。青い月光を背景に、鱗が美しく反射するのが見える。鋭い爪がユィタを引き裂く寸前、 「くっ……!」 受け止めることはせず、側面に転がり回避する。慌てて回避した為、体勢を崩し倒れ込んでしまう。 倒れたユィタに容赦なく爪を降り下ろすランポス。ユィタは転がりそれを躱す。草木や、泥にまみれるが気にしている場合ではない。隙を付き立ち上がり、姿勢を整える。 「ちょこまかと!」 苛ついた様子で右腕の爪を振るう。空気を引き裂く音を立てユィタの首を薙ごうと迫る。 「っ!」 今度はそれを姿勢を落として回避する。すると、ユィタの居た場所に木があり、爪がそれに引っ掛かる。 「なに!?」 慌てて引っこ抜こうとするが深々食い込み外れない。爪を受けていれば間違いなく首が飛んでいただろう鋭利さに、ユィタの背中に冷たいものが走った。 「やぁ!」 咄嗟に起き上がり、その勢いで剥ぎ取りナイフを腹部に突き刺そうとするユィタ。 「ちぃ!」 しかし、すんでの所で振るわれた尻尾がユィタの胴を凪ぎ払う。 「う……ぐ!」 衝撃に吹き飛ばされるユィタ。幸い地面は柔らかく背中を打ち付けることはなかったが、腹部を襲う鈍い痛みに呻く。 「やるじゃんやるじゃん♪楽しくなってきたぜ!」 爪を引き抜くと、ぺろりと舐めるランポス。 「げほっ……!……うぐ……」 胃袋をひっくり返したような吐き気と目眩にふらつきながら立ち上がる。 「早くしろよー。腹へったー」 「けらけら♪ランコも遊んでるじゃん♪」 「うるせぇ!お前と一緒にすんな!」 二匹の野次に振り向き怒鳴るランコ。気を取り直しと少年の方を向く。彼はふらつきながらも、目だけはこちらをしっかり見据える。にやりとランコは微笑み、 「次で終わりにしてやんよ。その喉噛み千切るから覚悟しな」 ランコは低く唸ると姿勢を落として、飛びかかる体勢に入る。 (まだ、死ねない……姉さんの仇を取るまで……!) ユィタも剥ぎ取りナイフを構える。勝機がないのは素人でも分かる。でも諦めたくはなかった。生きる為に必死に震えを止めた。 「シャアアアアアア!」 甲高い声を上げ飛びかかるランポス。目を逸らさず迫る顎を待ち受ける。その瞬間、 「がっ……!?」 「……!?」 突如何処からともなく現れた光の塊がランポスに激突する。 「な、大雷光虫!?あばばばば!?」 「え?え?」 混乱するユィタを尻目に大雷光虫は執拗にランポスに激突する。電気を纏う光る虫に群がられ、痺れながらのたうち回る。 「けらけらけら♪かっこわるぅー」 「なにしてんだよーランコー」 「いてててて、ちょ、助けろお前ら!?」 「けらけらけらけらけら♪」 「そんなこと言われてもなー」 しばらく呆然とするユィタだが、はっと我に帰り今のうちに逃げようと 「おっとにがさないぜー?」 「けらけらけらけらけら。ランコの代わりにいただきます♪」 「くっ……!」 しかし回り込まれてしまった!再び窮地に立たされるが、 「ん……うひゃー!な、なんでおれにもー!?」 「うきゃー……けら、けらけら、しびれびれー!?」 再び現れた大雷光虫が二匹にも激突し、電流が走る。あっと言う間に伸びた二匹、ユィタは混乱を隠せない。 「えー……なにこれ……」 「いてて、こっちが聞きてぇよ!?……というかこの大雷光虫って姐さんの……」 「姐さん……?」 「!お前もしかしてユィタとか言わないよな?」 「え、いや、そうだけど……?」 「…………」 しばらくの間があり、ランポスの顔色が悪くなる。そしてバツの悪そうな表情に変わると 「すんませんでしたぁ!!」 ダイナミックに土下座をし始めた。モンスターとはいえユィタの倍近くある女性が地面に頭を擦り付ける。余りに意味不明の状況に混乱するしかないユィタ。 「え、ええ!?な、なにこれ………」 「いや、まさかこんなガキが姐さんの連れとは思いもしなくて、いやぁ悪かった悪かった」 頭を上げるとランポスは苦笑いで誤魔化すと立ち上がる。 「え、え?姐さんって……?」 「ああ、こりゃ秘密って言ってたか、姐さんに後でどやされちまうかも」 「さっきから何を」 ぶつぶつ思案するランポスに問い掛けるユィタ。しかし不機嫌そうな顔を作ると 「うるせー!男がこまけぇこと気にすんな!」 「ひっ!ごめんなさい!」 恫喝にびくんとするユィタ。それに対して 「それ逆ギレっていうんだぞー?」 「けらけらけら♪ランコかっこわるぅー」 いつのまにか回復した二匹が煽り、ランポスは怒りの表情で追いかける回す。 「歯ぁ食いしばれテメェら!」 「いて!ランコ大人げないー」 「けらけらけらけらけら♪にっげろー」 「……なんなのこれ……」 それを呆然と見るしかなかった。 「アタシはランコだ。ドスランポスって奴だな」 「おれはネポだー。ゲネボスっていうらしいんだー」 「イオはねイオって言うんだよぅ?イーオスなんだってさ♪けらけらけら♪」 「え、えとユィタです……」 一騒動終わり落ち着いたのか自己紹介をするランポス達。ユィタも律儀に返し、改めて見直す。確かによく見れば名乗った通りそれぞれ別の種族のようだ。鱗の色や鶏冠のようなアホ毛の色がそれぞれの個性を主張していた。 「猪狩りぃ?イオ達で大変なのにおっかしーけらけら♪」 喉元の紫の毒線をゴロゴロ慣らしながら、イオと名乗るイーオスはけたけたと笑う。他の二匹より幼くあどけないが顔立ちだが、目の奥は笑わずユィタを見据える。 「おれの牙が通らないんだー。固くてさー」 黄色の鱗、笑う度に鋭い牙を見せつけるのはネポ。本来生息地ではないゲネボス種であるが、特に問題はないようだ。ぼさぼさの金髪を掻きながら大あくびする。 「アタシらも準備整えてやるつもりだったんだ」 ドスランポスを名乗るだけあり、他の二匹より大柄でがっしりした体型を持つ。毒や麻痺は持たないが、鍛えられた脚はバネのように柔軟かつ強靭。一飛び獲物の喉笛まで容易く届く。よくしなる尻尾の威力は先程体感済みだ。 そんな彼女らでも苦戦する相手、その事実にユィタは唾を呑み込む 「でも、逃げる訳にはいかないから」 彼の目指すべきは遥か遠い頂きに君臨するジンオウガだ。躊躇う暇なんてなかった。 「ふぅん。しゃねぇな。ほら?」 ユィタに背中を向けて屈む。広い背中にもあしらうように鱗が散りばめるように生えている。 「え、な、なにを?」 「乗れっての。詫びに奴の棲みかまで送ってやるよ」 「うん、あ、ありがとう」 恐る恐る背中にしがみつき 「しっかり捕まれよ?」 「う、うわああああ~!」 ユィタを背に乗せるとそのまま猛スピードで走り始める。騎乗経験などないユィタは振り落とされないよう必死に掴まる。 「さてこの辺だな」 「うわっ!?」 急に止まった反動で転げ落ち、地面に転がる。 本来夜空が見えていた筈の天井は、木々に覆われていた。月光の届かないほどの深部。明らかに雰囲気が変わっていた。 「いたたた……ここが?」 「まだ離れてるけどな。向こうの深い所に横穴がある。そこから出入りしてるみてぇだ」 「………」 「なんにせよ頑張りな。ま、心配しなくとも死んだらアタシらで喰ってやっからさ?」 「おー?じゃあ応援しないほうがいいなー」 「けらけら♪楽しみー♪」 「………」 三匹は応援なのかよく分からない事を言い残すと夜の闇に消えていった。色々聞きたいことはあったが今は目の前の成すべきクエストをやるべきだ。先程の恐怖や、これからの戦いに足が震えそうになる。 「よし」 それらを無理矢理抑えるとユィタは巣に向かい歩き始めた。